10:吸血鬼は弟を助ける
氷ぃっちが眷属になったその日。
闇夜に紛れて私たちは、『氷結の魔女』の生家へと出向いていた。今回の同行者は、魔王やんと、氷ぃっちの二人で、噛みくんはお留守番だ。
誰か一人くらい残しておかないと、無法者で不法侵入上等の冒険者の面々に
『氷結の魔女』の生家は、私の翼で全力かつ、まっすぐ飛んで三時間ほどの場所にある。要するに街で言うと二つ分くらい。
えっもっとわかりやすく?
えーと一つの街から街は、乗り合い馬車に乗って三日くらいだよ。本気を出した私はとても早いと分かって貰えれば結構だ。
さて翼がある私は飛べるから問題ないが、同行者の二人にはそんな便利な物は無い。
ではどうやってそんな高速移動についてくるかと言うと、眷属と言うのは便利なもので、主の影に潜むことが出来るのだった!
はい解決ー
ええっご都合主義じゃないよ! だって眷属が影に潜めないと主が無防備になって超危ないじゃん!?
氷ぃっちに家の鍵を開けて貰い、スス~っと弟君の部屋に入った。
軽く診断してみると弟君は末期の癌に侵されていて、もはや余命幾ばくもない状態であった。と、まぁ彼の部屋に堂々と侵入して何やらやっているが、弟君は『魔法』で深い眠りについているので顔を見られる心配はない。
安心だね。
病状が分かった段階で氷ぃっちは部屋の外で待機させた。何故なら、これから行う治療方法は、とてもご家族にはお見せできませんって奴だからだ。
氷ぃっちが部屋から出ると、私は影に潜ませていた
ずずずと影から現れる魔王やん。
さっそく口をガバチョと開けて、ガブリ!
クッチャクッチャ……
ベッチャグッチャ……
ゴックン。
ただただ、肉を粗食し嚥下する音だけが部屋の中に響いていた。
貴族の嗜みとはなんだったのか? とか間違っても問うてはいけない─きっと臍を曲げるに違いないもの─。
魔王やんは
腹の中身がぐっちゃぐちゃっに食べ散らかされ、ベッドの上はあたかも猟奇殺人の現場のように真っ赤な血に染まっている。
末期癌の弱った患者に対して、このような蛮行を行えば─健康体でもだが─、ほんの数分も掛からずに死に至るだろう。しかし私は魔王やんの行為が始まる前から、『魔法』により弟君の時を止めている。
「食べ残しはないね?」
血の事ならば私の右に出る者はいないと自負するが、肉の事になると魔王やんの方が断然詳しい。
彼は既に肉ソムリエと言ってもよいほどの料理人にまで育っているのだからね。
「もちろん、全部食べました」
魔王やんは血で汚れた口をグイと野蛮に拭いながら、「いやはや、少し苦味があってザラっとするところがまた美味です」と、名残惜しそうに弟君のガバッと開いたお腹を見ている。
いやそんな感想はいま欲してないよ。
ちょっと黙っていようか?
さてこれで、弟君の癌細胞だった部分は、魔王やんがすっかり食べ尽くして除去されている。あとは『魔法』で欠損した臓器を再生させれば、綺麗サッパリ元通りの健康な体に蘇ると言う寸法だ。
私がそっち系の魔法を不得手としているから、とても横着な
だったら少々見た目が悪いくらいは無問題さと血に濡れたシーツを半目でみた。
ほんの十分ほどの治療? により、弟君は寝息も穏やか、すっかり健康体になった。
「氷ぃっち、いいよ~入ってきて」
隣の部屋で待機していた氷ぃっちが、顔を真っ青にして慌てた様子で部屋の中へ駆け込んできた。
きっと隣の部屋には、グチャだのクチャだのと、大よそ治療中に聞こえちゃいけない系統の音が聞こえていたのだろうと推測する。
そして慌てて駆け込んできた彼女は、血まみれのベッドに横たわる弟君を見て、「ヒッ!」と、短い悲鳴を上げた。
キッとこちらを睨み付けてくるが、私はその視線を軽く受け流した。
苦手ゆえに不細工だけどちゃんと治ってるんだ。見た目が少々悪いからって騒ぐんじゃあないっての。
ふらふらとベッドに近づいた彼女は、弟君に傷が無くそして顔色がとても良くなっていることに気付くと、彼の体をペタペタとなにかを確認するかのように触りはじめた。
ホッと安堵した彼女は、弟君の胸の上に覆いかぶさり声を上げて泣いた。
※
隣の部屋で、魔王やんが─勝手に─淹れてくれたお茶を飲みながら待つこと一時間。
ガチャ
弟君の部屋のドアが開き、氷ぃっちと弟君が二人連れだって出てくる。
「あ、あの有難うございました」
ペコリと頭を下げる弟君、ここで初めて個体として認識した彼は、私と同じ十代の少年だった。そう私と同じ十代の少年だ。大事なことなので二度言っておくぞ!
姉弟だけあり、顔立ちは姉である
いま眼鏡してないけどね。
そうそう、絶世の美少女─私のことだ─を前にしているので、頬を赤く染めて恥ずかしそうにしているのも中々好感が高いよ。
「氷ぃっちに頼まれたから助けただけだ。お礼はお姉さんに言うんだね」
素っ気なくそう返したのだが、それでも弟君と合わせて氷ぃっちが、まるで水飲み鳥のようにペコペコと頭を下げ続けていた。
「あーもう。分かったよ。
うん、盛大に感謝していいよ!」
偉そうに踏ん反り返ってやったら今度は二人からアハハと声を出して笑われた。
くっそ~
どうやら私は少々恥ずかしいらしく、久しぶりに頬が熱くなったのを自覚した。
そして別れの時がやってくる、つまり朝が来たのだ。
氷ぃっちは冒険者生活で貯めた報酬の殆どを弟の治療費に充てていた。高額の『Sランク』冒険者の報酬であっても弟君の治療は叶わず延命しかできず嘆いたそうだが、今回で弟君の件は無事に解決となった。
彼女は所持金の入った袋を弟君に差し出すと─残念ながらあまり多くは無かったが─
「お姉ちゃんはこれから住み込みで働かないとダメなの。
だからごめんね、少ないけど、頑張って暮らして頂戴ね」
涙を滂沱のように流す氷ぃっち。私はその姿を後ろから見ながら、クール眼鏡美女が人目を憚らず泣く姿はどこかに需要がありそうだなーと他人事のように眺めていた。
そんな対照的な私たちに対して、弟君は何が起きているのか分からないようで、きょとんとしていた。
ちなみに氷ぃっちの悩み事は、私が、「別に弟君もいっしょに住めば?」と言えば無事解決することなんだけどさ─人を喰う魔物の中にいることに
で、ここまでわかってて、あえて私がその発言をしない理由は……
だってね、この家ってさ。
今は『魔法』で眠らせているけど、氷ぃっちのご両親がちゃんと居るんだよねー
だから弟君は、これからたった一人で暮らしていかなければならない……、訳でもなんでもない。両親と一緒に暮らしていけるのだ。
そもそもの話、普段から仕事で滅多に戻らない『Sランク』冒険者の『氷結の魔女』が、今後はまったく戻らなくなると言うだけだ。
これじゃ貰い泣きもできないよねー
「はいはい、帰るよー」
まだ泣き足りないっぽい氷ぃっちを、無理やり引き摺って、私たちは『氷結の魔女』の生家を後にした。
帰りしな、一向に泣き止まない氷ぃっち。影の中とは言え意思疎通はできるので、実にウザ、じゃなくて……、あーもぅやっぱウザイでいいや。
はぁと大きなため息を吐いた私は、
「月に二~三日なら城に呼んでも良いよ」と、ボソッと呟く。
すると氷ぃっちは、泣き止み、ぱぁ~と表情を明るくして、コクコクととても嬉しそうに頷いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます