第8話 ブリッツェ夫妻
次の日は休日だった。うちの店に定休日は無いのだが、アロイスさんを訪ねるために休みにした。
「一度行ったことがあるはずなんだけど、覚えているかい?」
馬車の中で先生が言い、オレは昔の記憶をたぐる。
「うーんと、覚えているような気はしますけど……たしか、結婚式に参加した時ですよね?」
「そうそう。アロイスとジークが結婚した時のこと、覚えてたんだね」
と、嬉しそうに先生が笑い、オレは「そんなに前でもないじゃないですか」と、少し呆れて返した。
あれは五年ほど前だったろうか。アロイスさんの結婚式に先生と参列した。式はアロイスさんの家の庭で行われたため、それをオレは覚えていただけだ。
上着の中に入れた白猫を撫でつつ、先生は懐かしむように言った。
「でも、ハインツがジークに会うのはあれ以来ってことになるのか」
「そうですね。どんな人だったかまでは、あまり覚えてません」
アロイスさんの奥さんとは話をしなかったし、花嫁さんということでたくさんの人に囲まれて祝福されていた光景しか記憶にない。美人な人だったような気はするのだけれど。
「彼女はおもしろい人だよ。アロイスとよく似てね」
「へぇ、そうなんですか」
いったいどういう意味でおもしろい人なのか、好奇心が刺激されて少しわくわくする。
「きっと君に興味を持ってくれるよ」
と、先生が期待と戸惑いがないまぜになったようなことを言い、オレは内心で首をかしげた。
イシュドルフの北東にはテンジェフ国軍本部があり、敷地のすぐ外に本部で働く人々の暮らす住宅地が広がっていた。アロイスさんの家もその中にある。青い屋根と白い壁や柱が特徴的な二階建ての一軒家だ。
「やあ、フロレンツ。ハインツもようこそ」
メイドの案内でリビングへ通されると、新聞を読んでいたアロイスさんがこちらを見てそう言った。
「突然でごめんね。どうしても君たちに相談したいことがあって」
と、先生はアロイスさんの向かいに置かれたソファへ腰かけた。オレもならって隣へ座る。
察したアロイスさんはすぐにメイドへ「ジークを呼んできて」と、声をかけた。
メイドは「かしこまりました」と、返して廊下へ出ていき、オレは何だか急にそわそわしてきた。
室内を観察してみると、うちとは比べ物にならないほど広くて綺麗なリビングだ。本がぎっしり詰まった大きな本棚が二つ並び、センスのいいアンティークな壁掛け時計、二人がけのソファが二つと間に
先生はいつの間にか上着を脱いで脇へ置いていた。その上にリーゼルを乗せて大人しくしているように言いつける。
それから少しして、
「こんな格好でごめんなさい、さっき起きたばっかりで」
アロイスさんの妻であるジークリットさんだ。
「久しぶりだね、ジーク」
先生が笑顔を向けながら言い、彼女は「ああ、フロレンツ。会いたかったわ」と、冗談を返す。
そして淡い青色の長髪をヘアクリップで
「さっそくだけど、相談したいことというのは?」
と、アロイスさんが手にした新聞をたたんでローテーブルへ置く。
先生はちらりとオレの方を見てから一息つき、真面目な口調で切り出した。
「ハインツのことなんだ。ジークも聞いていると思うけど、僕の息子には特別な
「え、何の話?」
と、ジークさんがきょとんとし、アロイスさんが短く返した。
「水属性で攻撃したんだよ」
「えっ!?」
大きな声を上げて驚く彼女へ、先生も目を丸くして言う。
「話してなかったの、アロイス」
「当たり前だろう? 親友が隠そうとしていることを軽々しく話すなんて、オレにはできないもんね」
「アロイス、君って人は……!」
喜びの表情を浮かべる先生と裏腹に、ジークさんは
「ひどいわ、アロイス。いえ、ショックという意味ではないの。何と言うか、その……詳しく聞かせてくれない?」
急にジークさんが前かがみになって先生を見た。顔を好奇心で明るく輝かせながら。
「水属性で攻撃なんて、出来るわけがないのだけれど」
「うん、そうなんだよ。ほら、この前ハインツが誘拐されたことは知ってるでしょう?」
先生の問いに彼女がうなずき、アロイスさんが口を出す。
「犯人グループに怪我を負わせたのは、フロレンツではなくてハインツだったってわけさ」
「ああ、なるほど」
だいたいの事情を把握したらしく、ジークさんは何度もうなずいてオレを見た。
「それが水属性による攻撃だった、と。そういえば、アロイスが妙だって話してたわね」
「うん、それだよ」
と、アロイスさん。
「僕はとっさに証拠を隠滅しようとしたんだけど、アロイスには見抜かれてしまってね。それからずっと考えていたんだけど、ハインツの持つ力について知りたいし、そのためにもハインツには魔法について学ばせたいんだ」
アロイスさんがこちらの様子を観察するように両目を細める。
「隠すのはやめたのかい?」
「やめたというか……」
と、先生が返答に惑い、オレは緊張しながらも口を開いた。
「オレは魔法について全然知らないんです。でも、またいつあんなことが起きるのか分からないし、自分でもどういうことなのか把握しておきたくて。だから、そのための知識が欲しいんですが、魔法使いになりたいわけではなくって」
「そうは言われても、国からすれば放ってはおけないわよね」
「そうだね、オレも弟子に取りたいくらいだ」
やはりその話になったかと少々苦い気持ちになる。
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