25:吸血鬼は逢瀬に立ち会う

 ある日の事、サロンで氷ぃっちとお茶を飲んでいる所に噛みくんがやって来た。

 彼は「お嬢、相談があるのですが、今いいっすか?」と、普段の軽い様子は鳴りを潜め、ずいぶんと深刻な表情を見せていた─口調は軽いままだけどね─。

 まぁ相談ごとなのだから、真剣に決まっているよね。


「何かな?」

「じ、実は、おいら結婚したいと思ってまして。その許可が欲しいっす」

 耳まで真っ赤にしてそう言った噛みくんに、一緒にお茶を飲んでいた氷ぃっちは、「あらおめでとう」と、笑顔で祝福している。

 驚くこともなく平然とそう言える氷ぃっちの精神こそ驚くね。



 さてと本題だ。

 う~ん突然、結婚したいと言われてもなぁ……

 私たちは皆が不死なるモノたちで人とは違う存在だ。普通の人との結婚はぶっちゃけありえない。

 だって考えてみて欲しい、例えば食料であるところの牛や豚が言葉を話せたとしても、結婚したいとは思わないだろう?

 それにいつ喰われるか知れない相手側も、きっと心休まることは無いだろうさ。


 あまりに突拍子もない話だったので、

「結婚したいと突然言われてもね。

 相手の素性なども知らないのだから返答のしようが無いよ」

 当たり障りのない常識的な意見を返すこととなった─私はこの世界では常識人を自負しているのだよ─

「そうっすよね。じゃあお嬢、彼女に会ってください」

 ですよねー

 と言う訳で、私は噛みくんに案内されて意中の相手とやらに会いに行ったのだった。



 彼の形態の中でもっとも速いと言う、四つ足の狼形態で森を疾走する噛みくん。そして全力で走る彼の背に、私は横向き─女の子座りって奴さ─に座って鼻歌を歌っていた。

 横座りだと落ちたら危ないって?

 自分で飛ぶスピードよりも数段遅いと言うのに、バランスを崩して落ちるわけが無いじゃないか。


「ところで噛みくん、かなり走っているけどまだ掛かるのかな?」

 何がって、噛みくんはかれこれ一時間ほど走って城のある森はとっくに抜け、おまけにギルドがある街さえも越えているのだ。

 鼻歌のレパートリーだってそんなにないよ。


「ガルルゥゥ(あと二時間くらいっスね)」

 私の飛行ほどではないにしろ、噛みくんの足はこの世界に存在するそんじょそこらの乗り物なんかよりもよっぽど速い。その足でさえ─私が乗ってるけどね─さらに二時間掛かると言うと、そうだねぇ下手をすれば国境を越えちゃうかな?

 そう考えると今度は別の疑問が浮かんでくる。

「君はなんでそんなに遠くに行ったのかな?」

 と、そもそも噛みくんの仕事は、お庭番と森の狩人だから遠出してもせいぜい棲んでいる森の中だけのはずだ。

 じゃあこんな遠くまで来る用事がそもそもないよね?

「ガゥゥ(そうっスね)。ガウガウゥゥ(最初はギルドの依頼の為でした。)

 ワオォゥン(そん時に襲われてる彼女を助けまして)、ガウガォオ(その後は結構会いに行ってたんす!)」

 お前は働かずに一体なにしてんだよ……とは言うまい。

 そもそも主人の私がとっくに生き飽きて道楽で生きている様な物だしね、まぁ長い人生だ。こんなこともあるだろうさ。


「ところで、君が結婚を考えるなんてどこが気に入ったのかな?」

「ガルルゥ(胸が六個あるところっすよ)」

「え?」

「ガゥ(なんすか)?」

「もしかしてお相手は人間じゃないってことかな?」

「ワォン(言ってなかったスか)?」

「聞いてないよ……」

 相手が人間じゃないのなら私が出向く必要もなく─怖がると思って配慮したのだ─、そもそもお前かみくんが連れてこいって奴さ。



 そして二時間後。

 夏場にも関わらず雪の積もる高い山脈のほぼほぼ山頂に位置する横穴に、噛みくんの意中の相手が居た。

 全身が青白く仄かに光る毛皮に包まれた、氷狼フラウだ。瞳は美しいサファイアブルーに輝きを放ち、毛皮と合わせて全身が青系統に統一されている。

 確かこの世界での氷狼フラウの扱いは、霊獣だったかな? それとも魔獣か……、う~んどっちだっけな。

「へぇ綺麗な子だね~」

「でしょう!!」

 興奮冷めやらぬ噛みくんは、今度は人狼タイプに変化している。

 ちなみにこの氷狼フラウ、意中の相手の噛みくんを見ても表情一つ変えなかったのだけど……、本当に結婚相手なのかなと少々疑問が浮かぶよね?

「あー、私は噛みくんの主人をやっている吸血鬼ヴァンパイアだ。初めましてだね。君は噛みくんの恋人と言うことでいいかな?」

 すると氷狼フラウは、

「ガルゥゥ(あたいはあんたの恋人になった覚えはないよ)」と、言った。

「えっ!?」

「ちょっと噛みくん。それは私の台詞だよ。これは一体どういう事かな?」

「ちょ、ちょっと待ってくださいっす! おいらが勝ったら結婚してくれるって言ったじゃないっすか!」

 そして二人─それとも二匹かな─の主張をよくよく聞いてみれば、確かに二人の間で、戦って勝てば子を産む約束はしたそうだよ。霊獣だか魔獣だかは不明だけど、氷狼フラウと言えども野生の本能─より強い者の子を産む─には逆らわない訳だね。

 そうなると話は簡単だ。

「噛みくんは自分の力を見せたのかい?」

「はいっス! 彼女がおいらは冒険者に囲まれている所を助けたんすよ!」

「ガゥゥガゥ(あの程度の者なんてあたいの相手にならないさ)」

「つまり何かぃ、お互いより弱い奴を相手にしたから力を認めないよってことだね?」

「ガゥ(ああそうさ)」

 プイと不満げに顔を背ける氷狼フラウ

 彼女は中々にプライドが高い様だ。そんな彼女であれば、結婚して私の城に来ても問題はなさそうだと判断した。─自我が低い者は強者に囲まれると気を狂わせるのだ─

「ところでフラりん。噛みくんは私の眷属でね、この世界では主人の私以外に勝てる者はきっといないことは保障するよ。だから私に免じて、彼とつがい・・・になってはくれないかな?」

 これは本当の話で、不死性は兎も角、事戦闘力に関しては人狼ワーウルフと言う眷属は食屍鬼グールの魔王やんよりも格段に上だ。

 おまけに彼はレアものの人狼ワーウルフなのだからそこらの人狼ワーウルフよりも強いと来たもんだ。


「ガゥガルゥゥ(あんたが代わりに力を見せてくれるってのかぃ!?)」

 牙を剥いて全身から冷気を生み出し威嚇してくるフラりん。並みの冒険者だったらこの威嚇だけで十分の効果があり、きっと恐慌状態に陥ることだろう。

 しかし残念かな、私にこんなものが効くわけが無いね。

 だから彼女の挑発を軽く受け流して、私が少しだけ力を出そうとするとそれよりも先に、「ダメっす!」と、噛みくんが立ち塞がった。

 それも……、私の方を向いてだ。

「へぇ何とも男らしくなったものだねぇ噛みくん」

 目を細めて顎をクイと上げて彼を睨み付ける私。

 気分はすっかり悪役さ。


「フラりんはおいらの嫁っすから!」

「だそうだけど、君の考えは変わったかい?」

 ほんの少しだけとは言え、私は─圧倒的な─力を見せた。そして噛みくんはその前に立ちはだかり、氷狼フラウを護ったのだ。

 氷狼フラウは知恵の足りないそこらの獣とは違う。だから、

「ガゥぅ(分かった、あんたの子を産むよ)」

「円満解決ってことかな?」




 ちなみに……

「それで新婚の噛みくんはどうしたのよ?」

 冒険者の間では強く気高く美しいと噂に名高い氷狼フラウを一目見たいと、氷ぃっちが問い掛けてくる。

「いやぁフラりんじゃなくて、お相手の氷狼フラウなんだけどね。実は彼女、雪山から出ることが出来なくてさ。

 噛みくんは通い妻ならぬ、通い旦那になったんだよ」

 彼女の棲む気高い山脈とは違い、この辺りは気候が穏やかで冬でも比較的温暖だ。

 おまけに今の季節は夏なんだよねー


 そんな訳で、純正の氷狼フラウであるフラりんは気温の問題で雪山を出るのがツライんだってさ。

 まぁ私が魔法で解決してやることもできたのだけどね……、私はこの世界の生物にあまり干渉しないと決めているので、今回は見送ることにしたのだ。霊獣だの魔獣だのと言った寿命の長い生物に干渉するときっと良くないことが起きるだろうからね。


 こうして噛みくんが足蹴に雪山に通う事、約数ヶ月。季節もそろそろ冬に入ろうかと言う頃に、生まれた氷狼フラウは全部で三匹。

 二匹は彼女に似た綺麗な青い毛玉で、一匹は確かに噛みくんの子だと分かる黒銀の毛玉だったよ。

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