「これがよく効く」

理猿

「これがよく効く」

 あーむしゃくしゃする。誰でもいいから殴りたい気分だ。

 放埒な上司、反りが合わない部下、鼻持ちならない同期。社会活動とは実にストレスフルである。そんな社会をスマートに生きるにはそれをどう発散するかが肝要だ。

 それは時に食事だったりアルコールだったり、はたまた運動だったりする。

 さて、それはそうと少し聞いて欲しい。 

 先程から煙草の煙が僕の顔にかかってくるのである。

 不快な臭いで反射的に鼻に皺が寄った。 

 原因は明白だ。三メートル先、くたびれたスーツの男の右手で煙草がくゆっているのだ。男は薄くなった頭髪を乱雑にワックスで整え、背中を丸めてせかせかと歩いている。 

 僕は煙草が嫌いだ。  

 これは父が極度の愛煙家だったことが原因である。物心ついてからというもの、寝る時以外で父が煙草を咥えない姿を見たことがなかった。だから煙草が嫌いなのは僕の責任ではない。

 ただ、僕も大人なので頭ごなしに喫煙を否定はしない。煙草が法的に認められた嗜好品であることは重々承知しているつもりだ。

 しかしながら、歩き煙草は例外である。

 だいたい歩き煙草など小便を撒き散らしながら歩いているのと程度が同じだ。まったくそこらの飼い犬のほうがよっぽど行儀が良いではないか。

 僕は優しいのでこういった阿呆にも何度か口頭で注意したことがあるが、残念ながら悔い改めた人間は一人としていない。

 まあ、ただでさえ足りない脳味噌が煙で燻され豆粒ほどになっているのだから、それにまともな判断力を求めるほうが酷であろう。なんとも可哀想なことだ。

 経験上ここで目の前の男にいくら口頭で注意しても無駄なことは重々承知している。そんなことを真面目にしていたらますます僕の心が毛羽立つことになるだろう。

 けれど安心してほしい。

 不意にできたささくれには軟膏が効くように、僕のささくれだった心にはが一番効くのである。 

 音を立てないように距離を詰める。

 右拳を強く握り、男の後頭部へと振り下ろした。

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「これがよく効く」 理猿 @lethal_xxx

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