15:吸血鬼は昼食を邪魔される

 森の奥にある小さな城に住み始めて早一年。

 ここいらは一年を通じて季節はとても穏やかで、夏の猛暑や大雪などに悩まされることも無く、なかなかに過ごしやすい土地柄だなーと、これまでの生活を思い出して黄昏ていた。

 難点は、そうだな。

 デリバリーがすっかり来なくなったことか?


 私たちが冒険者登録をしたのは半年ほど前、それから週に一度くらいの頻度で野盗やら町のならず者なんかを成敗してきた─頻度を上げると噂になって数が減るのだ─

 なお、話題にならない様に極力小規模な物をあえて選んだ結果、儲けは極小。所持金が爆発的に増えたりはしていない。

 なんなら報酬額よりも、野盗が貯め込んだ金品の方が多いまであるね。


 さてお金が無いと言うのはどういう事なのか?

 私はこの世界においては、今のところ人を喰う以外には、なるべく人間が定めた法に触れない様に生きることを目標にしている。

 だからお金は大切だ。

 衣食住のうち、食だけがほぼ無料─外食に行ってるけどね─だが、文明的で快適な生活を希望する私としては、衣と住はどうやっても無料には出来ない。

 魔王が住んでいようが、城は等しく老朽化するし室内にある調度品だって同じ。衣服もその理に反することはなく、着て、洗えば徐々にヘタっていくのだ。

 そしてこういった日常には『魔王』なんて肩書はむしろ邪魔でしかない。



 それでも『衣』はマシな方だと思う。

 なんせお金さえあれば、町に行って新しいのを買えばいいからね。

 幸いなことに私の姿はなんら人間と変わらない美少女タイプだ。人目をより惹くことはあっても、パッと見で正体を言い当てられる様な無様なこともない。

 ただし私の稼ぎでは特に好んで着ているゴシック系ドレスは買えないけどさ。


 まぁ金が─大量に─あれば解決できる『衣』に比べて、『住』テメーは駄目だ!

 だってさ、例えば城が壊れるじゃん?

 原因はなんでもいいよ、災害だったり、人災─文字通り冒険者ならずものに荒らされる─だったりだね。

 そして町に行って職人に頼むんだよ、『魔王の城うちが壊れたから直して欲しい』ってさ。すると職人は『家の場所じゅうしょは?』って聞くじゃん。


 そこで『実は森の中のお城なんですー』とでも言ったら最後、その職人にんげんはそりゃもう驚き震えだして、首を確実に横に振るね。

 マジ、千切れんばかりに振るよ。

 最後には『命だけはー』って泣き叫ぶまであるさ。


 さて職人が頼れないとなると、こっちの人員で何とかしなければならない。魔物って言われても戦うんじゃなければ性能なんて人のそれと概ね変わらない。むしろこういった細かい作業は人間以下の事の方が多い。

 建物をトンカントンカンと造っている魔物を見たことがあるかい?

 きっと無いだろう?

 私だってないよ……

 だから大きく壊れると直らないんだよねー


 え、いきなり何の話だって?




 事の発端は昨日に戻る。


 時刻はお昼のどん真ん中、つまり今は昼食時である。

 昼食と言っても食べるのは、私と魔王やんの二人だけだ。噛みくんには調理後の骨が回されるので時間が少々ずれていて、午前中からお昼付近まではいつもの日課ならば森で狩人をやっているはずだ。そしてもう一人の住人である氷ぃっちはと言うと、不死人レヴァナントになってから半年、まだ一度たりとも食事をしていない。

 どこか踏ん切りがつかないのだろうね。

 こればっかりは精神的な部分なので、私がとやかく言って良い所じゃないからいまは放置している状態だ。

 別に結論から逃げている訳じゃない。

 ナーバスな問題は殊更丁寧に扱う必要があるだけさ。



 私は昼食の席につくと、いつもと同じように水筒ならぬ血筒─いつでもフレッシュな血が飲めるように『魔法』で中の時間を止めた筒型容器─からコポコポとワイングラスに少しだけ血を注いだ。

 量にすれば二口有るか無いかと言ったところだろう。燃費がよい私はこれで充分に足る一杯だ。

 その向かい側には、魔王やんが自分用に焼いたどでかい・・・・ステーキが乗った皿を綺麗に並べていた。

 私は魔王やんが準備を終えて席につくのをじっと待つ。別に会話は無いけど、それを合図に互いの食事に手を伸ばすのだ。

 さて、魔王やんが座ったので、グラスを手に取り、口に運び血を飲み干そうしたところで、


ドカーン!

バキバキバキ!!


 と、玄関から盛大な破壊音が聞こえた。

 どうやら庭の番犬ならぬ庭師の噛みくんはまだ戻っていないらしいね。

 なぜって? そりゃあ噛みくんを突破できる人間なんて、きっとこの世界には居ないもの。


「いまの音、どうやら玄関の方からですな」

 焦る様子もなく、魔王やんはステーキにナイフを走らせて肉を切り分け、フォークで優雅に口に運んだ。

「もしかして私が行くのかな?」

 私は一向に動こうとしない魔王やんをねめつけた。

「きっと氷ぃっちが向かってるはずですぞ」

 その台詞には『氷ぃっちならばにんげんを逃がしますぞ』と言う皮肉が込められていた─半年前に人外になった彼女は未だに冒険者にんげんに甘いのだ─。

 逃がしたくなければ行けと暗に言っている。


「魔王やん、私は食事中だよ」

「奇遇ですな、我も食事中ですぞ。ただ、お嬢さまのお食事は少量。

 きっとすぐに終わりますな」

 グラスに少し─ほんの一口~二口─の血と、ドドンッと大きなステーキが乗った皿。食べ終わるのがどちらが早いかは明白。

 私はワイングラスをはしたなくもエールのように傾けて、ゴクゴクっと血を一気に飲み干すと、口を手の甲で拭いニヤァと笑いながら、

「追加の食事を食べてくる」と嘯いて部屋を後にした。

 嘯くのは当たり前、主人たるものそう易々と従者に使われる訳には行かないのだ!




 玄関に向かうと、二十人ほどの冒険者ならずものが城のホールに入り込んでいた。彼らは私を見てどよめいた。─きっと私の美少女っぷりに驚いたのだろう─

 そしてその中の一人が我に返り、「まさかお前っ氷結の魔女か!?」と、叫んだ。

 あれ、そっち?

 確かに私と同じところから氷ぃっちが来たけどさー



 まぁいいや。

 彼らはどうしてこんなに陽気な日の真昼間にここを襲ったのか?

 理由は簡単、彼らは魔物は夜になると力が強くなると言う話から、太陽が最も高くなる─逆に魔物は弱ると言われる─昼を選んで襲ってくるのだ。

 ハッキリ言おう。

 私たちは夜に強くなるのであって、お昼に弱体化しているのんじゃない。昼だろうが夜だろうが等しく強い。


「迷惑極まりない人間たちよ。

 私はお前たちの為に常に玉座に座ってはいないし、お前たちに倒されるのを待っているつもりも無い。

 節度を守るのならば軽く痛めつけるだけで勘弁してやっただろうが、今回ばかりは食事を中断されて虫の居所が悪い。

 ふっふふふっ食事の宅配ご苦労だ。全員残らず喰らってやろう」

 誰だって昼飯時に乱入されればキレるでしょ。だから今日は全員殺す!

「お嬢ちゃん、できれば……」

 氷ぃっちは続けて「いつも通りに生かしておいて」と言いたかったのだろうけど、言い終わる前に私の仕事は終わっていた。


キンッ!


 と言う甲高い音と共に、新鮮さを損なわない様に全員綺麗に氷漬けになった。


 確かギルドによってこの依頼は停止されていたはずだがと思い、私は今にも成仏しようとする魂から一番活きがいいヤツを捕まえて事情を吐かせてみた。

 すると、この国の数少ない『Sランク』冒険者の一人が、「氷結の魔女が失敗した依頼をクリアすれば俺様SSランクじゃね、うほっ」って感じで『Aランク』を二十人ほど連れてやって来たらしい。

 その規則破りの代償が自らの命だとすると、随分と高い支払になったようだね。



 そして話は戻る。


「先ほどの襲撃で正面の玄関が破壊されました」

 あいつら玄関に向かって爆裂系の魔法をぶっ放してきやがったらしい……

「うがぁあぁ!」

「お嬢さま無意味に叫んでも城は直りません」

 これの修繕費は、いったいどこから出るんですかね?

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