11:吸血鬼は家族を紹介する①

 小さな森の奥の城で、まったくの他人だった四人が暮らす生活も一ヶ月経った。そして私がこの世界に来てからだと、通算で四ヶ月となり新しい季節を迎えていた。

 ちなみに今の季節は冬だ。ただし冬になってもこの地方はそれほどの寒さは無く、雪が降ることは滅多にないし、暖炉の火が無いと凍える様な事もない。

 ぶっちゃけ外で野宿しなければ死なない程度の微妙な寒さである。



 城のテラスで氷ぃっちの淹れてくれた紅茶を飲みながら、「ここ四ヶ月は早かったな」と、呟いてみる。

 独り言のように聞こえたかもしれないけど、私の向かい側にはしっかりと自分のお茶を淹れて飲んでいる氷ぃっちが座っている。

 彼女は元『Sランク』冒険者で、『氷結の魔女』と呼ばれた、長い黒髪の凛々しい眼鏡属性付きの美女だ。青系統の服を好むのは、瞳が鮮やかなサファイアブルーだからか? それともあだ名の『氷結』に関係するからなのかは知らない。

 年齢は二十歳ではなく十九歳だったそうだが、今や不死の存在である不死人レヴァナントとなったので、その容姿は幾ばくも変わることは無くなってしまった。


 元は兎も角、今の彼女はここで侍女とメイドとお掃除担当。

 もちろん彼女一人で、─どれだけ小さかろうが─城のお掃除が出来る訳はないから、彼女には私の忠実な下僕である〝名も無き蝙蝠〟を貸し与えている。

 我が城はブラックじゃないのだ。


 彼女の仕事っぷりは完璧で、不満や問題があれば主人の私にもハッキリと物を申すタイプ。そして仕事以外でも表情は緩むことなく常にキリリッと引き締まり、印象は少々キツめだね。

 ただ……、今の彼女の表情は普段から見せる凛々しい眼鏡美女の面影は一切も無くて、だらしなく頬を緩めている残念な表情を見せている。

 そして会話と言うか私の先ほどの呟きは聞いていなくて、思い出したかのように時折一人でにへらぁと笑っているのだ。

 ぶっちゃけ、今の様子は気持ち悪いまである……

 さて彼女がこんな残念な状態になったのは、お茶が淹れられた後の最初の会話が原因だった。



「氷ぃっちがここにきて一ヶ月だね。

 どうかな、少しは慣れたかい?」

「そうね、生活には慣れたけれど……、自分の存在にはまだ、と言う所ね」

 まぁ突然人間から不死人ばけものに変わったのだから、一ヶ月で慣れる訳はないよね。

 そして私は彼女がまだ一度も食事─人間の生命力─を摂っていないことを知っている。燃費がよい化け物たる私たちでも、半月経てばさすがに空腹を覚える。彼女は変化して一ヶ月経っているのだから、下手をすれば飢餓で一度くらいは死んでいる頃だろうか?

 不死人レヴァナントの特性ゆえに、飢餓などの状態は肉体に現れることは無いので当事者ではない私には分からない。

 しかし過去より眷属となった不死人レヴァナントを間近で見てきた経験から、人から化わるこの化け物は、精神的にとても壊れやすいことを知っている。

 だから……

「ここ一ヶ月、君は侍女にメイドに掃除担当としてとても仕事を頑張ってくれたと思う。だから主人の私からご褒美を上げようと思うんだ。

 ほら、最初に約束しただろう?

 そろそろ機会を作って弟君を招こうじゃないか」

 それを聞いた彼女はパァァァと分かりやすく表情を明るくしたかと思うと、それきり私と違う世界に旅立ってしまった……

 別の意味では心配だけど、どうやら氷ぃっちは弟君が居る間は大丈夫そうだね。







 違う世界に旅立って呆けてしまった氷ぃっちを置いて、私は先ほどテラスから見えた筋肉隆々の背中を持つ人物を探すために庭に出ていた。

 その背中を見かけた辺りをテクテクと歩いていると、

「おややお嬢じゃないですか、おいらになんか用ですかい!?」

 と、まぁ何とも快活な声が庭木の間から聞こえてきた。

 声の聞こえた方に視線を向けると、褐色に日焼けした健康そうな肌で、やたらと筋肉質な体を持った笑顔が素敵な青年が立っていた。

 彼は噛みくん。満月の夜、多量にある私の魔力のほぼ全部を使って召喚されたとても珍しい黒銀毛の人狼ワーウルフだ。ここでの役割は庭師と狩人、そして番犬。


 ちなみに彼の形態は大きく分けて四つある。

 一つは完全な狼の状態で、もはや人狼ワーウルフじゃないよそれ、と言う一番ダメな奴─吸血鬼ヴァンパイア個人の感想です─。

 続いては顔が狼で上半身がすっかり毛に覆われ、手には鋭い鉤爪、尻尾もあって二足歩行という、物語に出てくる一番見慣れたカッコいい奴だ─吸血鬼ヴァンパイア個人の感想です─。

 そして三つ目が今のタイプ。頭にピンと立つのは二つのケモ耳、瞳は狼のままで金色に爛々と輝いている。ちょっぴり獣が混じっている分、人間よりは力が強いらしいね。

 なお噛みくんが庭師として働くのに一番楽なのはこの形態だそうだよ。人狼と違って、手が人間のように自由に使える癖に力が強いからだね。

 最後は言わなくても大丈夫だろう、完全に人間形態だね。髪の色は変わらず黒銀色だけど、瞳は落ち着いて明るい茶色くらいに収まるんだ。トレードマークはちょっとだけ鋭そうな犬歯かな?


「いや先ほどテラスから見えたからね、何を植えているのか見に来たんだよ」

「あっそうそう。

 お嬢に頼まれた樹ならそっちに植えたっすよ」

「シッ!」

 慌てて唇に人指し指を当てて、口を閉ざすときのお決まりのポーズをする私。

 その姿勢のまま、注意深くキョロキョロと周りを見て誰も居ないのを確認する。

「いいかい噛みくん。あの樹の事は他言無用だ、いいね?」

「は、はぁ。よく分からないっすけど、分かったっす!」

 噛みくんは素直でとても良い子なのだが、少々迂闊な所があるので、十分に注意しなければならないのだ。

 もしもあの樹の事が皆に、いや特に氷ぃっちに知れれば……

 いったい何を言われるのか分かったもんじゃないよ。


「あ、あれ氷ぃっちじゃないっすか?」

「ん?」

 氷ぃっちなら先ほど違う世界に旅立ったけど?

「ほらあそこ。城から出てきて、お嬢を呼んでますよ」

 振り向いて玄関の方を見れば、確かにそこには氷ぃっちが、「お嬢ちゃんー!」と、手を振りながら私を呼んでいた。

 視線をそちらに向けてギクッとする。

 何故なら……氷ぃっちと私の間、つまり玄関の真ん前には、私が依頼した樹が確かにドンと植えられていたのだ。

「ちょ、噛みくんなんであんな目立つ場所に植えてるんだよ!?」

「お嬢が気に入ってる樹っすからね、もちろん一番目立つように植えたっすよ!」

 そう言ってドヤ顔を見せる噛みくん。

 さて新たに、とてもとても目立つ場所─玄関の真ん前─に新しく植えられた樹を見た氷ぃっちは、

「あらこの実……」

 そう、その樹になる実は、女性たちの間ではとても有名な、食べると胸が大きくなると言う噂の果物であった。

 果実を見、私の顔よりやや下を見、何かを理解したらしい氷ぃっち。

「お嬢ちゃん頑張ってね」

 微笑み、しかし視線を決して合わせることなく、少しだけ解ってるわとばかりにクルリと反転、そのまま城に戻っていった。

「くぅぅ、噛みくんのせいだ!!」

「ええーなんでおいらのせいなんっすか!?」

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