本編 ④
「信じ難いですが、苑田さんが嘘ついてるようには思えないんですよねぇ」
俺が話し終えると、三輪君は深呼吸をして、難しい顔をしながら溜息をつくようにそう言いい、そのまま黙り込んでしまった。そんな荒唐無稽な話を聞かされたら実際、そうするしかないだろう。
誰が令和六年に眠り、平成十一年のバンコクで目覚めて、こういうことになっていますなんて聴いて、「はい。そうですか。それは大変ですね」と信じるだろうか?三輪君じゃなかったら、「このキチガイめ」と罵倒されるか、「奴はとうとう頭がおかしくなった」と精神科に通報されるところだろう。それがわかっているからこそ、三輪君にだけは一切を話したのだ。
「しかし、平成の次の年号は令和ですか?知的でお優しい皇太子様にぴったりですね」
「俺もそう思った」
「それと、パンデミックからのワクチンはなんだかきな臭いですね。地球人口の抑制計画としか思えませんね。まぁ、誰が絵を描いたかまではわかりませんが」
「流石、三輪君は理解が早い。反ワク派は皆、君と同意見だよ」
「あと、僕は携帯電話やインターネットですら革命だと思っているのに、苑田さんの仰るスマホって奴があれば、電話に写真にネットにスケジュール管理に支払いも出来るんですよね?すごいとしか言いようがないです」
そういえば、この数か月後に三輪君からインドのネットカフェから少々、興奮気味なメールを貰ったのを思い出した。そのネットカフェも今や世界規模で廃れ、日本では家のない日雇い労働者たちの巣窟でしかないのに、この頃は隆盛を極めていた。昔にいながら時の流れを感じる。
「しかし、苑田さんが四十九歳ってのは…」
「君だってあっちの世界じゃ四十四歳だ」
それを言うと永久に水かけ論の堂々巡りだ。
「でもね、四半世紀後も仲良くしていただいてるってのは有難いことですよ」
三輪君はここが落としどころとばかりに微笑み、8番ラーメンの塩味を二つ頼んだ。俺はタイの店舗しかないトムヤム味が食べたかったが、塩味もタンメンっぽくて好きだから余計なことは言わず、従った。
「面白い話が聴けました。将来、この旅を文章にすることがあったら、絶対に苑田さんのことを書きますよ」
「令和六年から来たって言い張る頭のおかしいおっさんがいたってか?」
三輪君はそれには答えなかったが、実際、三輪君の著書に俺は「カオサンの小野田さん」として登場する。尤も、「カオサンの小野田さん」は今の俺とは似ても似つかず、「スナフキンを酒好き、旅好き、女好きにしたような人」だと記述され、剛毅で破天荒で自由奔放な描写が目立つ。
「いつも助けてもらってるんで、ここは僕が奢りますよ」
後輩に奢ってもらうのはあまり気が進まないが、三輪君の男気を軽くうっちゃるのもそれはそれで不粋なので、「じゃぁ、俺はそのお礼に三輪君がこれ以上、健さんに弄られないように、今日あたり、ラッチャダーのソープで複数プレーでもやるか?悩んでるのが馬鹿々々しくなるぞ」と白々しいくらいにいやらしい提案をすると、三輪君は「悪の道はごめんですよ」と苦笑した。
三輪君は風俗に行くのはよっぽど厭だったようで、結局、食事代は折半した。
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