ささくら

桃山台学

第1話

ささくらが、現れた。ワンルームの俺の部屋に。

「出たな!」

「妖怪みたいにいうな。おいらはお前のこころの一部なんだから」

ささくらは、友人のような顔をしている。でも、実体はない。そこにぼんやりといるだけ。こいつが現れたということは、俺のこころがささくれているということなのだ。中学校の頃からそうだ。こいつとのつきあいは長い。


「どうした。聞くだけは聞いてやろう」

「仕事が面白くない。俺にみあった仕事じゃない。雑用ばかりだ。応募したものはひっかかりもしない。将棋は負けてばかりだし」

「なんだ、愚痴か。あいかわらずだな。仕事を選べる立場かよ。応募したのが箸にも棒にもかからないのは、あんたに力がないからだ。将棋はあれだな、もっと詰将棋をやらないとあれでは勝てん」

「身も蓋もない言い方をするなあ」

「当たり前だろ。いわば身内なんだから」


奴のいうことはもっともだ。こういうときは、方法がある。今までに蓄積した方法が。まず、温かい飲み物を飲む。甘いものを食べる。間違っても酒は飲んではいけない。俺はココアを入れた。引き出しから、チョコレートを取り出してかじった。


「どうだい、ちょっとはましか」

「お前が消えないということは、まだまだなんだ」

「ものの見方を変えないと。あんた、めぐまれてるほうだぜ。定職はあるわけだし、病気でもないし、そんな大きな悩みもない。被災してみろ、それどころじゃない」

そういえば、今日はそんな日だった。あの日、出張に行っていなければ被災していた。高校の同級生がひとり、亡くなった。


「ドアの外を見てみ」

置き配で、アマゾンから将棋の本が届いていた。詰将棋が載っているやつだ。包を破り、本を取り出して、最初の簡単な詰めを解いてみる。


「音楽でもかけて、心にクリームを塗るんだ。動画サイトやニュースはみちゃあだめだな。なんでも丁寧にやってみな」


 詰将棋を何問か解いているうちに、気が付いたらささくらは消えていた。



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ささくら 桃山台学 @momoyamadai-manabu

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