04:満月の夜に①

 気持ちは痛いほど判るのだが、前の世界でやり過ぎた記憶が蘇り、私は人間しょくざいを採りに行こうとした魔王やんを止めた。

「しかしお嬢さま。

 我は生まれたてゆえ大変腹が空いておりますぞ」

「それだったら私も転生したてだから右に同じだよ」

「でしたら何を悩む事がございましょう。

 さあ我に人を狩り尽くせとご命令ください!」

 それが駄目だってんだろーに。

 この子はイイ・・意味で真面目だねぇ。


「いいかい。私は前の世界ではやり過ぎてしまってね。こちらの世界ではのんびりと過ごすことに決めているんだ。だから変な波風を立てるのは禁止だよ」

「やり過ぎなければいよいのですな。

 では我がひとっ走り村へ行って、一人だけ攫って参りましょうぞ」

 さあご希望はとばかりに魔王やんが目をキラキラとさせてこっちを見た。

 忠犬か?


「少し落ち着きたまえ。

 それをやるかどうかを決める前に、もう少しこの世界の事を私に教えて欲しい」

「判りましたぞ、我はいったい何をお話しすればいいのでしょうか」

「まずこの城の周りは深い森に囲まれているよね。この森の中に人間は入ってくるだろうか?」

「そうですな、森の中には魔石があり知能が低い魔物もいくばくか沸いております。それらを目的とした人間が入り込むと従者に聞いたことがありますぞ」

「ふむふむ、では次の質問だ。

 ずばりここ。魔王の棲む城へ、魔王討伐を目的とした冒険者は来るかい?」

「来ますな。

 かく言う我も何度か倒した事がありますぞ」

「デリバリー……」

 私は努めて口角を上げながらニヤリと嗤った。

「でりばりー、それは一体どういう意味でしょうか?」

「前の世界の人間たちは食事が家に届く事を、デリバリーと呼んでいた。以前はその意味をとんと理解できなかったけれど、今なら理解できる。

 家に食材が届く、つまり! これこそがデリバリーに違いない! そうだろう!?」

「なるほど! 襲い掛かって来た者に与えるのは死のみ!

 以前は死体など森に捨てるように言いつけておりましたが、これからはでりばりーに変わるのですね! 流石はお嬢さまですぞ!」

「はははっ止めてくれそんなに褒めても何も出ないぞー」

「いよっお嬢さま!」

「あはははっ!」

 私はおだてに弱いつもりはないけれど、これほど持て囃されれば悪い気はしないね!







 吸血鬼ヴァンパイアは特に有名な魔物として知られている。

 鏡には写らず、十字架に弱くて、ニンニクが嫌い。日光の光を浴びると灰になり、心臓に木の杭を打ち付ければ死ぬ。

 ちなみにそのすべてが嘘だ。

 そんな一杯弱点がある奴がいてたまるもんか!


 えっ木の杭は本当だろうだって?

 いやいや考えてもみたまえ、心臓に木の杭をブッ刺されたら普通死ぬよね?

 つまりそう言うことだよ。


 まあそんな話はどうでもいい。

 いま私が語りたいのはそれではなく、今宵が満月だと言うことだ。

 私の様な闇の住人ダークストーカーと満月は、切っても決して切り離せないほどに密接な関係だ。



 その日。私は庭に大きな魔法陣を描いていた。

 事の発端は数日前、この城に勇者を自称するデリバリーが来た事まで遡るよ。


 そいつらは城の中に無断で入り込んできて、問答無用に私に喧嘩を売ってきた。まあ勇者を自称する者は十中八九そう言う無法者なので今さらそこにツッコむつもりはない。


 私は売られた喧嘩は殊更高く買うタイプだから、真面目に相手をしてやったのだけど、彼らは私に勝てないとすぐに気づいて逃げ出したんだ。

 勝てなければ逃げる、その心意気やよし。

 私くらいになると死にたいばっかりだけど、限りある命しか持たない人間にとって命はとっても大切らしいからむしろその行動には好感を覚えたよ。


「ふんっ逃がさんぞ」

「待ちたまえ魔王やん」

「どうかなさいましたかお嬢さま」

 殺意で煌々と輝いていた赤い瞳が一瞬で落ち着いた色に戻った。

 魔王やんは生前あんな野獣ななりをしていた癖に、いまでは主人の言うことはちゃんと聞ける忠犬タイプになったのだ。

「彼らは正しい選択をしたようだ。いまから五十だけ待ちたまえ、それで門の外に出られたのならば彼らの勝ち。そのまま見逃してやろうじゃないか」

「畏まりましたお嬢さま」

 勝てないときには逃げる。彼らは正しい選択をしたのだから、私は魔王らしく褒美を上げなければならないのだ。

 決して生前に、逃げ帰った棺桶まで押しかけてきて、寝ている美女─重要!─の心臓に杭を打ち込んできた奴らへの当てつけじゃあないよ。


 五十を数えた魔王やんが駆けだした。

 手を出すつもりはないが、私も事の終わりを視るために【瞳】を飛ばして魔王やんを追従する。


 一目散に逃げれば今頃は門の側だと思っていたが、彼らはまだ庭先にいた。

 しゃがみこみ何かをやっていて……

 生死の境目でなんと悠長な。彼らは一体何をしているんだろうね?


 それが判ったのは魔王やんが玄関から飛び出した瞬間だ。

 奴らは飛び出してきた魔王やんになんとランタンを投げつけてきたんだ。

 私の眷属になった魔王やんはもはや人外─最初からそうだけど─で、仮にピストルの弾だって撃たれてから避けられるほどの動体視力と身体能力を持っている。

 放物線を描いて緩やかに飛来するランタンごときに当たる訳なく、彼は当然のようにスッと身を躱した。


 そしてランタンはそのまま落下。魔王やんの後ろでパリンとランタンが割れる音がしたよ。何がしたかったんだろうと思ったのは束の間の事で、続いて聞こえたのは、ボゥボゥという景気のよい音だった。

 彼らは逃げるのを中断し油でも撒いていたのだろう。ランタンの炎が油に燃え移り、城の玄関先と庭の木々を焼いた。

「ぐぬっ小癪な真似を!」

 ランタンは避けたけれど燃え広がる炎までは避けられず、炎に包まれた魔王やんが完全にやられ役な台詞を吐く。

 しかし台詞とは裏腹に、魔王やんの動きは確かで、勇者様御一行をきっちりと捕らえて、私の前にしょっ引いてきたよ。


 だが炎の方は駄目だった。

 油の量と風向き、そして乾燥した空気は季節が悪かったのか、火は一瞬で燃え広がり、こじんまりと美しかった城の庭園はすっかり火に包まれて燃えてしまった。


 ……回想終わり。

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