第339話 嵐の前の――――

 『グリム・バーヴォ』――――雇えば勝利を約束すると謳われた最強の傭兵団である。

 全員が巨人族で構成されており、規模こそニ千ほどと決して大きな傭兵団とはいえないが、その知名度・実力は他の傭兵団の追随を許さない。戦争中に相手が『グリム・バーヴォ』を雇用したと知るなり降伏したという話も珍しくないくらいだ。


「今日も楽な相手だっだな」

「違いねえ」

「そりゃオデらが相手だど? 可哀想に、もぢっと手加減しでやで」

「んなもんオラぁ、おっかあの腹ん中に置いできだど」

「ゲハハッ!」


 今日も戦に完勝した『グリム・バーヴォ』は恒例の戦場での宴を開催していた。篝火が至るところに設置されており、揺らめく炎が巨人たちを照らし出す。目を凝らせば周囲にはいまだ戦場で屠ったおびただしい数の死体が散乱しているのだが、この中で飲む酒が戦の火照りを鎮めてくれるのだと、彼らは言う。


「団長はどうしでる?」

「いつものだ。あの人ぁ、戦が終わったあどは独りで飲むんだぁ」

「そうか。そうだっだな。それにしでも団長の強さは異常だ。もしかしで、巨人族の中で一番強いんじゃないかっでオデは思っでるど」

「ゲハッ、そんなもんみ~んな思っどるぞ」

「そうだそうだっ! な~にを――――なんだ、おめえ?」


 そいつ・・・は、いつの間にか宴をする『グリム・バーヴォ』の輪の中にいた。

 白髪に琥珀色の瞳、褐色の肌。そして一番目立つのが頭部に生えた二本の角だろう。右側のほうが太く長い、左右非対称の角である。


「退け」


 その男は一瞥するなり興味をなくしたかのように、一方的に言い放つ。相手は仮にも巨人族の、それも集団にもかかわらずである。


「こいづ、喋っだど!」

「なにっ!? オーガじゃねえのか」

「じゃあなんだ、こいづは鬼人だど?」


 『グリム・バーヴォ』の面々が突如現れた鬼人族の男を、オーガと見間違えたのも無理はない。なにしろこの男、身長は3メートルの半ばほど、この時点で並の巨人族を優に超えている。鬼人族が人族と比べ物にならない体躯を誇るとはいえ、巨人族を上回るなど常識的に考えてあり得ないのだ。


小巨人・・・共、聞こえなかったのか? 俺は退けと言ったんだ」


 ただでさえ、闖入者ちんにゅうしゃに宴を邪魔されて殺気立ち始めていたところに、巨人族に対する最大級の侮辱である小巨人という言葉だ。戦を生業とする集団である彼らが黙って帰すわけが――――いや、生きて帰すわけがないだろう。


「ゲハハッ。鬼人のあんちゃん、随分と威勢がいいじゃねえかっ」


 一人の巨人族の男がニタニタと笑みを浮かべながら――――


「ふんっ!!」


 ――――腹に拳を叩き込む。この男はオークやオーガ程度なら、素手で撲殺することができる膂力を誇るのだ。


「なっ!?」


 微動だにしない鬼人族の男に周囲がざわつく。

 プライドを傷つけられたと、巨人族の男は続けて拳を一度、二度と振るうのだが。


「雑魚に用はねえ」


 酷くつまらなそうに呟くと、鬼人族の男は今も自分を殴り続ける巨人族の男の頭部を無造作に掴むと――――


「このっ、離しやが――――」


 ――――引き千切ったのだ。

 両手を使ってとかではない。片手でカステラでも毟り取るかの如く、頭部が闇夜の宙へ放り投げられる。


「ご、ごの野郎っ!!」

「ぶっ殺す!!」

「誰に喧嘩を売っだが、教えでやるどっ!」


 衝撃的な光景であったが、最強を自負する傭兵団の者たちである。怯むことなく各々が手に得物を取ると、一斉に襲いかかる。


「あっ……ああ…………な、なんでこどだど」


 騒ぎを聞きつけて駆けつけた『グリム・バーヴォ』の隊長の一人が、その信じられない光景に身体を震わしていた。

 恐れを知らぬ最強の傭兵たちが、たった一人の鬼人に為す術もなく、泣き叫びながら逃げ惑っていたのだ。

 自分も今すぐにでも参戦せねばならぬのに、足が一歩も動かない。それ以上は近づくことを拒むように、足は石のように固まっていた。

 理性ではなく本能が理解していたのだ。あの鬼人には勝てぬと。


「オ、オデは……」


 自分の不甲斐なさに男は涙を流す。


「あそこです。団長っ!」


 その声に男は安堵する。我らが団長が来たのだ、と。

 自分と同じように騒ぎを聞きつけて、現場に向かうのではなく団長を呼びに行った者が帰ってきたのだ。


「お前が団長か」


 団長の存在に気づいた鬼人族の男が、その兇手を止める。

 鬼人族の男の周囲には真新しい死体が散乱していた。亡骸は全て巨人族の者たちだ。


最強・・らしいな」


 今まで興味関心のない表情であったのだが、初めて感情らしきものを見せる。


(だ、団長なら負けるわけがないどっ!!)


 動くことすらできず、ただ呆然と仲間たちが殺されるのを見続けることしかできなかった隊長の男は、自分を説得するように心の中で叫ぶ。

 『グリム・バーヴォ』の団長はレベル60を超える猛者中の猛者である。その上、巨人族が就ける固有ジョブの中でも最高峰と名高い『巨神兵』のジョブに就いているのだ。

 その武勇はレーム大陸中に轟いている。

 レーム大陸で一対一の戦いで誰が最強かを議論すれば『大賢者』『双聖の聖者』などの名だたる強者たちの中に混じって名が上がるほどだ。

 男の不安を消すかのように、団長が放った一撃は見事に鬼人族の男を後退させる。


「ほう……」


 鬼人が――――鬼が嗤った。

 ただそれだけなのに、隊長の男は一目散に逃げ出したのだ。

 背後から聞こえてくる雄叫びか、または悲鳴なのかわからない絶叫を無視して。

 よせばいいのに、つい振り返ってしまったのだ。そこで――――


「ばあっ!! ハァハァ……」


 そこで『不死の傭兵団・・・・・・』十番隊隊長のヴァーランドは目を覚ます。

 上半身を起こすと、その重みにベッドがギシギシッと悲鳴を上げる。通常なら人族4人で泊まる部屋を一人で使用しているのだ。ベッドもそのままでは使えないので、4つ並べて使用している。


「隊長、寝坊ですよ」

「ほんとっすよ。もう飯の準備ができてんすから、早く席についてください」

「わ、わかっでるど」


 1階へ降りてきたヴァーランドへ隊員たちが次々に挨拶する。

 食堂を見渡せば、どのテーブルにも荒事に長けてそうな面々が席についていた。

 妖精の鱗粉――――都市リューベッフォにある客室数二十ほどの中堅規模の宿屋である。

 現在、この宿屋は『不死の傭兵団』が借り切っている。宿屋の主人も暴れさえしなければ、他種族とはいえ金払いのいい客を断る理由はない。


「ヴァーランド隊長、顔色が悪いっすよ」

「まーた悪夢でも見たんだろ」

「隊長って、元『グリム・バーヴォ』でも隊長をやってたんだろ? その隊長が見る悪夢ってどんなのか気になるよな」

「やめとけ。ほれ、隊長が震えてるじゃねえか」

「しっかりしてくださいよ。俺らの隊長なんですからっ! こんなんだから、いつまで経っても十番隊は他の隊から舐められるんだよ」


 とても隊長とは思えない雑な扱いにも、ヴァーランドは作り笑いで誤魔化すのみだ。その姿に呆れたように隊員たちが肩を竦める。


「おっ、今日は肉と魚か」

「しっかし毎日毎日、こんな生活でいいのかね? 俺なんて身体が鈍っちまって仕方がねえよ」

「まあ、そう言うなって」


 戦場が職場である傭兵たちにとって、食事の時間は心安らげる憩いのひとときである。だが、それも続けば慣れてくるというもの。『不死の傭兵団』の団員たちは、戦場の厳しい張り詰めた空気とは正反対のなんとも温い空気漂うこの都市に飽き始めていた。


「そっちのソース、俺にもくれよ」

「ほらよ」

「美味いはずなのに、なんで戦場で飲む安っぽい酒のほうが美味く感じるんだろうな?」

「そりゃ俺らが生粋の戦士だからじゃねえか」

「かーっ! 朝から酒かっくらっていいのかね?」

「じゃあ、俺が代わりに飲んでやるよ」

「ふざけんな! これは俺のだ!」


 思い思いに各テーブルでは食事と談笑を楽しんいる姿が見えた。


「団員募集だけどよ。すでに三千くらいまで膨らんでるらしいぞ。」

「それでいいんだよ」

「でも姐さんは千超えるとキレるぞ」

「だから厳選すんだよ、どうせ使い物になる奴以外は死ぬんだ」

「それもそうか」


 オール平原での戦いは『不死の傭兵団』に少なくない損害を与えていた。元々は千いた団員は、現在は三百を切るまでに数を減らしていたのだ。

 その補充をするために募集をかけたのだが、レーム大陸を練り歩くように好き勝手に暴れる『不死の傭兵団』の人気は凄まじく。すでに予定を大幅に超える希望者が殺到していた。


「八闘士どれほどのものかって、思ってたけどよ。ありゃ凄まじいなんてもんじゃねえな。あの『ハーメルン八闘士』シモン・ヘイ一人に隊長2人に、副隊長は5人も殺られてるじゃねえか」

「弓なんて臆病者の使うものって思ってたが、俺は恐ろしくてビビっちまったよ」

「けっ、真っ先に戦場へ突っ込んで行く奴がよく言うよ」


 オール平原の戦いでマンドーゴァ王国の黒羊騎士団への援軍で現れた『ハーメルン八闘士』が一人――――シモン・ヘイは『三大弓術士』の一人にも数えられるレーム大陸最高峰の弓使いでもある。その噂は『不死の傭兵団』の団員たちも以前から聞いていたのだが、当初は矛を交えればどうとでもなると高を括っていたのだ。

 だが、矛を交えるどころか。最後までついにその姿すら捉えることができずに、いいように『不死の傭兵団』の団員たちは射殺されたのだ。


「シモンか……。姐さんならかち合えば勝てるだろ」

「ばーか。向こうがまともに勝負するかよ。それに――――」

「それに?」

「姐さんは言わねえが、オール平原での戦争の依頼主はハーメルンだろ」

「は? オメエはなにを言ってんだ。なんで依頼主の軍と俺らが戦うんだよ」

「こいつの言う通りだ。頭どうかしちまったんじゃねえだろうな? あっ、お前まさかやべえ薬でもキメてんのかっ!」

「やってねえよ。俺は真面目に言ってんだ。

 考えてみろよ? あの戦争で誰が一番得したかってのをな」

「誰が一番得したかって……そりゃ……」


 オール平原での戦争は『不死の傭兵団』の勝利に終わったのだが、特に居座ることもなく『不死の傭兵団』はその場をあとにしたのだ。一方、敗戦した側であるマンドーゴァ王国は後処理で忙殺されていた。まずは援軍を送ってくれた各国への謝辞である。

 特にバハラグット王国は『バラキオムの大魔女』『炎雷の賢者』の二大戦力を失っている。戦死した兵の分も合わせて莫大な金銭を支払わなくてはいけない。またカノムネート王国も『カノムネートの英雄』を撤退戦で戦死している。最後まで自国の兵だけでなくマンドーゴァ王国の兵が一人でも逃げられるように殿しんがりとなって『不死の傭兵団』を食い止めたためだ。


 この戦争で『不死の傭兵団』、マンドーゴァ王国、バハラグット王国など、両軍ともに大きな損害を被っているのだが、その中で唯一ハーメルンだけは、少ない被害で戦争を終えていた。

 その結果――――豊かな土壌で知られるオール平原には、現在ハーメルンの軍が駐留している。名目上は軍事的余裕のないマンドーゴァ王国に代わってとなっているのだが、実質的にはハーメルンの支配地域として切り取られたようなものであった。


「そりゃ結果的にハーメルンが得したって話だろ」

「こういうのは複雑に絡み合ってても、結局は得した奴が一番怪しんだよ」

「じゃあ、なにか? ハーメルンは自分で『不死の傭兵団俺ら』雇っておいて、ぬけぬけとマンドーゴァ王国に援軍で参戦したって言うのか」

「まあ、そうなるわな」

「んな馬鹿なっ! やってることは屑以下じゃねえか」

「なにを驚いてんだ。ハーメルンはそういう国じゃねえか」

「でもよ、それじゃ俺らがリューベッフォにいるのも、なんか理由があるのか?」

「だから依頼主って話に戻るんだよ。なんかハーメルンのお偉いさんが、金の支払いを渋ってるようなんだ」

「姐さん相手に馬鹿だねえ。そいつ死んだわ」

「それが急に態度が変わったようだぞ。数日中には全額まとめて払うってさ」

「なんじゃそりゃ!? なんで今までゴネてたんだよ」

「そこんとこは俺にもさっぱりだ」


 お手上げとばかりに獣人の男は両手を挙げる。



「うわ~。綺麗な都市だね~」


 リューベッフォに到着したニーナは、綺麗に建ち並ぶ建築物の美しさに驚く。その横ではナマリとモモが口をぽかーんと開けたまま固まっている。


「田舎者みたいな反応はやめろよな」

「……私は驚いていない」

「さっき見惚れていたではないですか」


 鋭いマリファのツッコミに、レナが帽子を深く被って誤魔化す。


「楽しみでやんなっちゃう」

「ティン、あくまでご主人様の配慮で随行として私たちはいることを忘れないように」


 「は~い」と返事しつつも、ティンもヴァナモたちも美しい街並みに楽しみが隠しきれないのかそわそわしている。


「ユウ、ここにはビクトルさんだけじゃなく、マゴさんも来てるんだよね?」

「ああ、マゴの心配性にも困ったもんだよな」


 いまだにビクトルを信用していないマゴは、ユウたちとは別ルートでリューベッフォへ前乗りしていた。


「あ~、今から楽しみだね」


 ニーナが笑みを浮かべて空を見上げると、あいにく快晴とはいかず曇り空であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る