第340話 賢明愚昧

「わあ~。ここの服屋さんは全部新品でやんなっちゃう」


 通りにある服飾店に並べられている衣服を見ながら、ティンが嬉しい悲鳴を上げる。

 王都でも服飾店を見つけるなりティンは足を運んでいたのだが、さすがは美の都市と謳われるリューベッフォはその辺にある店でも購買欲をかきたてる品々が陳列されているのだ。


「ティン、いい加減にしなさい」


 ヴァナモが注意するのだが、そのヴァナモ自身も衣服に使われている糸が気になるのか、チラチラと視線は送ってはティンの腕を引っ張る。


「ヴァナモは素直じゃなくて、やんなっちゃう」

「もう! 本当にいい加減にしないと、お姉さまに叱られるわよ」

「え~。じゃあ、あとのお楽しみだね」

「私たちはここに遊びに来たわけじゃないのよっ」

「ご主人様は私たちの息抜きくらいに考えてるよ」

「そんな――――」


 「そんなはずない」とは、ヴァナモは言い切れなかった。ユウにとって今回の旅などお遊びのようなものである。途中、絡んできた荒くれ者や盗賊など片手間に討伐している。無論、ティンたちも対人練習と称して、マリファの指示のもと何人も殺している。


「ね? だからヴァナモも、もう少し気を抜きなよ」

「駄目です!」

「え~。融通が利かなくてやんなっちゃう」


 頬を膨らませてブーブー言うティンを引きずりながら、ヴァナモはユウたちのもとへ向かう。


「ご主人様、遅れてすみません」

「気にするな」


 なにか言おうとしたマリファよりも先に、ユウが気にしていないと言ったので、マリファは開いた口をゆっくりと閉じる。だが、それを見ていたレナが笑ったのを見ると。


「レナ、なんですか? なにか私に言いたいことでも?」

「……お姉ちゃんは、お見通しだよ」


 マリファの目がすっ、と細まる。


「レナに私のなにがわかるのか、ぜひ教えてほしいです」

「……本当はユウの前でカッコつけて叱りたかったのに、ユウが先に許したからなにも言えなかった」

「レナ、本当のことでも言っていいことと悪いことがあるよ」

「ニーナさんまでっ」


 ドヤッ、と言わんばかりの顔で、レナはマリファに勝ち誇る。さらに追撃するかのようなニーナの言葉に、マリファは身体を小刻みに震わす。


「ほら、マリちゃん怒ってるよ~」

「……逃げるが勝ち」

「お、俺も逃げるんだぞ!」

「わ、私も~」

「待ちなさい」

「ひゃっ。お姉さま、ティンたちは関係ないのにやんなっちゃう」


 ニーナたちは慌てて逃げていくのだが、それを無表情のマリファが追いかけていく。


「ご主人様、このあとのご予定は?」


 奴隷メイドの中で一番大人なネポラが、我関せずにユウへ今後の予定を尋ねる。


「商談は明日だ。宿のほうは事前にビクトルが手配してるから、お前らも好きに観光を楽しめばいい」

「やった~!」


 自由に遊んでいいというユウの言葉に、虎人族のメラニーはその場で飛び跳ねる。


「メラニー」

「いでっ」


 はしゃぎ過ぎと、ポコリがメラニーのお尻を抓る。


「では、ご主人様の側仕えとして残るのは私とポコリたちでよろしいでしょうか。メラニーたちは見ての通りですので」


 無言でいるものの、グラフィーラもメラニーと同じくソワソワしていた。主であるユウの前で恥ずべきことだと、ネポラはわずかに頬を染めながら進言する。


「いや、お前らも好きにどっか行けよ」

「ご主人様でも冗談を言うんですね」

(冗談じゃないんだけどな……)


 ヴァナモ以上に真面目なネポラは、ユウの言葉を冗談だと思っているようで、これまでの町や都市でも遊んでこいと言ってもユウの傍を離れることはなかったのだ。



 リューベッフォの中央広場。

 日頃から地元民、それに観光客で賑わう観光名所の一つである。


「おお、すっげえ広いな」


 ユウたちと別行動となったメラニーは素の口調で喋る。

 噴水の周りには大道芸人たちや見物客の人集りに、メラニーは興奮を隠せない。


「あんまりはしゃがないでよ。恥ずかしくてやんなっちゃう」

「なんだよ。ティンだってはしゃいでただろ」

「二人共、ご主人様がいないからって羽目を外さないように」

「ヴァナモは真面目だな」

「グラフィーラ、私は当たり前のことを言っているだけです」


 グラフィーラの愛狼エカチェリーナが、ヴァナモのスカートに頭を擦り付けると、ヴァナモは「ダメですよ」と言いながら頭を撫でる。


「本当にここはどこを見ても綺麗ですね」


 普通では考えられないほど広場は広く、また綺麗に管理されており、この都市がいかに豊かで人々に愛されているのが窺える。


「ティン、どうかしたの?」

「なんだか物騒な人たちがちらほらいて、やんなっちゃう」


 ティンの言葉にヴァナモたちは周囲をさり気なく見渡す。確かに言われてみれば、見るからに堅気かたぎではない者たちが見受けられた。鎧こそ着てはいないが、腰には剣などをいている。そしてその身のこなしも素人ではない。


「ここって大きな冒険者ギルドか傭兵ギルドなんてあったか?」

「さあ、私もそこまでは」


 ネコ科特有の猫目を鋭くさせ、メラニーは油断なく周囲を警戒する。


「別に争いに来たわけじゃない。それほど気にする必要はないだろう」

「ふんっ。グラフィーラの言う通りか……あれ? ティンは?」

「ティンなら、あそこです」


 ヴァナモが指差すほうへ目を向ければ、ティンは売店でシャーベットを買っているではないか。


「ズルいぞ!」


 メラニーが自分もと駆け出し、そのあとにグラフィーラとエカチェリーナが続く。


「もうっ。子供なんだから」


 呆れた様子でヴァナモが呟く。


「おい、あそこ見ろよ」

「あ? なんかおもしろいもんでも見つけたか?」

「ちげえよ。女だ」

「ちっ。人族の女になんか興味ねえよ」


 ベンチに腰掛けていた獣人の男が隣の仲間に話しかける。その周辺には同じような者たちが併せて10人ほどたむろっていた。全員が剣や槍などを帯びている。


「ほれ、あそこだよあそこ」

「おお……良い女じゃねえか」


 メラニーやグラフィーラを見て、獣人の男は眠たそうな目を見開き凝視する。他の小人族やドワーフたちも、ティンやヴァナモを見てなにやら談笑する。


「どうだ! 私のシャーベットはソルベ味だぞ」

「それってどんな味なのだ?」

「うっ……私も初めて食べるからわからない」


 グラフィーラに味を聞かれると、メラニーは答えられずに狼狽える。


「食べればわかるでしょうに」

「ほら、ヴァナモも食べなよ。私が先に味見してあげようか?」

「結構です」


 ストロベリー味のシャーベットを手に持つヴァナモへ、ティンが口を伸ばすのだが、ヴァナモはするりと躱して距離を取る。その先で人とぶつかる。


「失礼」

「いやいや、気にすることはないぜ」


 ぶつかったのは先ほどティンたちを見つめていた男たちであった。


「いや~これもなにかの縁だ。俺たちと遊ばない?」


 ティンたちは自分たちが一族の中でも能力だけでなく、見目麗しい容姿からも選抜された者たちであると自覚が足りなかった。ここは都市カマーではない。そんな人族でもない少女たちがメイド服など着て彷徨けば、目立つのは無理はないだろう。


「お前らみたいな若造に興味なんてねえ。失せな」

「おお~怖ええっ。てか、お前のほうが若いだろうが」

「いや、俺はこういう気の強えほうが好みだぜ」


 メラニーに睨まれても、男たちは怖がるどころかおもしろがって喜ぶ。


「謝罪ならしましたよ」

「別に謝罪なんていらねえよ。ちょっと俺らと遊んでくれればいいんだ」

「私たちにも予定があるので、お断りします」

「こう見えて俺らは有名な傭兵クランに所属してるんだぜ」

「そうそう、後悔させないからさ」


 男たちは卑猥な腰の動きで揶揄からかう。だが、ティンたちは悲鳴を上げるでもなく冷たい視線で男たちを見つめる。


「へえ。ますます気に入った」

「そのメイド服。どこの誰に仕えてるのか知らねえが、俺らがご主人様より可愛がってやるぜ?」


 舐めた言動にヴァナモがキレて、手先から糸が垂れ下がる。だが、その手首をティンが握り締める。


「ティン、なぜ止――――痛っ」


 ミシミシと音を立てながら、ヴァナモの手首の先は血が通わなくなり変色していく。


「あそこ」

「お、お姉さまっ」


 ティンが指差す先にはユウたちの姿があった。


「あなたたち、運がよくてやんなっちゃう」


 本当に残念そうにティンが呟く。

 そう言って、去ろうとするティンたちであったのだが――――


「うげっ。なんだありゃ」

「まさかあの気色の悪い髪の色したガキが、主人って言うんじゃねえだろうな?」


 男たちが振り返り、ティンたちの視線の先にいるユウたちを見て、そのまま見た目の印象を口にしたのだ。

 その言葉にティンたちは顔が真っ赤になるのではなく、真っ青になる。


「お前たち、そこでなにをしている!」


 誰かが知らせてくれたのか。この都市の衛兵がティンたちのもとへ駆けつける。


「ちっ、行くぞ」

「ええ……女は?」

「騒ぎを起こすなって言われてるだろ」

「クソッ」


 男たちは衛兵を押し退けて去っていく。

 残るティンたちは衛兵に感謝の言葉を述べて、ユウたちのもとへ向かうのだが。


「お、お姉さま」

「どうしました?」


 距離があったから、雑踏の音でかき消されたから。そう思いつつも、ティンたちはマリファの顔色を窺う。

 そのマリファの顔は普段と変わりないはずなのに、恐怖で背筋が寒くなるどころではない。まるで凍りついたかのように、ティンたちは震える。


「なにかあったのか?」

「少し絡まれていただけのようです」


 ユウの問いかけに、ティンたちが口を開くよりも先にマリファが答える。


「初めての都市で楽しいのはわかりますが、はしゃぎすぎですよ」


 マリファの言葉にティンたちは揃って「申し訳ございません」と口にすることしかできなかった。



 不自然なほど天井も床も壁すらも白で統一された部屋の中央で、ピアノの演奏をしている男がいる。

 見た目は四十~五十代ほどだろうか。北の地に多い銀髪は肩に届くほど、髭はプロペラ髭と呼ばれる特徴的な形で整えられており、ヘーゼル色の瞳は年齢以上の力強さを感じさせる。

 全裸にガウンを羽織ってピアノを弾く男の姿は、部屋の模様も合わさって独特な雰囲気を漂わせていた。


「報告を聞こう」


 壮大な曲を弾いていた指がピタリと止まると、男はこれまでずっと黙って控えていた従者へ言葉を促す。


「例の件ですが、計画通りに進めています」

「ふむ。サトウは話に乗ってきたのか」

「すでにリューベッフォへ向かっています。通常では考えられない速度で移動しているので、一週間もしないうちに到着するかと」


 男は嘲笑うかのように微笑む。


「ビクトルも同行しているのか?」

「いえ、ビクトルは別のルートでサトウよりも早く出立しています。ですが到着はサトウと同じ頃になるかと。あと、これはお耳に入れるほどのことではありませんが、マゴという商人もリューベッフォへ向かっています」

「マゴ? ああ、思い出した。サトウに取り入って、最近ウードン王国内で台頭しているという商人か」


 興味なさそうに呟くも情報はしっかりと把握しているようで、男は脳内でどう扱うべきか思案する。


「マゴについては改めて指示を出す。現地の者へ必ず伝えるよう」

「はっ」


 男は金銀で装飾されたピアノの銀盤蓋を閉じると、ゆっくりと立ち上がり窓際まで移動する。ガウンを脱ぎ捨てると、両手を大きく広げて日光を全身で浴びる。


ウォーレン・・・・・様、一つよろしいでしょうか」

「言いなさい」


 自由国家ハーメルン『八銭』が一人ウォーレンは振り返りもせず鷹揚に頷くと、従者へ発言を許可する。


「ありがとうございます。では『不死の傭兵団』やサトウに対するご指示をいただけないでしょうか」


 もう数日後にはユウたちがリューベッフォへ到着するというのに、ウォーレンからなんの指示もないことに従者は焦りを覚えているのだ。現地へ派遣している者たちは従者から見ても、とても有能とは思えない者たちばかりである。なぜ、そのような者たちを重要な案件にかかわらせるのか、それこそ有能な人材は山程いるというのに。


「凡愚はなにも考えずに動く。凡人はあれこれしようと、身の程をわきまえずに動く。有能な者ならば取捨選択し、自分のできる範囲で動く」


 従者は黙ったまま耳を傾ける。

 ウォーレンの言葉には理解できないものが多いのだが、その中には金言ともいうべきものも含まれており、これまでもその金言のおかげで自身の成長や多くの利益も得てきたからである。


「そして私のような賢才は動かず利益を得る」

どちらが・・・・勝っても、ウォーレン様は構わないと?」

「理想は共倒れだが、どちらかが消えてくれるだけで私は利を得る」


 言葉の意味を理解しようと従者は頭を働かせる。

 『不死の傭兵団』が勝てば、サトウと手を組みウードン王国へ進出しているベンジャミンの力を削ぐことができる。逆ならば『不死の傭兵団』へ支払う莫大な金銭が浮くことになるだろう。たとえ金を支払ったとしても、今回手に入れたオール平原からは十分な利益を得ることができるのだが、それでも支払わなくていいのなら支払わないに越したことはない。


「それにしてもベンジャミン――――いくら男子おのこが欲しかったからとはいえ、女にベンジャミンなどという名をつけるとは、ゴチェスター家も落ちぶれたものだ」


 日光浴をしながら、ウォーレンは忌々げに呟くのであった。

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