05:満月の夜に②
魔法の【瞳】で視るのと、自分の目で見るのは大違い。
玄関先は煤で汚れ、黒ずんでいた。幸い玄関が燃えるほど近くでは無かったけれど、油を撒かれてすっかり焼け焦げた庭はそれはもう無残の一言だ。
まさか命からがら逃げている最中にあんな暴挙に出るとは思わなかったねー
「お嬢さま、どういたしましょうか」
「こんな私だがこれでも女の子でねぇ。
季節ごとの樹や花なんかには心躍るんだ。だから庭は綺麗で華やかであるべきだと常々思っているよ」
「それは我も同じ意見ですぞ。しかしこの身がいくら疲れぬ不死の体と言っても、我は唯一人きり。庭の復興までは手に余りますぞ」
伸びた枝を切り揃えるくらいならまだ頑張れた、しかし焼け落ちた庭を復興させるには、家の中でのことを捨て、付きっきりで作業しないと無理だと魔王やんは匙を投げてきた。
「ふふん安心したまえ。だからこそのこの魔法陣さ」
「つまり新しい眷属ですかな?」
「ところで魔王やん。いい機会だからちゃんと伝えておこう。
私はね眷属と言う言い方は大嫌いなんだ」
「失礼しました、
それで良いと頷いた。
満月が天高くに昇った頃。
その淡い月明かりを一身に浴びながら、私は朗々と呪文を詠唱し始めた。
魔力と引き換えに呼び出すのは、古くから
この満月の日を選んだのは、
籠める魔力が多ければ多いほど強いモノが呼ばれるから、今回は惜しみなくありったけの魔力を籠めて呼んでやろうじゃあないか!
「さあやっておいで! 私の
呪文の完成と共にゴソッと魔力が持っていかれる気怠い感覚が体を襲った。
先ほどまで月の光を浴びていただけの魔法陣が、今度はその淡い光を掻き消すがのごとく天に向かって光を放つ。
「アォォォォォオン!!」
光り輝く魔法陣の中心から景気のいい遠吠えが聞こえてくる。対して役目を終えた魔法陣からは光が消えた。
ほんのわずかな時間の後、辺りは再び淡い月の光だけ静かな空間に戻った。
魔法陣の中心。人間と同じ二足で立ち、しかしその上半身は黒銀色の体毛に覆われ、手には鋭い鉤爪、頭は狼。
彼こそは
「おおっ!」
「ほほぉ~」
私と魔王やんの声が重なった。
なんで呼び出した私が驚いているのかと言えば、
「凄いよ魔王やん、この子レアっ子だよ!」
「れあ? 我は焼きめが少ない血が滴る感じの方が好みですな」
そっちじゃねーよ。
普通の人狼は褐色に始まりよくても黒か灰色だ。長く生きた私でも黒銀毛なんて人狼は見た事が無い。銀狼なら幾度か見たことがあったから、これは正直レアどころかぶっちゃけスーパーレアくらいの勢いがあるね!
いやあ魔力を大盤振る舞いした甲斐があったよ。
人狼がおもむろに魔法陣を出て私の前にやってきた。
魔王やんが即座に警戒をみせたが私がそれとなく手で止める。彼は私の魔力から産みだされた産物だ、誰が主人かなど教える必要はない。
黒銀の人狼は恭しく私の前で跪いた。
「まずは新しく
今後はそうだな……、『
「了解っす。
それでお嬢、おいらは何をすればいいんすか?」
「……随分と軽い口調だね」
黒銀のクールな毛並みとのギャップが酷い。
「駄目っすか?」
すると噛みくんはくぅんと頭を下げて上目使いを見せた。仕草がすごく犬っぽいのは彼が狼だからだろうけど。
魔王やんも忠犬の気質があるし、犬系ばかりだと今後は息がつまりそうだねー
「あーいや問題ない。ちょっと驚いただけさ」
「なら良かったっす」
「さてと、噛みくんには庭師と狩人を頼むよ。デリバリーが届かないと食事に困るからね、庭師の合間にでも森に出て食材を採ってきてほしい」
転生したて、不死になり立ての頃は仕方が無かったが、本来私や魔王やんは非常に燃費がいい。
それこそ血を一口飲めば半月はOKくらいまである。
だから積極的にではなくて本業の合間くらいがちょうどいいのだ。
「了解っす。
ちなみに食材ってのは人間って意味でいいっすよね」
噛みくんから〝デリバリー〟について質問が無いのは、彼が私の魔力の産物だからで、彼にはいま時点の私の知識が刷り込まれているのだ。
「もちろんさ。
しかし無理や無茶をしない様にね。冒険者や道に迷った旅人はよいけれど、村人は駄目だ。ただし襲ってきたのならばそれは食料とみなすよ」
この決め事は前の世界でやり過ぎた教訓だ。根なしの前者らと違って、村人は厄介なしがらみが付いて回るに違いないから、手を出さない方が面倒くさくなくていい。
「了解っす」
再びの軽い返事。
この子、すごーく返事が軽いんだけどさ。本当に判ってるのかな~ととても不安になるね。
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