06:吸血鬼は森を散策する
深-い森の中のぽつんと一軒家ならぬ、古い城がこの世界の私の棲みかだ。
森の奥の辺鄙なところに建ってはいるが、週に数回は食事がデリバリーされて
さて今日はそんな城を囲む森の話をしたいと思うよ。
まずこの森、魔王が棲んでいただけあって魔物の活動が活発だ。
魔王と魔物。それになんか関係があんの? と思うだろうが落ちついて欲しい。魔王と魔物の関係性について語る前に、先にマナについてチラッと解説しておこう。
この森には至るところに
普通ならばあっちからこっちへ~とスーッと流れるはずのマナが、その場所ではなぜか引っ掛かって停滞する。すると何が起きるかと言うとその場所のマナ濃度が増す。
そりゃそうだ。流れずに停滞しているからね。
その状態が続くと溜まったマナは凝固して結晶に変わる。この現象は混ぜない食塩水を例にすると判るだろうか、静かに溜まり続ければマナは凝固して固体になるのさ。
ちなみに固体化したモノは、人間の世界だと『魔石』と呼んだりするね。
さてここまでなら人間にとって超ハッピー。
なんせ魔石は色々な魔道具を作るのに必要で、例外なく高値で取引されている高級品なのだから。
そして片っ端からできた魔石を採っていれば、正直何も起きないから、ただただ利益を生み出すだけの便利な場所となる。
なんなら国やら貴族が管理している場所もあるんじゃないかなぁ、知らんけど。
しかし私は知っている。常々人間と言うのは度し難いほどに欲深い生き物である。
先ほどの説明で、もしも魔石を採取しなければ、さらに大きく育つのは薄々気づいてくれたと思う。
これが人が全く関知しない場所での事ならばば仕方がない、けどね、大きな魔石はより高く売れるからと、発見しても採取しない人間はいつの時代も少なからずいたよ。
では魔石が、採取されないならばどうなるだろう?
答えは、マナ同士が軋み合って徐々に空間が歪んでいくんだ。そして歪んだ隙間から、魔物と呼ばれる異世界の生物が現れる。
ちなみに繋がる異世界は歪みの場所が近ければ大体同じ。ここらなら魔王やんの同郷ばかりと言う事になるね。
ついでに言うと私がこの世界に棺桶を送ったのもこの隙間を利用しているよ。
当たり前だけど私のように『厄災』なんて呼称される、危険な~じゃなくて。とてもとても美しい者が通れるほどの大きな歪みは滅多に発生しない。
だから私は、先に限界ギリギリサイズの意識の無い無害な肉体だけを送っておき、自分が死した時にそれを魂の受け入れ先に指定することでこの問題をクリアしている。
なんたって魂には決まった形は無いからね、細~く長~く隙間を通って来たのさ。
まあこんな芸当は裏技も裏技。要するに裏技を駆使した私はこの世界ではイレギュラー的な存在だ。
さ~て私の様な美少女がそんじょそこらに転がっていないことが理解出来たらなら説明を続けようじゃないか。
隙間が通れないとこちらに来れないと言う事はだ、隙間を超える様なヤバい奴は出てこないと言う意味でもある。
ただしこれは私の主観だ。
この世界の人間を軸に考えれば、生前の魔王やんが魔王呼ばわりされていた通り、隙間から抜けてくる魔物でも十分脅威と言えるだろう。
※
私は噛みくんに乞われて森の中を散策していた。
ご主人様にお願いするとはどういう了見だよ!? と、声を荒げるつもりはないよ。
だっていまは、私好みの花や木を探しているのだもの。噛みくんに把握されるほど私は浅くはないつもりさ。
ちなみに好みの物を発見したらば、口笛を吹けば彼がやってきてズボッと引き抜き、庭に植え替えてくれる手筈になっている。
物理的にできるかってーと、噛みくんのスペックなら余裕だ。
私は前の世界で『厄災』と呼ばれていた存在で、その私がありったけの魔力を注いで呼んだ人狼のスペックは計り知れない強さだし、おまけに噛みくんはスーパーレアな人狼でもあるから、倍率ドンっのさらに倍ってくらいの強さじゃないかな~、知らんけど。
と言う訳で~
私はいま森の中を散策しているのだよ、そして腫瘍が多い=魔物が多いと言うことで、襲われる回数も多いと言う事だ。
散歩だけに三歩歩くと魔物に出会う~は、言い過ぎだけども、頻度が多いってのは伝わっただろうか?
つまりお空の星の距離よりも長いはずの私の堪忍袋の緒も、この頻度の多さにはイラッときて、腫瘍を片っ端から閉じてやったのさ。
ズズズズ……
「ふぅ」
今また一つの腫瘍が閉じられた。
いい仕事したなーと額の汗を拭っていると、
「あーっ!!」
突然人の叫び声が聞こえて私は気怠げにそちらを振り向いた。
振り返った所にいたのは、肩で切り揃えられた金髪おかっぱの女性。背中には弓、手には……うん? ピッケル?
この女性、何している人なのだろう。
まあそれは置いておいて、彼女は全身で怒りをあらわにして立っていた。
「もしかして私になにか用だろうか?」
「あんた、あたしの魔石盗ったわね!」
あたしの魔石とな?
別に私は魔石などには興味ないので、採取はしていないのだが……
首をコテンと傾げると彼女はさらに私を睨み付け、
「どうやったのか知らないけど歪みを閉じたら魔石が育たないでしょ、あたしの森で勝手なことしないでよ!
つーかあんた誰よ。ここはあんたみたいなお子様が来るような場所じゃないでしょ」
「私の事よりもだ、
この森には魔物が大量に発生して相当危険だと思うのだけど、それを知った上で貴女は魔石を育てているのな?」
「はっ。魔物が減ると他の人間に荒らされるじゃないの!」
顎をしゃくり上げながら、馬鹿じゃないのとばかりにねめつけて来たね。
「ほぉつまり魔物は君の魔石を護るための護衛だとでも言うのかい?」
先ほどの態度を諌めようと、目を細めて軽く睨み付けてやるとその女は気圧されて一歩後ずさった。
ほぉ気づくとはね。
なるほど危険感知の能力
だが当の本人にその意識は無かった様で、下がった分再び前に踏み出してきた。
「そうよ、悪い?
どーせあんたも魔石を狙って森に入った口でしょ? そこの奴は上げるから、これ以上余計なことはしないで頂戴!」
「う~ん、私は魔石には興味が無いんだけどね……」
そう言うと彼女は分かりやすく、パァと表情を明るくした。
「だ、だったらそれ貰うわよ?」
「ほぉタダで、かな?」
再び目を細めて睨み付けると、
「い、いらないって言ったんだから、お金は払わないわよ!?」
台詞は気丈なのだが女はやはり一歩後ずさった。そして今度は後ずさった自分の足を見て首を傾げる。
ふふっ面白いな。何故か分からないのに彼女は危険だと感じているんだ。
ならばこうだ。
「そうだなー血を少しよこせば、それで譲ってあげるよ」
「へっ? あんたもしかして魔物なの?」
なんという直接的な質問だろうか……
そんな事、生まれて初めて聞かれたよ。
「逆に聞いていいかい。君の魔物の定義とはなにかな?」
「えっ? えーと、魔石のある場所で生まれて、人を襲う事かしら?」
「ふむ。では私は魔物だな」
目が点とはこのことか、金髪の女性は驚きの表情のまま固まっていた。そして震える声で何とか、「だ、だって話が通じるし」と、誰に言うともなく呟いた。
足が一歩後ずさる。
「ふふふ。君の定義ならば、例え話が通じようとも、ここで生まれて人を襲う私は立派な魔物のようだよ。
こんな場所で魔物に出会うとは、君はとても運が悪かったね。いや魔物は魔石を護ってくれるコマだったかな?
ではその役目通り、僭越ながら私も君という盗人から魔石を護ろうと思うよ」
そう言って目を細めてニィと笑った。
いやあ美味しかった。
あぁもちろん殺してはいないさ。ただ深い森の中の事だ。少々貧血気味の彼女が無事に森を出られたかまでは私は関与しないけれどね。
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