第4話 見抜かれる

 図書館から戻ると店の前に見覚えのある男性が立っていた。

「あれ、アロイス?」

 と、先生が声をかければ、短い黒髪に眼鏡をかけた男性が振り返ってにこりと笑った。

「やあ、フロレンツ。ハインツの様子を見に来たよ」

「すみません、アロイスさん! ご心配をおかけして……っ」

 はっとしてオレがそう言えば、アロイスさんは「君が謝ることないよ」と、穏やかに返してくれた。

 その間に先生が鍵を開け「中で話そう」と、扉を押して入るよう促した。

 アロイスさんは先生の親友で軍医だった。聞いた話では魔法医師をしているそうで、かつてはヘルマンさんや先生たちと同じく戦争に従事したという。

 店内へ場所を移し、オレはカウンターの内側へ入って借りてきたばかりの本を棚へ置いた。日中は店番を任されているが暇な時間が多いから、オレはよく本を読んで過ごしていた。

 上着を作業場の椅子へかけて先生が戻り、アロイスさんへたずねる。

「それで?」

 店内を眺めていたアロイスさんはカウンターを挟んで言う。

「ヘルマンから聞いたよ。ハインツは軽傷だったそうだね」

 先生はにこりと微笑みを浮かべ、オレは軽くなった肩掛け鞄と上着のケープを後ろにあるラックへかけた。

「ああ、僕が間に合ったおかげでね」

「ふぅん?」

 アロイスさんの返しは妙だった。何がおかしいのかはっきりしないが、変な相槌あいづちだと思う。

 オレが先生の隣へ立つと、アロイスさんは彼を見つめたまま話し始めた。

「犯人グループの所見を見せてもらったんだけど、どうにも腑に落ちないんだよねぇ。事件現場の状況報告書と照らし合わせたら、ますますおかしいと思った。ねぇ、フロレンツ。君は嘘をついていないかい?」

 びくっとしてしまったのはオレだ。先生はわずかに眉尻を下げて息をついた。

「君は騙されてくれなかったか」

 アロイスさんがにこにこと嬉しそうに言う。

「何年、君の親友やってると思う?」

「そうだね、僕のことは何だって知ってるのがアロイスだ」

 やっぱり先生は嘘をついたのだ。でも、何で?

「現場は水で濡れていて、乾いたと思しき痕跡が見られたが濡れたままの箇所もあった。そして犯人グループは鋭利なもので体を切られており、切創から見て火や風の魔法ではないことは明らかだ。ましてや土は論外。となると、水の魔法による攻撃だったと見るのが自然だろう」

 アロイスさんの説明に先生の表情がけわしくなる。

「しかし水属性で攻撃をするなど、至難の業。天才魔法医師であるオレにもできないし、世界一の魔法使いと呼ばれたフロレンツでさえ出来ないはずだ」

 オレははっと息を呑む。

「つまり――ハインツ、君がやったのではないか?」

 アロイスさんの視線がこちらへ向き、オレはしどろもどろになる。どう言い訳しよう、いや素直に話してしまった方がいいのか? でも、先生でさえ出来ないことをオレがやった、のか?

「フロレンツはそれを瞬時に察し、得意な火と風の混成魔法で証拠を隠滅しようとした。ハインツにそんな力があると分かれば、世界が大変なことになるからね」

 にこりと笑うアロイスさんだが目は笑っていなかった。でも怖いという感じではなく、むしろ好奇心が秘められているような。

 かと思うと、先生がふいにオレを抱き寄せた。

「息子を守るのは父親として当然だろう?」

「へぇ、守るねぇ……それだけならいいんだけど」

 と、アロイスさんは窓際でうとうとしているリーゼルへ顔を向けた。どうやら起こしてしまったらしいが、まだ微睡まどろみの中にいるようで、かすかにうにゃうにゃ言っているのが聞こえる。

「あの子、魔猫だっけ?」

「ああ、そうだよ」

「成長したら人に変身できるんだよね。どんな姿にもなれる、とか」

 何故か先生がオレを抱く手に力がこもる。

「立ち直ったとばかり思っていたけど、残念だなぁ」

 そう言ってからアロイスさんは背中を向けた。

「今日のところはフロレンツを尊重してあげるよ」

「っ……ごめん」

 と、先生が苦しそうに言ってうつむく。

「曲がりなりにも親友だからね。でもフロレンツ、オレは絶対に君を止めるから忘れるなよ」

 わずかに声を低くして言い、アロイスさんは店から出ていった。オレには何が何だかさっぱりだ。

「あ、あの……」

 と、先生を見上げると、気づいたようにぱっと手を離してくれた。

「ああ、ごめん。今の話は忘れて」

「で、できません! いったいどういうことだか、教えてもわらないと――っ」

 オレが言うのを無視して、先生は作業場へ行ってしまう。どうやら、事情を話すつもりがないらしい。

「何で……」

 一人だけ置いていかれた気分になって、もやもやが胸に募る。でもオレは魔法使いじゃないから魔法について詳しくないし、先生とアロイスさんのやり取りが何だか不穏だったことしか感じ取れなかった。

 はあとため息をついて、オレは隅に置いた椅子を持ってきて腰かけた。棚から本を取り出そうとしたが、やっぱりやめた。本を読む気にはなれなかった。

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