02:魔王

 気持ち待ってはみたのだがメイドのような者は顔面蒼白、鼻水と涙で顔はぐじゃぐじゃ。ずいぶん前から「命だけは」と壊れたレコードのように言い続けている。

 ぶっちゃけこれ以上待っても会話ができるとは思えない。

 さて困ったな。

 この世界のことをよく知る前に〝魔法〟を使うのは控えたかったのだけどね。受動待機魔法をさっき使った? あれは自らの意思じゃないのでもちろんノーカンさ。

 ふぅ背に腹は代えられない。仕方ないなぁ恐怖を取り除く〝魔法〟を行使するかな。


 おっと待てよ?

 どうせ一回使うんだったらそんなことに使うよりはこっちじゃないか。思い立ったら吉日とばかりに、私は人差し指の爪で自ら小指の先を切り落とした。

 見た目に反した鋭い爪により、あっさりと指先がポトリと落ちる。

 勿論痛みはなし。自分で切っておいて痛みでのたうち周るなど愚の骨頂だ。


 私は落ちた指先に〝魔法〟を使い、肉片の形を変え始めた。


モコモコ

ボコボコ


 第一関節しかなかった小さな指先が、瞬く間に増殖を始めて私の身長を超えていく。

 そして程よい大きさまで成長したところで、ちょいちょいと手を施して、先ほど見た映像の通り形作っていく。

 さぁてここからは記憶が頼りだぞ。


 えーと……

 二足の野獣で、鋭い鉤爪に赤い目。

 頭には羊風の巻角。

 ……口からレーザー?

 ダメだ。姿を見たのは一瞬で、あとは黄色の光レーザーで記憶が埋め尽くされていてまったく覚えていないや。

 うん諦めよう。なんせこれからずっと一緒に過ごすのだ。せめて見てくれは私の好みにさせて貰おうじゃないか。

 まず身長は百八十五センチで、髪は金髪、瞳は生前を継承して赤目。鼻立ちはすらっとさせてイケメン風に。あとは記憶に新しい羊風の巻角をセットだ。


 さていま私が創ったコレは器である。

 その器に先ほど確保した魔王の魂を、えいやっと入れれば……


「ハッ!? 我は一体……、確か死んだはずでは」

「やあやあ初めましてだね、私は異世界からやってきた吸血鬼ヴァンパイアだ。君の体は自らの攻撃で壊れてしまったから、その体をプレゼントさせて貰ったよ。

 つまり君は私の眷属かぞく食屍鬼グールに生まれ変わったのさ」

「左様ですか。敗者に対してなんと寛大なご処置。感謝いたしますぞ」

 問答無用で攻撃してきた彼がこの様に礼儀正しくなったのはもちろん訳がある。

 先ほど言ったように、彼は眷属として生まれ変わったのだ。ならば主人わたしに逆らう訳がないのも当たり前だよね。


「復活したてで悪いが、私も起き抜けで状況把握ができていない。申し訳ないがこの世界のことを教えてくれるだろうか?」

 続けて「君の所のメイドちゃんが役に立たなくてね」と愚痴交じりに言ってみれば、彼はちらりとメイドの方を見て一言。

「どうやら事切れているようですな」

 言われて振り向けば、確かにメイドは驚愕に目を見開いて絶命していた。

「待って欲しい。私は何もしていないからね?」

 またしても敏腕弁護士の出番が必要って、もう止めてくれよ!?


「仕方ありますまい、彼女はもともと気が弱かったのです」

「そ、そうなのか、それは悪いことをしたね。

 君が目の前で倒れた辺りでいっぱいいっぱいだったんだろうね」

「魂のさいに視た光景によると、我の体を創りだした辺りで限界を迎えたようですな」

 まるで私が悪いような言い方は止めて貰いたい。




 さて彼の住んいるこの世界には魔王がいるそうだ。

「そう言えばメイドちゃんが君を魔王だと呼んでいたけど?」

「ええ我は魔王でございましたぞ」

 これで話が終われば、魔王を倒した私は勇者だったのかとオチがついただろうけど、実はこちらの世界において魔王という存在はそれほど珍しくはないらしい。


 例えば彼は〝森の魔王〟と呼称されている。

 つまり、〝洞窟の魔王〟を始め、〝小高い丘の魔王〟に〝平原の魔王〟と、あちらこちらに数多の魔王が君臨しているのだそうだ。

「う~ん。何とも節操のない世界だねぇ」

 まさか〝隣の魔王〟なんていやしないだろうね?


「その苦情は人族にお願いしますぞ。

 例えば我は魔界からやってきた魔族ですが、どうやら彼らは、手強い者が拠点を構えると、すべて魔王と呼称するようですぞ」

「だから君は魔王なのだね。

 ふむぅ……よし決めたよ、君は今後、『魔王まおやん』と名乗りたまえ」

「我の名が魔王やんですか?」

「ああそうだよ。君は私の眷属かぞくに生まれ変わったのだからね、名付けは親の特権さ」

「わかりましたぞお嬢さま」

「ふふっ。この年でお嬢さまとはくすぐったいね」

「失礼しました、見た目が十台前半に見えましたもので、別の呼び名にいたしますか」

 そう言えばと思い出す。

 こちらの世界に体を送るとき、強大な魔力を注ぎ込めば回廊を抜けるときに影響が出るからと、ギリギリを攻めた結果がこの十四歳の体だった。

 だから胸は平坦、代わりに希望が盛り沢山なのだ。

「いいや構わないよ。お嬢さま、うむ良い響きじゃないか。

 こちらこそよろしく頼むよ魔王やん」


 その後、魔王やんと情報の交換を行った。

 彼からはこの世界のことを、そして私からは食屍鬼グールについてだ。

 食屍鬼グールの主食は人だ。

 特に言うならば血ではなく肉の方。吸血鬼ヴァンパイアの私が血を飲み、食屍鬼グールの魔王やんが肉を喰らう。

 そしてもう一人、骨を喰らう眷属かぞくを入れれば死体も残らぬ完全犯罪の出来上がりだ。

「ほぅ骨を喰らうとは頼もしい。

 お嬢さまにお願いいたします。できましたらお早めにその者をお呼びください」

「それはどうしてかな?」

「この城にいた従者が、お嬢さまの膨大な魔力に充てられて逃げだしたようです。

 このままでは城の維持ができますまい」

「逃げたって、そんなの職場放棄じゃないか」

「突然現れたお嬢さまの莫大な魔力。その後、我の魔力が四散したのです。致し方がないかと思いますぞ」

 同じ部屋にいたメイドちゃんは逃げる前に私が捕まえたので例外として、突然現れた主人を超えるドデカい魔力を持つ存在。そのすぐ後に主人の魔力が消えれば、主人がソレに敗れたことを察して一斉に逃げ出したと。

 なるほど。

 確かに城の中から気配は消えているね。

「それは早急に解決しないとだね」

「ですが城は二の次。まずはお嬢さまにご不便をかけないため、我がお嬢さまの身の回りをなに不自由しないようにお世話させて頂きますぞ」

 と言われてもね。

 不老不死で齢千年を超える私にだって、少しばかり乙女な部分は残っている。はっきり言えば見知らぬ男性・・に身の回りのすべてを任せるのは抵抗があった。

「いや謹んで遠慮するよ」

「な、なぜですか!?」

 無駄にイケメンな顔を苦痛に歪ませるのは止めてほしい。

「なぜなら魔王やんには、この城全般を仕切る執事を任せたいからさ」

 演技交じりのどや顔でそう言ってやったら、魔王やんは「そこまで我のことを!」と言って感動で涙ぐんでいた。

 チョロイな。

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