09:吸血鬼は魔女と取引す

 氷結の魔女は『Sランク』冒険者だ。

 それが魔王認定されている魔物相手に、取引を持ちかけるなんてことはありえない。

「そのお願いを聞く前に、君は自分が言っている意味が理解できてるのかな?」

「当たり前でしょう。ここ最近の貴女の噂を聞いて行動しているのだから」

 以前にここにやってきていた冒険者だが、血を吸って庭に放置した後は、すべてではない・・・・・・・がしっかりと町に逃げ帰っていたらしい。そして彼らが、そこで出会った存在─つまり私─をギルドに報告したことで、依頼書のランク指定がトントンっと跳ね上がったのだとか。


 さて余談だが、

 この世界には数多に魔王を名乗る魔物がいた。当然その中には人間の言語を解する者も存在している。しかしそれは会話が成立することと同義ではない。言葉を解すことと話が通じることは同じ意味ではないのだ。

 だがこの森の古城に住む魔王には話が通じる。

 それは衝撃的なことだとして、ギルドは隠ぺいした。なぜなら魔物と人は決して相容れぬ存在でなければならないからだ。そんな存在がいたと認めれば、今まで冒険者が行ってきた行為が略奪や殺戮と呼ばれてしまう危険だってあるのだ。

 しかしギルドの思惑通りに事は運ばなかった、失敗して逃げ帰った冒険者の口から、そこにいる魔王は話が通じると、まことしやかに噂されたのだ。

 『Sランク』たる彼女は特にアンテナが高くその噂を早くに知ったのだろう。

 だからすぐに行動し、ここにいる。そして彼女が一人で行動しているのは、秘密裏に私と交渉するため、か?



「あたしには病に侵された弟がいる。それを救って欲しい」

 『魔術』がある世界なのに、治せない病と言うのは疑問を覚えるだろうか?

 しかし私はそんなものだろうと考える、『魔術』では傷や病を治すのに限界があるからだ。『魔術』は所詮『術』であるからその効果を高めるのみ、怪我なら自然治癒の能力向上を、病も然りだ。だから落ちた腕は生えないし、死んだ者は復活しない。

 想像するに、彼女の弟は病の発見が遅くて、もはや自己治療出来ないほどに進行してしまっているのだろう。

 であれば治癒の『魔術』は病状を早める毒にしかならないだろう。


「私は血を吸うしか能がなくてね、病気を治すような行為は苦手だよ」

「お願いよ、いいえ、お願いします」

「ねぇ話を聞いてくれるかな?」

 治すのは苦手だと言ってるだろうに……

 しかし彼女は首を振り私の言葉を否定した。何故なら、「苦手と言うだけで、貴女は出来ないとは決して言っていないわ」だそうだ。

 そう指摘した彼女は正しい、『魔術』には無理でも『魔法』には可能なのだから。


 ふぅと一息吐き、

「やっぱり貴女は賢いね。私は賢い女性は大好きだからさ、代償次第では手を貸してあげてもいいよ」

「血でよいのだったね、あたしの血で良ければ全部上げるから……

 弟を救ってください!」

 そう言ってペコリと頭を下げる『氷結の魔女』。


 迷わず全部と来たか、本当にいさぎいいね。

「そうだな、賢い貴女が手元に欲しいから今回は血よりも濃い物を望むよ」

 それにこの子は貴重な猫枠のようだしね。

「血より濃い物?」

「そう。眷属と言う言い方は私は嫌いだから、眷属かぞくかな。

 貴女には今後、永遠に私と共に生きて貰おうと思う」

 どう? と首を少し傾げて問い掛けてみると、

「弟が助かるなら構わないわ」と、彼女は考える時間もなしに即答した。







 あまりに簡単に即答されたので、私は少々困惑した。これは自分の存在を変えてしまう選択なのだ、そんなに簡単に返事をして良いものではないはずだ。

 説明の為にも晩餐を一緒に食べようと誘って、二人でテーブルに座っている。

 なお、出てくる料理は、人肉やら生血ではなくて、彼女の為に作った普通の人間が食べる料理だ。私たちの栄養にはならなくとも、こうして気に入った客を迎える準備くらいあるよ。


「弟さんは確実に治るだろうから、これから貴女がなるモノ・・・・について話そうと思う。

 ああ、安心してほしい。話を聞いてからやっぱり嫌だと断ってくれても構わない。その際は何も言わずにここから出て行ってくれれば良いよ。

 もちろんこんな夜中にたたき出す様なことはしない、今晩はここに泊まって貰って構わないから明日の朝の話だよ」

 この物言いは、さぞかし自信がある様に見えるだろうが、最悪、彼女の弟が病で死んでいたとしても『魔法』ならば死すらも覆すことが可能だ。

 だからハッキリと、治ると言える。


「お嬢ちゃんはとても年齢通りの少女には見えないわ……」

「そりゃそうだよ。私はこれでも軽く千年ほどは生きているんだ。

 一応十八の誕生日を千回目までは数えたけどね、正確な年齢は判らないんだ」

「そ、そう」

 ありゃここは笑うとこだったのにどうやら外したみたいだね。


「さて貴女がなるモノ・・・・だが、私の眷属の一つである不死人レヴァナントというモノだね。

 貴女の魂は私に喰われる。だからその体には魂が残っていないので死ねない・・・・。肉体は高度の再生の能力を持っていて、腕が吹き飛んだくらいならば、慣れればほんの五分ほどで生えてくるだろう。

 まぁもちろん魔力を使うから無制限にと言う訳ではないがね」

 再生するだけで体がなんら変わらない、元の人間と相違ないただ死なないだけの不死人ばけものを、吸血鬼わたしが眷属に持つ理由はたった一つ。それはとてもとても残酷な理由だった。

 つまり不死人レヴァナントとは吸血鬼わたしの保存食なのだ。


「あたしは人ではなくなるのね」

「人と言う定義が、死ぬことであれば、もちろん人ではないよ。

 だが血肉や肉体の能力などは人のそれでしかないので、私や魔王やん、そして噛みくんには遠く及ばないね」

 それを聞いて彼女は少しだけホッとしたような表情を見せる。

「ただね、自らの意思で死ねないと言うのはとても大変なんだ。

 人の権力者などは、常に永遠に生きる術などと言う愚かな研究をするものだが、実際になってしまうと彼らは如何に自分が幸せであったかを知り、今度は死ぬための研究を始めるだろうね」

 そして私は呟くようにこう付け加えた、「不死とは最大の呪いだ」と。


「質問してもよいかしら?」

「もちろんだよ」

不死人レヴァナントに変わったあたしも死ぬことは無い?」

 先ほどの話を踏まえての質問なのだから、彼女の聞きたい真意は理解できた。

「私の血肉で作った食屍鬼魔王くんは、私が死ぬと体が崩壊する。そして私の魔力で呼び出した人狼噛みくんは、私が死ねば魔力が供給されなくなるので消え去る。

 最後に貴女がなるモノ・・・・不死人レヴァナントは私が魂を喰らってこの身に宿しているから、私が死ねば貴女の魂は私と共に死ぬよ」

「そう、じゃあ生きるのに飽きたらお嬢ちゃんを殺せばいいのね」

「そうだよ。まさにその通りだ」

 とても物騒な話だが、心の底からの笑顔を見せ合う私たち。

 しかし口ではそう言ったが、彼女が私に襲いかかることは無いだろう、少なくとも弟が寿命を全うして天に召されない限り……


「もう聞きたいことは無いわ、弟を救ってくれる?」

「まだ話は終わっていないよ。変わり果てた君が何を食べるのかをね」

 そして自らの犠牲にしてまで救った弟との関係がどうなるか……

「聞く必要はない、だってあたしは死なないのでしょう。ならば食べなくても結果は同じだわ。まぁ将来、生きることに飽きたら食べてもいいかもしれないけれど……」

 賢い彼女の事だ、きっとそれに気づいてあえて聞かない選択をしたのだろう。

 ならば、

「儀式はいつでも可能だよ」

「そう、だったら早い方がいいわ。だってここでグズグズして弟が死んだら目も当てられないものね」

「……分かったよ」


 城の庭先、その夜の月明かりの下。

氷ぃっちひょうぃっちの仕事はメイド兼侍女兼屋敷のお掃除だよ。

 今後ともよろしくね」

「分かったわ、お嬢ちゃん」

 こうして氷結の魔女は私の眷属かぞく不死人レヴァナントへと生まれ変わった。

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