26:吸血鬼は○○される①

 この城に氷ぃっちがやって来たのは、私がこちらに来た当初、つまり十四歳の時だ。あれから早三年経ち、私も先日十七歳の年齢を迎えた。

 氷ぃっちには一ヶ月に一度は弟君を招こうと約束をしていたのだが、彼女の実家とここが地味に距離があったことから何だかんだで、弟君がやってくるのは二~三ヶ月に一度ほどの頻度に落ち着いている。

 まぁその代りに、来た際は二~三日ではなく一週間ほど滞在していくのだけどね。


 そして昨日、久しぶりに弟君が城を訪ねてやって来た。

 このように弟君を招くのも後、何度あることだろうか?

 三年前に不死人レヴァナントとなって時を止めてしまった、今も変わらぬクール系眼鏡美女の氷ぃっち。もう数年もすれば、弟君もきっと気づくだろう。

 なぜ姉は年を取らないのか? と。

 きっと氷ぃっちもそのことは悟っているだろうから、最近では弟君が来るとテンションが変に上がったり下がったりと何かと忙しいみたいだね。



 さて三年と言う月日だが、永遠の十八歳(千)を名乗る不死の存在であった私は物差しが千年単位であるから、これを大した年数だとはこれっぽっちも思っていない。

 しかし生命に限りのある人間や不死になり立ての者にとってはどうだろうか。

 三年と言う月日は、出会ったときに少年だった弟君─十三歳だった─も青年と言う年にまで成長するほどの月日である。末期癌で余命幾ばくもなかった少年も、未来を得たいまや思春期を向かえて異性に興味を持つようになっていた。

 まぁ彼の日頃の生活がどのような物かは私には想像できかねるがね。




 さて弟君がやってきての翌日。

 その日は日課のお茶の時間になったが、いつものお茶飲み場となるサロンには、現在、私一人しかいない─お茶は氷ぃっちが準備するので何もない─

 きっと氷ぃっちは甲斐甲斐しく、弟君の相手でもしているのだろうね。


 折角なので弟君も誘ってお茶を飲もうかと思い、私は城の中を歩いていた。

 すると、

「ダメよ! 絶対にダメだからね!」

 と言う、氷ぃっちの叫び声が、弟君の泊まる部屋の方から聞こえてきた。千年ほどの時を生きた私でも、クール系眼鏡美女が声を荒げるシチュエーションには少し興味があるよ。

 少々急ぎ足で、チラリと部屋の中を覗き込めば、氷ぃっちと弟君が対峙して言い合っている現場に遭遇した。

「あっ!」

 と、丁度ドア側を向いていた弟君が少し嬉しそうな声を上げる。

「やあ」

 と、軽く返事を返す私に、振り返った氷ぃっちは仕舞ったといった風に顔を顰めて見せた。その顔は普段のクール系とは程遠い表情だった。

 う~んなんだろうか?

「ちょっと弟と話しがあるのよ。お嬢ちゃんは席を外してくれるかしら」

 ピリピリとした雰囲気を醸し出してそう告げる氷ぃっちに対して、弟君は、

「お嬢さんにも関係ある話だから、一緒に居てください!」と姉とは正反対の台詞を言う。

 それを聞いた氷ぃっちは表情を怒りに変えて、「ダメだって言ってるでしょう!」と、弟君を物理的に遮り、「また後で!」と言うや、ドアをバタンと閉めたのだった。


 目前で閉まったドア……、一体何事!?


 すっかり部屋から締め出されてしまったが、中の様子は……、まぁ私の聴力であれば普通に聞こえるけどね。

 だけどさ。

 それも悪趣味だろうと─家族ひょうぃっち相手にそういう事はしたくない─首を振り、私は部屋を後にした。







 その日の晩餐。

 三年経った今も不死人レヴァナントとしての食事を一切取らない氷ぃっちだが、弟君が居るこの日ばかりは一緒に食卓に座って食事をしている─もちろん不死人レヴァナントの食事ではなく人間の食事だ─

 そして給仕役の氷ぃっちが食卓に着いているので、食事の皿はすべて各自の前に並べられていて、コース料理と言う風は無くてどちらかと言うと定食の様な様相かな?

 皆の席の前には同じメニューがずらっと並んでいる─ただし私のワインは血で、魔王やんのステーキは人肉だけどね─。


 さて、出ている料理の大半は美味くもない人間用の料理であるから、美食家な魔王やんは不機嫌を隠さず喋らない。そして私はと言うと、氷ぃっちが弟君と話したいだろうからと、この時ばかりは自分から話すのを遠慮している─吸血鬼の主観です─


 しかし今日は……

 先ほど二人が言い争っていたことが原因なのだろうね。

 めっちゃ無言なんですけどもっ!?


 先ほどから、食卓に会話は無くてカチャカチャとナイフとフォークの音だけが聞こえる、料理だけではなくて雰囲気までも味気ない晩餐。

 これはどうした物だろうか……、私は城の主人として少しは貢献すべきか? と、

「魔王やん、今日の料理の説明をして貰えるかな?」

 普段聞かない様な事を魔王やんに尋ねると、羊がどうとか、ソースには時間が掛かっただとかいう情報が帰ってくる。

 興味ない事なので、へぇ~とかふ~んしか返せない私。

 魔王やんの説明が終われば再び、シーンと、食卓は沈黙が支配した。


「あー、弟君。そんな感じの料理らしいけど、味はどうかな?」

「お嬢ちゃん煩い」

「姉さん、そう言う言い方は無いだろう」

「あんたは黙ってなさい!」

「……っ」

 余計に雰囲気が悪くなり、対面に座る魔王やんからは「ヤレヤレ」と言った表情をされて呆れられた。


 翌日、予定より大幅に早いのだけど弟君は実家に帰って行った。

 今回ばかりは氷ぃっちも弟君を見送ることもなく、しかし二階のテラスからそっと彼に見つからない様に、─護衛の噛みくんに連れられて─帰っていく弟君を見つめていた。


 そんな氷ぃっちに後ろから近付いて、

「あと少ししか時間が無いだろうに、あんな別れ方をしても良かったのかい?」

 年長者として、そして先達の不死の者として氷ぃっちに告げる。

 年齢が上がらない不死の者は自ずと一所に居ることも出来ないし、知人や家族らとも会えなくなるのだ。

「自分でも反省してるから……、雰囲気を悪くしてごめんなさい」

「そうかい。

 もしも理由を話せるのなら助言できるかもしれないよ」

 そう問い掛けたが、氷ぃっちは首を横に振り、「これはきっと弟が言うべきことだから」と、私に言う様な感じではなく、自分に言い聞かせる様な言い方で呟いた。







 それから二日後。

「お嬢さまに手紙が来ております」と、魔王やんから渡された封書が一通。

 裏を向けて差出人を見れば、氷ぃっちの弟君の名が書かれていた。


 ふむ……

 まず中を読み、すぐに魔王やんに氷ぃっちを呼んで貰った。

「何かご用ですか?」

「弟君から、私宛に手紙が届いたよ。

 なんでも私に話があるそうだね……」

 氷ぃっちは綺麗な眉を顰めて、「あたしには関係ない事だから」と、言うと部屋を出て行った。

 身バレするには少々早いのだけどな……、ブラコンシスコン同士ならそういう事もあるかもしれないね。


 弟君が私を呼び出したのは、近くの街だ─城を出てすぐに書面を書いたのだろう。『お話があるので、街で待ってます』と言った類の内容だった─

 彼の待つ喫茶店に行けば、窓際には既に弟君が座って待っていた。

「やあ待たせたね」と、ニッコリと笑って彼の前の席に座る。

「あっ! 突然呼び出してしまってすみません」

 とても嬉しそうな表情を見せる弟君。


 んっなぜに笑顔?

 なんだろうこの子。大切な姉が不気味な不死人レヴァナントに変えられて怒っているんじゃないのか。

 不死人レヴァナントに関しては何度も何度も、そう言った呪いの声を知人や友人、または家族などから聞かされているので、今回は覚悟してきたのだけどね……

 しかし彼が浮かべているのはやはり笑顔で……、おまけに緊張しているのか表情も硬くてなぜか耳まで赤いね。

 意味が分からず首を傾げる私に向かって、

「お嬢さんが好きです!」と、彼は叫んだのだった。

「はい?」

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