第354話 舐めたらあかん

 ユウとメリットの戦いの翌日、美の都市リューベッフォの象徴とも言うべき中央広場を復旧するために、多くの役人や職人が慌ただしく動き回っていた。

 リューベッフォが混迷している最中さなか――――


「お約束の代金をお持ちしました」


 リューベッフォで『不死の傭兵団』が拠点としている屋敷の一室で、自らを代理と名乗る商人はこれまでの遅延を詫びることもせず、そう述べた。


 付き従う従者たちは悪びれもせず澄ました顔をしている。対するヴィントも同じく澄ました顔で応じる。


遠路遥々・・・・、ようこそお越しくださいましたわ」


 ヴィントの引っ掛けを無視して、商人の男は室内へ視線を巡らせる。


「メリット殿は?」

「あら? わたくしではご不満かしら」

「いえ、そのようなことは……」

「そうですわよね。そもそも、そちらも代理なんですから、こちらも私が団長の代理でもなんら問題はないでしょうに」


 背後に控えるヴィントの配下たちが、商人たちを馬鹿にするように鼻を鳴らす。


 この時点においても、商人たちは部屋に入室してまだ席についていない。ソファーに座るヴィントがあえて着席を促していないのだ。それは「お前らは立ったままでいろ」と暗に語っていた。


「ご確認を」


 伊達にウォーレンから『不死の傭兵団』との交渉を任されていないのか。ヴィントたちの挑発には乗らずに、テーブルの上に――――置ききれないので、男の従者が床に複数のアイテムポーチから取り出した箱を並べていく。


 箱の総数は八十にも及び、一箱に白金貨が千枚――――金額にして十億マドカ、つまり合計で八百億マドカもの大金である。


 これがオール平原での戦いにおける報酬であった。

 その大金を前に澄まし顔のヴィントの配下たちも、これには顔が緩む。


「隊長、問題ありません」


 金を確認していた配下の一人が、ヴィントへ耳打ちする。


「それは結構。とりあえず・・・・・は受け取っておきましょう」


 ヴィントが手で合図すると、配下たちが金を運び出す。

 本来であれば、これで契約は終了となるはずであったのだが。


「ヴィント殿、とりあえずとは?」


 この男、ウォーレンより複数の指示を受けており、メリットがユウに勝利または両者が生存していた際は、直ぐ様に『不死の傭兵団』へ契約金を支払うよう――――もし、ゴネるようであれば、ある程度の金額なら上乗せしてもよいと権限も与えられている。


 だからこそ、ヴィントの言葉に「そらきたか」と、内心では傭兵風情がと毒づく。


「とりあえずとは、とりあえずですわ」


 木で鼻をくくったかのような発言である。


「契約金の支払い遅延が生じたのは、こちらの不手際です。不死の傭兵団のリューベッフォにおける滞在費は、もちろんこちらで――――」

「では残り・・の二千四百億マドカを支払っていただきましょうか」

「…………に、二千四百…………? い、今なんと仰ったのですかっ」

「二千四百で間違っていませんわ」

「ばっ、馬鹿なっ!! そのような理不尽なことが許されるとでも!!」

「あら、当然の金額かと。そうそう、滞在費・・・は――――そうですわね。百億マドカもいただければよろしいですわよ」


 男だけでなく、従者たちも当初の澄ました顔はどこへやら、血走った眼でヴィントを睨みつける。


「このような無法は『不死の傭兵団』の名を汚すことになりますぞ!」

「まあ、怖いっ」


 わざとらしくヴィントは目を丸くして、口に手を当てる。


「では、ウォーレンの名は汚されないのかしら?」


 続いて、意地悪い笑みを浮かべながら、彼らの主であるウォーレンの名を口にする。


「は? ウォーレンとは『八銭』のウォーレンのことでしょうか?」


 よほど練習していたのか。それとも想定内の問いかけだったのか。あまりにも自然な反応に、ヴィントは吹き出しそうになる。


「演技がお上手ですこと」

「なんのことやら、我々は――――」

「でも、ハーメルンの商人であるあなたが、ウォーレンの名を出されてその反応は、私どうかと思いますわよ」


 言葉に詰まった男は、なにか言おうとするも口を数度パクパクさせ、ついには口を噤んでしまう。


「どうしたのかしら? 顔色が悪いですわよ」


 必死にどう言い繕うかと、男は頭を悩ませる。


サトウ・・・――――うふふっ、心音が激しくなりましてよ」


 そんなはずはないと、いくらエルフの聴力が優れているとはいえ、この距離で自分の心臓の鼓動を聴き分けられるはずがない。

 従者の顔を確認すると、顔は強張り、額には汗がびっしりと浮かんでいた。


(バカ者共がっ。これでは私がどれほど平静を保とうと意味がないではないか)

「もともと、あなた方がハーメルンの商人であることは知っていましたの。問題はどこの派閥でしたが――――」


 そこで区切って、ヴィントは声音が優しいものから厳しいものへと変わる。


「まさかサトウを使って団長を殺そうとするとは、私も驚きましたわ」

「お、お待ちを――――」

「いいえ、言い逃れはできませんわよ。サトウがこの町に来たのは、ハーメルンの商人――――それもウォーレン派閥の要請と調べはついてましてよ」


 嘘である。

 いくら『不死の傭兵団』でも、昨日の今日でそこまで調べることは不可能であった。

 情報収集してわかったことは、ユウが商いの取り引きでリューベッフォへ来ていたことくらいである。


「なにやら……誤解があるようですな。ここは一度――――」

「二千四百億マドカは団長の命を狙った慰謝料ですわ。まさかこのような舐めた真似を不死の傭兵団に対してする者がいるなんて、私も驚きましたわ。もし、サトウが団長の殺害に成功していれば、代金を踏み倒そうとでもしていたのかしら」

「と、ともかく……私の権限では……そこまでの金額は動かせません。一度、一度持ち帰って、主と相談させていただきたいっ」

「ええ、ええ。持ち帰って存分にウォーレンと相談してくださいまし。ただ、私たちは私たちで傭兵の流儀でやらせていただきますわ」


 露骨な脅しであるが、相手は並の傭兵ではない。

 商人の男は持ち込んだ八百億マドカを回収せずに、黙って去ることしかできなかった。

 その男の背に向かって、ヴィントが宣う。


「きっと、あなたは素直に支払っておけば良かったと、後悔することになるでしょうね」


 妖艶な笑みを浮かべながら、ヴィントは男を見送った。

 当然、商人へ腕利きの斥候職を尾行として放っている。


「ヴィント隊長、これからどうするんですか?」


 配下からの問いかけに、ヴィントはどうしたものかと悩む。


「やれることは山のようにありますわ。ただし、中途半端なことをしても強大なウォーレン一派に打撃を与えることは難しいですわ」


 無数の策がヴィントの脳内で浮かんでは消えていく。

 一旦、休憩にしましょうかと、配下からの提案に頷こうとしたそのとき――――


「隊長、客です」

「客人? 私に?」

「はい。通してもよろしいでしょうか」


 部屋に入ってきた配下の反応から、来たのはそこらの凡百の者ではないのだろう。

 興味が湧いたヴィントはすぐに通すよう伝える。


「あなたは――――」


 現れたのはなんとも胡散臭い人族の男であった。


「初めまして、私はビクトル・ルスティグと申します。気軽にビクちゃんとでもお呼びください」

「ビク――――ちゃんっ?」


 浮かべる笑みまで胡散臭いビクトルに、ヴィントたちは警戒感を強めるのだが。その聞き覚えのある名に、ヴィントは好戦的な笑みを浮かべる。


「これは驚きましたわ。『八銭』ベンジャミン・ゴチェスターの右腕こと『渇求のビクトル』が直々に現れるなんて」


 ヴィントの言葉に、配下たちからも剣呑けんのんな雰囲気が漂ってくる。

 歴戦の傭兵たちが放つ圧力である。それなのにビクトルは、いつもと変わらぬ飄々とした態度であった。


「いや、お恥ずかしい」

「いま不死の傭兵団うちがどういう状況かわかって、お越しになられたのかしら」

「ええ。それは十分に理解しておりますぞ。

 そう、あの傭兵団として名高い『不死の傭兵団』が、どこぞの商人たちにいいように振り回されたとか」


 「ぬははっ!」と大笑いするビクトルに、ヴィントの瞼がピクピクと動く。


「死にたいのかしら?」

「わははっ。このビクトル、まだまだやりたいことがあるので、死ぬわけにはいかんのですぞ」

「では、どのようなご用件か伺いましょうか」


 ヴィントは直感的にビクトルとは肌が合わないと気づいたのだろう。普段は冷静な彼女らしくない対応に、配下も不安になる。


「そのどこぞの商人たちに、いいように振り回された男がここにも一人」

「まあ、あなたも?」

「はい。そのせいで、とても大切なお方から失望されたのです。私にとってそれは、断じて赦すことのできないほどの――――ええ、断じて赦すわけにはいかない」


 飄々としていた男から放たれる圧力に、配下のみならずヴィントですら気圧される。目の前にいるのは傭兵でも冒険者でもない。そう、戦闘とは無縁の商人であるにもかかわらずにだ。


「そういうことで、このビクトル。ヴィーちゃんに、ご協力できるかと」

「ヴィ、ヴィーちゃんっ!?」


 齢二百を超えるエルフのヴィントが、人族の、それも歳下からちゃん付けで呼ばれるなど、生まれて初めての経験であった。


「そうですな。まずは――――」



「ほ、報告っ!」


 自由国家ハーメルンにあるウォーレン派閥の拠点の一つに、男が駆け込んでくる。


「なにを慌てておるか! 商人なら商人らしく冷静沈着に――――」

「それどころではありません! ウードン王国北東部の拠点が、賊の手によって陥落しましたっ!」

「な、なにっ!? 北東部とはどこの拠点だっ。アゲか? ダマか? それともアオ・ネーギか?」


 『八銭』が一人、ウォーレンの拠点はレーム大陸中にある。当然、ウードン王国にも無数にあるのだが、北東部だけでも数十はくだらない数があるのだ。


「全部ですっ!!」


 男の言葉に、室内にいた全員が言葉を失う。


「報告!! 緊急の報告です!!」

「い、今はそれどこ――――」

「ウードン王国北西部の拠点が襲撃されました!!」

「は……はあっ!? ま、まさか……全部か?」

「いえ」


 全部ではない。そのことに、商人たちはわずかだが安堵――――


「現時点で判明しているのは八拠点です。取り急ぎ報告するよう早馬で私が――――」

「報告っ! 報告です!!」

「ご報告があり! 重要な案件です!」


 ――――できなかった。

 次々に使者が、緊急の報告を知らせに来たのだ。


「き、き、緊急の報告っ!! ハーメルンからウードンへの交易路が襲撃にあった模様っ!!」

「落ち着け! このようなときこそ、我らは落ち着かねばならん! 賊の目的はなんだっ!?」

ウォーレン派閥我々が狙われていると?」

「それ以外に考えられんだろうがっ! 早く地図を用意せんか!」


 下の者たちが慌てて机の上にある書類を片付けて地図を拡げる。襲撃された拠点や交易路に次々と印がつけられていく。


「まずい。これはまずいぞ!」

「言われんでもわかっておる! 」


 自由国家ハーメルンでは西は聖国ジャーダルク、東はセット共和国などから商品を仕入れ、または売り込む。一例を挙げれば、セット共和国から仕入れた穀物を西の聖国ジャーダルクへ売りに行くなどである。


 当然、ウードン王国へも商品を売りに行くのだが、その量は莫大なモノとなる。


 そこで独自の流通網を開拓し、拠点を設置して物を管理することにより、素早く大量の品を無駄なく販売しているのだが。


「いかん……いかん、いかん。いかんぞ! これでは我らが築き上げてきた流通網が、ウードン王国方面の流通網が崩壊してしまう!!」

「ウードン王国への流通網が止まれば、デリム帝国への物流も止まるぞっ」


 ウォーレン派閥が築き上げてきた流通網は、自由国家ハーメルンでも――――いや、レーム大陸中を見渡しても比肩する国や組織はないほど優れたモノであった。


「しかし、これはあまりにも手際が良すぎます」


 皆の心中を述べるように男が言葉を口にする。


「我らの中に裏切り者がいるとでもっ」

「そうは言っていません。ですが、近しい者が手引きしているのは間違いないでしょう。

 そこの者たち、こちらの護衛はなにをしていたのだ」


 報告を知らせに来た使者たちから、情報を収集しようとするも。


「わかりません」

「わからない? なにがわからないのだ?」

「襲撃された拠点の護衛――――いえ、拠点には生存者がいないのです。私は偶然にも近隣の町へ商いで出かけており、生き残ったにすぎないのです」


 どの者に聞いても詳細どころか、賊の規模や種族ですらわからないのだ。わかっていることは、賊の目的がウォーレン派閥であるということだけであった。

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