第11話 もう一度
翌朝、閉店作業が思ったより早く終わり、定時前には退勤できたものの、
どっと疲れが湧いたので、どこかで座ることの出来る場所はないか探すこととした。
すると、後ろから呼び止められた。ハルク達だ。
「お疲れさん。昨日は付き合ってもらって悪かったな。悪いが今日も来てもらうぜ」
疲労はピークであったが、店の常連なので無碍にも出来ない。彼はついていくととした。
誘われた場所は見慣れたギルド内の喫茶店だった。
そこで切り出された話題は、人を探す依頼を請け負ったところ尋ね人の特徴がワタルと何もかも一致していたため確認をしたいとのことだった。
依頼主はスノー、ハウンと書かれている。
ワタルは間違いのない旨を伝えた。
「家出でもしたのかい。何も言わずに仕事言っちゃった?」とハルクは訊ねる。
ワタルはここまでに至る経緯を事細かに説明することとした。
「それでさ、ワタルくんは戻りたいの?」とウィングが口を挟む。
正直に言ってわからなかった。依頼者の名前にファングがあったのならばすぐに決断できたかもしれない。
「確かに僕はみんなのために何かしたかったです。でも何も出来ないから。きっと邪魔なので。」とワタルは下を向く。
その場にいた3人の表情が曇る。
「そうだ!みなさんの仲間に彼らを入れてやってくれませんか?そしたら、3人はもっと…!」とワタルは本心を話した。我ながら名案だと思った。彼らにとってもその方が良いに違いないと。
「馬鹿やろうそんなことしねえよ!」とハルクが一喝する。
その覇気に、ワタルは思わず縮こまった。
ウィングが続ける。
彼はハルクの怒りをなだめながらワタルに言った。
どうしても嫌なら依頼人へは心当たりのある場所にもいなかったと告げるから
ウィングに言われて、涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。
3人が見守る中、声をあげて泣いた。
そんなワタルを見てハルクは呆れたようにため息をつくと頭を優しく撫でて言った。
「戻るのが嫌なわけじゃないんだろう?それならどうして戻らない?」
ワタルは首を横に振って答える。
「戻りたい……、でもまだ、僕は何にも出来ないので。」としゃくりあげながら話した。
「それと…君のことを探している人からの手紙だ。」
とハルクが付け足した。
ワタルはその言葉に驚いて涙を引っ込めて顔を上げる。
ウィングも頷いて、一枚の紙を差し出した。それはワタルに宛てた二人からのメッセージのようだった。
ワタルは大切に受け取って、一度目を通しまたしまった。
ワタルはそこでこらえきれなくなってまた泣いた。
周りから見たらきっととても奇妙であっただろう。1人で泣いているのだから。でもそんなこと気にしていられなかった。
そして、夕方にまた来ますと言って喫茶店を出た。
・・・・・・・・・・☆
時は遡り、ワタルとファングのあの日。
ファングは秘密基地への帰宅早々、自室に鍵を閉めて出てこなくなってしまった。
その翌日、スノーや事情を聞いたハウンが声をかけに行くが、全く返事がない。
珍しく日課のランニングもやっていないようだ。
「今日一日はワタルが帰ってくるかもしれないから私たちはここにいるわね」とハウンは無言の扉の向こうへ続けた。
その日、秘密基地の中は沈んだ雰囲気に包まれていた。ファングが眠っていたことを面白半分でバラしてしまったのは自分だ。
いつもは明るいスノーも今回ばかりは自責の念でいっぱいだった。
何もしていない待つだけの時間は非常に長い。気晴らしにあちこちを掃除したり、探すあてについて話し合ったりしていた。
明日以降、街で探してみること。資料館を訪問してみることで考えは一致した。
その翌日。
「ファングー!ワタルを探しにいってくるね」とスノーは呼びかける。
すると閉ざされていた扉が開いた。
「ランニングに行ってくる。そっちへは行かない。勝手にしてくれ。」ぶっきらぼうにファングは返した。
スノーとハウンは顔を見合わせ、それでも出発することを確認後した。
ラグド内戦資料館。
「ワタルが働いてないかって?ああ、彼なら宿直明けで退勤したよ。ところで君たちは?」とセレドニオが応対してくれた。
「私達はワタルのパーティのメンバーです。色々と事情があって彼を探しているんです」
ハウンは経緯を説明しつつ、真剣な眼差しで訪ねた。
「そうか、お嬢さん達が。彼の出勤なら一週間後なんだ。なんでもやることが多いとかで。ちょっと様子が変だったのはそういうことか。」
「ありがとうございます。見つからなければ、来週また伺います。」とハウンは頭を下げた。「ありがとうございましたー」とスノーも続ける。
一週間という期間をワタルはどんな気持ちで過ごすのだろう。
そのことだけが二人の思考を支配していた。
ギルドにてワタルの捜索願を出すために二人は受付へ来ていた。
一週間後に出会えるのは確実であろうが、不安は拭いきれなかった。
受付のギルド員に事情を伝えると、酒場での業務を受注しているとあっさり教えてくれた。杞憂だった。
二人は心底ほっとした。
スノーとハウンはその酒場での勤務時間の終了後に迎えにいくことしたのだった。
・・・・・・・・・・☆
時は、ワタルがハルクから手紙を受け取った日の夕方。
手紙に記載された通りにギルド内のカフェの席に腰掛ける。
目の前の席に見慣れた獣人が腰掛けた。少し落ち着かないようだったがファングであった。いつものような軽装ではなく、少し小洒落たTシャツとスキニーパンツを身につけていた。
-そんな服持っていたんだ。とワタルは思った。そういえば俺はファングのことをよく知らなかったのかもしれない。
ワタルは改めてファングの格好を見た。
少し驚いた様子のワタルを見て、ファングは寂しそうに笑う。
沈黙の後、ファングが口を開く。少し疲れたような声だった。
ワタルはその様子を見て、心が苦しくなるのを感じた。
ファングはぽつりぽつりと話し始めた。ハルクやウィングにも同じことを話した、と前置きをして話を続ける。
「手紙読んだだろ?スノーとハウンからの。戻ってこい。あいつらが悲しむからさ。だけどな、ワタルがそう決めたならもう無理は言わないから。」
ファングはそう言った後、テーブルに置かれたコーヒーに口をつけた。
その苦味と熱で自らを落ち着かせるように一口、二口と飲み進める。
ワタルは何も答えることが出来なかった。ただ黙って聞いていた。
言いたいことはまだあるのだろう。
しかし、ファングはぐっと堪えてワタルを見据える。
その目を真っ直ぐに見られなくてワタルは下を向く。
沈黙を破ったのはワタルだった。
ファングの視線を真正面から受けて、ワタルは口を開く。
そこから出て来たのはファングへの謝罪であった。そして自分の本心だった。
あの時思ってもいなかったことを言ってしまい、ファングを深く傷つけたと思っていた。
ファングはワタルの言葉を黙って聞いていた。
「それと、あの手紙を書いたのは本当はファングなんだろ?」
ファングは驚いた様子でワタルを見る。
しばらく口をパクパクさせて、動揺しているようだった。
少し間を置いて、ファングは首を横に振った。
「筆跡がファングのものだし、途中から一人称が俺になってた。それにファングじゃないと知らないことだって書いてあった。」
ワタルはそう聞いた後、ファングの答えを待った。
(これでバレてないだろうは無理あるぞ。)とワタルは心の中で思う
ファングはまた否定しようとしたが、諦めて認めた。
そして続ける。
「ああ、ワタルの言う通りだ。確かに俺が書いたんだ。」と答えてからファングは話を続ける。
「最悪だよな俺。自分のことばかり考えて、ワタルのことを考えなかった。自分のことで精一杯だったんだ。厳しい鍛錬を押し付けて…挙句には暴力まで振るっちまった。本当に悪かった。」とファングはテーブルに頭をつけた。
「手紙をスノーやハウンが書いたようにみせかけたのも、あの時と同じ素直に謝れない気持ちがあったんだ…」とファングはワタルに謝った。
「でも、ファングが手紙をくれたってわかった時は嬉しかったよ。そして今苦手な街にもきてくれている。
……だから、ありがとう。ファング」
ワタルはそう答えた。
そして、ファングにそうであったように自分もまた素直に感謝の気持ちを述べた。
その言葉を受けて、ファングは顔を上げてワタルを見た。その顔は笑顔だった。
二人はコーヒーを飲みながらお互いの心境を語り合った。
お互いに謝罪しあってからしばらくするとカフェの閉店時間が来たようだった。
喫茶店内の店員に退店を促す声がかかる。
2人は揃って立ち上がり、会計を済ませたあと出口へ向かう。もうすっかり外は暗くなっている。そしてワタルとファングは、ギルド内の酒場でスノーとハウンが待っていることはもう気にしていなかった。
二人はギルドを出て、夜空を眺める。満天の星空だ。
2人は無言だったが、沈黙ではない空気が流れていた。
「あっ!見つけた!ワタルー!ファングもいるの?」駆け寄ってきたのはスノー。少し遅れてハウン。
「貴方と話しをしようと思って、酒場に行ったんだけれど、入れ違いになってたみたいね」とハウンが言った。
ワタルは迷惑を掛けたことを誠心誠意謝罪し、依頼まで出して自分を探してくれたことについて感謝を伝えた。
2人は目を丸くしながら、ギルド職員にワタルが請け負った依頼を教えてもらい同行を追っていたので、それを出していなかったと話す。
それならば何故2人の名前でワタルの捜索願いが出されていたのか。ワタルは考えた。
そして一つの可能性に思い当たる。それはファングが出したワタルへの手紙だ。文面と癖のあるサインの筆跡が一致していたのである。
ならばその手紙を出してくれた人物とは……。
ワタルは恐る恐るファングに聞いてみた。
ファングは照れ隠ししながら、ぶっきらぼうに答えた。
それを見た二人は顔を見合わせて笑うのであった。
「みんな…心配かけてごめん。自分にできることがまだ分からないし、未熟者で迷子のような存在だけど、みんなと一緒にいることで、成長していきたい。もし、またみんなの仲間に加わらせてくれるなら、俺、精一杯頑張るって決めた。だから……よろしくおねがいします。」
ワタルは三人に向き直って、深く頭を下げた。三人は互いに顔を見合わせた後、ワタルに向き直り、同じく頭を下げた。
そして三人は同時に顔を上げてワタルを見る。そしてニッと笑った。
こうしてワタルは四人のパーティに再度加入した。
ファングは嬉しそうに笑い、ワタルに飛びついた。
そんな二人をスノーが慌てて静止するのだった。
そんな3人の様子を眺めて、ハウンは優しく微笑んでいた。
・・・☆ 4人は一度秘密基地に戻った後、食事をとることにしたようだ。スノーが調理を、3人はテーブルを拭いたり食器を準備したりとせわしなく動いている。
食事の支度が整い、4人は食卓に座った。机の上には美味しそうな料理が並んでいる。
4人は声を揃えていただきますと言い食事をし始めた。ファングは相変わらずバクバクと食べているが、その食べっぷりに不快さはなくむしろ好感をもてるほどだ。
ワタルはその様子を嬉しく思いながら、自分の分を食べる。
そんな様子を見たファングはワタルに声をかけた。
その顔はどこか嬉しそうだった。
どうやらファングはこの4人での食事が楽しくて仕方ないらしい。
4人はそんな気持ちが一致するように笑い合うのだった。
・・・☆ 4人が食事を終え、ワタルは寝床についた時、手紙を大切にしまっておこうと思い立った
(さて、明日からまた頑張ろう)と自分に言い聞かせて眠りにつくのであった
続く
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