34:吸血鬼は姉と弟を見つめる
私の年齢が前世界の年齢であった十八歳を迎えてから早くも一年、今の私は十八歳(二年目)と言う年齢になっている。
「そろそろかな」と、私は独り呟く。
テーブルに読みかけの本を置いて、備え付けのベルをチリリンと鳴らす。しばらく経てば、コンコンコンとノックがあり、
「お呼びでしょうかお嬢さま」と、魔王やん執事バージョンが入ってきた。
呼ぶためのベルを鳴らしたのだから当然じゃないかとか言っちゃいけない。これは様式美と言う奴だと思って頂きたいね。
「大事な話があるので、氷ぃっちを私の部屋に呼んでくれ」
それだけ告げると、私はサロンを後にした。
数分後、控えめに部屋の扉をノックする音が聞こえてくる。
私が「入りたまえ」と返事を返すと、先ほど呼びつけた氷ぃっちが入ってきた。彼女はまず早速、メイドの仕事であるお茶を淹れようとするがそれは手で制しておき、彼女に私が座る目の前のソファーを示して座るように示した。
素直にソファーに座る氷ぃっち。
私は彼女が座り体制が整うのを待って、
「私は近々二度目の十八歳の誕生日を迎えるよ」
なんとも唐突な話しであるが、氷ぃっちはビクッと大げさに体を強張らせた。
「この世界に来た時の私は十四歳、つまりあれから五年経ったと言う事だね」
「え、えぇ……、そうね」
「私の立場と、この城の周りも随分変わってしまった。
どりあんのお陰で今は何とかなっているけれど、本来ならばここは人が入ってきてよい森ではないだろう。
私の言わんとすることは分かって貰えるだろうか?」
「あと、あと一年だけ待って貰えないかしら?」
その回答は的外れではなくとても的確だった。やはり賢い彼女はこの会話の本質を理解してくれているようだ。
「あと一年だけは、姉でいられるからかな?」
「……ッ」
五年前に時を止めた女性、彼女の年齢は当時二十歳だった。その弟は十三歳と七つ差の姉弟だ。五年と言う月日は、
しかし時が止まった彼女はどうだろうか?
今も変わらぬ二十歳のまま、あと二年で弟の年齢と並んでしまう。彼女が姉でいられるのはあと一年だけだ。
「限界まで過ごせば未練が残るかもしれないね」
人間の権力者が常に望む不老不死なんていうクソッタレな呪いは、こうした別れを何度も経験するのだ。
泣きそうな表情を見せているその女性は、唇を噛みしめてジッと堪えている。
「あ、あの……」
彼女の瞳から涙がツゥと一筋落ちた─それを拭うことなく─。
「あたしはどうなるの、……かしら」
「多少の希望は聞いてあげるけど、記憶は綺麗に改ざんされる。
姉は旅先で死んだか、それとも元々居なかったか。まぁどちらかだろうけどね」
『死んだ』かのところでビクリと強張り、『居なかった』の時には瞳から涙は溢れて、滂沱の如く流れ顎からポタタポタタと滴り落ちていた。
声を殺して泣く彼女。この五年間、彼女は私にとても良く尽くしてくれた。
だから私からのプレゼントは一つだけ、
「生きるのが辛いなら、君の魂を解放しても良い」
彼女が
つまりこれは、先に死んでもいいよと言う提案だ。
だが悩むこともなく、彼女は涙目ながらもキッと睨みつけてこう言った。
「それだけはお断りするわ。あたしは生きるのに飽きた時に、貴女を殺して心中するって決めているのだから」
くすっと私の口から笑いが漏れる。
「ああ、その時はよろしく頼むよ」
「えぇ任せなさいよ」
涙目ながらも彼女は無理に笑顔を見せてくれたよ。
※
あの後、彼女は一つだけ私に願いを言った。それは少々困りものな願いだったのだが、最後は私が折れる形で叶えて上げることに決めた。
そのお願いを叶えるには少々の時間が必要だったが、その準備もついに終わり、弟君が
彼がここにやってくる度に、どこかしこで少なからず隠ぺいの『魔法』を使って来たので、これが最後だと思うと、なにやら思う所があるね。
最後の時がついに始まったが、特に何も変わったイベントは無く、いつも通りに過ごす姉と弟。日常こそが実は一番貴重であったと、非日常で暮らす彼女はとっくに悟っているのだろう。
しかしいよいよ就寝と言う所で、
「久しぶりにお姉ちゃんと一緒に寝る?」
と、冗談交じりの言葉を吐いたけどね……
「ばっ、ガキじゃないんだから一緒に寝れるわけないだろ!
そ、それにお嬢さんに誤解されたらどうするんだよぉ」
顔を真っ赤にしてキョロキョロと挙動不審な弟君。聞こえちゃったかなと、気にする視線がこちらにチラチラと送られてくるね。
吸血鬼は耳が良いから当然聞こえてるけど、ここは聞こえない振りをして、さも視線に気づいたかのようにくるっと振り向く。
タイミングをドンピシャに合わせたので、バチッと交わる二人の視線。
私と視線が合った弟君は慌てて─耳まで真っ赤にして─顔を反らした。
くっくくっ面白い~と、内心でほくそ笑んでいると彼の隣に座っていた氷ぃっちがめちゃくちゃ冷たい顔で、眼鏡を光らせてこちらを睨んでますやん。
お叱りコース確定ですね……
かなり叱られましたとも!
この日を境に、彼は少なくとも城の事は忘れて暮らすことになる。最後に姉が『死んだ』のか『居ない』のかだが……
「父さん母さんを大事にするのよ」
「なに言ってんだよ姉さん。
姉さんこそたまには顔見せにこいよな。二人とも心配してるよ?」
そんな会話を最後に─氷ぃっちのお願いにより─、私が授けた『魔法』が発動した。
森を出ていく彼の後姿をじっと二人で見つめながら─噛みくんが護衛についている─、
「どちらに決めたのかな?」
「そんなの秘密に決まってるでしょう?」
「そっか。
じゃあさ。初めてだけど今日はお姉ちゃんと寝ていいかな?」
「………………嫌。だって貴女の
長い長い沈黙の後に、彼女は恥ずかしそうにぽそりとそう言った。
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