19:吸血鬼はギルドと密約を結ぶ

 翌朝はメイドの氷ぃっちに、朝食を部屋に運ばせて客室で食べて貰った。もちろんこれは、私たちが居ない方が気兼ねなく食べることが出来るだろうと言う配慮だ。

 これらは最初から氷ぃっちの役目であるが、今回はあえて氷ぃっちを指名したつもりだった。それは昨日の晩餐で面割れしたことが関係しており、素性の知らない私たちには聞くことが出来なくとも、氷ぃっちならば問うことが出来るかもしれないからだ。


 なお後ほど戻ってきた氷ぃっちに確認した結果、彼らは主たる吸血鬼わたしの存在について興味があったらしい。

「超絶の美少女だとちゃんと伝えてくれたかい?」

「そんな一目見れば分かることを伝える必要はないでしょう」

 飽きれつつも『美少女』を否定しない辺り、氷ぃっちは相変わらず賢い女性だね。

「異世界から来た存在で、強さの次元が違うと伝えておいたわよ」

 そして続けて「別に秘密じゃないでしょ?」と言う。

「そうだね。秘密にしているつもりは無いから言って貰って構わないよ」

 それで話は終わりだ。

 朝食後には魔王やんが徹夜─かどうかは定かではないが─で仕上げた書類を持って彼らは笑顔で帰途に着く……、予定だった。

「噛みくん、森の外まで彼らを護衛してあげてくれ」

 そう、この言葉を聞くまでは。

 とは言え、この森はとても危ないので正当な配慮だと思って頂きたいね。







 二日後、代表くんが改めて小城を訪ねてきた。

 前回の帰りに噛みくんに言いつけて置いたから、森の入り口からここまでは噛みくんに従う狼たちが護衛してくれているよ。

 そのため彼は今回は鎧は着ておらず、護衛らしき冒険者を二人と気難しそうな中年を一人連れているだけ。

 鎧無しなのは彼らなりの信頼のアピールだろうね。


 さて連れてきた中年はどうやら建築関係の職人のようだ。

 そして破壊された玄関口を見て、「こりゃひどいな」と呟く。その後は代表くんに何やらは話していて、それが終わると代表くんが私の元へをやってくる。

「職人の話では、材料の手配などで一週間ほど掛かる様です。

 ただ仮補修でまず玄関を閉じるだけならば、即日でも問題ないそうです。

 本日はこれで失礼しますので、後日に改めて詳しい話を持ってお伺いいたします」

 とても慌ただしい感じであったが、代表くんたちは一時間ほどを庭で過ごしてすぐに帰って行った。



 そして翌日、

「玄関口を直せる職人の手配が出来ましたので、それをお伝えに参りました。

 本日はその件について細かい打ち合わせをお願いします」

「いつまでも玄関に大穴を開けておくわけにはいかないからね。

 なるべく早く頼むよ」

 そして工事について細かい調整を始めた。


 最大の論点は直す手法だ。もちろん玄関を直す方法と言う技術的なことではなく、もっと根本的な話の方だよ。

 城を直す職人の人数と、そして彼らは一体どうするのか? と言った話だね。


 なんせこの小城は魔物がはびこる危険な森の奥に建っている。職人らは当たり前だけど魔物の相手をするような荒事は出来ない。そうなれば森を安全に抜ける為には、今回の代表くんと同じように狼たちや冒険者の護衛が必要なのだ。

 さてめでたく無事に、職人と冒険者の護衛がここにやって来たとする。森を抜けるのに二時間ほどだろうか?─人の足は分からん─

 往復で四時間とすれば作業の時間はトンと短いだろうね。

 では彼らは城が直るまでこちらに滞在するのかな? とすれば、その間の宿泊先や食事などはどうなるんだろうか?

 と、まぁこの辺りの話になる訳だ。


 当然だけど代表くんもその辺りは危惧していることだから、話はすんなりとそちら側へと流れていく。

 私の回答次第では、テントを城の庭─または城の外の森の中─に張って過ごすことも視野に入れなければならないからね。

 そして代表くんには、テントを庭に張る許可を得る所までしか言えない。これより先は私の領分に入ってくる内容だし、そもそも城の中・・・の方が安全だと誰が言った?

 まぁ約束事と言うのは大切なので、冒頭には、「危害を加えない限り身の安全はもちろん保障しよう」と付けてから、

「人数次第では客室を提供するのは構わない。

 しかし滞在者の食事の準備や部屋の清掃などで、私の使用人を使うことは許さない」

 相手の人数は実に重要だ。何故なら部屋の数は有限なのだから、安請け合いは出来ないのだよ。そして食事や清掃などはこちらの人員がマジで限られている─魔王やんと氷ぃっちしかいない─ので事前に無理だと伝えたのだ。


「職人は五人です。護衛はその倍を考えております」

 馬車などの移動手段ではなく、徒歩なので、一人を二人で護るのは基本なので、そう言う勘定になるだろう─おまけに職人らは修理の材料となる切り出した石や木材を引いているはずだ─

「大客室でしたら六人が泊まれます」と、これは魔王やん。

「それはベッドを使った場合だね。

 冒険者稼業の者はそんなものは不要だとは思うがね。そうだな、こちらで六人用の大客室二部屋を提供しよう。

 これはそちらの自由に使ってくれても構わない」

 ちなみにこの小城には、六人部屋なる大客室が二つ、二人部屋の小客室が二つしかないので実際これが精一杯なのだ。


「食事と清掃の人数は改めて手配が必要ですが、まずは二人とさせて頂きます。

 職人が五人ですから、護衛の一部は一旦帰らせるように手配いたします。従って、常に滞在する護衛の数は五名だけとさせて頂きます。

 雑用の手配に一日掛かりますので、最短でしたら明後日から作業に入れますが、如何いたしますか?」

「もちろん最短で構わないよ。

 それと護衛の件だが、帰らせるのは忍びない。うちの狼で良ければ前回のように貸そうと思っている」

「有難いお言葉です。

 では護衛の数は五人で、作業の方は最短で手配いたします。

 最後に、執事様より頂いた書類の内容についてですが、上の者が吟味した結果、大枠については特に問題なしと判断いたしました。細かい部分は日を改めて詰めたいと思っております」

 深夜に魔王やんが作った書類の内容は、もちろん主たる私も確認している。そしてその内容は、冒険者ギルドが簡単に許容できる程度の内容だけを書いたつもりだ。

 だからこの回答は予想通りである。


 話を終えると彼は布の袋をテーブルの上に置いた。何も言わずにズイとこちらに差し出してきて手を放した。袋を置くときに、ゴトンだとか、ジャララと言った音が聞こえたのでこれはきっとお金─慰謝料の類─だろうね。

 無言なのは、領収書が切れない系統のお金なので、手続きは無しと言う事だろう。

「魔王やん、確認してくれ」

「はっ」

 袋は後ろに控えていた魔王やんが取り、再び私の後ろに戻って中身を確認する。

「確かに」

 私はニィと意地の悪い笑顔を見せると、

「さて要件が終わったようだが、今日はどうする。また泊まっていくかい?」

 と、問い掛けた。

 当然だが彼は、「今日はお暇いたします」と即答したよ。

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