12:吸血鬼は家族を紹介する②

 収穫した果実はそのままの状態で食べることは出来ないそうだ。

 何を言っているのか、私にはちょっと分からないのだけど……

「何も知らずに森から抜いてきたお嬢ちゃんの方が、あたしには何を言っているか、ちょっと分からないわね」

 私の名誉の為にも説明しておくが、抜いたのは噛みくんです。

 って、そっちじゃなくて!


 そもそもこの果物との出会いは、町のお菓子屋さんの店頭であった。店頭の看板にデカデカと、果物の絵と共に『話題のフルーツ入荷。ぜひご賞味ください!』と書いてあったのだ─その下には『女性必見!!』と言う文字もあった─。

 食事はもっぱら血な私だが、甘味やらお酒、そしてお茶などの嗜好品は普通に口にするからね、俄然興味が惹かれたんだ─栄養になるとは言っていない─。

 だから甘い匂いに釣られて、その店の前でしばしの間、立ち止まっていたのは仕方がない事だと思う。店の人が─しぶしぶ─出てきて、「お嬢ちゃんケーキを買うのかい?」と問い掛けてきたのはきっと客引きの行為だし、「そっかーお金落としちゃったんだねー」と心配してくれたのは彼がただの善人だっただけだ。

 その後に内緒だよと、ケーキの端っこを貰ったのは唯の試食です。─氷ぃっち「体よく追い返されたのね」私「ち、違うわ!」─



 貰ったケーキが実に美味しかったので、ランランランとスキップしながら歩いているとき、通り掛かった雑貨屋で同じ果物を見つけたのは偶然だった。ここでもお菓子屋さんと同じように『話題のフルーツ』とある。

「ねえおばさん、この果物って有名なのかしら?」

 と、小首を傾げて店番のおばさんに聞いた。私だって時と場合、そして空気を読んで、子供のフリをして声色を作ることもあるのだよ。

 店番のおばさんは、チラリと私─の胸─を見て、

「お嬢さんは見たところ十二~三歳くらいかしらね、今のうちにこれを食べておくと将来はきっと凄いことになるわよ」

 そして彼女は私に耳打ちして、その効能を教えてくれたのだ。

 なお、「効果には個人差があって、大きくなったのは個人の感想よ」と、念を押されたんだけど、これは最近流行ってる売り文句なのかな?


「胸が……、大きくなる……?」

「えぇそう言う感想の人も居るわよ」

「マジかー」

「ただ個人差があるみたいだから、おばさんは気休め程度に食べるとストレスも無くていいと思うわ」

「凄いな!!」

「なんとこれ、魔王が住むと言う深い森の中でしか取れない果物なのよ。

 だから入荷するのが珍しいのだけど、お嬢さんには相応しい果物だと思うわよ」

 毎朝の氷ぃっちの少しの努力─朝に髪を結って貰う─と、もって生まれた莫大高貴さゆえに、身なりが良い令嬢風に見える私はどうやらこれは客引きをされているのだと理解した。

 私が先んじて「お金は無いよ」と、言うと、おばさんはそれっきり置物になり私は居ない物として扱われけどね。



 さておばさんからは『魔王が住むと言う深い森の中』と言う情報が得られた。

 そして今入荷しているのだから、森にはまだ実を付けた樹があるのだと判断できる。当然、私は帰りしなに森中を彷徨った。

 具体的には、影を『魔法』で切り分けて飛ばしたんだけどね。そしてものの十分ほどで数本の樹が発見できたのだった。

 一番近い樹に行き、「ぴゅぅー」と下手くそな口笛を吹く─昔から苦手なんだよ─。

 待つこと五分で、噛みくん─狼形態─がまさに飛ぶように走ってきた。彼は私の前で立ち止まると、「アオォォン」と一鳴きして人型を取り、「どの樹っすか?」と、ニカッと笑った。逞しいね!

「この樹だ。頼むよ」

 それだけ告げたら後は噛みくんの仕事、私は翼を広げて先に城へに戻った。




 回想終わり!


 樹からすべての果物を収穫した氷ぃっちは、籠を抱えて調理場へ向かった。

 これから魔王やんに調理して貰うらしい。

「調理に余った分は貯蔵庫に入れて貰うわね」

 帰りしなには「持続的に食べないと効果が無いわよ」と、実に生暖かい目で教えて貰いましたよ。

 くそう……もいでやろうかな。

 そんな氷ぃっちの胸は、私と同じ二つです!

「お嬢……」

 そんな可哀想な子を見る目でこっち見んな!

「ちっ、どうせ君も大きい子の方が好みなんだろう?」

「いやそんなことないっすよ。おいらは─狼だけに─六個が希望っすよ」

 おい、なんでそこで数に戻った!?



 調理場では、主たる私に、美味しく食して貰うために新しい料理を考えているらしい魔王やんが腕を組んで難しそうな顔をして座っていた。彼の役目は、執事兼料理人兼買い出し係兼雑用その他もろもろと、まぁよく分かっていない。


 そんな色々な肩書を持つ魔王やんは、森に発生した狭間から這い出てきた魔族で、元はこの城の主で魔王を名乗っていた。

 当時の彼は冒険者相手ならば、『Sランク』の氷ぃっちとはいい勝負しそうだけど、それ以下なら大抵は勝つほどの実力があったらしく、伊達に貴族なんて名乗ってない─ただし食屍鬼グールとなった今は氷ぃっちが十人いても勝てないけどね─。

 なぜ強さで『らしい』なのか、そりゃ不幸な偶然が重なって彼の体が消滅してしまったからだ。ついでに言えば私は、蟻んこの強さを測れる物差しは持っていない。

 だから今となっては真偽不明!


 そして前記の通り、彼の体は消滅してしまったので、今現在、魔王やんが入っている器は、私の血肉から培養した偽の体だ。

 だから強いのは当たり前だね。

 まぁ培養の際は、彼の元の姿形に覚えがなかったので鼻筋がスッと通った美形─吸血鬼ヴァンパイア個人の感想です─に仕上げておいた。体格はコンパス長めの細マッチョで、髪色は私好みに金髪。なお赤い瞳は生前の通り。

 いつみても美形なのだが……、残念なことに耳の上には唯一、生前にあったっぽい─記憶が定かではない─羊の様な角がある。正直これでイケメン台無し!

 まぁ空気が読める私は本人に面と向かっては言わないけどさ。


「魔王やん、作業は順調かな?」

 難しい顔を見せていた魔王やんに明るい声を掛けると、彼は閉じていた瞳を開き、

「お嬢さまですか。この果実は中々に難しいですぞ」と唸った。

「そう思ってね、町で食べたケーキの話と、雑貨屋で店員のおばさんに聞いた調理方法を教えようかと思ってやって来たのだよ」

 笑顔を見せてそう伝えれば、キッと睨み付けられて、

「馬鹿にしないで頂きましょうか! 我も一端いっぱしの料理人ですぞ。

 他人のレシピを盗用するなど職人の沽券に係わります! もちろんお断りいたしますぞ!」

 いやお前、職人じゃなくて魔王だろ……、とかは言いません。

 だって私は空気読めるからね!


 とは言え、固まる事さらに三十分。

 このまま行くと果実を使った料理が出てくるのは、いつになるか分からない。

「じゃああたしが変わろうかしら?

 実は昔に冒険者稼業で野宿した時に、調理して食べたことがあるのよ」

 と、氷ぃっちが善意からそう提案した。

 さて、氷ぃっちの善意・レシピは教えない・適材適所の発言は、どうやら気難しい職人さん気質の魔王やんの逆鱗に触れたらしく……

 彼女は邪魔するなとキレた魔王やんにより腕がもがれて捨てられた。

 まぁ不死人レヴァナントになった彼女は、そう言った肉体の痛みには鈍いので大丈夫なんだけどね。

「ひ、酷い」と、涙目を見せる眼鏡美女。

「うーん、スイッチ入ったときの魔王やんには近づかない方がよさそうだねー」

「そうね」

 しゅわしゅわと再生して生えてくる自分の腕をじぃっと見つめながら、氷ぃっちは小さく呟いた。


 なお後日のこと。

「なんだこの請求書は?」

 執事モードの魔王やんは一枚の請求書を手に氷ぃっちの元を訪ねてきた。

 それは『お仕着せ代』と『特別清掃代』と二つの項目が書かれた請求書で、

「それは魔王やんのお財布から出すのよ」

 と、眼鏡を光らせて静かな声色を出す氷ぃっちに気圧される魔王やん。

「どう言う……」

 再び無言でギンと睨まれると魔王やんは、「わ、わかった」と返事をし肩を落として帰って行った。

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