第9話 隠し事
先生はふうと息をついた。
「ハインツのことは国家機密として扱ってもらいたいくらいだ。でも君たちに話してしまったから、近いうちにヘルマンさんにも知られてしまうだろうし、大佐である彼の耳に入ったら、じきに上層部にも伝わるのが予想できる」
「うん、そうだね」
「でもさっきハインツが言ったように、魔法使いになる意思はないんだ。だから……秘密にしてもらうために、対価を差し出さなければならない、よね」
だんだんと口調が弱気になり、先生はしょんぼりと肩を落とす。そこまで落ち込むことかと思っていたら、アロイスさんが言った。
「金を積めばいいってわけじゃないからねぇ。ハインツのことを国ぐるみで隠すなら、分かりやすく注意をそらす方がいいだろうし」
「そうね、あたしも同感だわ。フロレンツの気持ちも分かるけど、それしか方法はないと思う」
「タイミング的にも息子の
「隠れ
オレだけが疑問符を頭に浮かべていると、先生がため息をついてから言った。
「分かった、魔法兵に復帰するよ」
「えっ」
思わぬ事態にびっくりするオレへ先生が力なく笑う。
「僕が再びこの国を代表する魔法使いとして立つことで、ハインツのことは隠せる。時間稼ぎにしかならないかもしれないけれど、君を戦場から遠ざけるにはこれしかないんだ」
「そ、そんな……お店は?」
「しばらく休業、かな。とりあえず将軍に話してみて、それから決めよう」
「……わ、分かりました」
これまでの日常が壊れてしまったと思った。やっぱり何もなかったことにした方がよかったのかもしれない。自分でも分からない自分の力について、知らないままでいるのももやもやするけれど。
「ハインツのことはあたしが預かるわ。実はちょうど研究に一区切り付いたところだったの。新しい研究対象として話を通せば研究室にいさせてあげられるし、本部の中にいた方が安心安全でしょう?」
ジークさんの提案に先生はほっとしたようにうなずいた。
「ああ、助かるよ。ついでにハインツの力に関する調査も――」
「当然させてもらうわ。こんなおもしろい子、他にいないもの。論文を出したら世界がひっくり返るかもしれない」
キラキラと目を輝かせながら言うジークさんにちょっと引きつつ、オレは言う。
「やっぱりオレは、そんなにすごいことをしちゃったんですか?」
「すごいなんてものじゃないわ。すでにあなたはあたしたちの一般常識を
「……そうですか」
嫌だな、と思う気持ちにふたをして「よろしくお願いします」と、返した。
「ええ、こちらこそ。魔法に関する知識も一緒に教えてあげるわ。魔法使いになりたくないなら、実技はいらないんだものね」
「はい」
「ありがとう、ジーク。君がいてくれてよかった」
と、先生が返すと彼女は視線を戻してにこりと笑う。
「あたしのものになる気になった?」
「いや、それは……」
戸惑う先生だったがアロイスさんが口を出す。
「待ってよ、ジーク。フロレンツはオレのだよ」
「え、そうだったかしら? でも大事なのはフロレンツの気持ちよ」
「そうだったね。ということでフロレンツ、どっちがいい?」
にこにこと笑いながら酷な質問をしてくる二人に、先生はうんざりして言った。
「僕はどっちのものにもならないよ」
「まあ、残念」
「オレはいつまでも待ってるよ」
「ちょっとアロイス、あたしも待ってるに決まってるじゃない」
「いやいや、君にはハインツがいるだろう?」
「それとこれとは別!」
よく分からない言い合いを始めた夫婦から、隣にいる先生へと顔を向ける。
「何なんですか、あれ」
「うーん、二人とも僕のことが大好きなんだよ」
と、先生は答えながらも呆れた風だ。オレが知らなかっただけで、きっとこんなやり取りが以前から繰り広げられていたに違いない。
ふと馬車で彼が言った通りだったなと思い、オレはつぶやいた。
「おもしろい人たちですね」
先生がくすりと笑った。
昼食を外で食べてから帰宅し、オレは店内を見ながらたずねた。
「お店を休業にしたら、ますます赤字になっちゃいますね」
「うーん、しょうがないよね」
苦笑しながら先生は上着を脱ぎ、さっさと奥へ向かう。
はっきり言うと、オレはこの店に愛着がある。引き取られた時にはすでに営業していたし、先生が商品を作る姿だって毎日見てきた。どちらかが体調を崩して何日間か休みにすることはあったけれど、きっと今回はそんな短期間では済まないだろう。
「っていうか、どうして魔法雑貨屋なんですか?」
オレも奥へ向かいつつ質問を投げかけると、先生が「え?」と、顔を向ける。
「お店をやるなら、他にもいろいろあったでしょう? どうしてその中でも魔法雑貨なのか、ふと疑問に思っただけです」
ラックへケープをかけてから作業場へ入り、自宅へ続く扉の方へ進む。先生の答えがないことを不思議に思って振り返ると、彼は作業机の椅子に座って背を向けていた。
机の上に乗ったリーゼルの頭を撫でながら言う。
「作るのが好きだから」
「……そう、ですか」
また隠し事だ。ただ魔法雑貨屋を始めた理由を聞いただけなのに、どうしてちゃんと話してくれないのだろう?
オレはもやっとした気持ちになり、扉を開けて明かりのついていない家へ入った。後ろ手に扉をぱたりと閉めて、ため息をつきたいのをこらえる。
少し早いけれど、夕食の準備をしよう――と、気を取り直してキッチンへ向かった。
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