36:吸血鬼は昔を語る②

 最初に彼女から聞いたのは、『魔法』と言うモノだった。

 もちろん私も『魔法』を操ることは可能だったのだが、彼女の操るそれを知れば私の力などは児戯に等しいレベルであったよ。

 素直に感心していると、

「あははは、齢一万歳を越えればこのくらい容易ないさ。

 どうせわたしたちの時は無限だ、のんびりと覚えればいいよ」

「嫌よ。私は早くお姉さまの役に立てるようになりたいの!」

 ─え、今と口調が違うって?

 恥ずかしながら、実は私のこの口調はお姉さまの物を真似ているんだよ─


「まぁいいか、ただし無理はしない事だね。理を変えると言うのは誤れば世界を壊すことに繋がるのだからね」

 この時ばかりはお姉さまの口調はとても真剣で、聞かなければ体に分からせるよと言った、そうだなぁドスの利いた声と言う物だったかな。

 万年生きたと言うお姉さまが言う事だ、私はより慎重に『魔法』に取り組んだよ。



 お姉さまは棲み家を持たない、転々とした存在だった。

 一ヵ所に留まるのは大体三年から五年、その頃には聖女呼ばわりされて、国から召還を受けたり、場合によっては良からぬことをたくらむ貴族に追われることまであった。

 しかしどれだけ迫害されても、また襲われそうになっても彼女は逃げるだけで決して手は出さなかった。彼女は絶対に人間を害さない─ただし吸血鬼ヴァンパイアの私が人の血を飲むしょくじすることは禁じなかったが─。

「ねえお姉さま、なぜ人間を助けて回るの?」

 素朴な疑問を投げかけてみたが、彼女はフフフと笑い決まって「だってわたしは愚かな『堕天使』だからね」と言うだけだったな。


 一度だけ、お姉さまを襲った貴族を、私は懲らしめたことがある。

 ─いや人死には出していないよ、お姉さまが嫌がるからね、血を過剰に吸って昏睡に留めておいたんだ─

 当然それはお姉さまんに知れることとなるのだけど、その時の彼女はとても悲しそうな瞳で私を見つめて、静かに首を横に振ってこう言ったんだ。

「羽目を外すとわたしは『神魔』としてお嬢ちゃんを封じなければならない」

 だからこう言う事はやめてくれと。

 この時の私はとっくに死ぬのは怖くなかったのだけど、ただお姉さまが悲しんだことに強いショックを受けてね。それ以来は、自分が食する分以上の血を飲むことは無かったね。

 ─えっ都市を二つ滅ぼしてるだって?

 あれは彼女と別れた後の事だからノーカンだよ。ああっ呆れないで欲しいな─



 さらに生き続けると、時代が変わり人の世では医療と言う科学が発達していった。

 ─科学とは何かか、う~ん難しいね。

 ある意味では魔力を必要としない『魔法』や『魔術』の様な力だけどね。使い方を誤れば……、いやそれは『魔法』も同じだね。忘れてくれ─

 いたる国で怪しい呪術やら、まじないといった行為は敬遠されるか、下手をすれば迫害の対象となるほどになっていたよ。

 そしてそれを境に、お姉さまは徐々に弱っていった。

 私が容易に人の血で食事を終えるのに対して、お姉さまの食事は人の信仰心やら感謝の心と言ったとても扱いにくく、目に見えない物だったんだ。

 彼女が聖女の様な事をしていたのは、ほとんどは人の為だっただろうが、ほんの少しは食事じぶんの為だったのだろうね。

 科学の発展していない地域に行き、今まで通りに過ごしているように見えていたけれど、やはり腹は空いていたのではないかな?


 ある時、お姉さまは、「生きるのに飽きたな」と呟いたんだ。

 この頃には五百年くらい一緒に過ごしていたのだから、一万歳の『堕天使』が何を言い出したの? と、クスクスと笑ったよ。

「あと五十年だけ一緒に居よう、それでわたしはきっと倒れると思う。

 その後はお嬢ちゃんがわたしの後を継いでくれるかい?」

 物言いはとても軽い口調だったけどね、あぁこれは本当の話だなと何故か素直に納得したよ。

「五十年じゃ嫌っ、百年が良いわ」

 この言葉に彼女は苦笑したさ。

 そして間を取ったのか、七十五年後に彼女は私に『神魔』の地位を譲った。

 つまり私は、力を失いつつある彼女を喰らったんだ……

「ありがとうお嬢ちゃん。君のお陰でわたしの最後はとても理想的な日々で終れたよ」

「お姉さまが楽しかったのなら、私も良かったわ。

 これからは……、んっ。私がこの世界を見ていくことにするよ」

「あははは、何それ。わたしの口真似かい? 何とも似ていないじゃないか。

 まぁそうだね。我が妹・・・よ、後は頼んだよ……」

 最後の最後に、初めて『そう』と呼んでくれたお姉さまは、私の手の中で消えて行ったよ。

 ─ちょっ氷ぃっち、そんなボロボロと何を泣いてるんだよ!─







 お姉さまと別れ、『魔法』と『魔術』の時代が終わる頃、私はとある森で人間を助けたことがある。そこは銃と大砲を使った戦争の跡地だったのだけどね、体の半身を失ってなお意識を保った今にも死にそうな人間が転がっていたんだ。

 ─なんでそんなところを歩いたって? さぁあまり覚えていないな─

 彼は私にすがるように言った。そうだね、お決まりの『助けて』という言葉だよ。

 お姉さまの行われていた行為はとても尊いモノであると思ってはいるけれど、それはお姉さまの為さることで私が引き継ぐべきことではない。

 それに私は前にも言ったように回復魔法は苦手なんだよ。

 だから助けてと言われて、私が─酔狂に─言ったことは一つだ。

「君が不死人レヴァナントと言う私の眷属になれば助かるよ」とね。

 今にも死に逝く男は、泣きながら「それでいい」と懇願してきた。だから私は助けたよ。

 ─え、男はどうしたって? 助けたっきりすぐに別れたさ。ほら超絶美少女だからね一緒にいると貞操の危機とかあるじゃないか。

 あ”? そんな心配いらない? そんなことより魔王やん、君は今これからの自分の命の心配をすべきじゃないかな!─



 さてさらに数十年後のことだね、久しぶりに出会ったその男は、私に向かって怒り露わにこう言ったんだ。ぶっちゃけ出会い頭に銃を乱射するまであったよ。

「こんな化け物になるなんて知らなかった。さっさと俺を元に戻せっ化け物め!」

 ─私の居場所? うん正解だよ。

 不死人かれは私の眷属だからね、君たちと同様、そりゃあ主人の場所くらいは分かるさ。

 まぁ秘境過ぎて、やって来るのは相当苦労したようだけどね─


 さて、知っての通り不死人レヴァナントになった者を戻す手段は無い。だから私は、「最初に聞いたじゃないか、しかし君は良いと言ったはずだよ」、そしてそこから戻る手段は無いんだよと伝えてあげたんだ。

 いいや冷たいとは思っていないな。だって彼は一度は死ぬよりはマシだと思って選択したんだからね。そして望み通りに生き延びることが出来たんだもの。

 しかし数十年と言う月日は彼を変えてしまっていた。彼は再び泣きながら、今度は「殺してくれ」と懇願したんだよ。

 そりゃあ驚いたさ、前とは真逆の事を言われたんだからね。眷属相手だ、私は「本当にいいのかい?」と、優しく問い掛けたつもりだよ。

 しかし彼は顔を憎悪に歪めながら、「お前の様に化け物として、永遠に生きるくらいなら死ぬ方がマシだ・・・・・・・」と、吐き捨てたよ。

 だから私は彼の魂を解放してあげたんだ。

 こうして彼は塵になって消えた。



 それから二百年ほどで、人は銃や大砲、それにミサイルなんかを発明してね。急速に科学文明と呼ばれる世界になっていったんだ。

 科学が発達すればするほど自然はどんどん失われていき、自然から生まれる魔力は急速に減っていった。

 当然だが私も徐々に使える力が減っていることに気づいていた。

 そんな時、私はとある一族を名乗る者たちから追われる日々を迎えていた。その一族は、吸血鬼殺しヴァンパイアハンターを名乗っていたよ。

 一人か二人を体よく捕まえて吐かせてみたんだけどね、そりゃもう驚いたさ。彼らは私が助けた男性レヴァナントの子孫だと言うじゃないか。

 言われてみれば、確かに彼らには私の眷属の痕跡があるんだよね~

 なんともびっくりだよ。

 普通の人より体が頑強で寿命が長いからって、私の様な物の怪の類を狩る職業についているそうだ。そして一族の悲願は、先祖を化け物に変えた私を狩ることだと言うから二度驚いたよ。


 そこからは一進一退の攻防が始まった。

 年数が経つとあいつらはゴキブリみたいに繁殖して増えるんだ。しかし私はたった独りでね。独りっきりで何人も相手させられて、そりゃもう大変だったな。

 ─ああ人狼ワーウルフは召喚していたんだけど、とっくに殺されてしまったんだよ。そして魔力が失われた世界で再召喚は不可能だった─


 その攻防は百年ほど続いたかな。

 その頃には科学もずいぶんと発達していてね、私の力を凌駕する様な兵器が生まれていた。そうそう、さっき見たように人は体に機械を埋め込む様になってさ、サイボーグと言う新人類となるモノ達が生まれているね。

 ─サイボーグとは人の脆い部分を機械に置き換えるんだよ─


 さて、世界の魔力は枯渇していき、私の力は随分と減ってしまった。しかし相手は強くなる一方で、この頃は私は血を飲むことが十分に出来ずに常に餓えた状態になっていたよ。

 ああそうだ。この時に私がプッツンして街を二つ滅ぼしたんだよ。

 いやぁお腹一杯だけど満身創痍と言う、何とも残念な状態だったねー


 それから五十年後に私は、かの一族によって殺された。

 心臓に木の杭が打ち込まれてね……、科学の時代に木の杭だぜ? なんとも時代錯誤な死因だと思わないかい?

 え、死因なんてどうでもいいって、冷たいねぇ……

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