吸血鬼はのんびりと暮らしたい

夏菜しの

01:吸血鬼は異世界へ転生す

 緑に赤、青と白。

 ざっと言えば四つの色に分類される光がそこかしこを走っていた。色は違えど、どの光も効果は同じ、触れればジュッと肉の焼ける音と共にそれを蒸発させる。

 レーザー光線、人が生みだした兵器だ。


 数多に交差する光が、魔力を失ってすっかり鈍くなった私の身を捕えて焼いた。

「やったぞ!」

 遠くの方で歓声が上がった。

 二の腕を焼かれ辛うじてぶら下がっている腕を支えながら、ずいぶんと嫌われたものだなと苦笑を漏らした。

 魔力があればこの程度の傷、瞬きするまでもなく回復するのだが、いまはその兆候はどこにもなく、ただただ血が滴り地面を濡らしていた。


 ああ不味い。そろそろ世界の終焉が近いみたいだ。

 せめてもう少しだけ魔力が残っていれば……

 いいやこれも人の選択か。



 最後の魔力ちからを振り絞り、這う這うの体で逃げおおせた私は、漆黒の闇の中で密かに息を潜めて待った。

 薄い壁の向こう側から、幾人もの人が近づいてくる気配……、いや気配なんて生ぬるい。彼らは殺気も隠さず慌ただしく駆け込んできた。

 ついにここも見つかったかと、いまだ癒えぬ先ほどの傷に顔を顰めた。



ガンッ!


 ガンッ!


  ガンッ!



 薄い壁に何かと叩きつける様な音と衝撃。

 ほんの些細な衝撃なのにやたらと傷に響き神経を逆なでしてくれた。


ガッコン!!


 ひときわ大きな、何かを貫いた様な音。その瞬間、漆黒の闇の中に一筋の光が射し込んできた。

 続いて感じたのは痛み。

 射し込んだ瞬間は白かった光が、私のふくよかな胸を貫いて噴き出た血飛沫によって赤く染まっていた。


 なんのことはない。

 棺桶に逃げ帰った吸血鬼ヴァンパイアを、棺桶ごとその心臓に向かって木の杭を突き立てただけ。

 それがその世界で私が見た最後の光景だった……







 うわっ痛ったぁぁぁ!!

 強烈な痛みと共に一瞬で目が覚めた。

 死の記憶に釣られて触れた胸はペタンとむなしく、あぁ私は転生したのだなと嫌がおうにも納得させられた。

 私の記憶、いや術式が確かならば、これは死ぬ前に異世界に流しておいた私の新たな体だろう。あちらの世界で死んだ私は、予め作りこんでおいた術式に従い、細い糸を伝って魂だけがこの体に流れ着き復活する。

 だから転生。

 ここは前にいた世界とは違う場所いせかいだ。



 さて私の視界は相変わらず暗闇に閉ざされている。

 それもそのはず、こちらの世界にこの体を流す際、損傷しないようにとお手製の棺桶に入れておいた。私お手製の棺桶なのだから、そん所そこらの輩が開けられる訳がない。

 つまりここは棺桶の中だ。


 棺桶から棺桶へ。

 それだけを聞くと、私は一体どれだけ棺桶フェチなのだと、変態の様に思われそうだが勘違いしないで欲しい。吸血鬼ヴァンパイアの私にとって棺桶はベッドだ。

 棺桶ベッドから棺桶ベッドへ。

 さあどうだ、変態っぷりは随分と減っただろう?

 ん~代わりに怠惰っぷりが増えたと言われてもね、不老不死なんて存在はとっくに生きるのに飽きているから、決まって怠惰には違いないよ。

 まったく。世の権力者が求める不老不死という者は、なっていないから気安く言える代物で、いざなってみると今度は死に方を探すに決まってる。

 なんせ不老不死とは生きるモノに与えられた最大の呪いなのだからね。


 おっと。いつまでも暗い中で物思いに耽っているのは良くないな。

 なんせここは新しい世界なのだ。事前に軽くリサーチはしたけれど、今日が初めての日。前の世界での教訓を生かして、フレンドリーに柔らかい物腰で接したいものだね


 そんな決意を胸に秘めて、私は意気揚々と棺桶の扉を開けた。



ギギキィィ



 思ったより大きな音が鳴った。

 確か準備していた時は新品の棺桶ベッドだったはずなのだけどね。

 う~ん後で油を注さないとだね。


 隙間から淡い灯の光が入り込んできた。

 どうやらここは部屋の中の様だ。

 大事なことなのでもう一度言おう。ここは部屋の中だ。

 ふふん。いきなり他の種族との邂逅が待っているとはね。この世界め、なかなか私を楽しませてくれるじゃないか。

 私が棺桶の扉を完全に開ききると、そのほんの二メートルの場所にものっそ鋭い鉤爪を構えた羊の巻角を持つ野獣が立っていた。

 赤く光る瞳は危険色か?

 野獣はグルルッと唸ると私に向かって口をカパリ。

 おや挨拶かなと、こちらもニッコリ笑顔を作ったところに、野獣の口から閃光が迸った。前の世界で見慣れたそれは、とどのつまりはレーザーだ。


 ちょっ鉤爪は!?


 先制攻撃は様子見などせず、出せる火力を最大限に注ぎ込むべし。

 野獣の判断はそういう意味では的確で、まさしく己の持つ最大限の攻撃を注ぎ込んできたのだろう。


 レーザーは間違いなく私に向かって伸びてきた。

 そして私に当たったのだけど、残念かな、受動待機していた〝魔法〟が発動して、まるで鏡に当たったかのようにそのレーザーは反転。

 野獣を一瞬で焼き尽くしてしまった。


 あえてもう一度言うよ。

 一瞬で、焼き尽くして・・・・・・しまった。


 これは事故か、それとも殺人か?

 私の無罪を証明するには敏腕弁護士を雇わないとダメな案件かもしれない。


「ヒッヒィィ!! 魔王様!?」

 ん?

 部屋のドア付近で顔面蒼白のメイドのような者を発見。

 これは確保しなければだね!


 っとついでに。

 魂が散ってしまう前にと、私は野獣のような者。つまり暫定魔王の魂をこの場に固定した。

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