32:吸血鬼は森の恵みを与える

 森が生まれ変わって一年も経つと、森にやって来た神魔霊獣の類らもついには縄張り争いが終わり、格段に揉め事の数は減っているようだ。

 それがどうしたって?

 守護者となった半透明の少女どりあんが、『また森で仲裁なのよ!』と、城に愚痴を言いに来るのだよ。

 彼女の愚痴を聞いてあげるのは、もっぱら庭にいる噛みくんの役目だったのだが、山が落ち着いてフラりんが移住した頃から、彼は山に通う─場合により帰ってこない─ようになり、その愚痴は自然と私が聞くことになっていた。

 ─棺桶で─寝ていようが、半透明の彼女はすぅーと入ってきて勝手に話し始めるのだから始末に悪い。

 なお、「はいはい」と生返事でもしようものなら、『ちゃんと聞いてるのかしらっ!?』と、眉を吊り上げて叱られるんだよ……



 さて、森の様子が変わったと言うので私も森の中を散策することにした。前の五倍ほどの面積になったお陰で、マナが引っかかる腫瘍しゅようの場所にも変化があり、ついでに数も増えてる。きっとどりあんや噛みくんは把握してるだろうけど、私にはさっぱり、もはや把握不能さ。

 トコトコと歩いて少し森の奥へ入る─方向不明なので気分的に奥だ─と、樹から樹へとパタパタと飛ぶ、小さなヤツを発見した。

 鳥ではない。

 だって翼が蝙蝠のソレだもの。

 しかし蝙蝠でもない。だってそいつは生後間もない赤子ほどの大きさで全身は薄い小豆色だ。

 手には三つ又のフォークを、毛のない頭には黒光りする小さな角が二つ。

 ほぅインプじゃないか。


 きっと移住してきたのだろう。インプは背中についた小さな─物理法則ではきっと飛べないだろう─蝙蝠の翼を忙しそうにパタパタと動かして飛んでいた。


 インプとは光の眷属でいう所のキューピッド的な存在だ。

 まず姿からして酷似しているだろう?

 大きさはほぼ同じだし、天使の輪の代わりの角、白い翼は蝙蝠の翼へ、手には弓矢の代わりに三つ又フォーク。

 いやあそっくりだね!


 見かけだけじゃなくてねさらに行動もほぼ同じなんだ。キューピッドはその矢で人の心を操るけれど、インプは自らの言葉と知恵で人の心を上手く操るのだ。


 姿も同じならやっていることも同じ。だと言うのに、あちらは有難がられて、こちらは嫌がれる、なんとも可哀想な子なのさ。


 インプは私の気配─神気みたいなもの─に気付くとこちらにやってきて、「初めまして『神魔』様」と、ニパッと小さな牙を見せて笑顔をくれた。

「やあインプくん。この森の住み心地はどうだい?」

「そうですね。とても邪気が豊富で空気が美味しいですよ」

「そう言って貰えると私も『神魔』冥利に尽きるよ」

 なんせここは『神魔』が棲む森だ、邪気こそ相応しい。


「ああっそうだ!

 インプくん。ちょっと人間の役に立つ仕事をやってみないかい?」

「はい? オレが人間の役に……ですか?」

 少々嫌そうな表情を見せるインプくん。そんな彼の好物は、人間の欲とか邪悪な心とか負の感情だ。だから人の役に立って感謝されるのは、ぶっちゃけ大嫌いのはずだね。

 しかし私に秘策あり!

「うんそうだよ。私の元いた世界に実際にあった、古き時代に流行った風習さ。

 大丈夫だ、君にとって、決して悪い事ではないよ」

「『神魔』様がそう仰るのならやりましょう」

 分かりました我慢しますと言う残念な表情を見せるインプくんは、どう見ても権力に負けたって感じだったよ……







 私は準備を終えるとふらっと王都にやって来ていた。ちなみに身バレを防ぐために、普段のドレス姿ではなく普通のワンピースに着替えているよ。

 ここに来た理由は二つ。

 一つはこの世界の王都とはどの程度の規模かを見たかった事、もう一つは、今からやることは人が多いほど─都合が─良いからだ。


 さて、取り出したのはガラスのボトルだ。

 中には森で出会ったインプくんが入っている。ただし瓶に入るために『魔法』で小さくなっているけどね。

 露店が立ち並ぶ場所で、私は行商人に混じってこのボトルを一つ置いて、座っていた。

 なおボトルには値札が付いていない。

 中に居るインプくんが時々─寝返りをうって─動くので、道行く人はギョッと驚き、足を止めて二度見するか、慌てて逃げ出すのが大半であった。

 間違いなく不審だけど、衛兵さんは『魔法つごう』によりやって来ないことになっているね。


 それから二時間ほど経ったころ、中年の髭オヤジが私に近づいてきた。

「なぁお嬢ちゃん、その悪魔は本物か?」

 彼は薄ら冷や汗の様な物をかきながら、私にそのように問い掛けてきた。

「えぇもちろん本物よ。ほら動いているでしょう?」

 コンコンとボトルを突くと、インプくんは手を上げて三つ又のフォークを振りながら、ニパッと小さな牙を見せて愛想を振り撒いたよ。

「うっうわぁぁ!」

 男は飛び退いて逃げて行った……


 あっインプくんがガッカリしている。

 大丈夫だ、君の魅力はちょっと判り難いだけなんだ。きっと判る人だっているさ!


 それから十分後、今度は大道芸人の様な身なりの者が慌てた様子でやって来た。

「お嬢さん、街はいまや君の噂でもちきりだよ。

 なんでもその悪魔が動いたとか、まさか本物だと言うつもりは無いよな?」

「いいえ本物よ」

 再びコンコンとボトルを突けば、インプくんはまだ先ほどのショックを引きずっているのか、控えめにチラッと男性を見ただけにとどめた。

 しかし、大道芸人の男はそれで十分だったようで、

「素晴らしい! 是非とも売ってくれないか」と、興奮気味に問い掛けてきた。なおこの頃になると私の座る場所を囲む様に、通行人が興味津々な表情で覗き込んでいる。

 きっと大道芸人の彼は、このボトルを見世物にしたいのだろうと推測した。しかしこれはそんな用途で使うような代物ではない。


「これは『ボトルインプ』と言う商品です。

 お売りする前に、ルールを説明しますのでしっかりと覚えてくださいね」

 そして私は『ボトルインプ』のルールを説明した。



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・『ボトルインプ』は所有者にしか触れることはできず一日に一度、瓶を振ると金を出す

 一度に出てくる金額は購入した額と同額である


・『ボトルインプ』は購入した金額より安い金額で販売する必要がある

 物々交換は認められない


・七日以内に販売しない場合、最後の所持者となり魂を奪われる

 これは0:00を持って一日とし、八回目の0:00を迎えると精算される


・『ボトルインプ』はすべてのルールを説明した上で売買を行う必要がある


・ルールを違えた者は魂を奪われる


■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


「え、それだけかい?」

「えぇそうよ。最後に優しい私から助言を上げるわね。

 どうせ返ってくるのだし、最初の買い取り額は高い方が良いと思うわ。

 さぁお好きな値段を私に払ってくださるかしら?」

 大道芸人の男はとても悩んでいた。そして長考した結果、

「すまない。俺は止めておくよ」と首を横に振った。

 あら残念とクスリと笑うと、突然、近くで見ていた野次馬の一人が手を上げてその輪から飛びだしてきた。

「嬢ちゃん、そいつが買わないなら俺が買うぜ。

 ほらよ! 全財産の金貨二枚と銀貨二十枚だ!」

「ルールを説明するわね」

 すぐにも金を払い瓶に手を伸ばしそうな男は、「さっき聞こえてたよ」と、とても面倒臭そうな表情をみせている。

「あらやっぱり聞こえていなかったようね、『すべてのルールを説明した上で売買を行う必要がある』のよ。ちゃんと心して聞きなさいな」

 私は再び同じ説明をきちんとしてから、男から金貨を二枚と銀貨を二十枚貰い、『ボトルインプ』を差し出した。

「ありがとうおじさん」

 支払った代金を名残惜しそうに見つめる野次馬のおじさん。

 まぁ詐欺かもしれないから当然の視線だろう。

「あ、あぁ」と彼は生返事をした後、『ボトルインプ』に向かい、「まずはさっき払った金を出してくれ!」と願いつつ瓶を振った。

「うんいいよ」と、インプが返事をすると、逆さにしたボトルの口から金貨が二枚と、ジャラララとかなりの枚数の銀貨が降ってきた。

 受け取るのが片手だけであったから受け取りきれず、道にチャリンチャリンとお金が散らばる音が鳴り響いた。


「「「「ううおぉぉ!!」」」」

 それを見て野次馬が一斉に吠えた。

 その中でも特に、大道芸人の男は、

「ちょっと、待ってくれやっぱり俺に、俺に売ってくれよ!!」と、叫んだのだった。

「悪いけど私はもう持っていないわ。彼にお願いしてみたらどう?」

 クスクスと笑って私はその輪を抜けて出て行った。







 三日後、テラスで読書をしていると、外からパタパタと羽ばたく音が聞こえてきた。

「やあインプくん、随分と早い戻りじゃないか」

 と、言いながら私が窓を開けて彼を迎えてやる。

 最低でも一人の限界である七日は持つと思ったのに、たった三日とはあの野次馬の男は随分と肝っ玉が小さかったようだね。


 さてインプくんを座らせて、事の顛末を聞いてみると─私はこれが聞きたくてやっているのだ─、

「最初の男がルールを破りましてね、説明なしでオレを売ったんですよ」

「おやおやそれはとても残念だね」

 うん、マジで残念だよ。馬鹿かねあの男は……

 あれほどダメだと言ったじゃないか。

「『神魔』様、オレもう一回やりたいなぁ」

 無邪気にニパッと小さな牙を見せて笑うインプくん。

 とても容易に彼の大好物である人間の欲と魂が得られるのだから当然だろうね。

「ああ良いとも、ぜひとも今度は長い旅になることを願うよ」

 ニィと嗤って私は再び『ボトルインプ』を作り上げたのだった。



 数ヶ月後、

「ねぇお嬢ちゃん、『ボトルインプ』って知ってるかしら?」

「なんだろう、それが何かあったのかな?」

「質問の答えに質問を返したと言うことは。やっぱり知っているのね……

 最初に瓶を売りに来る銀髪の少女の事が噂になってるわ。売りつけるといつの間にかフラッと消えちゃうってね。

 おまけにその瓶、使った人の魂を奪うんですってね?」

「銀髪の少女じゃないなら人違いではないかな~と、私は思うのだけど?」

 それを聞いた彼女は張り付いた笑顔のまま、眼鏡がキラリと光らせた。

 これは大層お怒りのようですね……

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