第10話 フラハイトの酒場にて

その夜


ワタルは酒場での業務に従事した。賑やかな夜の店内には労働者や旅人たちが集まり、陽気な雰囲気が漂っていた。ワタルは料理補助や飲み物の提供を担当し、笑顔で客たちに接客することになった。


すると獣人2人と男1人。自分たちと似ている。パーティと思しき団体が入店してきた。


街で獣人を見かける機会はワタルが転生してきた日からほとんどなかった。

この世界を知るために読んだ文献では、獣人に覚醒するのは100人に2人もいないとされるほど珍しい存在なのだ。


他のパーティにもタイミングが悪かったのかギルドでも一度も顔を合わせたことがなかった。ワタルは話を聞いてみたいという衝動に駆られるが、仕事が最優先だった。


ワタルは自分を抑えて、カウンターで客たちの注文を伝票に書き留めたり、肉料理やビールを運んだり、せわしない給仕を続けた。


「そこのお兄さん、注文お願い。」

カウンターの中から呼びかけられ、ワタルはハッとした。

革のベストを着ている中年の男だ。大柄で肩幅が広く、腕も足も丸太のように太い。短く刈り込んだ頭髪と口髭には白いものが混じっている。目尻には笑い皺が刻まれており、笑っているみたいな細い目だった。だけど笑ってはいない。愛嬌よりも迫力を感じる笑みだ。

酒焼けした声だった。顔も赤いし相当飲んでいるみたいだけれど、態度や物腰に乱れはない。これは、かなりの酒飲みだ。

男の隣に座っている翼の生えた獣人が手を振ってこちらに合図している。


彼は細身の青年で、腰にショートソードを吊るしてはいるが防具は身につけていない。長袖のシャツに革製のベストを着て、ゆったりとした茶色のズボンを穿いている。

もうひとりの獣人は頭に布を巻きつけている。日焼けした顔の中で小さな目が輝いていて、鼻が上を向いて尖っている。金色の短い髪に金の装飾品を身につけている。なんだか猿っぽい印象だ。

ワタルは獣人たちの座っているテーブルに近づいていった。他の客たちは物珍しさからか彼らをちらちらと見ている。


ワタルは伝票を受け取り、失礼にならない程度の事務的な口調で注文を取った。

三人はビールをひとつずつと、肉の煮込み料理をひとつずつ頼んだ。彼らが飲んでいるビールの大瓶も持ってテーブルから離れるとき、隣の翼の生えた男が話しかけてきた。


「店員さん、みない顔だね」


ワタルは緊張を表に出さないよう気をつけながら、ええ、とうなずき、名を名乗った。


翼の生えた獣人が興味津々の様子で言います。「ワタルってのかい?おいらはウィング。こいつがボンゾウ。そして我らがリーダーがハルク。」

紹介された革ベストの中年の男がジョッキを掲げて、よろしくなと挨拶した。

もう1人の獣人ボンゾウはただコクンと首を動かす。

「今この店で2軒目なんだが、ボンゾウのやつ下戸でよ。きっと頭ぼーっとしてんだ。」


ウィングがそう言って、ワタルに片目をつぶってみせた。

見た目とは裏腹にフランクな彼らに、ワタルはホッとした。

この獣人たちが身にまとっている空気が──他の客たちとはまるで違っているのだ。たとえば勇者の剣を持った者が発する光のような──凛とした緊張感を感じるのだ。

きっと冒険者なのだろうと思った。それもかなり腕の立つパーティだ。

ハルクという名のリーダーも只者ではない感じがする。鋭い目をしていて、貫禄がある。

聞くところによると、彼らは著名なパーティで、この店の常連客なのだそうだ。店にとってはかなり有り難い存在だろう。


注文されたものをテーブルに運ぶと、ウィングがありがとうと笑った。ハルクも頷く。ボンゾウはじぃっとワタルを見ているだけだが、特に不満そうな顔はしていない。

彼らのテーブルから厨房に戻っているとき、料理補助のスタッフがワタルに囁いた。

─例の冒険者たちよ。あの翼の生えたお兄ちゃん、かなりの酒豪でさ、ハルクさんと勝負だって言って飲み比べしてるのよ。付き合わされるもう1人の子は不憫ね。

良い人たちなんだけど、あまり近くへ行くと店員だろうが、関係なく絡んでいくから要注意よ。

ワタルは笑顔で、わかりましたと言ったところ、「ワタルくーん!こっちきて飲もうよ!」と客席から呼ばれた。

名前を教えてしまってはもう遅いらしい。どうしたら良いか彼は迷ったが、そばにいた店長からはGOサインが出ている。こうして常連に顔を覚えてもらうのも大切らしい。


──これも経験だと思って頑張ってきなさい。

ワタルはそう背中を押されて、客席に向かった。


4人がけのテーブルで、顔を真っ赤にして天井を見上げているボンゾウの隣が空いていため、そこに座らせてもらう。


彼らはここのところ北の地方で魔物退治をしていて、その仕事を終えてこの街に戻って来たのだそうだ。今夜は宿が混んでいたため、酒場も兼ねているこの店にやってきたのだと言った。


他愛ない世間話を交えながら、ウィングとハルクはテーブルの上の料理をつつきながらどんどんジョッキを空にしていく。


この国では飲酒は18歳から許可されている。酒など飲んだことはなかったが19歳のワタルもいただくこととした。


すると突然、隣りにいたボンゾウがワタルの首に腕を回し、聞いてきた。

──キミから、獣人のニオイがする。パーティ組んでんの?

ワタルはびっくりしてむせてしまった。

ボンゾウは畳み掛けるようにワタルの頬をぐりぐりしながら、どうなのどうなのと繰り返している。


正面の2人から嗜められ、ようやく解放される。ワタルは肯定した。


「まだまだ新米なので簡単な依頼をこのしているだけですが、一応まぁ」とファングと仲違いしたところまでは答えなかった。深掘りされて欲しくないからだ。


「まだまだ新米なので簡単な依頼をこのしているだけですが、一応まぁ」とファングと仲違いしたところまでは答えなかった。深掘りされて欲しくないからだ。

「それじゃ、オラたちの後輩だね。」

ボンゾウはへらへらと笑った。酔っ払っているせいで、呂律が回っていない。目もとろんとしている。


「それでは、先輩!お聞きしたいことがあるのですが」とワタルが返すと、ボンゾウはニコリと笑い、何でも言ってくれとソワソワしている。


もう2人も箸を止めてこちらを見つめている。


僕には探している子供がいて…と切り出し、転生前に救うことが出来なかった命の特徴について伝え、高いランクの依頼にその子からのものや、尋ね人として何か情報はないかと聞いた。


「俺たちはAランクまでの依頼には大体目を通しているはずだが、その手の人の捜索依頼は最近やたらと多くてな。反社会組織による誘拐も後を絶たないからな。」

とハルク。

それに続けてウィングからは、Sランクの依頼についてはパーティの方針で受けないこととしているが、依頼者や失踪者含め、相手が開示している情報以上のものは得られないため、それらしい依頼を全て受けていくしか方法はないかもしれないと説明された。


そこまで強いのかとワタルは驚かされた。何かわかったら、教えるよとハルクが言ってくれた。


ワタルは深々と頭を下げた。


「ちょっと一服してくる。失礼。」とハルクは席を外す。「なんすか、俺との飲み比べは?」

とウィングが不服そうに言う。


「ハルクさん一軒目の前から歩き飲みしてんだよ。リーダーのほうがよっぽど飲んでるさ」とボンゾウが言うと、ウィングは口をへの字に曲げて、首をひねってからガバッとテーブルに突っ伏した。



「いいや、ハルクさんは大事な時にはいつも逃げるんだ。オイラたちだっていい加減Sランクの依頼出来るだろ。この前もそう言ったらはぐらかされちまった。」とウィングは

突っ伏したままブツブツ言った。

クールな見た目の青年が駄々をこねている。酒とは恐ろしいものだ。


「まあ、正味オラもそう思うところがある。もっと信頼してほしい。」とボンゾウ。

ワタルくんからも言ってやってよとまたグリグリされるが、あまり愚痴には付き合いたくない。

「僕はしがない新米冒険者ですから…」


すると、ハルクが戻ってきた。少し足元がふらついているように見えるが、さっきよりは明るい表情だ。

──さて、そろそろお開きにするかね。

とハルクは言って立ち上がった。ワタルもそれに続く。ウィングはむにゃむにゃ言っている。突っ伏した勢いのまま眠ってしまったようだ。

ボンゾウはウィングに肩を貸してやっている。

「今日は会えてよかったよ。また今度飲もうな」と手を振ってくれた。ワタルも笑顔で返した。


ワタルは店の外まで見送ることとし、3人は繁華街の中へ消えていった。


──良いパーティだな。

ワタルはそう思った。先輩冒険者たちということで、もっと粗野な人たちなのかと思ったが、話しやすくて気さくで親切だった。まだAランクまでしか依頼を請け負わないと言っていたが、きっとSランクの依頼だってこなせるのだろう。あのウィングって人が言ってたようにハルクのリーダーとしての力もあるだろうけれど、彼らのチームワークがしっかりと根を張っている感じだった。


自分もパーティを続けていればあんな風になれたのだろうか。今日も夜風が冷たかった。


続く。

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