第12話 スノーと魔法使いの思い出
パーティ解散の危機から一週間が経過した。
無事仲を戻したワタルとファングであった。
鍛錬についてはランニングの量を増やし、基礎体力を養っている。
以前とは異なり、互いの表情は明るい。
魔物に襲われた時にまずは逃げ切る力を身につけて欲しいと、それが今のワタルとファングの目的だ。
それが終われば、暇さえあればワタルは土いじりをしている。
穴掘りの鍛錬で掘り起こした土を畑に再利用したのだ。キツイ経験の産物なだけに愛着が湧いてしまっている。
今も鍬を振るい、種を蒔き、水をやっているところだ。
この畑に植えられているのはじゃがいもと人参だ。
料理に使える野菜のレパートリーがもっと欲しいと思っていたから良い機会だと思ったのである。
もちろん収穫して食べる為でもあるけれど。
ジャガイモは寒冷な気候を好み、また秋植えでないと収穫できない種類である事は知っているので、今の時期に栽培するのは適切とは言えなかった。でもまあその辺は気持ちの問題だ。品種と耐寒性さえ合っているのなら、収穫する時期は多少前後しても構わないだろう。
畑作業のおかげで力もついてきた気がする。
単純な腕力の話だけではなく、重い荷車を引くのにも苦労しなくなった。
ワタルは充実感に浸りながら汗を拭った。
するとそこに突然、スノーが出現した。音もなくワタルの背後に立ったのだ。
心臓に悪い。だけどワタルの方も進歩しているのだった。声を上げずにすんだので上出来だ。
驚いてひっくり返るという失態だけは避けられたから──それでも鼓動の加速は感じられるくらいにはドキドキしているが──良しとするしかない。
スノーはこういったイタズラを好んでやる。
もしかしたらこれも、ファングがワタルと仲直りした事の現れであるのかもしれない。
ワタルは普通に挨拶をしたつもりだったが、動揺はスノーに見透かされていたらしい。くすくす笑われてしまった。
頬が熱くなるのを感じると、ワタルは露骨に顔をそむけた。
スノーはそんなワタルのリアクションを面白がっており、畳み掛けるようにワタルの首元に魔法で冷たい風を送ってきた。
ワタルはひゃあと言って肩をすくめ、冷感の魔法攻撃を撥ね退けた。
スノーは変わらず笑っている。
前よりも距離が近くなった気がする。
お互いにその事を感じているのが感じられる。だから余計に照れくさくなって、ワタルはまたぞろ顔を背けるのだった。
風に乗って楽しげな笑い声が流れてくると、つられてワタルも笑ってしまった。
そのまま二人の笑いはひとしきり続いた。
ふと、自身でも魔法を使うことが出来るのだろうかとワタルは疑問に思い、その旨をスノーに伝える。
「じゃあ、やってみようか」
スノーはワタルの疑問に答え、魔法を使う手本を見せてくれた。
「まずね、頭の中でムムッってして、腕にググってなってドーンってなる感じ」
全然分からない。
しかしそれが魔力の感覚的な表現であるという事は理解できた。
ワタルも子供の頃には、大げさな身振り手振りを交えた小器用な説明で、親や先生に勉強を教えてもらったものである。だけどスノーの説明はそのどれよりも適当に思えて、しかも擬音だらけだった。
でもまあやってみるしかないか──と覚悟を決めて意識を集中し、ムムッとかググっとかドーンとしてみたりして腕にググッと力を込めてみたりしたが、もちろん何も起こらなかった。
スノーが氷の魔法なら、自分は雷の魔法が撃てるのではないかとほんの少しだけ期待したが、当たり前と言えば当たり前の話である。ワタルは苦笑した。
ふと、別の疑問が頭をよぎった。
「スノーは誰から教わったの?」にスノーに尋ねる。
「昔、小さい頃に遊んでもらってた魔法を使えるお姉さんにね。その頃はまだ小さかったから、そんなに難しい事は教わらなかったんだけど」とスノーは嬉しそうだ。
「10才の時に獣人に私はなってね。
怖がられて、友達もみんないなくなっちゃってひとりぼっちだったんだけど、その時お姉さんに出会ったの。」
ワタルは驚いた。
思えば彼女は常に前向きで、過ぎた事をくよくよ悩む素振りを見せない。
どんなにつらい事実であっても、客観的にそれを捉え、笑い飛ばす強さがある。だからこそあれだけの短期間で立ち直る事が出来たのだろう。
10才というと、まだほんの子供である。
そんな子供が、獣人に生まれ変わるという変化を、いったいどんな気持ちで受け止めたのか。
つらくなかったわけがないし、悲しくなかったわけがないのだ。
しかし今、こうして目の前にいるスノーからはそんな悲壮感は微塵も感じられない。
この笑顔の裏に隠れている気持ちを、ワタルは今初めて覗いているのかもしれない──とそう感じた。
そんなワタルの内心を知ってか知らずか、スノーはこう続けたのだった。
話の続きだ。
「そしてお姉さんと友達になったの。すっごく楽しかったな。街の案内をしてもらって、いろんなところに行って」
そして── そこまで話すと、スノーはワタルに意味ありげな笑顔を向けた。
何か言いたい事があるのだなと察して、ワタルは黙って言葉の続きを待つ。
するとスノーは言った。
「それまではいつも泣いてばっかりだったんだけど、元気をもらえたんだ。そしたらお姉さんも『スノーの笑顔って魔法みたいね。元気が出るわ』って」
確かに彼女の笑顔にはいつもワタルは元気づけられている。今もそうだ。
彼女が笑うだけで、暗かった視界がパアッと明るくなるような気持ちだ。
直接伝えようとしたが、口説いているように思えて踏みとどまった。
代わりに別の事を尋ねた。
「どんな人だった?」
するとスノーはまたワタルの耳元に口を近づけると、小声でこう囁いたのだった。
「強くて優しくて綺麗なお姉さんだったよ。もう長いことずっと会えてないけどね。」とそこから話を続けた。
…⭐︎
時はスノーが11歳の誕生を迎える少し前に遡る。
その当時、ラグド内戦は終結していたものの、獣人と人間との溝はまだまだ深かった。
そんな中でも魔法使いのお姉さんは1人で遊んでいたスノーを気にかけており、スノーの両親も「友達ができた」と喜ぶ娘に安心していたという。
二人は、街外れの滝で待ち合わせをしてよく会っていた。
そこでスノーは様々な事を教わったのだ。
心を強く持つことの大切さや、友達と仲良くする事の喜び。そして獣人であるがゆえの苦悩や悲しみなどについても──そうなのだ。お姉さんは魔法使いなのだから、空を飛んだり呪文を唱えたりすることで不思議を起こせても当然なのに、それでもそんなお姉さんが魔法ではなく言葉で説明してくれたことがスノーには嬉しかったのだ。だからその教えも胸に刻み込まれているとスノーは話す。
ある時、スノーは魔法使いに訊ねた。
「友達とまた仲良くなれるようにするにはどうしたらいいかな?」
それは彼女が獣人に覚醒した際に離れていった友人を指していた。
だが獣人の身体に生まれ変わったスノーは、今また当時の友人たちに拒絶される事を恐れている。
「あのね、スノー。魔法ができる人や獣人の子は他の人よりも強いと思うの。だから怖がる人もいるのかもしれない。その強い力で貴方は人を助けたり、喜ばせたりしてほしいの。そしたら貴方のことをわかってくれるわ。」
その言葉にスノーは目を輝かせて頷いた。魔法の使い方についても教えを乞い、氷の魔法もお姉さんから教わったのだ。
ある時、かつて仲良くしていた友人たちが魔物が出現する森へ行ったきり帰ってこないという話を言伝に聞いた。
いてもたってもいられなくなったスノーは、滝にお姉さんを待たせたまま森へと探しに行った。森の深くへ入っていくと何やら声が聞こえ、それをたどっていくと友人たちの姿が見えた。
彼らの様子がおかしいことに気がついた。1メートルほどはあるであろう人型の魔物が、その巨大な手を彼らの方へ伸ばしていた。
スノーは無我夢中で友人たちに駆け寄り、その手から守らんと氷柱の魔法を放った。
まともに命中した魔物は呻き声をあげて、逃走していった。
やった。
襲われかけた友達は可哀想だったが、自分の力で人を守ることができた。
お姉さんとの約束を守った。
また仲良しに戻ることができる。
しかし、彼女は衝撃を受けた。
友人たちはスノーの姿を見るなり、悲鳴をあげて逃げていってしまったのだ。
「雪女だって言われちゃったよ」──とスノーはワタルに笑って見せるが、声の調子は暗い。
顔一面に恐怖の色を塗りたくって、化け物でも見るような目をむけてきた彼らにスノーは呆然としてしまった。
それから、友人たちがどうなったのかは覚えていない。
失意のまま、スノーは魔法使いの待つ場所へ向かっていった。
「あら、スノー。今日は遅かったわね。空を飛ぶ魔法を今日は見せ…」
「うそつき」とスノーの言葉が遮った。魔法使いは驚く。
しかしスノーの目からは涙がこぼれ落ちている。
スノーは言った。
そして、続けた。
「人を守ったり、喜ばせたりすると怖がられないって言ってたのに、みんなスノーを怖がって逃げていっちゃったじゃない!嘘つき! 」
怒りをぶつけながら泣き崩れるスノーを、お姉さんは優しく抱きとめてくれたが、「もうお姉さんのことなんか嫌いだから!」とスノーは叫ぶ。
お姉さんは言った。
「自分は確かに魔法が使えることを、人々に怖がられてしまう事があると。
しかしそれでも自分は、魔法を使って人々を幸せにしたいの。」と
その日から魔法使いとスノーは会う事はなかったという。
当時はお姉さんの言葉の意味が理解出来ず、二度と会いに行くものかと思っていた。
「でもね、少し大人になってお姉さんの気持ちがわかってきたの。だからなんてことを言ってしまったんだろうって…」と一筋の涙を流した。
ワタルは自分が魔法について聞いたばかりに嫌なことを思い出させてしまったとスノーに謝罪した。
すると、スノーは下げた首に魔法で冷たい風を吹きつけた。
ワタルはぞくっとした感覚に襲われ、思わずひっくり返る。
スノーはそれを見て笑っている。
よかったいつもの笑顔だ。
「私にとって絶対忘れちゃいけない大切なことだから。いつかまた会えたらあの時のこと謝りたいの。ワタルも一緒に探してくれる?」
スノーの問いかけに、ワタルは優しく微笑みながら答えた。「もちろんだよ、スノー。君と一緒にそのお姉さんを見つけ出して、お礼も言いに行こう。」
その時、秘密基地の中からハウンが声をかけてきた。
食事の準備を始めるようだ。
笑顔の魔法にかけたれて、2人はファングとハウンの待つ家へと駆け出した。
続く
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