35:吸血鬼は昔を語る①

 私の棲むこの森は、時と共にすっかり『神魔の森』と言う名が定着し、人々から恐れられる場所に変わっていた。

 今でも変わらず噛みくんあたりが街に行くけれど、あちらからはすっかり疎遠で、もはや城には人が訪れる事は無くなった。

 最後の客人は確か、街ギルドの代表くんがいい年になって、引き継ぎがてらに抜け道を通って、顔見せの挨拶に来たんだっけ。

 あれは、う~ん……何年前の話だ?


 ま、いいか。

 現在この森は守護者のどりあんの手によって、新たに三段階の階層ルールが創られて保護されている。

 森の深い順に説明していくと、まず一つ目の階層は城の周囲で森の最重要エリアとなる場所だ。ここに入れるのは私たちが許したモノだけに限られている。

 一定以上の力のある魔獣や霊獣ならば入ることは出来るが、むやみに入れば生死は保障しないと─どりあんが─言い伝えているので、彼らも無理に入ろうとはしていない。なお噛みくんは現在このエリアのみを管理している。

 第二段階は当然だが、第一段階それを覆う森の部分となる。

 ここは先代の『神獣兄カメ』の森と同等の『迷いの森』の『魔法』が掛けられているので、魔力が溜まりとても濃度が濃い。ただしその魔力は結界を維持するために消費されるので腫瘍しゅようが出来る事はない。魔力が濃いことから、そう言うのを好む霊獣や魔獣が棲み付いているね。

 最後が三段階目、これは残った森の外周の浅い部分に当たる場所だ。この場所は『迷いの森』の範囲外だから、腫瘍しゅよう目当ての欲にまみれた人間が入り込んで来ては命を落としている。

 参考までに言えば、私たちが狩っている訳ではなく、普通に腫瘍しゅようから生まれた妖獣なんかの被害なので言うなれば自業自得だね。


 『神魔の森この森』も先代の『神獣の森』も、同じく霊験あらたかな『神』の棲む森だけどね。この二つの森には大きく違う点が一つあった。

 それはあちらの森は迷えばエルフらにより少々手荒ではあるが追い返されるに留まったが、こちらでは棲む獣の大半が迷い人それを食事として喰らうことかな?

 つまり森の迷った場合の生存率が段違いに低い事だね。


 さてそんな自他ともに認める危険な森の入口に、『変な姿の人が来たわ』と、どりあんから報告を受けたことが今回の話の発端である。


「それで変な姿と言うのはどういう事だい?」

 森の一大事と言うよりは興味本位で、城に住まう眷属かぞくが全員集まっていた。

『体の半分が銀色の鎧に覆われているのよ!』

「う~ん、全身鎧ってことなのかな?」

「お嬢さま、半分だから半身鎧ではないですかな」

『そう言う意味じゃないってばっ! 鎧じゃなくて体の一部が金属なのよっ、その金属部分からは魔力も感じないの!』

「人間ではないと言う意味ですかな?」

 この世界に置いては魔法が使えなくとも、魔力の無い人間はいないから当然だね。

『そう言ってるじゃない!!』

「一言も言ってないっすよね?」

「心当たりは、まぁあるけれどね。ひとまずその姿を見せて貰えないかな?」

 私がそう言うと、三人の視線が『またお前か?』みたいな視線に変わった─特に氷ぃっち─。

 何とも心外だね。


 どりあんは森を管理する『魔法』を使い、森の一番浅い第三階層を進んでいるらしい謎の侵入者を映し出した。

 大きさは何ら変わらず人のそれで、確かにパッと見は人間である。

 しかし顔の鼻から上の部分は銀色の金属に覆われていて、パッと見はハーフヘルムのように見えるのだが、目の部分は黒い一本線が走り、瞳に当たる部分は赤く二つの光が輝いていた。

 手には、この世界の者には武器にはとても見えない無骨な金属の板だか棒を抱えて持っている。形状はアサルトライフル。

 目が怪しく光ることから、どりあんが警戒しているのだろう。

「やはりそうだったか。

 どうやらあれはサイボーグ、またはアンドロイドと言う存在だね」

「それは一体なんですかな?」

 眷属かぞくの視線が『やっぱりお前だった』と言うやつに変わったよ。

「私がやって来た前の世界の話をしようかな」

 こうて私は前の世界を語り始めたのだった。







 私が生まれたのはいつだったか、そしてどこで生まれたかは覚えていない。さらに言えばどうやって生まれたかも覚えはないね。

 だから私の最初の記憶は、死への絶望から始まっている。


 ここがどこか、私が誰か、どのように生まれたかを考える前に、目の前に突然ふわっと現れた『神』に私は恐怖した。

 殺される……、ではなくてここで死ぬんだと言う結果論でのことだがね。


 しかし何の気まぐれがあったのか、その『神』は私を殺すことは無かった。

 それどころか笑顔を見せてね、

「やあ、これは可愛らしいお嬢ちゃんだね。初めましてだよ。

 わたしはこの世界で『神魔』をやっている『堕天使』だ。よろしくね」

 と、挨拶までしてくれたのさ。


 それが私と彼女の出会いだ。

 彼女こそは黒髪で青目、そして背中には黒い翼を持つ、私の初めての家族の『堕天使』だった。

 ─そうそう、彼女は氷ぃっちにどこか雰囲気が似ているかもね。

 えっ? そんな性格はしていないだって、もちろんここでいう雰囲気ってのは姿形と言う意味だよ。

 あぁもちろん眼鏡はかけていなかったよ─


 『天使』と『堕天使』は髪と翼の色以外に違いは無い。彼女は『堕天使』を名乗ったのだから、『堕天使』とは総じて黒髪に黒い翼なのだろう。そして『堕天使』であるから『神』ではなくて『神魔』を名乗ったのだ。

 ─ん、明確な違い?

 そうだなぁ。病気で死にゆく人を救わないのが『天使』で、病を癒して救うのが『堕天使』かな。

 え、逆じゃないかって。

 いやいや、その人が死に逝くのは天の理で決められているからね。何があっても理を譲らないのが『天使』だからそれであっているよ。

 『天使』とは理を決して曲げないから無慈悲。対して『堕天使』は自らの意思により理を曲げるから人に堕ちたと言われるんだよ─

 まぁこの時、私が生き延びたのは、彼女の『堕天使』たる由縁かもしれないね。


 さて、気まぐれに『堕天使』に拾われた私は、

「見知らぬ古きモノの気配を感じたからやって来たのだけどね。

 見つけたお嬢ちゃんは何とも可愛らしい吸血鬼ヴァンパイアじゃないか。きっとお嬢ちゃんが、この世界に生まれた最後の古きモノになるはずだよ。

 だからわたしが色々教えて上げることに決めたよ」

 何とも軽い言い方だけど、こうして私は『堕天使』と暮らすことになったんだ。

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