30:吸血鬼は変化する森を語る

 この世界の神の座を継ぎ『神魔』となった私は、いまや神魔霊獣の類からもっとも恐れられ、そして敬われる存在となった。

 そんな私が棲む城、ひいてはその森と言うのは、人間風に言えば霊験あらたかなとても恐れ多い場所と言うモノに変わっていた。

 もしも私が今までの通りに、何の対策もせずにここで過ごせば、数年後には森が広がり続けて─挙句に神魔霊獣の類が溢れる─人の街を飲み込んでいくだろう。

 そんな訳で、

「この森を管理する『守護者』が早急に必要なんだよ」

 私がどりあんを連れ帰ったのは何も彼女との約束だけの事ではなく、この森を管理させる者に任命するためだったのさ!─ドヤ顔─


「だから東街の代表者には、今後この森で起きることを話しておく必要があるのね?」

「その通りだ。町の側へは東街経由で命令して貰うべきだと思うよ」

 と言う訳で、

「それでわたしが呼ばれたのですか?」と、東街のギルド長となった代表くんの出番だ。人間の彼が来たのだから、当然ながら氷ぃっちもいるよ。

「街を治める立場だけ・・・・の貴族に話しても意味が無いじゃないか?」

 言外には気に入らなければ喰っちゃうよ? 的な意味を臭わせているつもりだ。当然、私のお気に入りである代表くんは賢い子なので、そのニュアンスを正しく理解し、

「貴族相手はすっ飛ばして、陛下の方へ申し伝えておきます。

 つきましては、害と、説得に当たるべくの利を教えて頂けますか?」

 彼は賢いので、害はきっと都合よく隠ぺい─または害を利として報告するかもしれないね─するだろう。だから私はここではあえて情報を削ることなく、本当にすべてを伝えていく。

「まず先代の話だけど、彼は『神獣』であった。だから神魔霊獣の類からは大層敬われていたことだろう。彼の治めるあの森には、光の眷属側であるエルフや霊獣が沢山棲んでいたんじゃないかな?

 続いて私だが改めて『神』を名乗るつもりが無いので、今後は『神魔』と呼ばれる存在になるね。神々の事例では『神魔』は闇の眷属に好かれるので、霊獣の類はほぼ寄ってこない。つまりこの森は遠からず魔獣と呼ばれる類のモノで溢れかえると思う」

 ─魔力から生まれた存在で獣型は妖獣と呼ばれる。その後、時を経て生き延びた獣は人語を解すようになり、霊獣、または魔獣と呼ばれる存在となる。

 なお現在のこの森は腫瘍しゅようが多く、妖獣が現れる危険な森である─

「魔獣とは……、それはギルドとしても対応に困りそうですね」

 人語を解する魔獣ともなれば、大抵は簡単な『魔術』を使う。もしも人里近くに現れれば、即座に討伐対象とされる存在であるが、残念ながら今回は討伐しても徐々に増えると言う問題がでるわけだ。


「後は、そうだなぁ森の守護者が精霊だから精霊は凄く来るよ。でも光の眷属たるエルフ族はきっと『神魔』の私を嫌うから来なくて、レプラカーンやらインプ辺りの悪戯な妖精とかが移住してくるかもしれないね」

「害ばかりですね」

「いやぁ照れるなぁ」

 てへへと笑う私に、「笑いごとじゃないわよ!」と、氷ぃっちが睨み付けてきた。


「さて利の方だけど、エルフらは生活の為に森に棲みその恵みを奪うが、妖精らは地に棲みマナを喰らうだけだからね。森の恵みは奪うことないからこの地に色々な利益をもたらすと言えるだろう」

「色々と言うのは具体的にどのような物でしょうか?」

「レプラカーンなら大地に金を造り始めるだろうね。インプは果実を実らせるから森が自然と豊かになるよ。森が豊かになれば動物が沢山入ってくるだろう」

「ねぇお嬢ちゃん」

「なにかな?」

「その金とか果物を取るには森に入らないとダメなのよね?」

「そりゃそうだろう。君は森の外で叫べば恵みの方から、歩いてやってくるとでも思ってるのかな?」

「そもそも魔獣や妖獣が棲む森に入る馬鹿は居ないと思わない? それに増えた動物もどうせやって来た魔獣に喰われるのがオチでしょう?

 あと、言っちゃあ悪いんだけど、お嬢ちゃんが言うその二つの妖精にはあまり良い噂を聞かないのだけど……」

 レプラカーンは金の在り処を教えて─嘘が多い─人を迷わせたり、インプは人を見ると─物を奪ったり道を歪めたり─とても可愛い悪戯するのだ。

「つまり富が生まれても手に入らずに、害ばかりなのですね?」

「実際は有るのだから、こればっかりは頑張れ、としか言いようがないよ」



 その後も色々と話したが、所詮は闇の眷属、人間にとって・・・・・・明確な利益と言うモノはサッパリ出て来なかった。

「それにしても害が多いですねぇ」

「人間が弱いことが一番の害じゃないかなーと、私は思うのだけど」

 軽い失言により氷ぃっちにギロっと睨まれる私。


「うーん……、あまりやりたくはないけど一つだけ、マシな方法があるかも?」

「ぜひとも聞きましょう!」

 前のめりに来る代表くん。

 今までの経験から、私が出来ると言ったことは必ず出来ているから前向きな姿勢を見せているのだろう。

「ただね。これをやるには地形と気候が自然とは違った方向へ変えなければならないけれどいいかい?」

 地形を~と軽く言うがちょっと『魔法』を使えばそのくらいの芸当は可能だ。そして地形が変われば気候はそりゃ変わるさ。

 ただ私は、この世界に影響を与える様な事は極力したくないので、やりたいかと聞かれればやりたくないと言うけどね。


「えっ、どういう事?」

 突然、地形や気候と言った大きな話が出てきたことから、不安げな表情を見せる氷ぃっち。

「森の奥にちょっと高い山を作って、噛みくんの奥さんに移住して貰うと言う案なんだけどね。氷狼フラウである彼女が棲めば、自然と山には冷気が宿るので、この地方の冬が少々厳しくなると思うよ」

 なぜ突然に噛みくんの奥さんこと氷狼フラウのフラりんの話が出たかと言うと、噛みくんに紹介された後に調べてみたら、どうやらこの世界で彼女は霊獣の類に属しているらしい。

 ─霊獣とは人を食事として襲わないことが前提。ただし氷狼フラウと言う種は山に棲み積極的に人に関わらない。そのため霊獣としての格は低く扱われており、冒険者の腕試し的な意味合いで狙われることがあるそうだ。

 これを聞いた時、人間は馬鹿だなと鼻で笑った。本質を理解せず人に手を貸すことで格を決めるなど、正しく愚の骨頂だろう?─


 普通なら『神魔』には寄ってこないはずの霊獣だが、知り合いでもある噛みくんの奥さんとなれば話は別だ。

 そして今代の『神魔わたし』が霊獣を害さないと知れれば、他の霊獣も─彼女が棲む山の周り限定で─棲み始めることだろう─下手に森に寄ると、霊獣vs魔獣になるから当たり前だね─。

 さて一見、人間にとって良いこと尽くめに見えるこの計画だが、さっき言った通り、冷気を発する氷狼かのじょが棲めば、山の温度は下がる。

 それは吹き降ろす冷風になって森の冬はそりゃもう厳しくなるだろう─おまけに風向きも変わるし山が出来たので日照時間も減る─


「森の生態系がまるっと変わりそうですね……」とは代表くんの感想だ。

「そこは大丈夫だと保障するよ。

 そもそも『神魔わたし』が居て、これから魔獣や霊獣が来る時点で、いまの気候も生態も一度はぶっ壊れるのだからさ」

「なるほど、そう言われてしまうと些細な事のように聞こえますな」

「う~ん、確かに悪くない案に聞こえるわね」

 霊獣がやってくると聞いて、妥協し始める二人。その二人の態度を私は少々冷めた目で向けていた。

 人間を見た時の反応がほんの少しだけ違うだけなのに、何とも酷い扱いだな、と。

 まずどちらも人語を解すことには変わりがない─人語を解すから霊か魔に分類されたのだからだ─。

 霊獣は気まぐれで人を助ける─加護を授けたり傷を癒す─。対して魔獣は、人間を食料として見ており、気まぐれで襲わない時がある。

 とどのつまり、どちらも、気まぐれで何もしない・・・・・のだから……







 その日、森の奥で巨大な火柱が上がった。

 山でもない場所にも拘らず噴火が起きたのだ。一ヶ月ほどの地震と噴火を繰り返した後、地面は新たな起伏を見せ、溶岩は冷えていきそこには新たな山が生まれていた。

 山が街から見えるほどに成長した頃から、次は森が異常に育ち始める。溶岩に焼かれた樹さえも新たな樹で覆いつくし、ほんの数日ほどで町を飲み込むとさらに森は成長を続ける─町の住人らは地面が噴火した時にすでに避難していた─

 近くの街もその異様な速さで成長する森を恐れたが、町を飲み込んだ後はまるで、誰かに操作されているかのように、森は街とは逆の方へ伸びていった。

 そして森は当初の五倍ほどに成長した後はピタリと成長を止めた。



 森への入口は東街へ向かう方向のみ、秘密裏にどりあんによって開かれた。

 この樹木の通路を通る限り、森に棲むモノは人間を襲うことは無く、無事城へ来ることが出来る。その秘密の通路は、東街のギルドの長にだけ密かに伝えられたと言う。

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