33:吸血鬼は忠犬に出会う

 月曜日、相も変わらず週に一度の本屋のお仕事を終えた私は、貰った報酬で買える程度の─子供のおやつ程度の─甘味のお菓子を手に、ランランと鼻歌を歌いながら森を歩いて─日中に飛ぶと目立つのだ─帰ってきた。

 どうしてそんなに上機嫌かって?

 これから甘味を食べながら本を読むのだ、嬉しくない訳が無いよ。


 さて城の正門が見えてくると、黒地に赤という色合いの犬っころが一匹、チョコンと城の方を向いて座っていた。私が近づいても耳をピクピクと動かしはするが、微動だにせずに座り続けている。

「ほぉ、これは凄いね」

 飼い犬に成り下がり野性を失っていても、─力を最大限まで抑えていようが─私を見れば本能レベルで恐れて勝手に震え上がるのが畜生というものなのだ。

 しかしこいつは、逃げ出すこともなくじっと我慢できる子の様だ。

「君は何しにここに来たのかな?」

「バウ!」

 威勢よく返事はすれど、フラりんとは違いどうやら人語を解すことは出来ないらしい。それが出来れば霊か魔を付けて呼ばれる獣だから当然と言えば当然か。

 人語を解している獣ならば、鳴き声に込められた魔力の流れを解いて私の方で言語化もできる。しかし普通の鳴き声を言語化するのは美少女の私にも流石に無理だよ。

「悪いね、君の言いたいことが私には分からない様だ」

 そう言うと、犬っころはスクッと立ち上がって森の中に消えて行った。




 それから数日後……

 私の眠る棺桶ベッドに、突然ニョキッと半透明の少女の顔が現れた。

 光が一切ない真の闇。私の目はそんな闇も容易く見通すけれど、今回ばかりはそれが出来た事を後悔したよ。

 考えてみてもくれたまえ。

 真っ暗闇に突然現れる半透明の首。

 こんなのが心臓に良い訳がないよね?


 しかしそんな私の気持ちは、どりあんには全く通じないらしく、彼女は自分勝手に話し始めた。

『ねぇお嬢さん。最近森に、縄張りを無視する犬っころが住み着いているんだけど、どうしたら良いかしら?』

 その犬っころに心当たりはある。きっと城の前にいたあの犬だろう。

 あの後、犬っころは魔獣が棲む森─霊獣は山側に棲んでいる─に入ったから、すぐに死んでしまうと思っていたのだが、予想に反していまだに生きているらしい。


「別に犬っころ一匹くらい、放っておけば良いんじゃないかな?」

 冷たく聞こえるかもしれないが、私は安易に野生に手を出すつもりないのだよ。

『う~ん、お嬢さんがそう言うならっ、放っておくわね』

 首を後ろに引いたのだろう、どりあんの首は棺桶ベッドから消えた。



 さらに数日後、今度は噛みくんが訪ねてきた。

「やあ久しぶりだね」

 と言うのも、彼はここ数日は留守にしていて顔を見ていなかったのだ。まあ十中八九フラりんの所にいたんだろうさ。

「フラりんの所で過ごしていたら、おいらの近くに変な犬がやって来たんすよ。

 子供の事もあるんで、心配なんですがおいらが手を下してもいいっすかね?」

 あの犬っころ、魔獣の森に行ったと思ったら、今度は聖獣の山にも行っていたとはね。恐れを知らないと言うか、なんとも手広い犬っころじゃないか。

 愛妻家にして親バカの噛みくんはあの犬っころを少々気にしている様だが……

「どりあんにも相談されたのだけどね、犬っころの一匹くらい気にすることは無いよ」

「そうっすか。お嬢がそう言うのなら……

 でもおいらの家族に害があったら排除するっすよ?」

「ああ、そうなったら私も止めるつもりは無いよ。好きにしたまえ」

「了解っす!」

 そう言って踵を返し部屋を出ていく噛みくんだったが、ドタドタと慌てた様子で駆け込んできた氷ぃっちに押される様に、また部屋に舞い戻ってきた。

「ちょっとお嬢ちゃん! 変な犬が城の前に座ってるんだけど!!」

「あぁ今も噛みくんから、その報告を聞いていたところだね。

 霊獣の山にいたと聞いたけど、今は城の前までやって来たのかな?」

「何を落ち着いてるのよ!!」

「たかが犬っころの一匹に、いったい何を慌てることがあるのかな?」

「だってあれ、地獄の犬じゃないのよ!!」

「ああそうだよ。首が一つしかないから格が低いヘルハウンドだね」

 もうちょっと格が上がって首が増えれば、妖獣から魔獣になれるだろう。

「それを知ってて放置しているというの!?」

「何か問題でもあるのかな」

 その言葉は、氷ぃっちの琴線に触れたようで、そのあと私はしこたま叱られた。


「いい!? 体長が二メートルもある火を吐く犬は異常なの!

 それが城の前で座ってるとかありえないからね」

「でもあの」

「でもじゃない! 返事は!?」

「はい、わかりました。今後は気を付けます」

 原則として森の中の魔獣や、山の霊獣は城の付近に近づいてくることは無い─私や眷属かぞくそして守護者のどりあんがいるからだ─。だから氷ぃっちも黙認しているのだが、今回は城の前までやって来たことで、大変お怒りの様だ。




 ちなみに……

「おや皆さんお揃いで、お出かけですかな?」

 玄関を出る所で、執事服を着た魔王やんとでくわした。

「城の前にヘルハウンドが座っていてね、ちょっと躾けに行くことになったんだよ」

 物理的に私がやるか、噛みやんの『眷属支配』で言う事を利かせるかは未決定だが、このメンバーで行けば何かしらの効果はあるだろう。


「ほぉヘルハウンドですか……、それは懐かしいですな」

「「「「ん?」」」

 全員の声が重なったのに気付き、魔王やんが首を傾げる。

「今の我の言葉に、どこか気になる事でもありましたか?」

「あのね魔王やん、城の外に居る犬はじっと座って誰かを待ってる様なのよ」

「なるほど。もしやこの城に知り合いでも居るのですかな?」と言うと、彼は可笑しそうにハハハハと笑った。


 えーと、これは間違いないやつだよね?


「私には犬っころの知り合いは居ないよ」

「おいらも居ないっすよ」

「あたしも居ないわ」

「むむむ、もしや我を疑っておられるのですかな?

 我がヘルハウンドを飼っていたのはこの世界に来る以前のことですぞ?

 ここに来てからは何も飼っておりません」


 そこへ何とも都合よく、半透明の少女がふわりとやってきて、

『言い忘れたけどあの犬っころ、少し前に腫瘍しゅようの隙間から現れた奴よ』

 さぁて、覚えているだろうか?

 どれだけ大きくなろうが、ここらの腫瘍しゅようが繋がる異世界は同じ場所なので、魔王まおやんと同郷の魔物が這い出てくるのだよ。

 つまりあの犬っころは、確実に魔王やんと関係ありだね!



 皆に促されて─睨まれて─、城門まで犬っころを見に行く魔王やん。

「バゥ!?」

 魔王やんを見ると黒い犬っころはスクッと立ち上がって、ヘッヘッヘと舌を出しながら尻尾をちぎれんばかりに振り始めた。

「お、おぉぉ……、シロ、シロじゃないか!!」

「「えっ!?」」

「シッ!」

「で、でもっすよ?」

『ネーミングセンス最悪ねっ』

 あぁ言っちゃった。

 ちなみに、私&噛みくん、氷ぃっち、噛みくん、どりあんの順だよ。

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