07:初めての町

 やや頻度が減り、それでも不定期ではあるが半月に二度ほどはデリバリーが来るし、森の恵み・・・・もあるようで最近は食卓に何も上らない日がほとんど無い。

 それは喜ばしい事なのだけど、ひっきりなしにやってくる冒険者たちの中には実に困った人種が混じっている。


 つまり勇者を名乗る者だ。


 記憶の新しい所だと庭を焼いた奴らもそう。

 最近の奴らは、まっすぐ私の所に来ず、城の部屋と言う部屋をそれこそ家探しするようだ。クローゼットを無断で開けたりするのは可愛いもので、壺を割るわ、タンスをひっくり返などの無法者まで。もはや傍若無人としか言いようがないよ。

 おまけに─魔王やん─が倒してみれば、私のその、し、下着─小声─を盗み取っていたと言うからこれはもう万死に値する行為だね。


 普段は軽く血を吸って庭にポイする所を、目一杯吸い取って森にポイしてやったさ。

 その後で魔王やんがいつもより大きめのステーキを食べていたのは、きっとこの件とは関係なはずだし、噛みくんが大きな骨をしゃぶっていのもやっぱり無関係だと思う。

 私は探偵じゃあないので、推測で物を言うことはなく、見ていないことは知らないと言い切るよ。

 つまり何が言いたいかと言うと、私の部屋が城の入り口付近から最奥に方に移動したってことさ。



 さて自称勇者の素行があまりにも酷くて、あーあーゴホン。

 あまりにも彼らの訪問頻度が高いからさすがの私も気になってね、身分を隠して最寄りの町の冒険者ギルドと言う所にお邪魔することに決めた。


 出立は真夜中。

 てくてくと深い森の中を歩いたりはせず、闇夜に紛れて翼をバサッと広げて町まで飛んだ。当たり前だけど到着したのは当然深夜。

 つまりだ。

 町民はとっくに寝静まっている。


 これから宿を探すのも億劫で、かと言ってお空の下で眠るつもりはサラサラ無い。

 私は鍵が開いていた小屋の二階の窓から、そっと忍び込んで見知らぬ若い女性と一夜を過ごすことに決めた。

 すっかり寝入る彼女に確認はしていないけれど、私のような美少女と同衾できる機会は滅多にないはずで、聞いたならその幸福感からきっと『ありがとう』とお礼を言ってくれただろうことは間違いない。

 いや待て。

 過剰な幸福はいずれ身を滅ぼすとも言ったっけ?

 ふむ。

 よし均衡を護るために少し献血して貰おう。

 ……これで良し。



 明け方、部屋の主が起きる前に身支度を整えて窓から飛び降り、素知らぬ顔で町中を歩いていった。

 初めて入ったこの世界の町は……

「うわぁ田舎だ~」と、ボヤキが出るほどの田舎っぷりだったわ。

 え、初めてじゃなくて昨夜のうちに入ってる?

 真っ暗な深夜で部屋の中しか見ていないからノーカンさ。夜目? はて何のことだか知らないなあ。


 朝の喧噪の中、私は町をテクテクと歩いていた。

 ざっと、立ち並ぶ家や町並みを眺めつつ、人々の暮らしっぷりを見て回った。家の多くは丸太を組んだ感じの木造が多く、レンガやら漆喰なんかは少ないようだね。

 町外れでは一階建ての簡素な丸太小屋が目立っていたが、中央に近づくに従って二階建ての家が増えてきた。常識的に考えて、やっぱ中央部の方が金持ちなんだろう。

 そして彼らの暮らしっぷりを知るにあたって、朝と言う忙しい時間帯はとても有意義な観察ができる時間だった様だ。

 男性が手押しの荷台を引いて畑仕事に向かう中、手桶と洗濯物を担いで共同の井戸や、町はずれの小川へ向かう女性たち。

 個別の井戸が無い生活、飲み水なんかもこの井戸や小川が生命線なんだろうな。

 前の世界ならボタン一つで終わることがすべて手作業。

 いやあ朝から大変だ。



 さて中心部のほとんどドン真ん中には、そりゃもう馬鹿でかい建物があった。誰にも聞く必要もなく、これが冒険者ギルドに違いないだろう。

 なんせ武器や鎧で武装した目つきの悪い─偏見─者たちが、引っ切り無しに出たり入ったりしてるからね。

 人が切れるタイミングを見て、私もドアを開けて建物に入ったよ。


 建物の中は仕切りなし、ただっぴろい一つの大きな部屋だった。

 正面には窓口がある様で今は人がずらっと並んでいて様子は伺えない。その手前側には、十人ほどが座れる大きな四角いテーブルがドンドンと無造作に置かれている。

 テーブルの幾つかは、朝の時間にも拘らず冒険者らしき者たちが座って酒や肴に手を伸ばしながら馬鹿騒ぎしていた。

 どうやらここは酒場としても機能しているようだ。

 お酒の注文は向かって左側かな? そちらにはウェイターらが注文を聞いては忙しそうに酒を運んでいる姿が見える。


 じぃと見ていたことで迷子とでも思われたのか、入口近くに座っていた青年が立ち上がって声を掛けてきた。

「冒険者に見えないお嬢さん。

 依頼を出すならあっちだ、間違えて入って来たなら絡まれる前に出た方が良いぞ」

 彼が指すのは一番右端の窓口。確かにあそこだけは他より空いていた。

「いいえ、依頼が見たいのだけど」

「依頼を請ける場所を聞く時点で、やっぱり冒険者じゃあ無いようだな。

 まず登録してからじゃないと、依頼の詳しい内容は聞けないぞ」

「別に詳しい内容で無くても構わないわ。いまの依頼にどんなものがあるか確認したいだけだから」

 それだったらと、青年は右の壁を指して、「あっちに依頼内容が簡単に書いて貼ってあるぞ」と、教えてくれた。

 私はお礼を言って言われた通り右端の壁に向かった。



 その壁には色々な依頼が貼られていた。

 その中の一つに目が留まる。


■□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□■

【魔王討伐】


 場所:町の南西の森の奥、小さなお城

 難易度:B─×で消されている─A×で消されている─S

 依頼主:町役場─×で消されている─東街長─×で消されている─東辺境伯


■□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□■




 何度も何度も×が打たれている汚い依頼書。

 間違いない、きっとこれだね。

 他の『魔王討伐』の依頼は難易度A~Bで、×なんてどこにもなし。いや『魔王討伐』以外の依頼書でもここまで×が付いている物は一つも無い。

 これだけが明らかに異質。

 難易度が徐々に上がって、依頼主が偉くなっているのはきっと冒険者が失敗する頻度が上がっているからだろう。


 私が一つの依頼をジッと見ているのが気になったのか、先ほどの青年が愛想笑いを浮かべて、こちらに歩み寄ってきた。

「どうしたお嬢さん、何か気になる依頼でもあったかい?」

 しかし彼は私の視線の先を見ると、笑顔を消して驚きの表情を見せた。

「あー……

 それはいまこの町にある最高難易度の依頼書だ。失敗続きで、なんでもこの依頼書はここ数ヶ月で王都の方まで回っているらしいぜ」

「王都の方まで?」

「なにも依頼書がこの紙切れ一枚っきりしかない訳じゃない。

 何枚も書かれて色々な場所に貼られてんのさ」

 なるほど沢山書かれて王都にある冒険者ギルドにも貼られたと。

 ここへ来た目的は今の台詞で概ね解消された。王都にまで貼られていると言う事はそれだけ人の目に付くと言うことで、ひいては挑戦者が多いと言う意味である。


「ところでお兄さん。

 ここに書いてある『Sランク』って言うのは、どの位の程度の人なのかしら?」

「『Sランク』冒険者は、この王国でもほんの一握り、数えるほどしかいない。

 その冒険者はどの人も一級品の腕を持っているぞ」

「へぇ、ちなみにお兄さんのランクはいくつなの?」

「あー俺は最近Cに上がったぜ」

 はははと力ない苦笑を見せる青年。彼はD~Cランク辺りの人口が一番多いと教えてくれて、俺は平均だよと言い訳っぽく漏らした。

 さらに続けて語ってくれてBランクが熟練者で、Aランクはエリートさんだと判った。ちなみにSランクの上には、SSランクがあるそうだが過去にたった三人しか得ていないんだってさ。─昔のこと過ぎてもう誰も生きてはいないらしい─

 どうやらSランクとは現存する最高ランクと言うことになるらしいね。


 と、その時、

「ちょっとごめんなさいね」

 私と青年の間にニョキッと細い腕が入り込んできた。その手は、先ほど私たちが見ていた依頼書をペリッと壁から剥がす。


 私はチラリとその手の持ち主を見た。

 長い黒髪で眼鏡をかけたつり目の凛々しい二十歳くらいの女性。彼女の服装は青系統を基調とした感じで纏まっており、特に目を引くのは逆の手に持った節だらけの大きな木の杖と、とても幅広の藍色の帽子。


 彼女は依頼書を手にして、ひらひらと私たちに見せた。

「貴方たち受けないわよね? これ、貰っていいかしら」

 そう言ってニッコリと笑顔を見せて問い掛けてきた。

「あんたはまさか『氷結の魔女』か……?」

「えぇそう呼ばれることもあるわよ」

 再びニッコリと笑顔を見せる女性。

 美味しそうな飲み物の様なあだ名を持った彼女こそが、国にほんの一握りの『Sランク』冒険者の一人だった。

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