17:吸血鬼は密会する

 玄関前に四人集まりあーだこーだとやっている頃。

「すみませーん」

 城門のところから何やら声が聞こえてきた。


「むむっ来客のようですぞ」

 色々兼兼執事な魔王やんが率先して門に向かって歩いていく。

 その先には、フルプレートの冒険者たち?

 なぜ『?』なのかといえば、全員へっぴり腰でガクガクと震えているのが分かるから。門から玄関ここまで結構距離があるのにな……

 歩み寄った魔王やんとおっかなびっくり話している姿は、とても悲壮感漂っている。


「何の用かしらね」

「そんなに気になるなら氷ぃっちが行けば良かったのに」

 門へチラッチラと視線を送る氷ぃっち。人間を保護する動きを見せる氷ぃっちだけに、話の内容が気になるのだろう。

「だって魔王やんの方が早かったから仕方ないじゃない」

 口を不満そうに曲げながらそう言われましてもね。美人はどんな表情しても得だなくらいしか感想無いよ?






 『魔王』と話がしたいと言う来客の話を聞くために、私たちは城の応接室に移動する運びとなった。同行するのは噛みくん以外、彼は番犬よろしく庭で待機なのだ。

 フルプレートの来客者らは全部で六人。ソファーに全員は座れない。確かに小さな城だから、応接室はそんなに広くは無いけどね。

 今回はそういう意味じゃあない。

 ソファって普通は三人掛けで足りない上に、そもそもフルプレートを着た人が座ることを想定していないよ。


 このまま応接室に行ってガチ鎧が六人も並べば部屋の空気が薄くなりそうだね。

 と言う訳で、気を利かせた氷ぃっちが、余剰の三人に対して、

「お話が終わるまで、別室でお茶を出しますよ」と、笑顔で誘ったが、彼らはブンブンと首を横に振って、「いえお構いなく後ろで立ってます!」と言われたらしい。

 ガックリと肩を落として帰ってきた氷ぃっち。

「どうやら相当怖がられてるようだね」

「えぇ不本意ながらそのようね。これもお嬢ちゃんの悪名の所為だわ」

「その悪名の出所には異議ありだよ」

 問答無用で殺されるのと、半死半生で逃がされるのどっちがいいって話だ。


 ちなみに私の叫びはすっかり無視されて、話し合いは食堂でと言うことになった─こちらは十人ほど座れる大テーブルなのだ─



 テーブルには紅茶が人数分置かれた─侍女の氷ぃっちの役目だ─

 対面に六つの金属鎧の置物……と言うのは、美少女わたしを前にして一向に何もしゃべらないからです。

 部屋には私が紅茶を飲む音だけが聞こえていた。

 血ではないので美味しい訳でもなく、とは言え人間を前に血筒から血を出して飲むわけにもいかず。

 味気なさに辟易して二口ほど口を付けて、カップをソーサーに戻した。なおこの動作の間、彼らはカップから立ち上る湯気でも見つめているのか、視線は下に、テーブルの一点をじっと見つめて微動だにしなかった。


「話を進めて貰って良いですかな?」

 話がしたいと言われた手前に、家主たる私から発言するのはどうかと思って悩んでいたところを、空気を読んだ後ろに控える顔だけはイケメンな魔王やんから、上手い具合にフォローが入った。


「で、では。申し訳ございませんがお話をさせて頂きます」

 代表は当たり前だが真ん中の鎧らしい。

「ちょっといいかな? 話をする前に礼儀としてせめて兜は脱がないかい。

 どうやらかなり怯えている様だが、私は会話を希望する者に対してむやみに襲いかかる無法な者ではないよ」

 何のことはない、お前ら兜で口篭って聞き取りにくんだよと言う愚痴をオブラートに包んでみたよ。

 それを聞いて少しだけ安心したのか、中央から順に鎧の兜を外していった。男性が四人に女性が二人、若者が三人で中年が三人だ。分けて言っただけで合計は六人で変わらないよ。

 中央の者が居住まいを正し、

「失礼しました魔王様、わたしどもは冒険者ギルドの使いでございます」

 と、代表くんが名乗ると、全員が一斉に深々と頭を下げた。

「この度、ギルドの停止命令を無視して魔王様の城を襲った冒険者が現れたと知り、慌てて駆け付けた次第でございます」

 大の大人が年端のいかない─容姿の─美少女に向かって一斉に頭を下げて謝罪とか、ちょっと気圧されるね。


「つまりだ。君たちは私の報復を恐れて、命を賭けて交渉に来たのだね」

「有り体に言いますとその通りです」

 代表くん以外の、皆の顔はすっかり青ざめているが、彼だけは青ざめてはいるがその決意の強さがしっかりと瞳に出ているようだ。もちろん私の機嫌次第では、易々と命を奪われる様な危険な場所に交渉に来ているのだから、青ざめる人間の方が普通だ。

 その中でこの瞳を見せられる彼はとても良いね、うん好感が持てるよ。


 私は全員の顔をざっと見たがあの町の職員は居なかった。伊達に半年ほどギルドの仕事をしていないのだよ。

「君たちはどこのギルドの者だい?」

「東街のギルドから来ました」

 魔王やんが後ろからこそっと、「(馬で三時間ほどの距離ですな)」と教えてくれる。当然それはポクポク歩かせての話ではなくて、駆けさせての事だろう。─森を北東に抜けると町へたどり着くが、真っ直ぐ東に向かうと街にたどり着く─

 ここへの襲撃を聞いて急いで飛んできたと言う事か。

「最初に、襲撃した冒険者の生存の有無はギルド側では関与いたしませんので、申し訳ございませんが割愛させて頂きます。

 早速ですが、交渉に当たりまして、まず今回の襲撃での被害はすべて補償させて頂きます。

 また魔王様に金銭が必要かは分かりませんが、迷惑をお掛けした補償金に加えて、襲撃に参加した者たちがギルドに預けていた金銭を全額譲渡させて頂きます。

 勿論これ以外に何かできることがありましたら、ぜひとも仰って頂ければ上に確認してまいります」

 淡々と台本を読んでいるだけの抑揚のない声色だったが、最後の台詞だけはちょっと感情が入ってたな。むしろ伝言を言いつけられれば、ここから逃げ帰れる大義名分が手に入って有難いんだろうね。


 さて交渉内容だが、冒険者の生死は依頼ではなく独断専行による失態。ゆえにギルドの関与しない点であるから全員死亡なんて報告は不要。このまま放置でいいようだ。

 次が修繕に関することだったが、果たしてこの城に職人が来てくれるのだろうか?

 相当嫌がると思うんだけどな……

 続いて慰謝料の話だね、金は無いよりはもある方が良い。落とせばグラスや皿は割れるし、カーテンも陽に当たれば色褪せる。体を洗う石鹸だってお風呂に入れば減っていくのだよ。

 そして最後のなんでもOKの件だが、今のところ私は何も思いつかない。

 少し考えて、

「魔王やん、許可する。希望があれば言っていいよ」

 結局、私は一番この城の事情を知る魔王やんに丸投げした。


「そうですな、定期的に人を頂くと言うのは……、いや冗談ですよ」

 きっと冗談ではなかっただろうけど、氷ぃっちから睨まれてやめたんだろう。

「取りまとめますので少々時間を頂けますかな?」

「は、はい。もちろんです」

 話が終わったとしてホッとするギルドの面々たち。


 しかし……

 空気を読めないと言うか、実務優先と言うか、融通の利かない者と言うのはどこの世界にもいる様で、

「では本日中に資料を纏めます。

 それでお嬢さま。

 本日は彼らには、こちらに宿泊して頂こうと思いますがよろしいでしょうか?」

 先ほどの資料は本日まとめて明日の朝に渡すよってことだろうけどね。

 魔王やんの『泊まっていけ』と言う言葉を聞いた彼らは、先ほど見せた安堵の表情はすっかり消え去って絶望に変わってしまった。

 彼らの心情はひとまず置いておくと、執事としての魔王やんの提案は常識的でとても正しい事だろうね。さて置いておいた心情はと、先ほどから氷ぃっちが首を横に振っているので、止めて上げてと言うことだね。

 うーん。

 しかし再びここまで来ると言うのもアレじゃないかなぁ?

「そうだね、魔王やんの言う通り、今日はここに泊まっていけばいいよ。

 氷ぃっち、彼らの部屋の準備をお願いするよ」

 私が笑顔でそう言うと、彼らは死刑宣告を受けたかのように表情を失った。

 ただ一人真ん中に座るあの見どころのある代表くんだけが、「ま、魔王様のご厚意に感謝いたします」と、震える声で返してきたよ。

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