08:吸血鬼は魔女と語らう

 冒険者という物はランクで区分けされていて、ランクが一つ違えばその扱いは格段に変わるそうだ。─ただし人口の多いBランク以下は『-』と『+』でさらに区分けされるらしい─

 そんな話を氷結の魔女さんから聞きまして、チラッと青年を見る。

「俺はC-です……」

 バツが悪そうに呟く青年。彼は厳密に言うと『C-』だったが、大分類ならば『Cランク』だから嘘ではないのかな?

 じとっと見つめると彼は大層居心地悪そうに視線を逸らしていた。

「そんなに虐めてあげないで頂戴。『+』の人はちゃんとそう名乗るから、何も言わずにランクだけ言ったら怪しめばいいのよ」

 と、氷結の魔女さんがよくわからないフォローをくれた。

 なんだそれ、身長聞かれて『百七十センチくらいかな』と答える男たちの事か!?


 もちろんそんな言葉がフォローになる訳がなく、肩をガックリと落としてすごすごと自分の席に戻っていく青年を見送り、私は氷結の魔女さんと話を続けた。

「お嬢ちゃんは冒険者では無いようだけど、依頼を出しに来たようには見えないわね。

 もしかしてこれから登録するのかしら?」

「登録には年齢制限は無いのかな?」

「十歳以上だったかしら……

 う~ん、ちょっと覚えていないわね」

 氷結の魔女さんは、左端の窓口を指し示しながら、「あそこで登録できるわよ」と教えてくれた。なお登録の際にはギルドの職員と腕試しが必要だそうだ。

「ふぅん。せっかくだし行ってみようかなあ」

 こちらにやってきて三ヶ月ほど経ったが、この世界は思ったより暇だし、娯楽になればいいかなーと軽い気持ちで呟いた。

「あら、細かい内容を聞く前なのに随分と自信あるのね」

 キラリと眼鏡を光らせてニィと笑う魔女さん。

 うわぁ挑戦的な言い方だなー


 自信があるかと聞かれれば、腕試しと言われた時点で「ある」と答えていいだろう。

 だって彼女が持つその依頼書が『Sランク』まで引き上がったのは、間違いなく私の所為だしね。きっと今まで倒した冒険者の中に、『Aランク』もしくは大量の『B+ランク』が居たのだと思う。

 ただし私にはその差は判らない。

 次元が違い過ぎると言えばいいのだろうか。人間に蟻んこたちの強さなんて測れる訳がないよね。


 ニィと笑っていたのはほんの少しの時間で、彼女はすぐに表情を消すと、

「行列ができているみたいだからあたしは行くわね。

 無事に冒険者になったら命を無駄にしない様に頑張るのよ、じゃね」

 初対面から変わらず、とても彼女らしい、サバサバとした物言いで激励を貰った。







 なんとなく気分が乗らず私は冒険者になる事もなく町を後にした。そして森に入るや翼を広げて一目散に飛んで帰ったのだ。


 さてお昼過ぎ、お城に戻ると、

「あ、お嬢。おかえんなさい!」

 大きな樹を肩にヒョイと背負った噛みくんが庭先で私を出迎えてくれた。いやいや出迎えたっつか、庭作ってただけだよな。

「噛みくんその樹はどうしたんだい?」

 肩で軽々と担いでますけど、十メートルくらいあるよねそれ……

 スーパーレアとはこれほどスペック高かったかーと少々驚いた。


「魔王やんが香辛料が取れるっていうんで、森に生えてた奴を抜いてきたんっす!」

 これで美味しいご飯が食べれるっす! と、彼は嬉しそうにヘッヘッと舌を出して口をガバチョと開けた。

 折角スーパーレアに召喚してやった─偶然です─のに、この残念っぷりったらないな。


「噛みくん、いいかいよく聞くんだぞ。

 私は血しか飲まないし、君には骨しか回ってこない。

 つまりその樹から採れる香辛料は君の食事には何の関係もないよ」

「あっ……」

 目を見開き無言で地面を見つめる噛みくん。

 うわあっ……、やばっ。噛みくんのテンションが駄々下がりしたぞ。

 先ほどまでの嬉しそうな表情はスッカリ無くなり、肩をしょぼーんと大きな樹もドスンと落としてしまった。


「えーと、魔王やんにちょっとお肉残して貰うように伝えておくよ」

 くいっと視線だけを少し上げ、上目使いでジーっと私を見つめる噛みくん。

 や、やめろ! そんな視線で私を見るな!!

 急に居心地が悪くなった私は自室に逃げ帰り、棺桶ベッドに引っ込んだ。







 その晩、私は客の訪問を受けていた。

 その来客が名乗った名前はもちろん『氷結の魔女』、彼女は美味しそうな飲み物の様なあだ名を持つ、『Sランク』の冒険者だ。

 徒党を組む冒険者とは違い、彼女はソロ専なのか単独行動だった。

 しかもご丁寧な事に、庭にいた噛みくんに挨拶をして魔王に取り次いでくれとお願いしてきたそうだ。

 噛みくんはそれを執事兼兼兼料理人と何かと多忙な魔王やんに取り次ぎ、魔王やんが棺桶ベッドで寝ていた私を呼んだと言う訳だ。

「お久しぶりか、初めまして、どちらがお好みかしら?」

「もちろんお久しぶりでいいよ」

「あらそう? じゃあお久しぶりねお嬢ちゃん。

 あたしの依頼内容は当然知っているわよね。あたしも生活が掛かってるから、出来れば恨まないで欲しいんだけど」

 そう言って眼鏡をクイと上げると眼鏡はキラリと光を反射した。

 眼鏡を光らせる角度の研究でもしているのか、上手く光らせるなーと感心する。


「ここに住み始めてかなり経つけど、問答無用で斬りかかってこない冒険者は初めてだよ。

 だから教えて上げるけど、私は刃向う者には容赦く、例外なしに献血をお願いしているよ。でも今なら見なかったことにしてあげる。

 どうだろう一緒に晩餐でも食べないか?」

「随分と余裕なのね」

「そうだね、残念だけど私と貴女たちとは次元が違うんだ。

 蟻では人に勝てない様に、貴女たちでは私には絶対に勝てないよ」

 町に行き、冒険者を見て分かった。私が使うモノは『魔法』だが、彼女らが使うのは『魔術』である。この差はとても大きい。

 『法』は世界が定めたまさに法則でありそれを自由に操るのが『魔法』と呼ばれる。対して『魔術』は人が研究して作り上げた学問だ。法則を知りそれの効果を増すのが『魔術』の本質だ。

 具体例を挙げれば、誰もが雪は冷たいと知っていて、それをさらに冷たくするのが『魔術』で、それさえも覆るのが『魔法』である。

 答え、『雪は熱い事もある』だ。


「やってみなければ分からない……とは、とてもじゃないけど言えないわね。

 あたしも伊達に『Sランク』とは言われていない。今のお嬢ちゃんはギルドで出会った時とは全く中身が違う別次元のモノに見えるわ。

 ねぇお嬢ちゃんは一体何者なの?」

「私は、私のいた世界で『厄災』と呼ばれた吸血鬼ヴァンパイアだよ」

「お嬢ちゃんのいた世界……、つまり文字通り異次元の存在と言う事かしら?」

「賢い女性は大好きさ。思わず血を吸いたくなるねー」

 私は無意識にペロリと唇を舐めていた。

 おっと。凛とした孤高の態度に、思わず吸いたべたくなってしまった。

「あたしの血を吸ったら被害が止まる?」

「いいやそれは無理だよ。

 私は食事として血を吸う、そしてそこの執事は肉を喰うんだ。最後に庭師が骨をしゃぶるよ。それで一時はお腹は脹れる。だけど誰だってお腹が空けばまた食べるだろう?」

「可愛い顔して随分と化け物なのね……」

「片方は兎も角、可愛い顔はよく言われるね。賛辞には有難うと素直にお礼を言っておくよ」

 満足げにニッコリと笑った。


「あら、化け物も言われ慣れているでしょう」

「そんなことないってば。どうにもここに来る者らは対話が苦手な相手が多くてね。それに気づく頃にはもう終わっているんだ。だから面と向かって言われたことはほとんど無いよ」

 今度はことさら口を歪めてニィと笑ってやった。

 彼女はふぅとため息を吐いて、

「あたしには倒せそうもないけれど、わざわざ一人で来た甲斐はあったみたい」

「その言い方だと普段は一人じゃないみたいだね」

「そりゃそうでしょ。冒険者で一人で行動する奴なんて、自殺願望を持ってる馬鹿に決まってるわ」

 吐き捨てる様にそう言った後、彼女は表情をキッと引き締めて、

「『厄災』と呼ばれる貴女にお願いがあるわ」

 と、言った。

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