第344話 生ず殺さず
「あそこ……なんかおかしくねえか?」
「なにがよ」
「あれ見てみろよ」
噴水で涼んでいた男が指差す。
そこには数十人の男たちに囲まれているマリファたちの姿があった。
「えっ……。見ろよ。なんか揉めてるぞ」
「喧嘩か? どれどれ、俺らが助けてやるか?」
「バカッ、やめとけ!」
「なんでだよ? 絡まれてるのは女だぞ」
「相手の数見て物を言えよ。あの人数に得物まで持ってんだぞ! そ、それにあいつら……『不死の傭兵団』の入団希望者だっ」
「や……やーめた」
「俺はなんも見てねえ」
地元民ならず観光客たちも気づき始めるのだが、遠巻きに見るだけで助けようとする者は誰もいない。
数十人もの屈強な男が得物まで手にしているのだ。ここで助けに入らないのは非情なのではなく、冷静とすら言えるだろう。現に直接介入はできないが、衛兵の姿を捜し始めている者の姿がちらほらと見受けられる。
「おい、早くしないとまた衛兵に邪魔されるぞ」
「それはまずいな」
「この
「お嬢さんたちには、責任とってもらわねえとな」
意味深な笑みを浮かべながら獣人の男がマリファたちを見つめるのだが――――
「邪魔が入る? それは困りますね」
全身を舐め回すような不躾な視線を受けても平然としていたマリファであったが、邪魔という言葉に反応する。
「ポコリ、アリアネ」
「「お任せを」」
狸人のポコリと狐人のアリアネが、カーテシーでお辞儀する。続いてポコリが右手をアリアネが左手を伸ばし、互いの手を合わせる。
「へへっ、なんだ? 二人で俺らの相手でもしてくれんのか?」
「そりゃいい! どうせならベッドで相手してくれよ」
「わははっ! それなら俺に任せてくれ! 一晩中でも頑張るぜ!」
「でもよ。二人で俺ら全員の相手なんて、ぶっ壊れるんじゃねえの?」
「構いやしねえ! もともと、こいつらが原因なんだ。むしろ、壊れるまで使ってやろうやっ!」
下品な言葉と笑いで興奮する男たちであったが、周囲の変化に気づく。いつの間にかリューベッフォの中央広場を覆うように、奇妙な靄がかかっているのだ。
遅れて遠巻きに見ていた野次馬たちも気づく、自分たちが巻き込まれたことに。
「お姉さま、広場全体を覆う結界を張りました」
「今回は部外者がいるので認識阻害ではなく、侵入不可の結界にいたしましたので、これで邪魔は入らないかと」
「よろしい。では、始めなさい」
ポコリとアリアネの言葉を受け、マリファは後ろへ下がっていく。
「え~。お姉さま、ティンたちだけでこの人数を相手するんですか?」
不満そうな言葉とは裏腹に、ティンは笑みを浮かべていた。もっとも、後ろに下がったマリファからではその表情を見ることはできなかったのだが。
「そうです。あなたたちだけで相手しなさい。私が見たところ、それなりの手合のようです。いい練習相手になるでしょう」
「は……ははっ。誰がそれなりで、いい練習相手だって!!」
「もう、ここでいいよな? こんな舐めたこと言われて黙ってられるかよ!」
「ぶっ殺すぞっ!!」
野次馬たちは、自分たちに向かって放たれた殺気や怒声でないにもかかわらず、身体を縮こませる。だが、怒声を浴びせられてもティンたちは澄ました顔のままである。
「それでは短いお付き合いとなりますが、よろしくお願いいたします」
ヴァナモがカーテシーで男たちへ挨拶すると、スカートの中から無数の羽音が聞こえてくる。そして、遅れてその姿を現す。体に黄色の模様がある蜂――――イエローホーネットである。
「蜂だ!」
「クソッ。この女、虫使いか」
「油断するなよ」
数百匹ものイエローホーネットを前に、男たちは逃げもせず得物を構える。
「行きなさい」
ヴァナモが指示を出すと、一斉にイエローホーネットが襲いかかる。蜂の飛行速度は二十~三十キロほど、決して速いとはいえないが、それでも一度に数百匹が襲いかかるのだ。常人では対処するどころか逃げることすら困難である。だが――――
「舐めるなよ!」
剣や槍が振るわれる度に、打ち払われたイエローホーネットが地面に落ちていく。それも凄まじい速さで。
「どうした? もう終わりか?」
「これじゃ準備運動にもならねえぞっ」
瞬く間にヴァナモの放ったイエローホーネットが蹴散らされていく。
少し離れたところでは、虎人族のメラニーは数人を相手取っているのだが、状況は芳しくない。
「避けんなっ!」
メラニーの戦闘スタイルは肉弾戦である。鋭い爪を振り回すのだが、男たちは余裕を以て躱していく。
「おらおら、どうした?」
「俺たちはこっちだよ~」
「へへっ、隙あり!」
攻撃を躱しざまに、男の一人がメラニーの尻を平手打ちする。
「気安く触んじゃねえ!!」
ムキになってメラニーが向かっていくが、男たちは下品な笑い声を上げながらあしらう。
「あの嬢ちゃんたち、全く相手になってねえぞ」
野次馬の一人が呟く。
「当たり前だろうがっ。進んで『不死の傭兵団』へ入団しようとするような命知らずだぞ。どいつもこいつも、腕自慢ばかりさ」
「ええっ……。じゃあ、あの子たちは?」
「俺たちにはどうしようもねえよ。さっき衛兵を呼びに行った奴も帰ってこねえし、仮に衛兵が来たとしてもあの数だぞ? 衛兵が数人きたところで、どうなんだって話だろうが」
哀れみの目を向ける野次馬をよそに、メラニーは攻撃をし続けていた。だが、そのどれもが躱され、完全に遊ばれている状態である。ついには肩で息をしだしている。
「クソッ、なんで当たらないんだよ!」
「メラニー」
「あ? ティンか。いま忙しいからあとにしろよっ!」
攻撃が当たらない苛つきからティンへきつく当たってしまうのだが、それでもティンは言葉を続ける。
「お姉さまが見てるよ」
その一言でメラニーは頭から血の気が引いて、少し落ち着きを取り戻す。
「ど、ど、どうしよう?」
「どうもこうも、あいつらをぶっ飛ばせばいいじゃない」
「だから、私の攻撃が当たらねえんだって! それになんかいつもより疲れるしさ」
「
「重り? あっ!? 早く言えよ!」
なんたる言い草だと、ティンが頬を膨らませるのだが、メラニーが慌ててこちらを見てくる。
「解除の魔言なんだっけ?」
「
「そうだ!
魔言を唱えると、メラニーの身体から小さな物体がパラパラと剥がれ落ちる。小さな物体は地面に落ちると、大きな音とともに石畳へめり込み罅が広がっていく。それをニヤニヤと笑みを浮かべながら見ていた男たちの顔色が変わる。
小さな物体の正体はマリファが操る甲虫――――オスミウム虫だ。一匹で約八十キロもある虫を何匹も身体に纏わせながら、メラニーは戦っていたのである。ティンが呆れて苦言を呈するのも無理はないだろう。
「あ~っ、楽になったぜ!」
腕をグルグルと回しながら、久方振りに重りから解放されたメラニーは好戦的な笑みを浮かべる。
「そんじゃまっ、行くとするか!」
「ハハッ。なにしたか知らねえが、少し変わったくれえで俺らに勝てるとでも思ってんのかよ。なあ? お前らもそう思うだろ」
先ほどメラニーの尻を平手打ちした虎人の男が、仲間に話しかけながらメラニーへ見下した目を向ける。
「今から教えてやるよ」
そういうと、メラニーは肉食獣が襲いかかる際のように、地面に這いつくばるかのような低い姿勢になる。
「へ~、そら楽しみだ――――げふっ」
一瞬――――そう、一瞬である。虎人の男がメラニーから目を離したのは。そのわずかな間に、メラニーの拳が虎人の男の腹部へ深々と突き刺さっていた。
「こ、この……やろ゛っうぅ……」
「この顔見てわからねえのか? 私は女だ」
メラニーの放った右拳が、虎人の男の顔へ突き刺さる。その間、周囲にいた男たちは一歩も動けなかったのだ。
「うひひっ。気持ちいい~!」
対してメラニーはご機嫌である。
「ちょっと、こいつ生きてるよ」
「わざとだ。だってこいつら、ご主人様の悪口を言ってただろ? お姉さまもきっと
「う~ん、そうかも」
少しだけ思案し、ティンはメラニーに同意する。そして服に縫いつけられているアイテムポーチから巨大なグローブを取り出し手に嵌める。
「とりあえず半殺しにして、最終的な判断はお姉さまに任せるのがいいかな」
「だろ?」
「面倒でやんなっちゃう」
両手のグローブを打ち鳴らしながら、ティンが男たちを見る。
「どうしたどうした~? 自慢の虫ちゃんは打ち止めかな?」
ティンたちが巻き返し始めていた一方、ヴァナモは男たちに囲まれていた。放った数百のイエローホーネットは全て打ち落とされ、煽りながらも男たちは油断なくヴァナモが逃げられないように囲んでいるのだ。
「終わりならトドメ刺すけど、どうする?」
「今からごめんなさいでもするか? ああ? なんとか言えよっ!」
少し力があるからと調子に乗っていたが所詮はこんなものだと、今も強い言葉で脅せばなにも言い返せずに黙ったまま立ち尽くしている。男たちはヴァナモが泣いて土下座でもすれば、命だけは勘弁してやるかと思っていたのだが。
「聞いてんのかっ!! なんとか――――っ」
凄んだ男はヴァナモの顔を見て、途中で言葉が詰まる。
強面の男たちに囲まれて絶体絶命のはずにもかかわらず、ヴァナモの表情はいたって平静――――いや、よく見ればわずかに口角が上がっているように見えた。微笑んでいるのだ。この状況で。
「て、てめえ……なにを笑ってい――――いつっ」
突然の痛みに男は足首を見る。
そこにはイエローホーネットが止まっていた。
(くそったれ! 打ち漏らしがあったか)
手でイエローホーネットを払おうとしたそのとき――――
「痛えっ」
仲間の一人が声を上げた。頬にイエローホーネットが止まっていたので、自分と同様に打ち漏らした蜂に刺されたのだろう。
「つっ……なんだ」
「いてっ」
「くそっ、まだ生き残りがいたのかよ」
「いでえっ!?」
次々と仲間たちがイエローホーネットに刺され始めていた。この状況に、ヴァナモが新たなイエローホーネットを召喚、または隠し持っていたのかと思う男であったが、当のヴァナモは先ほどから微動だにしていないのだ。
「てめえ、なにしやがった!」
凄むも、男の不安を見透かしたようにヴァナモは先ほどよりはっきりと微笑みを浮かべる。その姿に男はゾッ、とする。
「お姉さまと私が厳選して育てた虫が、ちょっと打ち払われたくらいで死ぬとでも?
ああ、新しい虫がどうとか仰っていましたね」
すでに男の周りの仲間たちは倒したはずのイエローホーネットに襲われて、地面の上を転がる者や得物を振り回して抵抗している者など、なかなかに悲惨な状況である。
「調子に乗るなよ。この程度の虫なんて我慢して、お前を殺せばすぐにでも――――」
男の耳に羽音が聞こえる。
(この羽音、イエローホーネットとは違うっ!?)
首の違和感に男は慌てて手でなにかを掴む。イエローホーネットかと思いながら確認すると、それは蝿であった。身体の色は黒、ここまではいい。普通に黒色の蝿など珍しくもない。だが、複眼が紫で小さな口には鋭いなにかが見えるのだ。
「いつっ!?」
痛みに男は掴んでいた蝿を解放する。指から血が滲んでいた。
(は、蝿に牙!?)
「そちらは馬蠅――――正式名称は腐食馬蠅、迷宮産の蟲です」
(は? こいつ、今なんて言った!? 迷宮産の虫……いや、蟲!!)
男は再度、首筋を確認すると、ハッキリとわかるくらい腫れ上がっていた。
「お、おい! 俺の首ちょっと見てくれ! 頼む!!」
「今それどころじゃっ。くそっ、わかったから引っ張るんじゃねえよ!」
仲間が男の首を見ると、獣人の体毛の上からでもハッキリとわかるくらい腫れ上がっており、さらに奇妙なことに中心部は小さな穴があり陥没していた。その穴の奥でチラチラとなにかが蠢いていた。
「ひっ!?」
「な、なんだ? 俺の首どうなってんだよ!? なあ? 教えてくれよ!」
「く、来るな!! ぎゃあっ!?」
新たな腐食馬蠅が男の仲間へ襲いかかる。
ヴァナモの操るイエローホーネットと腐食馬蠅によって、男たちの半分は戦闘不能に陥っていた。
「あらあら、ヴァナモったら張り切っていますね」
「私も負けられない」
魔人族のネポラと狼人のグラフィーラが敵を前に、呑気に会話する。
「どうなってんだ?」
「簡単な相手って聞いたから、俺らは話に乗ったんだぞ」
「そうだ! 女拐って楽しむって聞いたから協力したんだ」
「うるせえ! あんな女共に舐められて悔しくねえのか!!」
「くそったれ! やるしかねえぞ!」
「さっさと殺して、逃げようぜ」
「それがいい」
得物を構えジリジリと間合いを詰めてきているにもかかわらず、まだ二人は会話を続ける。
「ダテにして帰す……苦手ですね」
「ダテとはなんだ?」
「う~ん……ん? ダテですか。簡単に言うと、カマーで私たちがしていることです」
「吹聴する者たちにか?」
「そうです。理解が早くて助かります」
「では四肢の一つでも捥ぎ取ればいいのか」
「できれば鼻や口、もしくは耳が望ましいです。四肢だと出血で死んでしまうので」
「難しい注文だ」
会話しているグラフィーラの脳天に剣が振り下ろされる。斬撃は一端の鋭さ、速さを兼ねていた。
だが、グラフィーラは一瞬にしてその場から消える。
「なっ!?」
突如、姿を消したグラフィーラを捜す男の頬を、鋭い爪が抉る。
「ぎゃああああーっ!?」
激痛に男が地面の上を転がる。引き千切れた頬がだらしなく垂れ下がり、口内の歯まで見えるほどの深手である。
「こいつっ!!」
「やりやがったな!」
仲間がグラフィーラへ詰め寄るが、それよりも速くグラフィーラは移動する。
グラフィーラの戦闘スタイルはメラニーと同じ肉弾戦だが、虎人のメラニーが瞬発に優れているように、狼人のグラフィーラは持久力に優れている。この程度の速度なら、速さを保ったまま何時間でも動き続けることができるのだ。
それに――――
「バカが! こっちは囲んでるんだよ!!」
背後から槍で刺突を放つドワーフの男であったが、その腕をグラフィーラの従魔であるシャドーウルフのエカチェリーナが噛みつく。さらにワニのデスロールのように身体を回転させると、肉が裂け、骨が砕ける音とともに左腕が引き千切れる。
「あっ」
グラフィーラが気づいたときにはすでに遅かったのだ。
「うぎゃああっ!? お、俺の腕がーっ!!」
もう一方のネポラには5人もの男が同時に攻撃を繰り出していた。
「もらった!」
「黙って死ねや!!」
「くそ魔人族がよっ!!」
「町に出てくんじゃねえ!」
「だりゃっ!!」
剣・戦斧・槍の刃がネポラを斬り裂かんと迫る。
「なっ!?」
大きな金属音とともに男たちが後退する。
そしてその原因を見て、男たちが息を呑む。
「もう少し工夫をしていただきたいものです」
ネポラは身体を覆うように腰帯を舞うように纏っていた。その、たかが布に斬撃が弾かれたのだ。腕に覚えがある男たちが唖然とするのも無理はないだろう。
「なんだそりゃ……布で防いだってのか?」
「ふ、布術士だ」
「聞いたことねえぞ、そんなジョブ」
「使い手によっては布を鉄のようにできるらしい」
「鉄がどうした――――ごぼっ……」
小人族の男の右脇腹を削るように、ネポラの放った布の槍が貫いていた。油断していたわけではないにもかかわらず、反応できなかったのだ。
「あの女……やべえぞ」
「あいつだけ別格に強えっ」
「お、おい……」
逃げようと男の一人が口にするよりも先に――――
「逃がしません」
――――ネポラが言葉で封じる。
新たに左手にも布を携え。
「「お姉さま」」
戦況を見守っていたマリファへ、ポコリとアリアネが声をかける。
「どうしました?」
「侵入者です」
「『結界』の一部を抜けてきた者たちがいます」
「あなたたちの『結界』を壊さずにですか?」
「はい」
「強敵かと」
ポコリとアリアネの『結界』を壊すのではなく、抜けてくる。これだけでマリファの警戒度が増す。
敵はどこから来るかと警戒する必要はなかった。
「高位の後衛がいますわ。油断しないように」
肩に届くかくらいの金色の髪に特徴的な長耳――――エルフの女性ヴィント。
隊長の注意を促す言葉に団員たちが返事する。
「敵を前に油断する奴が『
青い瞳の狼人――――ルヴトー。
一番隊と六番隊、さらに隊長まで揃っていた。彼らは堂々と歩いてくる。
マリファたちにとって最悪だったのは、来たのが二人の隊長だけでなく――――
「おもしろそうなことやってんじゃねえか」
アメジストを思わせる黒紫色の髪を靡かせ、頭部から生える二本の龍角。身長は約二メートルに成人男性の太腿ほどの尻尾、アンバーの瞳をギラつかせながら女は口を開く。
「私も混ぜろや」
――――『不死の傭兵団』団長メリットまでこの場に来たことだろう。
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