第343話 手練れ

「うわああああああっ!?」

「なんだなんだっ!」

「ば、爆発?」

「にっ、逃げろ~!!」

「待って、待ってよ! 置いてかないでーっ!!」


 通りを歩いていた通行人たちは突如の爆発にパニックになる。慌てて走り出す者やその場に蹲る者、恋人や友人の安否を心配する者など様々だ。だが、爆風によって声はかき消され、巻き上げられた粉塵によって視界はゼロに等しい。


「白昼堂々と暗殺とは、誰に頼まれたのか知らねえがよほど腕に自信があるようだなっ!!」


 レナの放った黒魔法第4位階『エクスプロージョン』を躱した獣人の男が、剣を構えながらレナに話しかける。


「……見つけた」


 宙を漂う粉塵を風魔法で散らしながらレナが獣人の男へ向き直る。


(かかった!)


 向きを変えたレナの背後から別の獣人の男が剣を振り下ろす。


「なにっ!?」


 だが、剣の刃がレナを斬り裂く前にレナの展開する『結界』に阻まれ、火花を散らしながら剣は石畳へ突き刺さる。

 完全に死に体となった獣人の男へ、レナが杖を向け魔法を発動――――する前に邪魔が入る。


「させねえよ!!」


 猫人の男が剣技LV4『飛刃』を放つ、飛ぶ斬撃がレナを襲うのだが、それすらもレナの『結界』は容易く弾き返す。

 その普通ではあり得ない光景に、次の攻撃を仕掛けようとして男たちの動きが止まる。


(信じらんねえな……。全方位に展開する『結界』であの強度とはっ)


 犬人の男がハアハアと舌を出し、体温調節しながら冷静に分析する。

 並の後衛職なら『結界』は一部だけ展開して運用する。そのほうがMPの消費も少なく強度も上げることができるからだ。逆に全方位に『結界』を展開するとMPの消費は上がり、かつ強度も下がるという大きなデメリットが発生する。だから後衛職は『結界』を上手く維持・展開するのに苦心するのだが、レナはそれら常識を覆す『結界』を展開しつつ攻撃まで行う素振りすらあるのだ。『不死の傭兵団』の者たちが、警戒心を顕にするのも無理はないだろう。


「……逃げるの?」


 距離を取ろうとする男たちに向かって、レナが挑発する。


「誰に向かって言ってんだ! 死ねっ!!」


 視界の外、建物角から矢が放たれる。弓技LV1『曲射』、それも同時に3射という離れ業だ。それぞれレナの眼・喉・心の臓を狙ってのものであったが、全て『結界』によって弾かれる。


「マジか……っ」

「今の攻撃を躱すどころか――――ちっ」


 致命傷とはいかずとも、体勢の一つでも崩れれば一斉に攻撃を仕掛けようとしていた男たちはその場から動けず――――どころか、逆にレナの放った黒魔法第1位階『ウインドブレード』――――数十の風の刃から逃げ惑うことになる。


(重てえっ)

(第1位階の魔法の威力じゃねえぞ!?)


 迫りくる風の刃を盾で、または剣で弾くのだが、その威力と重さに驚きを隠せない。



「油断するなよ」

「誰がするかっ!」


 突然の襲撃にもかかわらず、そこはさすがは歴戦の傭兵である。冷静に武器を構えたままレナと対峙する。


「1番隊の連中が喧嘩してるぞ~!」

「あ~あ、こりゃルヴトー隊長に怒られるぞ」

「黙っででほしけりゃ、それなりの物を寄越すんだな」

「派手にやらかしやがって」

「こりゃ言い逃れはできねえぞ」


 逃げ惑う人々の間から、新たにドワーフや小人族に巨人族などの男たちが姿を現す。


「ちっ、手を貸せ! 相手は最低でも隊長クラスだっ!」


 にやにやと笑みを浮かべていたドワーフの男は、その言葉を聞くなり真顔となるや戦斧のカバーを外す。他の男たちも次々に鞘から剣を抜き、または槍の穂鞘ほさやを外していく。


「よくわからんが、手練れなのは間違いなさそうだ」

「見た目に惑わされるな」

「せっかくの休暇だのに、戦う羽目になるどは」

「けっ、嬉しそうに笑ってるじゃねえか」


 新たな増援に敵は5人から13人となる。

 だが、レナに焦りはなかった。この日のために日々、研鑽してきたのだ。二度とあのときのような醜態を晒さないように。


 レナの背後にいる小人族の男が、カチャッ、とわざと剣を鞘に戻し音を鳴らす。音に反応しないとわかると、ニヤリと笑いながら次に足元の小石を蹴り上げる。礫がレナの『結界』に接触すると、わずかにレナの肩が反応した。すると、その瞬間に左右から同時に槍による刺突が放たれた。躱し難い胴体への刺突である。


 わずかな攻防でレナが近距離戦が不得手と見抜いたのだ。これはレナだけでなく、後衛職全般に言えることである。


 反応することもできずにいるレナの身体を、槍が貫くかと思われたが、またも『結界』がそれを阻む。球体型の『結界』の表面を槍の穂先が滑りながらそれていく。

 レナからの魔力の発動を感じたのだろう。槍の使い手たちはそれぞれ勢いを殺さずに、前方へ転がるように飛び込み逃げていく。


「『結界』だな」

「ああっ。あの『結界』さえどうにかすれば、簡単に殺せるだろう」

「下手こいて死ぬんじゃねえぞ」

「お前こそな」


 歴戦の傭兵たちが包囲を狭めていく。手練れを相手にするときの常套手段である。


「……怖気づいた?」


 一回り以上は年下の少女からの挑発に、男たちは頭に血が上るが、その手には乗らない。

 状況は『不死の傭兵団』にとって有利である。市街地であるためにレナは広範囲の魔法を使えないと。事実、最初に放った『エクスプロージョン』も威力と範囲は抑えられていた。それを男たちは見逃さなかったのだ。


「調子に乗ってるお嬢ちゃんに、実戦経験の差ってやつを教えてやるか」


 犬人の男が指笛を鳴らすと同時に、百もの矢がレナに降り注ぐ。弓技LV4『一射百連』――――魔力によって創られた矢が次々にレナの『結界』に当たっては砕けて消えていく。


「まだまだーっ!!」


 次に放たれたのは弓技LV5『穿孔せんこう』――――矢に纏わせた闘気によって、対象の身体に巨大な穴を穿つ技である。巨大な矢が空気を抉りながらレナの『結界』に接触、雷が落ちたかのような轟音が周囲へ響き渡る。


(これならいくらなんでも『結界』に綻びくら――――なにっ!?)


 衝撃でレナの身体がふわっと浮いていた。だが、逆に言えばそれだけである。着地するとレナは何事もなかったかのように、左腕を伸ばして手招きする。


「しっ!!」

「かーっ!!」


 地を這うように走り込んでいた小人族の男と猫人の男が、斬撃を放つ。一方は刃に炎を、もう一方の刃には雷が纏わりついている。

 レナが魔法を放つ度に身体を捻り、またはしゃがみこんでやり過ごし、攻撃を再開する。その間も弓使いの男が矢による援護を絶やさない。


「……しつこいっ」


 絶え間ない『不死の傭兵団』の攻撃に、レナの額にもついに汗が浮かび始める。それもそのはず、並の後衛では維持するのも苦労する全包囲の『結界』を常時展開しつつ、攻撃魔法まで放っているのだ。


(……風魔法で引き離して、雷魔法で動きを止め、とどめを――――)


 レナの足元に影が射す。


(……上っ!)


 頭上を見上げれば巨人族の男が宙を舞っていた。甲冑を身に着けていないとはいえ、身長220センチ体重は優に200キロを超える巨体が軽やかに跳躍していたのだ。


「殺ったどー!!」


 その巨体に見合う戦鎚が振るわれる。

 槌技LV7『金剛砕破こんごうさいは』――――『岩砕』の上位技『鉄砕』のさらに上位の技である。金剛をも砕く一撃がレナに放たれたのだ。


(勝った!)


 『不死の傭兵団』の男たちが勝ちを確信したその瞬間――――レナの展開する『結界』が高速回転する。

 戦鎚と『結界』の接触は、今までとは比べ物にならない音と火花を散らす。


「なっ」


 声を漏らしたのは巨人族の男である。自身の最大火力の技がダメージを与えるどころか弾かれたのだ。その上、弾かれた衝撃で身体は無防備な状態を晒す羽目となる。

 咄嗟に戦鎚を手放し、顔と首を腕でガードするのだが、レナは胸部へ黒魔法第2位階『エアハンマー』を放つ。対象を風で吹き飛ばす技なのだが、レナは風を圧縮して胸部へ集中させたのだ。

 その結果――――


「ごふっ」


 ――――強靭な肉体を誇る巨人族の胸部が陥没し、吐血しながら吹き飛んでいく。大きな身体は地面に叩き落されると、二度三度と跳ねてやがて動きが止まる。陥没した胸部もそうだが、内部の損傷はもっと激しいのだろう。巨人族の男はわずかに身体を動かすだけで、虫の息である。


(今の見たな?)

(このガキャ……『結界』を回転させやがった。今までわざと通常の『結界』しか見せなかっただと……『不死の傭兵団俺ら』相手にっ)


「……今なら――――」

「あ?」


 レナの脳裏に『ゴルゴの迷宮』で襲いかかってきたゼペ、セーヤ、ボルの姿が浮かぶ。自分が足を引っ張ったせいで、ユウが嬲り殺しにされるところだった。


「……今なら、あの三人を同時に相手にしても皆殺しにできる」

「なに言ってんだ?」

「やべえ薬でもやってんじゃねえだろうな」


 複数の雷球を展開し始めたレナを前に『不死の傭兵団』の男たちが後退る。


(化け物め……)

(俺らだけじゃ無理だ)

(せめて隊長――――いや、副隊長がいれば)


 仲間の一人が目配せしながら小声で話す。


「屋敷に戻って隊長を――――一人、いや二人・・は連れてこい! なんだったら姐さんもだ。それまでは持たせてみせる」

「わかった」


 勝てぬと判断するなり『不死の傭兵団』は持久戦へと切り替える。なんなら逃げることを恥とも思わぬのが、彼ら傭兵の強みでもあった。



「おかしいなぁ~」


 リューベッフォの時計塔――――鐘の設置されている最上階の外壁に腰掛け、遠くを眺めながらニーナが呟く。

 直ぐ側には息絶えた男の死体が転がっている。普通の衣服を着た一般市民に見えるこの男は、ホテルからニーナを尾行していたのだ。


 壁から飛び降りたニーナは、いつものように死体をアイテムポーチへ仕舞い込む。男の正体などに興味はなかったニーナは、特に身元を確認することもなく息の根を止めたのだ。一見しただけでは外傷は見当たらない。殺しを生業とする者が見れば、素晴らしい手練しゅれんと褒め称えるだろう。


「ユウへの依存心や執着心を消したはずなのになぁ。また出てきたってことなのかな?」


 あのときのナマリの態度にニーナは頭をひねる。


「イライラする」


 それはニーナの素の言葉であった。


「え? イライラ……する? 私が?」


 そして、その言葉にニーナ自身が驚く。

 そんなはずはない、と。そのような感情はとうの昔に捨て去った。今の自分は――――


「お~い!」


 眼下で騒ぐ男たちの声が聞こえる。


「喧嘩だ喧嘩だ~っ! それも相手は『不死の傭兵団』だってよ!」

「ああっ!? どこの命知らずだ」

「見に行こうぜ!」

「やめとけ。巻き込まれたら、俺らなんて一瞬でこれだぞ、これ!」


 男の一人が手で首を掻き切るような動作をする。


「『不死の傭兵団』――――メリット」


 そう呟くと、ニーナは慌てて時計塔をあとにするのであった。

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