03:人外が食べるモノ

 〝厄災〟というのは、前の世界での私の呼び名だ。

 真祖と呼ばれる純粋な吸血鬼ヴァンパイアの私は、生まれた時から独りだった。生まれたてでも突然変異しんそなので独りでも困らない程度の力はあったから、それを不思議とは全く思わなかった。

 だけどある日、『それはとてもおかしくて悲しいことだよ』と言って、私に家族をくれた人がいた。


 あの人を〝人〟と言うのは果たして正しいのかは分からない。なぜならあちらの世界の人々はあの人のことを〝神〟と呼んでいたのだから……

 そしてその〝神〟を殺した日、私の呼び名は〝厄災〟に変わった。







『お嬢さまおはようございます。

 朝食の準備が出来ておりますぞ』


 棺桶の外から聞こえた声で目覚めた。


 ああ夢だったのか。

 ここ数百年、夢なんてとんと視ていなかったと言うのに、これも転生して器が弱くそして脆くなった弊害だろうか。

 私は先ほどの夢を振り払うかのように頭を振りつつ、棺桶の蓋をギギギと開けた。


 棺桶の隣に立っていたのはカッチリと執事服を着こなした、金髪赤目の鼻立ちがすっきりしたイケメンだ。ただしそのイケメンっぷりは頭の左右に付いた大きな羊の角で台無しで、なんで私は巻角こんなの付けたんだろうね。

「おはよう魔王やん。

 先ほど朝食の準備が出来たと聞こえたけれど、よくもまあ昨日の今日で準備できたものだね」

「保管庫にそれなりの食材は確保しておりましたので……

 ハッ!? もしや我が満足に料理を作れないのではと疑っておいででしょうか。でしたらご安心ください。我は凝り性でして、食を楽しむために自らもその道を究めるために歩みました。

 その腕前はいまや一端の料理人には負けないと自負しておりますぞ」

 自信満々にそう言われてもね?

 昨日までの君は出会った瞬間、口からレーザーを吐いてきた野獣だったじゃないか。

 おまけに生前の・・・君の手は両手に鋭い鉤爪がくっ付いた無骨な奴だったのだが、それでどうやって料理の道を究めようとしたのだろう?

 まあそれはいま話すことじゃないなと思考を止める。

 あっ思い出した。

 巻角これ生前の名残じゃん。


「そうじゃないよ。

 吸血鬼ヴァンパイアの私は人の血を飲み、食屍鬼グールの君は人肉を喰らう。つまりそんなに都合よく食材にんげんがあったのかと聞きたかったんだ」

「は?」

「おや昨日そう伝えたと思っていたけど私の勘違いだったかな?」

「はい、しかとお聞きしましたぞ。

 しかし昨日、お嬢さまは人肉が主食だと仰いました。確かに昨日の今日で主食は手に入っておりませんが、料理を飾るのはむしろ副菜の方。

 今朝のお食事はどうか目で楽しむ方向でお願いいたしますぞ」

「なるほどなるほど理解したよ魔王やん。

 君の心遣いには感謝しよう。だけど、どうやら私は主食以外食べる趣味が無いことを伝えていなかったらしい。その点は謝罪させて貰うよ。

 だから朝食は魔王やんが食べてくれ」

「なんと勿体ないお言葉を、この魔王やん感謝いたしますぞ」

 畏まる魔王やんの頭頂部を見ながら、私は『美味しく食べられると良いけどね~』と冷めた視線を送った。




 三十分後。

「お嬢さま大変ですぞ!」

「んーどうかしたのかい?」

「敵襲ですぞ!」

「ほぉどこの誰が攻めて来たんだい」

「申し訳ございません!

 侵入者はまだ発見できておりません。と言うか、いまもここにいるのかさえも不明ですぞ」

 焦る魔王やんに対して私が悠長なのには理由があった。


「もしや作った料理が泥のような味にでも変えられていたのかい?」

「おお! 流石は我が主!

 我がお伝えする前に事態を存じておられるとは、もしやこのけしからん侵入者はすでにお嬢さまの手に掛かっておいででしょうか?」

「いいやそうじゃないよ。

 作った朝食が泥の様な味がした、だから魔王やんは昨日から今朝の間に食料庫が狙われたと思った。違うかい?」

「はっ誠その通りでございますぞ」

 魔王やんは流石はお嬢さま~と言わんばかりに目をキラキラさせて私を見つめてきた。

 うっ無駄にイケメンに創ったから似合いすぎていて怖いね。


「あーいや。残念ながら食屍鬼グールと言うのはそう言うものだよ」

「はい?」

「飲み物や調味料なんかは除外されるから詳しい法則は不明だけど、食屍鬼グールになると、人肉以外は泥のような味に統一されるらしいね」

「つまり我の味覚が変わったと?」

「うん。その通りさ」

「なんと……

 我はこれから何を楽しみに生きていけば良いのでしょうか」

 目に見えてガックリと肩を落とすイケメン。

「人間を食べるしかないのだけど……

 駄目だろうか?」

 第一関門で『人を喰うのが嫌だ』と言う食屍鬼グールは多い。生前の・・・見た目はあんなに野性味溢れていたが、どうやら彼もその口だったようだ。

 どうしても嫌がるのならば眷属から解放するのが私が出来る最後の手助け。

 例えそれが死に直結していようとね……


「むむむ。もしや人肉ならば味があるのでしょうか?」

「ああ。それは保障しよう」

 むしろ食べられるものがたった一つに統一されたことで、絶品の味となるらしい。

「判りました。では早速人間しょくざいを採って参りますぞ」

「えーと、君はそれでいいのかい?」

「はい。我は肉が大好きですからな、何の問題もありませんぞ」

「あ、そう」

 見た目のまんまだったのかと、私の口から完全に拍子抜けした声が漏れたよ。

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