第351話 感謝

 竜人族。

 戦うために生まれたかのような種族で、巨人族・鬼人族と並び恐れられている種族である。

 だが、その強さに反比例するかのように人口は少ない。レーム大陸に集落単位で分布しているが、その数は40万に届かないと言われている。


 メリットが産まれたのも、そんな数ある集落の一つであった。

 人口300人ほどの小さな集落である。村人は森で獣や魔物を狩り、毛皮をはじめとする素材や魔玉の欠片を近隣の人族の町で売却し、代わりに村で必要な物資を購入して暮らしていた。


 ところで竜人族にはある儀式がある。

 人族が子供の成長を祝い、或いは長寿や幸せを願う。または成人の儀式など、他種族でもよくある儀式である。


 だが、竜人族の儀式は、他種族とは少し変わっていた。

 子が3歳になるのと同時に生け捕りにしていたゴブリンと戦わせるのだ。

 無論、いくら竜人族が戦闘に特化した種族とはいえ、三歳児ではゴブリンに勝つことなどほぼ不可能だろう。これは勝つのが目的ではなく、ゴブリンを相手にどの程度、戦えるかを確認するためである。これにより、子の才能や闘争本能の多寡、それに将来性を見極めるのだ。


 8歳になるとゴブリンに勝つことが求められる。ゴブリンを倒す数は多ければ多いほどよいとされているのだが、ここでも勝てなければ、9歳へと持ち越しとなる。9歳では必ず勝利しなければならない。負ければ竜人族の恥晒しとして処分・・されるのだ。なんとも苛烈な儀式と言えよう。


 メリットも当然、この儀式を受けている。

 大人たちが見守る中、3歳のメリットは事もなげにゴブリンの首を捩じ切って殺害したのだ。わずか3歳の幼女がである。

 キャッキャッ、と喜ぶメリットとは対照的に、大人たちが戦慄したのは言うまでもない。


 7歳になる頃にはゴブリンでは物足りなくなったのか、遊び相手がより大きく、頑丈なオークとなる。

 精力剤の材料として人族の町で買い取ってくれるからと、オークの睾丸を毟り取ることから『睾丸狩りのメリット』と、オークのみならず集落の男衆まで震え上がらせた。


 同族ですら末恐ろしいと遠巻きに見ていたのとは裏腹に、集落の長と一部の大人たちは期待に胸を膨らませていたのだ。

 メリットならば、レーム大陸に散らばる竜人族を纏め上げることができると。

 国が――――竜人族の国家も夢ではない。

 レーム大陸は人族が支配している。人族以外で国家と呼べるモノを形成できているのは、ドワーフくらいのものだろう。特例を挙げれば世界樹を守護しているエルフとダークエルフ――――それに獣人くらいのものである。


 数十万に及ぶ竜人族の国家――――生半可な人族の国家では太刀打ちできない。それに他の種族も呼応すれば、勢力図が大きく変わるだろう。


 浮かれる一部の大人と集落の長をよそに、メリットは“孤独”であった。


 同世代でメリットの相手をできる者がいないのだ。森の魔物も、竜人族の大人ですらメリットが全力を出すに値しない。両親からも本気で力を振るってはいけないと言われ続けてきたのだ。


 日々、抑圧による枷が幼いメリットの心身を蝕んでいた。


 どれほど才能があり強大な力を誇ろうが、中身は精神が成熟していない子供である。


 10歳の誕生日を迎える日、メリットは集落から姿を消したのだ。慌てて大人たちが捜索するも、見つかったのは置き土産とばかりに撲殺された超大型の魔獣の亡骸だけであった。


 結局、メリットの両親ですら我が子のことを全く理解できていなかったのだ。親としてできたことといえば、一人称を“オレ”から“私”に矯正したことくらいである。


 次にメリットが表舞台に登場するのは14歳――――戦場であった。

 ある国の領内で竜と巨人の争いが勃発する。両者が疲弊してからの漁夫の利を狙っていた騎士団――――三つ巴になるかと思われたそのとき、突如として現れたのがメリットであった。


 竜も巨人も困惑していた。竜人とはいえ――――まだ顔は幼さの残る少女である。

 それが、素手で戦いを挑むなど誰が思うだろうか。


 闖入者に竜は炎の息吹を、巨人は自慢の膂力で排除しようとした。だが、メリットはそのいずれをも拳で排除し、撲殺したのだ。眼の前で見ていて、まだ信じられぬ騎士団は気づけば身体が震えていた。

 無理もないことであろう。誰が竜と巨人を同時に相手して、撲殺するような化け物と戦えるだろうか。


 その無様な姿に落胆したメリットは、騎士団には手を出さずにその場をあとにする。


 そこからはあらゆる戦場でメリットは暴れ回った。

 片方に加担することもあれば、全てを敵に回すことも、多くの国や傭兵団が配下に加えようと地位や金で懐柔しようとするも、成功することはなかった。


 やがて、相手が誰であろうと――――それが国家でも我を通すメリットを慕う者たちが集まり、気づけば傭兵団が形成されていく。


 戦う相手には困らなかった。

 どこの戦場でも強い傭兵は求められている。それが戦況を一変させるほどの戦力であれば、なおさらである。


 ただ――――メリットの“孤独”を癒せる相手はいなかった。

 それなりの相手はいても、メリットが全力を出す前に死んでいくのだ。

 傭兵団を立ち上げて十年もする頃には、誰もが恐れる存在となっていた。


 イモータリッティー教団からの勧誘があったのは26歳の頃である。「虐げられている種族のために力を振るうべきだ」「力を持つ者は正しく使う義務がある」などと、わけのわからないことを抜かす使者をメリットは容赦なく殺した。


 暫くすると――――が現れた。


「私なら君の願いを叶えることができる」


 狐面の男は開口一番そう口にした。

 一目見てメリットは、この男が強いことに気づく。だが、同時に男が戦いなどに興味がない――――すでに枯れていることを見抜く。


 傭兵の中にもいるのだ。特に老兵に多い。長い傭兵生活に疲れ果て、戦いそのものに辟易へきえきしている者が。

 この男もそういったたぐいである。しかし、面越しに見える眼にはまだ絶えぬ炎が――――それも大炎が見えた。


 メリットはこれまで通り好きに振る舞うことを条件に、死徒になることを承諾した。

 特にこれと言った理由があったわけではない。強いて言えば、イモータリッティー教団を憎む人族の国家は多いからだろう。敵が増えるのはメリットにとっては好都合である。暇潰しになるからだ。


 狐面の男は自分の願いを――――抑圧を解放することができると言ったが、メリットはそんな言葉は微塵も信じていなかった。


 自分の願いが叶うことはないと理解していたのだ。

 そんな相手が存在するわけが――――



「があああ――――なにっ!?」


 拳打を放とうと踏み込んだメリットがバランスを崩す。軸足がに沈み込んでいた。黒魔法第4位階『沼搦マーシュ』である。大地を沼にする魔法なのだが、ユウはメリットと近接で戦いながら魔法を発動させたのだ。


(私とっ――――近接戦をしながら、この魔法の精度っ!)


 バランスを崩したメリットの頭部へ、ユウの大剣が振り下ろされる。メリットは左腕を高速で捻ることで刃を弾く。


「ちっ」


 直ぐ様、ユウはもう片方の剣で斬りつけようとするのだが、メリットは後方へ飛び退き、距離を取る。


(どんな身体してるんだよっ)


 これだけユウが斬りつけているにもかかわらず、黒竜剣・濡れ烏の呪詛(遅延)が入らない。魔法剣による雷も、メリットの身体が硬直する様子が一向にないのだ。

 それに切創にしてもメリットの皮と肉を斬り裂いているのだが、骨まで達していない。


(時空魔法が使えれば)


 時空魔法であれば、相手がどれほど頑強であろうが関係ない。当たれば一撃で殺せるのだが――――時空魔法の発動をメリットは見逃さずに、必ず阻止してくる。ユウが時空魔法を発動するだけの時を稼ぐ者――――


(――――せめてナマリかラスがいれば――――なにを考えている)


 他者の力を当てにしたことをユウは恥じる。

 これまでも、これからも自分一人で戦っていく。誰も信じず、信じるのは己のみ、それがユウ・サトウという個であったはずなのに、戦闘中に余計なことを考える思考を放棄し、メリットを見れば。


(クソッ、もう傷が塞がってやがる)


 あれほどユウが滅多斬りにしたにもかかわらず、メリットの傷は再生していた。メリットのパッシブスキル『高速再生』――――それもLV10、中途半端な傷など、あっという間に再生するのだろう。


(一撃で再生できないダメージを、首を刎ねるのが一番――――は?)


 メリットが靴を脱いでいた。

 なんの意味があるのか、ユウが思考する前にメリットが動く。


(広範囲の『沼搦マーシュ』で沈めて、気を取られた一瞬の隙に殺すっ)


 再度、ユウが黒魔法第4位階『沼搦マーシュ』を発動、先ほどのようなピンポイントではなく、ユウから扇状に数百メートルが沼と化す。


「きひっ」


 竜の雲を得る如しという言葉がある。

 竜が雲を得て天に昇ることなのだが、メリットは雲ではなく空気を足で掴み・・宙を駆けていた。

 龍人拳・初伝『歩々龍ポポロン』――――歩法の技である。


「ぐっ……」


 一瞬にして距離を詰めたメリットの放つ右拳を、ユウは左腕で防御――――したにもかかわらず、尺骨が折れる音が響く。


(こいつっ……さらに攻撃力が)


 傷を治しながらユウも反撃するのだが、それよりも疾くメリットの攻撃が続く。


「――――いたんだ」

「っ?」


 子供のような純粋な瞳でユウを見つめながら、メリットの連撃は速さが増していく。


「――――手加減しなくても」

「なにをわけのわからないことをっ」


 左右から迫る剣の腹を叩いて、メリットは剣の軌道をズラす。


「――――最高だ」


 先ほどと打って変わって、今度はユウがメリットに滅多打ちにされる。

 メリットの全身が歓喜に打ち震える。

 我慢しなくても、全力を出しても、壊れない相手が“存在”したのだ。自分の願いが叶うことはないと思っていたのに“抑圧”が、“孤独”が、見えない鎖で雁字搦めになっていた身体が解放されていく。


「――――もう、我慢しないぞっ。だって、お前が現れたんだからな!!」

(似て……い……る)


 意識が飛ばないように頭部を守りながら、ユウはあの男・・・のことを思い浮かべる。

 メリットが――――


(自由自在とまでは……いかな……この、クリティカルの多さ……は異常だっ…………)


 ――――ジョゼフに似ていると。

 背丈から、戦いを楽しみ、恐れ知らずの振る舞い。なのに自ら枷を嵌め、力を制御している。


「お前も、そうなんだろ?」

「さっき……からっ……意味が…………は?」


 不意にユウの頬に水滴が当たる。

 絶え間ない連撃を繰り出すメリットの汗かと思えば、それは涙であった。


 人は己が理解できないモノに恐怖するという。今のユウもそれに近い状態であった。


 キラキラした瞳で、心の底から嬉しそうに自分を殴り続ける女が涙を流しているのだ。恐怖以外のなにものでもないだろう。


(まさか、こんなところでジョゼフゴリラ対策をする羽目になるなんて)


 速度も攻撃力も増し続けるメリットに対して、ユウの反応が間に合わない。

 そこでユウは剣技LV3『剣界』を発動――――剣による結界は間合いに入った全てに対して反応する。

 メリットの放つ拳打、肘、蹴り、膝、頭突き、全てを剣で迎撃する――――はずなのだが、メリットの連撃が止まらない。


(傷が浅い? 勘違いじゃないっ)


 先ほどまで皮を、肉を斬り裂いていたユウの斬撃が、今では薄皮一枚を斬り裂くのがやっとになっていた。


「しつこいっ!!」


 『剣界』を維持しながら、ユウはさらに剣技を織り交ぜていく。『瞬閃』『回転斬り』『背面突き』『一閃』『疾風迅雷』『閃光』『闘刃』『莫斬ばくざん』――――まるで剣技のお披露目会のようだ。


「すげっ……」

「あ、あり得ねえって」

「どっちも……化け物だわっ」


 剣の使い手である傭兵たちが、ユウの尋常離れした剣技に――――自分たちが目指すべき頂にいる存在に畏怖する。


「があああああああーっ!!」


 ユウはさらに魔法剣まで使用し、刃には火、雷、氷、風、毒と斬撃の度に新しい魔法を付与する。それでもメリットを倒すどころか、攻防は拮抗しているのだ。


「うひひっ、どらあ!!」


 空を駆け上がり落ちてくるユウに向かって、メリットは龍人拳・中伝『龍刃脚』を放つ。対してユウは踵落としのように頭上まで脚を上げ、次に勢いよく脚を振り下ろし、振りかぶっていた剣を踵で蹴り上げる――――発動したのは剣技LV7『円天』。

 剣と脚の間に、凄まじいエネルギーがぶつかり合い、ユウとメリットが互いに弾け飛ぶ。


「私はお前に出会えて嬉しい。お前もそうなんだろ?」


 好戦的な笑みではなく、微笑みを浮かべながらメリットが話しかける。そこに言葉による駆け引きなど微塵もない。一点の曇りもない純粋で正直な心からの言葉であった。


「……」


 ユウの返答は無言であった。

 理解できない存在が、人語を喋ってるとしか思えないのだ。

 それに幸せそうに語るメリットとは逆に、ユウは苛ついていた。

 ジャーダルク聖騎士団の罠に嵌められたときとは違う。あのときは数万もの兵に囲まれ、絶えず負の付与魔法を受けていた。なのに今は万全の状態で、それも一対一でメリットと戦って押し切れていないのだ。


(こいつは第三死徒だ。さらに上がいる。この程度の――――)

「この奇跡に感謝しろよ」


 また意味不明なことをほざくメリットに、ユウの思考が乱れる。

 メリットがジョゼフに似ていることも、癇に障ることにユウは気づいていない。


(恐怖を――――教えてやろうか)


 無意識にユウの手がアイテムポーチに伸び、二つある魔玉――――日々、大きくなるほうではなく、もう一つの黒血のような魔玉を――――取り出そうとしてやめる。


(感情任せになって、危うくマリファたちを死なせるところだった)


 自分は死なないだろうが、マリファたちは確実に死ぬことになると、ユウは掴んでいた魔玉から手を放す。


(どこで誰が見ているかわからない。でも出し惜しみして勝てる相手じゃないか……使うしかない――――)


 一度は勝てぬと逃げ出した相手――――古龍マグラナルスを滅ぼすためにユウが編み出した魔法。


(――――必滅魔法を)


 ユウとメリット、両者の戦いの終わりが近づいていた。

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