24:吸血鬼は裁判を傍聴す

 魔王やんが─料理人的な─刺激が欲しいと言い出したので、最近は魔王やんと二人で街に赴き新たな甘味を食べ歩いていた。

 普段は血肉しか食べない私たちだけれど、甘味は別腹─文字通りの意味です─だ。栄養にならないからまったく腹に貯まらないけれど、食べていると楽しいよね。


 ちなみに魔王やんの刺激云々の話を聞いた氷ぃっちはとても渋い表情を見せていた。きっと以前に盗用騒ぎで腕を喰われたことを思い出しているんだろう。

 出かける際には、「他人の料理も参考になるモノね」と、少々嫌みも言われた。

「そうだな。我の才能に遠く及ばなくとも新たな刺激の手助けにはなるだろう」

「ふーん」と、すっかり冷め切った表情だ─眼鏡が光って視線は見えない─

 でもね氷ぃっち。魔王やんは大雑把な所があるのでそんな遠回しな嫌味には疎いんだよ、だからはっきりと言わないと効果ないと思うよ?




 さて街に出てきた私たち二人。

 なんとなくギルドで挨拶して驚いて貰った後は、─来た理由を言ったら割引券やらお勧めの店を教えてくれたよ─適当に店を回って歩いた。

 トコトコと一本中に入った通りを歩いていた。すると突然、馬の嘶く声が聞こえてくる。それに少々遅れて、グシャグシャと何かを踏みつぶす様な破壊音が……

 音の鳴った方を振り向けば、良い子にはお見せできませんと言う感じのスプラッタな現場が誕生していた。

 飛び散った肉片やらをパッと見たけど、どうやら人が一人馬車に轢かれて踏みつぶされたようだね。

「勿体無い……」

 と、思わずポロリと魔王やんが呟く。

 おっと失言だ─ベシッとしっかり叱りつけておいたよ、グギとか良くない音がした─


 馬の嘶く音やらを聞き付けたのだろうか、道には徐々に人が集まってきた。馬車の御者は真っ青になり自分がやってしまったことに対して震えながらも、周りに向かって無実を叫んでいた。

 曰く「俺は悪くない、あいつが急に飛び出してきたんだ!」とね。

 轢かれた者はこの辺りで有名なごろつきらしく─服装などで判断できたらしい─、道に落とした銀貨を拾おうと馬車の前に飛び出したのだとか。

「誰か! 誰か事故の瞬間を見てないのか!?」

 衛兵さんが目撃者の情報を集める為に叫んでいた。


 その時、

「事故の瞬間ならば、我がしかと見ましたぞ」と、魔王やんがスッと手を上げた。

「へぇ珍しい、魔王やん見てたのだね」

 大雑把な魔王やんが、人間の動向を見ていたなんて驚きだよ。

 私なんて馬が暴れる気配を感じても、自分に害が無かったから振り向きもしなかったからね。


「もちろん! 事故の瞬間はしっかりと見ました。

 馬に轢かれて血肉が踊るあの様……、創られた物では表現のできない、なんと躍動的で創造意欲を「ちょ~っと待とうか!」」

「はい、なんですかぁ? お嬢さま」

 感極まってトリップしそうなところを私に止められて少々不機嫌そうな魔王やん。

「魔王やんが見たのは、轢かれた瞬間の話なんだね?」

 私の視線の端では衛兵さんが走り寄ってくるのが見えている。

「えぇ、ですから蹄に踏み散らかされて、血肉が踊り」

「あーそう言うのいいから。いいかい魔王やん、衛兵さんが聞いたのはそう言う意味じゃないんだよ」

「轢かれた瞬間の事ではないのですか?」

「ちょっとよろしいだろうか。貴方は事故を目撃されたと言われたが、詳しい状況を聞いてもいいだろうか?」

 あぁ~来ちゃったよ。

 ちなみに魔王やんは、話途中で私に腰を折られたことで少々鬱憤が溜まっていたらしく、やって来た衛兵さんにそれはもう事細かに、血肉が踊る話をしていたよ。

 聞いた衛兵さんはかなり後悔したことだろうね……


 さてすっかり衛兵さんを青ざめさせた魔王やん。

 事故が起きて一時間ほど─それだけ彼は熱く語ったのだ─、現場の血肉は片付けられて徐々に元の様子を取り戻していく。

 すると、

「すみません、貴方が事故を目撃された方ですよね」

 と、今度は御者の妻を名乗る年配の女性が魔王やんに声を掛けてきた。

「えぇ我はしっかりとみていましたぞ」

 自信満々に答える魔王やん、君の自信は一体どこからやってくるのだろうね。

「あのう、見ず知らずの方に不躾なことですが、出来ましたら夫の罪が軽くなるように、証言台に立っては頂けませんでしょうか?」

「え!?」

 驚いたのは私だ。

 もちろん、魔王やんにそんな証言できるか! と言う意味だよ。

 ちなみに過失がある場合は、相手が死んでいる事もあり、約十年ほどの投獄となるそうだ。しかし過失ではなく、相手の行動に被が認められれば一年から二年ほどに軽減されると言う。

「貴方の証言で夫の罪が一年になれば良いと思っております」とは夫人の言葉だ。

 何の自信があるのか、魔王やんは、「しかと承った!」と、胸をドンと叩きながら返事をしたのだった。







 後日に行われた裁判はとても順調に進んでいた。

 衛兵たちの必死の聞き込みにより、目撃情報が多数集まりごろつきが銀貨を落として拾おうとしたことが証言されたのだ。

 さらにその銀貨の出どころが大通りの女性の財布だと判明する。つまりごろつきは、大通りで女性から財布をスリ、その売り上げを確認するために路地に入った。その際に銀貨を落として慌てて拾いに道へ出た所を馬車に轢かれたと言う事だった。


 発端がスリと言う犯罪行為から始まったことで、人が死んだ馬車の事故では異例の無罪となろうとした、その時、

「待たれよ裁判長。過去の前例を曲げて今後はどの様に人を裁くと言うのか!?」

 と、声を上げたのは魔王やんだ。

 裁判の判決と言うのは基本的に過去あった同じ様な事件を元に決められている。今回を例外として無罪とすれば、確かに今後の判断基準がブレるのだけどね。

 折角いい話で終わろうとしているのだから、君が蒸し返しちゃダメだろぅ……


 ちなみに判決は、

「事件の発端は犯罪であったが、飛び出した者を轢き命を奪った事実に変わりがない。ただし引き金となった事情を考慮し、一年の投獄、または罰金銀貨五十枚とする」

 前例通りの最低の一年、しかし今回は銀貨五十枚の罰金でも良いと温情措置が入ったらしい。

 それを聞き涙を流す夫人─もちろん悔し涙だ─

 そこへ魔王やんが近づいていき、彼は「ご夫人、我は約束通り一年の罰を勝ち取りましたぞ」と、誇らしげにドヤった。


 私にひとつ言い訳をさせて貰えるのならば……

 魔王やんの性格は、私の眷属になる前からのモノで私とは一切関係ないからね!!

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