31:吸血鬼は海がry

 今の季節はすっかり夏だ。

 気候が穏やかだったここら地域も天変地異の影響で、気温はチグハグ。どうやら今年の夏は例年に比べて気温が高い。


 ぐでぇ~と、だらしなく庭の植木の上に横たわる緑の髪の半透明少女─自由に浮遊出来るからこその芸当だ─

 彼女は先日エルフの森からこちらに引っ越してきたばかりの、この森の初代守護者となるドリアードのどりあんだ。

「どりあんさん、そこ邪魔っす」

 どうやら彼女が横たわる庭木を切りたい様で、庭師の噛みくんがグデるどりあんに声を掛けている。

『ちょっと、どりあんって呼ばないで頂戴っ!』

「ちゃんと呼び捨てじゃなくて、おいら〝さん・・〟付けしてるっすよ!」

『ッ!

 はぁ……もういいわ。あんた言っても無駄っぽいし。

 ねえ! それよりも暑いっ暑いのよっ! こんなに暑いんだものお水をもっとくれないとわたしきっと枯れちゃうわ』

「水ならあそこにあるっすから、勝手に飲んで欲しいっす」

 だったら~と庭の端っこにある井戸を指さす噛みくん。

『いやよっ、わたしは植物の精霊なのよ。自分から水を飲むようなはしたない・・・・・真似が出来る訳ないじゃない!

 あなたって庭師なのに、そんなことも分かんないのかしらっ!』


「へぇ、自分から飲み物を飲むのがはしたない・・・・・とはね。

 植物の考え方とは中々に興味深いものだね」

 何のことはない。庭から聞こえる言い合いに、さすがに我が儘が過ぎるだろうと見かねて、仲裁をしに庭に出てきたのだ。

 大体だね、自分から飲むのが恥ずかしいと思うのなら、自由にお茶も飲めないじゃないか。何とも不便な性質だと思わないかい?


「あっお嬢! こんちわっす!」

『あらっお嬢さんじゃないの。ねぇこの森暑いのよ。

 お得意の魔法でちょちょいと涼しくしてくれないかしら?』


 暑いと言われてもね。これは今年が特別だからではなく、国二つ分も北にあるエルフの森に比べれば普通の話だ。それを魔術ではなく魔法とは、ここいらの気候を丸っと変えろと言っているのと同義。

 魔法なら出来なくはない。

 でもね。いまの気候は天変地異による一時的なものだ。そのような不安定な状態で、魔法で自然に干渉するのはあまりよくない結果になるだろう。

 だから私の答えはNOだ。


「どうやら君が棲んでいた森は北の方だから、とても涼しかったようだね。

 でも今はここの守護者を名乗っているんだ。そのくらい大らかな心で受け入れる度量をみせないと、この森に棲むモノたちから軽視されるんじゃないかな」

 短い付き合いではあるが、負けず嫌いの彼女はこういう言い方をすると……

『……っ。ふんっ我慢できるに決まってるじゃない!

 わたしの守護者たる実力を見せて上げるわよっ!』

 どりあんは叫ぶようにそう言うと、ふわふわと自分の森の中へと戻っていった。

 と、まぁ予想通り、我慢して過ごすことに決めたようだ。


「助かったっす、お嬢。有難うございましたっす!」

「いやいや礼は不要だよ。これは貸しだからね」

「えっ? 冗談っすよね」

 それには答えず、ニィと嗤い城に戻った。




 さて城の中では、

「お嬢さまこんにちは!

 噛みくんさんと何を話していてんですか?」

 なんだか嬉しそうな表情を見せているのは、本日泊まりにやってきた弟君だ。

 話していたのは噛みくんとどりあんの二人だが、名うての魔術師だった氷ぃっちと違って、その手の修業をしたことが無い弟君では、精霊であるどりあんの姿を認知することは出来ない。

 だから私と噛みくんが~と言うのは自然の流れ。


 それにしても……

 電撃告白から一年経ったいまでも、彼の視線は熱を帯びていて、私は少々こそばゆい思いをしている。

 ちなみにそんな弟の恋する表情を見ている氷ぃっちはずっと渋い顔を見せていて、全く一切、一片たりとも弟の恋が成就すると良いな~などとは思っていないだろう。


「庭の木の話さ。

 それよりも弟君、荷物の整理はもう終わったのかい」

「はい終わりました!」

 弟君は城に来ても何をする訳でもないが、氷ぃっちが精神的に癒されると言う一点において非常に良く働いてくれる存在だ。

 ちなみに、彼がいつも使う部屋は、〝名も無き蝙蝠〟や『使い魔』を使わずに氷ぃっち自らの手で一週間もかけて準備をした愛情あふれる客間である。

 さらに弟君が来るや、荷物を受け取り部屋まで運び─それは魔王やんの仕事の様な気がする─、部屋の備え付けのタンスに移して仕舞い。それが終わればここまで来る際に着て汚れた服─乗合い馬車で約一週間掛かる─を受け取って洗い場に置きせっせと洗い。

 最後は見ているこちらが恥ずかしいほどに、彼にべったりと連れ添う。

 うーん。実に羨ましいね。


 私たちはテラスに移動し、氷ぃっちはいつも通りお茶を淹れてくれた。

 普段は、主人の私、そして自分の順だが、本日は弟君→私→自分の順だった。うん、弟君はお客様だし仕方ない……のかな?

 普通はどんな時も主人が先の様な気がするけど、ねえ氷ぃっち他意はないよね?


 お茶を飲んでいると、

「そうそうお嬢さま、今年の夏は全体的に暑いって知ってましたか?」

 そう言えば人間の研究者の中では新たにできた山の影響で風向きが~とか、気候の変わり方が~とか、まぁそう言った話で盛り上がっていると小耳にはさんだなと思い出す。

 地形を変えるほどの天変地異の所為と言ってしまえばそれまで。

 実のところは、この世界の『神の座』が北の兄亀様からここに変わった事のつじつま合わせ。

 あの天変地異でさえ、そのことに比べればだたの前座だ。

 え? 私が魔法でやったって?

 フフフッそれは違うよ。むしろ私はあの魔法で辻褄を無理矢理合わせて被害を軽減してやったのさ。

 あれが無ければ今頃、地が割れ、天が裂けたに違いない。



「ああ、風向きがどうとかいう話だったね」

 真実は兎も角、人の耳に聞こえが良いように私が返すと、弟君は嬉しそうに、

「はい、さすがはお嬢さまですね。街での情報もしっかり知ってるんですね!」

 ああそうだ、これは噛みくんが聞いて帰ってきた話だったなと思い出したよ。

 それにしても恋は盲目とでも言おうか、どう言おうが私の評価は鰻登りに上がっていくらしい。

「それがどうかしたのかな?」

「はい、例年より暑いらしいので、川か海に泳ぎに行きませんか?」

 顔どころか耳まで真っ赤に染めて、やや興奮気味に話し始める弟君。

 どうやら彼─氷ぃっち─の実家の西の方では、海岸で泳ぐと言う文化を持っているそうだ。今年の夏は暑いから観光客がかなり来ているそうで、大繁盛しているらしいよ?

「いや、私は……「ちょ~っとお嬢ちゃん来てくれる?」」

 突然氷ぃっちに喰い気味に呼ばれ、私はサロンの外へと強引に連れられて行った。


 部屋から出るや壁にドンと押し付けられて─もはや主人に対する扱いじゃないよ─、

「まさか断るつもりじゃないわよね!?」

 その勢いや、

『おい、てめぇ?

 うちの弟が折角、勇気を出して誘ってると言うのに断るつもりかぁ? あぁん!?』

 と言った所だろうか……

 そもそも壁ドンってもっと色っぽい感じなかったかなぁ?


「氷ぃっち、君は私の事は認めないはずではないのかい?」

 ヤレヤレとため息を吐きながらそう答えれば、

「うっ……、あたしは確かにそう思ってるけど! 初めてデートに誘って断られたらあの子の心に傷が残るじゃないの!!」

 チッ、このブラコンが!


「悪いけど、吸血鬼わたしは海やら川と言った物が苦手なんだよ。

 君も聞いたことあるだろう? 吸血鬼ヴァンパイアは流れる水を嫌うとね」

 じぃと睨み付けてくる氷ぃっち。

 ここで下手に動揺する訳にはいかないから無心でその瞳を見つめ返した。


 ガッ!


「ちょ、ちょっとお嬢ちゃん!?」

 氷ぃっちの手が突然私の口を塞いだ。


「むぅーなんだいこの手は?」

 少し退いて抗議。

「それはこっちの台詞よ。どうして唇を尖らせて迫ってくるのよ」

 言われてみれば確かに、壁ドンだったはずの体制が逆壁ドンになっていた。どうやら下がり続けて限界になったから止めたらしい。

「失礼、我を忘れていたようだ」


「……さっきの話、嘘でしょ」

 お嬢ちゃんって都合が悪くなるとそう言う態度を取って話をうやむやにするもの」

「えーそうだっけなー」

 そんなことないよと視線を反らせば、

「本当の事を教えてくれたら続きをしてもいいわ」

「!? 泳げないので勘弁してください!

 さあ続きだ!」

「大変素直でよろしい。

 もちろんダメよ」と、ニッコリと眼鏡をキラリと光らせて彼女は笑った。



 溺れて二度、マジで死んだ。でも不死だから生き返って水を死ぬほど吐いた。

 なんていう拷問だろうか。

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