第13話 Dランク討伐 大猪

次の日。


ムムッとやってドーン…

一向に魔法が出る気がしない。

なんとなく体を捻ったり、表情に変化をつけたり、思いついた言葉を詠唱したが手応えは全くなかった。


その姿があまりに奇怪だったのか、ハウンは見てはいけないものをみてしまったように目を背けられてしまった。


傷心している暇はない。スノーに実際に魔法を撃っている様子を見せて欲しいと頼んだ。


「それならば、最高出力を見せてあげましょう!」と彼女は右手を挙げる。すると手のひらから巨大な氷塊が飛び出し、大きな木を弾き飛ばした。

すごい!と感嘆するワタルに、スノーは得々と続ける。

今度は左手を掲げると、氷の槍が噴射され、氷塊をあっという間に粉砕し、あたりには大きな水溜りができた。

これもまたすごい威力である。

さらに魔法の威力は、出力を自在に調節することも可能だという。


次はどんな技が飛び出すかと期待したが、スノーは氷塊と槍を飛ばすだけでそれ以上の技を見せることはなかった。

強い魔法は体力の消耗が激しいらしい。電池が切れたように座りこんでしまった。そして彼女は、はあはあと肩で息をしながら、どうお?と笑って見せる。


決してスノーを怒らせるようなことをしてはいけないなと、ワタルは肝に銘じた。


スノーとファングの強さを目の当たりにし、魔物の討伐依頼とこなせるのではないかと感じていた。


そんな思いを見透かしたかのように、「今度、討伐依頼受けてみようよ。ワタルも沢山走れるようになったし、きっといけるよ」とスノーが言った。


ただ討伐依頼は危険を伴うものだという事も心得ておかなければいけないだろう。

怪我を負う可能性もあるし、命を落とすことだってあるかもしれない。

いやしかし、これはいい機会ではないだろうか──とワタルは思った。


自分はどのくらいの魔物を相手どる事ができるのか、この世界でどのくらいの強さなのか──知っておく必要があるのではないか。


一週間後、パーティ4人でDランクの依頼である大猪の討伐を実行することと決めた。


3人におんぶにだっこでは、いざという時に連携も取れないだろうし、足手まといになってしまうだろう。

ワタルは依頼の遂行に向けて準備を始めた。

まずは装備からだ。スノーの装備を借りて使ってみたが、明らかにサイズが合わないので街の武器屋に自分専用のものを買いに行った。


予算は20000Gゴールド。ワタルが資料館や酒場で稼いだ金額から捻出した。菜園用具と食費と日用品代を差し引いても、結構余裕を持って準備ができた。


武器は、ショートソードでいいかな。

ショートソードは長さ130cmほどの両刃の剣である。

刀よりも軽く、取り回しもしやすいので初心者にオススメだという。もちろん鉄製だ。

それに、全く扱えないことはないだろうと思っている。この剣の重量に身体が慣れれば、後は体力トレーニング次第でなんとかなるだろうと思っていた。

7500Gの剣を武器屋で購入する。まだ一度も使われていないピカピカのつるぎがワタルの手に渡った。

新しい剣を手に入れ、少し心が踊った。


残りの資金はどうしようかと思案する。武器屋の向かいに本屋があったので入ってみると、武器の指南書が売られていたので購入した。

加えて、この世界での魔法の呪文について記された本も。


依頼を行う上でも攻撃の手数は多い方が良いと思ったし、魔法を撃てるようになることにワタルは憧れを持っていた。

すぐに使えるようにならないだろうが、追々勉強していこうと思う。


大猪を退治するにあたって、準備不足はないかとハウンに助言を求めた。


彼女はワタルの身体を触りながら、怪我の有無を確かめると、毎日走ったり体術の訓練をしたりしているおかげで体力がついてきていると言った。

次にファングにもアドバイスを求めたが、彼もハウンと同じようなことを言っていたのであまり参考にならなかった。ただファングはワタルのことを褒めてくれた。

そして最後に、剣の手入れ方法と正しい握り方を教えてくれた。


* 出発当日──4人は秘密基地の前に集合していた。大猪の出没する森はフラハイトの街から東に10kmほどの位置にある。噂によると大猪は子分の魔物を使役して街の農作物を奪ったり、森に入ってくる人間を襲ったりするのだという。

実力のあるパーティや兵士団が討伐してきた過去はあり、一度親玉を倒ししばらくは被害は収まるものの、やがて別の親分が台頭し、また同じ事の繰り返しになっているらしい。

要するにキリがないのである。


森へ向かう途中、ワタルはハウンに大猪の生態について教えてもらった。

まず大きさだが、体長2メートル以上になる個体も稀に生まれるという。

体重が300kg程度で、兎や鹿など中型の獣を捕まえて引き裂くほどの強靭なアゴと歯を持っているのだという。さらに親玉となると角も生えてくるし、本当に恐ろしい魔物である。



大猪は子分の魔物を使役することもあるというから、子分たちを蹴散らしながら親玉と対決しなければならない。


森にたどり着き、早速偵察してみたら、辺り一面茨の森だった。まるでジャングルのような光景である。入り口を探してウロウロしていると、ファングが声を張り上げてワタルを呼んだ。

ファングは近くの木の上に登っている。そしてその太い枝にスノーをロープで縛りつけて、軽々と登っているのである。


そのロープはスノーが背負っているリュックサックに結ばれていた。

ファングの声を聞いたワタルは、急いでロープを登り彼のいる枝へよじ登った。そこから恐る恐る下を見ると、下から見上げるとそう感じるのか、茨の森にぽっかりと大きな穴があいているのがわかった。

そしてその穴の1番奥で牙をむいてこちらを睨みつけているのが大猪だった。まだ距離があるのに、その威圧感は凄まじかった。

あんな生き物と戦うなんて正気の沙汰ではない。

ハウンがロープを下ろしてくれたので、ファングとスノーが引き上げてくれた。2人の身体能力の高さを実感する場面だ。

降りると同時にワタルは言った。

そしてハウンにもロープで登り方を教えてもらっておいたのだった。

* 森の中には沼があり、そこで大猪は水浴びをしているという情報があったので、開けているそこで待ち伏せしようとワタルたちはそちらを目指した。しかし道なき道を進んでいると、茨が足に絡みつき、なかなか前に進めない。

ファングのリュックサックにロープがついていることを思い出し、貸してもらった。彼が先導し、ロープを命綱にして進んでいった。

ハウンに教えてもらったが、ロープの扱いに長けているという。

木の上や崖など高所に登るためには必須だし、川を渡る時や難所を越える時にもロープは使うので修練を積むそうだ。

そうこうするうちに沼についたが、大猪の姿はなく、何匹かの魔物の群れがこちらに身構えていた。


「こっちに来るぞ覚悟はいいか?」

とファングが叫ぶ。

ワタルは緊張したが、スノーに背中を叩かれて少し心が落ち着いた。

その次の瞬間、草むらから飛び出してきた魔物たちが襲いかかってきた。

ファングとスノーはすぐさま応戦する。ワタルもショートソードを鞘から抜き放ち、両手で柄を握りしめると突っ込んでいく。しかし思うように力が入らないので、力いっぱい振るというよりは遠心力で振り回したという感じだった。それでも勢いだけはあったので魔物の一匹を切り裂くのには充分だった。

「俺にもできた…!」喜ぶ間もなく次々と敵は姿を現す。

その間にファングが自慢の双剣で薙ぎ払い数十匹は始末している。流石だ。そのファングを魔物が取り囲んだ。しかし彼は回転しながら華麗に攻撃を躱し、返り討ちにしていく。ワタルは剣を振りながらその戦いぶりに見とれてしまった。


「あーもうこれひっきりなしだね!これでどうだ!」とスノーが巨大な氷塊を作り出した。

最大出力の魔法だ。


氷塊が地面に着地する轟音とともに魔物の群れは断末魔をあげて消えていった。


あれだけいた魔物がピクリとも動かなくなっている。これが獣人たちの力なのか。これならば大猪にも勝てるかもしれない。


そう思ったのも束の間、スノーがその場にへたり込んでしまった。燃料切れだ。


ペース配分を考えなさいとハウンが説教しつつ、スノーに対して魔法を唱えているようだった。


体力の回復魔法とのことだった。これでスノーもまた技を撃てるようになるのだろうか。

どうやら、スノーはすくっと立ち上がり、「いやぁ早とちりしちゃった」と頭を掻く。


一方でハウンは息が上がっている。回復魔法を使うにも体力がいるようだ。

戦闘については彼女に負担をかけるべきではないと感じた。


ワタルは休む間もなく戦い続けた。


次から次へと現れる魔物に、一体何匹いるのかと辟易する。しかもこいつらは学習能力があるのか、ファングとスノーには目もくれずワタルばかり狙ってくるのである。

やっとのことでワタルは数匹を倒したが、足を噛みつかれてしまい痛くて仕方がない。


ハウンに回復の魔法をかけてもらうと、足の怪我はすぐに治った。

しかしその後何度足を上げても噛みつかれた場所に痛みを感じる。毒のようなものを注入されたのだろうか、痛みが引かない。

それを見ていたファングが背負っていたリュックサックから何かを取り出した。取り出したのは緑色の液体の入った小瓶だった。

そしてワタルにそれを渡してきた。

なんだろうと思い蓋を取るとツンとする匂いがした。

──これは薬草か! 手に持つだけで痛みが和らぐのを感じたので、ワタルは必死に足をマッサージして薬草を塗りこんだ。

ファングのリュックサックには薬草や毒消し薬、包帯に消毒液など冒険に役立つものが詰まっているとのことだった。

彼は大きなリュックサックを背負ったまま動き回っているが、中身がパンパンにならないのだろうかと心配になる。


やがて大猪の本体の姿が確認できた。それは赤くて巨大な猪だった。鼻息を荒くしてこちらに突進してくる。ファングがそれに負けない声で指示を出すと全員距離をとったところで身構える。


「うーん、さっきみたいな魔法は出せそうにないや。みんなどうしよう」

とスノーが言うと、ファングはニヤリと笑って答える。

「俺たちがおとりになるから、スノー、その間にお前がぶっ飛ばせ!それでだめなら迷わず逃げるぞ」

そしてファングは大猪の注意をひくように素早く動き回った。

敵は彼を追い詰めようと攻撃を仕掛けるが、彼はそれを全て躱す。大猪は興奮の絶頂に達したのか、鼻血を噴き出した。

そして突進してくる大猪をファングが受け止めてようとしたが弾き飛ばされてしまった。

飛んだ先には大きな岩があった。これに当たってしまえばひとたまりもないだろう。


「ファング!危ない!」とスノーは力を振り絞り魔法で冷たい風を吹かせ、彼の落下地点を岩からずらすことに成功した。


そのおかげで上手く着地できた。しかし、追突されたダメージが大きいのうでその場でうずくまってしまった。


絶対絶命だ。メンバーの回復薬に達し疲労しているハウンに、もう魔法は撃たないであろうスノー。唯一の戦力のワタルはまだ足を怪我している。

しかしここで諦めるわけにはいかない。ワタルはファングの前に躍り出た。大猪はスピードを落とすことなく突進してくる。

逃げるといってももう手遅れであろう。ならばどうすればいいか。

ワタルはショートソードを腰の位置で構えた。

怖い。でも、やるしかない。

ファングがワタルの背後から叫んでいるのが聞こえた。

それと同時にワタルはショートソードを振り上げると大猪の鼻先めがけて斬りかかった。

突然目の前を剣が横切ったものだから、大猪は驚いて怯んだ。そしてその隙をついてワタルは突進すると、奴の横腹めがけて剣を突き刺した。さらにもう一撃加えてやるつもりで腕を引くと、その腕に大猪が噛みついたのだった。

激痛が走る──しかしワタルはそれを堪えたが、もう力が入らない。


腕からはミシミシと音がする。大猪はワタルの腕を放さない。このままでは食いちぎられる! ファングとスノーが駆けつけてくるのが見える。

ダメだ!みんなを巻き込むわけにはいかない!ワタルは薄れいく意識の中でそんなことを思ったのだった。


「よくやった!ワタル!あとは任せろ!」

ファングはワタルの腕ごと大猪の口に腕を突っ込むと、その顎をもう一方の手で掴む。そして力いっぱい腕に力を込めた。すると大猪はミシミシと音をたてて顎が外れるのだった。

ワタルは倒れ込み、ようやく腕が解放されたが痛みで悲鳴を上げた。

ファングが突き飛ばしてくれたおかげで、大猪の牙から逃れることができたのである。しかし噛まれた腕からは出血しており、めちゃくちゃに痛い。そこにハウンが飛びついた。彼女は掌をワタルの傷口に翳すと、青白い光を放った。

そして魔法を唱えると、出血が止まった。

凄い!ここまでの傷が…ハウンの手に自分の手を重ねてみると、その温もりが心地よかった。


「今の私の力じゃみんなのこと応急処置までしか出来なかったわ」


ここまで辛そうなハウンの顔は見たことがない。傷への回復魔法は負担が大きいのだと実感させられた。申し訳ない気持ちになる。


顎を外された大猪は痛みにのたうち回っている。ファングもこれ以上体が動かないようだった。


そんな大猪にスノーが氷の槍を最後の一撃として食らわせた。


しかしそれがトドメとはならず、大猪はよろよろと起き上がった。その目にはまだ怒りが燃えているように見える。そして奴がこちらに突進してくる直前に、ワタルは何とか立ち上がり、ショートソードを構えて迎え撃つ体勢をとった。

刹那の静寂──大猪の牙が目の前に迫る──躱しきれない!ワタルは死を覚悟した。


続く

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