第2話 魔法使い連続殺人事件
「すまなかった! お前にも話しておくべきだった」
翌日、いつものように営業を始めた店内でヘルマンさんが先生へ頭を下げていた。
「昨日のことですか?」
と、先生が少し困ったように返せば、軍服に身を包んだヘルマンさんは何とも言えない顔をする。
「ああ、そうだ。フロレンツを狙うやつはいないと思っていたんだが、まさかハインツが巻き込まれるとは思わなくて。本当にすまなかった」
会計カウンターで椅子に座って店番をしていたオレを、横に立った先生が見下ろす。目が合うなり、先生はすぐに視線を戻した。
カウンターに片手を置いて、先生が冷静にたずねる。
「どういうことなのか、最初から話してください」
「えーと、そうだな。去年から世界各地の魔法使いが、次々に不審な死を遂げてるのは知ってるだろう?」
言われて思い出す、そんな事件がいつかの新聞に乗っていたのを。
「数ヶ月前、ブラッハー
先生が神妙に両目を細める。
「魔法使いを狙った殺人、ですか」
「そういうことだ。もっとも、犯人は見つかっていないし目的も不明だ」
と、ヘルマンさんは苦々しくため息をつく。
「お前はもう
「……そうですね」
先生は肯定しているようで否定しているような、微妙な
誰でも魔法は使えるけれど、中でも得意な人を魔法使いと呼んだ。火、土、風、水の四つの属性があるのは知っているが、日常生活で魔法を使う機会はないため、オレはあまりよく知らない。
先生は魔法使いの中でも特別強く、昔は軍に入って魔法兵をしていたらしい。その頃の上司がヘルマンさんだ。彼は短い金髪をツーブロックにしており、背が高くて筋骨隆々、よく店に来ては商品を買っていってくれる常連さんでもあった。
「にしても、昨日はやりすぎたな」
と、ヘルマンさんが視線を向けたのはオレだ。
「ちらっと報告書を見たが、犯人グループ全員が重傷だそうだ。一般人だから正当防衛としてお
「え、いや、あの……」
たぶん、それはオレがやったのではないかと思うのだが、何故か先生が彼らを傷つけたことになっていた。オレをかばってくれたのか、それとも――?
困惑するオレを遮るように先生は言う。
「
「あー……まあ、そうだよな。気持ちは分かる」
と、苦笑するヘルマンさん。
先生は呆れたように息をついてから話をうながした。
「それで、犯人グループからの聞き取りはまだなんですね?」
「ああ。早ければ今日か明日には回復する見込みのやつがいるが、落ち着いて聴取が出来るのはまだ先かもな」
「そうですか。ハインツの話によると彼らは殺すつもりで誘拐したようですし、僕がそのショックで弱ったところを殺す計画だったのでしょう」
「そうだろうな。まったく、俺もおちおち眠れやしねぇ」
と、ヘルマンさんはため息をつく。彼もまた魔法使いとしては強く、若くして大佐になった実力者だ。いつ狙われてもおかしくはなかった。
「まあ、そういうわけだ。組織的な犯罪かもしれないから、また襲われる可能性はある。念のために注意しておけよ、二人とも」
「もちろん分かっています」
「ありがとうございます、ヘルマンさん」
オレがきちんと礼を言うと、ヘルマンさんはにこっと笑ってオレの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「昨日の今日で疲れてるだろ? しっかり休めよ、無理はすんな」
「えっ、はい」
オレは意外と大丈夫なつもりでいたが、そんな風に言われると何だか申し訳なくなってしまう。
「それと……」
と、ヘルマンさんが次に視線をやったのは商品の並んだ棚の上だった。
「あそこにある蒼い蝶のペンダント、あとこっちの赤いやつもくれ」
はっとしてすぐに先生がカウンターの外へ出た。急いで商品を手に取って戻る。
「いつもありがとうございます」
「気にすんな。今日のは詫びってことにしといてくれ」
「ありがとうございます、助かります」
と、オレは棚から小さな紙袋を取り出し、蝶のペンダントと太陽をモチーフにしたペンダントをそれぞれ丁寧にしまう。
キャッシュレジスターを打ちながら先生が言った。
「あわせて六千八百マルクになります」
ヘルマンさんはお札を取り出し、カウンターの上へ置いた。
お札を受け取った先生がドロワーからおつりを出していると、ヘルマンさんが窓際で陽光を受けてまどろんでいるリーゼルを見やった。
「ところでさ、フロレンツ」
「何ですか?」
と、先生がおつりの硬貨を渡すと、ヘルマンさんは視線を戻して彼を見る。
「いや、何でもない。またな」
二つの紙袋を上着のポケットへしまい、さっさと背中を向けた。
「はい、また」
「ありがとうございました」
それぞれに見送る先生とオレだが、何だか腑に落ちない。ヘルマンさんはさっき、何を言おうとしたのだろう?
首をかしげたい気持ちになったものの、すぐに先生は奥の作業場へ戻っていってしまった。
「休みたければ、臨時休業にしたっていいんだからね」
と、オレに声をかけながら。
「……大丈夫です」
そう返して気を取り直し、オレは誰もいなくなった店内へ目を向けた。うちの店は常に閑古鳥が鳴いていた。
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