18:吸血鬼は晩餐を共にする

 執事タイムが終わった魔王やんがシェフに変わった。

「腕によりをかけて、必ずや彼らの舌を唸らせてみせましょう!」

 と、ものっすっごく息巻いているんだけどね、普通の人間の精神ならばこんな環境まおうのしろで出された料理なんて、いろんな意味で喉を通らないと思うんだよ。

 下手するとこの料理めしには毒入ってんじゃねくらいの勢いで疑ってかかるよ?

 それに……、明日出す予定の資料作りはいいのかい?

 魔王やん曰く「夜は暇ですからそこで纏めます」だそうだ。答え食屍鬼グールは疲れないし寝ないのだった。



 何やら料理人スイッチが入ってしまった魔王やん。

 もしも丹精を込めて作った渾身の料理を、彼らが残すことでもあれば、一番短気な魔王やん─吸血鬼ヴァンパイアの主観です─はきっとキレるだろう。

 その場でお前らが我の晩飯になっちゃうぞーって奴だね。


「ねえお嬢ちゃん、あたしだったら食事なんて喉が通らないと思うのだけど、魔王やんを止めた方がいいのかしら?」

 まったくもって同感なんですが、

「止めれるなら是非!」

 あいつ拘り職人気質だからさー料理中に邪魔するとまた面倒くさいんだよ!

 前に腕、喰われてるじゃん?

「ええっあたし!? う、う~ん。一応、頑張ってみるわね……」

 相変わらず人間保護の立場を崩せない氷ぃっちはしぶしぶ調理場に向かった。



 少し後……

 自室の外の廊下からは、ドタドタと慌てた足音が聞こえてきて、次の瞬間にはドンドンドンとドアを叩く音に変わった。

 しぶしぶ、ドアを開けるとそこには。

 スカートが血で真っ赤に染まり、腹はぱっくりと、はらわたが半分無くなってバランスを取るのが難しそうな氷ぃっちが立っていた。まぁ不死人レヴァナントの彼女はしこまた痛みに強いので大丈夫だろうけどね。

「えーと、言わなくても何があったかは分かるつもりだよ」

「だったらどうにかして頂戴!!」

 溜息を吐きながら、

「だから無理だって言ったのに……」

 お互いに白目で見つめ合う。もちろん「言ってねぇな」、「言われてないわよ」と言う顔ですね。


「ふぅまずは君の体を回復させようか」

 不死人レヴァナントに生まれ変わってこの方、一度も食事にんげんを食べていない氷ぃっちは本来の回復速度を出せない。体の中心部をごそっと失ったこの状態では、腕などと違い動く事にも支障が出るだろう。

 その間に何か─仕事が─あると困るんで、今回は特別に私が魔力を少し分けて上げることにした。ちなみに不死人レヴァナントは口から生命力を吸う─口付けの必要はなく相手の口に近づけるだけだ─

 しかし折角の眼鏡美女なので、体を捕まえてしっかりと口付けして魔力を補充してあげました。


「ううっもうお嫁に行けない……」

「大丈夫さ、お嫁にやるつもりないよ」


 さて、美味しく頂いた─失言─分の働きは見せようと、私は秘策を胸に魔王やんの元を訪れた。

 結論から言えば、スイッチが入った魔王やんを説得するのは私にも不可能だ。

 しかし、

「一品一品出すとなると、こちらも同じ料理を食べざる得ない。

 食材もタダではないからね。無理に私たちが美味しくもない人間用の品を食べるよりは、自由に食べられる立食形式にして貰う方が有難いよ」

 と、まぁ一皿出しのコース料理をやめて貰い、立食形式の提案を行ったのだ。

 それに給仕が氷ぃっち一人だからね、配膳も大変なのですよと、説得を試みた。

「確かに客人と同じメニューを食べるのはマナーですからな。

 では今晩はそのようにいたしましょうか」

「ちなみに、私たちが苦も無く食べられる甘味辺りを大目に頼むよ」

「はい、承知いたしました」

 無事任務完了、ドヤ顔で氷ぃっちに伝えておいたよ。







 晩餐の時間になると、ギルド職員がまるでゾンビの様に死にそうな表情で食堂にやってきた。ぶっちゃけ表情だけではなくて足取りも重くて、マジゾンビだよ。

 彼らはなけなしの気力を振り絞って、辛うじて笑顔に見えなくもない表情を作ると……

「魔王様、本日はお招きに預かり有難うございます」と、挨拶をした。

 魔王やんの提案からこんな事になって、すまんかったと思ったね。うん、人間の精神の脆さ加減を忘れていたよ、ごめんなさい。


 さすがに罪悪感─ギルド職員にではない─を覚えたので、

「最初に言っておこうか。

 そちらにある食事類は一切怪しいものは入っていないよ。材料も人間の君たちが食べる物と変わりないから安心して欲しい。

 私は君たちを客として迎えた、だから君たちに手を出すことは一切無いし明日にはちゃんと無事にここから帰って貰うつもりだ。

 なんなら町まで送ってあげても良いくらいだよ」

 まあ最後の言葉は、首をちぎれるくらいに横に振られて拒否られたけどね。

 その言葉を聞いて少しだけ安心できたのか、彼らの表情は少しだけ改善されたように思う。そして私の視線の端っこには、眼鏡をキラッと光らせて律儀にペコリと頭を下げる氷ぃっちが見えた。

 まぁ氷ぃっちの為に言った言葉だからね、感謝はするだろう。だが気にしないで欲しい、これはさっき美味しく頂いた・・・・・・・分のおつりという奴だからさ。



 最初こそぎこちなかった集まりだったが、少し経った辺りで魔王やんが楽器を弾き歌いだした所から少々砕けた雰囲気がみえる様になった。どうやら魔王やんは執事に料理人、そして演奏家まで兼任していたらしいよ。そして一通りの楽器演奏が終わると魔王やんはやっと参加者の一人となり、自らが作った料理を食べ始めていた。

 彼は律儀にすべての料理に手を出しているけれど、人のご飯など決して美味しくは無いだろうに苦労人だ。


 私の近くには代表くんが立っている。どうやら彼は私担当と言う事らしい。まぁ会話はそれほどないのだけどね。そんな中、ギルドの職員と話していた氷ぃっちが、突然冷や汗をかいて慌てふためいた。

 しきりに首を振って何かを否定しているんだけど完全に逆効果、そんな態度では正直に言って挙動不審だよ。

 その場で聴力をあちらへ向ければ、なるほどね。

 どうやら面割れしたみたいかな?


 氷ぃっちは数少ない『Sランク』冒険者だ。街のギルド職員ともなれば少なからずの人数が、その顔や出で立ちを覚えている者も居るだろう。緊張して目が曇っていた間は良かったが、変にリラックスしてしまったから気づいてしまったらしい。

 やれやれこれは思わぬ誤算だね。


「もしや貴女は『氷結の魔女』ではないですか?」

「ち、違います、よく似ているって言われるんですよ」

 何その言い訳?

 ついでに棒読みっぷりが半端ないよ。

「いやその眼鏡と髪の色、絶対に見間違えませんよ」

 判断基準は瞳の色じゃなくて眼鏡なんだね、凄いなギルドの職員くん。さすがに放置は可愛そうかと、割って入ることにする。

「まぁまぁ、彼女が例えば『氷結の魔女』と言う冒険者だったとして、君たちに何か不都合があるのかな?」

「え?」

「今ここに秘密裏に交渉しに来ている君たちと、私は何が違うのかなと思う訳だよ」

「そ、それは……「いえ違いはありませんな、素性を詮索するとは野暮なことをいたしました。失礼しました」」

 言葉尻りを代表くんが拾い上げてさっさと話を畳んでしまう。やっぱり彼は優秀だね。是非とも人材不足─人数不足ともいう─のうちに欲しいなあ。

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