第332話 交渉
「退いてくれ~っ!!」
都市カマーの大通り。
大通りを行き交う人々の間を縫うように走り抜けていくその一行を、道行く人々が驚いた顔で振り返る。
「ちょっとアガフォン、こっちじゃないでしょうが~っ!」
振り落とされないようにアガフォンの髪にしがみつくアカネが、屋敷の方向じゃないことに気づき指摘するのだが。
「いいやっ。こっちであってる!」
アガフォンの固有スキル『求心道程』は求めるモノまでの道筋を指し示す。その『求心道程』がアガフォンを屋敷ではない方向へと導いているのだ。
「ベイブ、もう少し速く走らないと置いてかれるわよ」
「ま、待ってよ~」
情けない声を出しながらも、ベイブは走る速度を上げるのであった。
「もう! そんなにそんな慌てて――――なにこれっ!?」
冒険者ギルド1階ロビーへ飛び込むように入ったアガフォンたちであったのだが、目の前の光景にモニクは目と口を大きく開き驚く。
「くそっ」
ギロリッ、と威嚇するように周囲を見渡しながら、アガフォンは苛立つように悪態をつく。いつもなら数百人の冒険者でごった返しているロビーが、今は十数人ほどの冒険者しか見当たらないのだ。
「ここじゃねえな。そうか! 修練場だっ!!」
アガフォンが修練場への通路へ向かおうとしたそのとき――――
「おう! そこの亜人共、ちょっと待てや」
「あ゛あ゛っ?」
急いでいるのに呼び止められたアガフォンが不快そうに振り返る。その視線の先、冒険者ギルドの入口に5人の男が立っていた。身につけている武具から冒険者か傭兵なのがひと目でわかる。ここにいるということはおそらく前者なのだろうと、アガフォンは思案する。問題はなぜこの男たちが自分を呼び止めたかなのだが。
「俺らは『悪食のゼロムット』の者なんだけどよ」
「頭悪そうなお前らでも『悪食のゼロムット』の名くらいは聞いたことはあんだろ」
「しっかし、臭え獣人にドワーフ? それにそこの豚面はまさかオークってわけじゃねえよな? どんなパーティーだよ、あんまり笑かすなよ」
「見ろよ、ピクシーまでいるぜ」
「マジだっ。くははっ……待てよ? おい、こいつらってもしかして」
男たちはなにかに気づいたかのように、目線はアガフォンたちから外さずにこそこそと話をする。
「お前ら、もしかして『ネームレス』の連中か?」
「だったらなんだ」
「へえ……こりゃ傑作だ! マジで亜人ばかりのパーティーとはな」
先ほどから男たちはアガフォンたちのことを亜人と――――蔑称を連呼する。
「娼館に行ってたら、俺ら寝坊しちまってよ。お前らの盟主……なんて名だっけ?」
「ユヴァだかユウみたいな変な名前の奴だよ」
「そうそう。そのユウって奴が、どいつもこいつも凄い凄いって言うから、ちょっと手合わせしたくてな。わざわざハーメルンからウードンまで来たってわけよ」
「まっ、今頃はイディオさんにぶっ殺されてるだろうけどな」
「いやいや、イディオさんが出るまでもないだろ?
「あーあー、俺も見たかったぜ。ユウとかいうクソガキが無様に命乞いしてるところをな」
ミシミシと軋む音がアガフォンの身体から発する。身体中の筋肉が盛り上がり、鎧が悲鳴を上げているのだ。
「あれれ~。怒っちゃったのかな~?」
「こえええ~っ。俺なんてビビってチビっちゃったぜ」
男たちが大笑いしながらアガフォンを指差す。
「お? なんだよその眼は」
「文句あるなら力比べでもしてみるか?」
「そりゃいい! まさか獣人が力比べで人族から逃げねえよな?」
「言っとくがな。俺は生まれてこの方、力比べで獣人に負けたことなんて一回もねえぞっ!」
この男が言っていることはハッタリではない。事実、幾人もの獣人が力比べで惨敗してきたのだ。それだけ男は肉体を研鑽し、今も継続している。一方の獣人は多くの者が、生まれ持った獣人の優れた肉体に種族特性や補正に胡座をかいているのだ。いかに種族差があろうとも、原石と磨き続けてきた石とでは、単純な力比べとはいえ、競えば結果はわかろうと言うものだろう。
「アガフォン、ギルド内で争いはご法度だからね」
剣呑な雰囲気にモニクがアガフォンの腕を掴み注意する。
「わーてるよ」
わかっていると口では言っても、アガフォンの全身の毛が逆立ち始めているのをモニクは見逃さない。
アガフォンは自分が馬鹿にされて怒っているのではない。盟主であるユウやモニクたちが馬鹿にされているのに怒っているのだ。それに怒っているのはアガフォンだけではない。先ほどから黙ったままのアカネなどは全身から殺気を放ち、威嚇している。今にも得意の魔法をぶっ放しそうで、ベイブなどはひやひやしながら見守っていた。
「なんだよ。でけえ図体は見掛け倒しか?」
力比べを挑んできた男が、アガフォンの頬を軽く叩いて挑発する。
「かーちゃんが泣いてるぞ? おっ? とは言っても、獣人の血は薄そうだな。どうせ母親は淫売で、お前もどこの男が父親かわからねえ出自なんだろうな」
これにはアガフォンではなくモニクが激昂し、飛びかかろうとするのだが、アガフォンが手を伸ばし遮って押さえつける。
「話が終わったなら、もう行っていいか」
挑発に乗ってこないアガフォンに男たちは面白くないよで、実力行使に出る。
「待てよ」
アガフォンが振り返るなり顔に拳が叩き込まれる。
「わははっ。冒険者が隙を見せたらダメだろうが」
「吹っ飛ばなかったのは大したもんだが――――どうした?」
アガフォンを殴った男の様子がおかしいことに気づいた仲間が声をかける。
「いや……なんでもねえ」
あの一瞬で、アガフォンは『闘技』を纏い身体を強化していたのだ。羆人の強靭な肉体をさらに強化した状態である。結果、舐めた攻撃を繰り出したほうが拳を痛める羽目となる。
「これで満足か?」
鼻から血を流しているアガフォンは至って冷静で、挑発した男たちのほうが逆上する。
「スカして逃げてんじゃねえぞっ!」
その場を去ろうとするアガフォンを、そうはさせまいと男が両手を掴み合った状態――――手四つへと持ち込む。
「へへっ。お前はもう終わりだぞ。こうなったら俺は誰にも負けねえんだよ!」
男は両腕に力を込め、アガフォンの腕をへし折ろうと圧力をかけていく。
「やっちまえ!!」
「両腕ともへし折れっ!!」
「亜人に身の程をわからせてやれや!」
『悪食のゼロムット』の男たちが発破をかける。
「しつけえ奴らだな」
「その余裕がいつまで持つかな?」
どちらからのものか。骨が軋む音が聞こえてくる。
鼻息荒く顔を真っ赤にしてさらに力を込める男とは対照的に、アガフォンは落ち着いたものである。そのアガフォンの頭の上では「こんな奴、やっつけちゃえ!」と、アカネのほうが興奮しているぐらいだ。
「く、くそっ! どうなってやがる!?」
どれほど力を込めようとも、一向にアガフォンの腕をへし折ることができないことに男が焦り始める。
先ほどの獣人との力比べの話だが、あくまで種族に胡座をかいた不精をしている者たちのことである。アガフォンのように日々、鍛錬を怠らない獣人を相手にまともにやりあえば、男に勝機など万に一つないのだ。
「殺してやる! ぶっ殺してやるぞっ!!」
「何度も同じこと言わなくてもわかってるっての」
「お前のあとは後ろのブサイクな女に、オーク野郎もだ! その頭の上でピーピー喚いてる羽虫は、羽を毟り取って――――ぶふぁっ!?」
今まで冷静に対処していたアガフォンが一転して、憤怒の表情で男の顔面に頭突きをかます。人族の倍は厚みのある頭蓋骨による頭突きである。まともに喰らった男の鼻は潰れ、口蓋骨や上顎骨は砕け陥没する。
「お前の腕を毟り取ってやろうか?」
そういうと、アガフォンは男の両腕を抱え込む。「ふんっ」とかけ声に併せて両の腕に力を込めると、乾いた音とともにあっけなく男の両腕はへし折れ、だらしなく腕が垂れ下がる。
「こ、こいつっ!? 汚えぞ!」
「やっちまえ!!」
「卑怯者の亜人がよっ!!」
「ぶち殺せ!!」
罵詈雑言を放ちながら、残る男の仲間たちが一斉にアガフォンへ襲いかかる。
「だからダメだってば!」
「アガフォン、やっておしまいなさい!」
モニクは本格的な争いに発展して慌てる。アカネは男たちを指さしながら変な言葉遣いで煽る。残るベイブは「えっ、ええ!? ど、どうするの?」と普段と変わりのない態度である。ただし、内面では至って冷静であった。
(ど、どうせ。アガフォンが勝つよね)
男たちに気づかれないようにベイブは『解析』でステータスを確認し、さらにこれまでの所作から総合的に判断してアガフォンが負けることはないと確信していた。
「死ねやっ!!」
頭上より振り下ろされる剣をアガフォンは踏み込みながらズラして受ける。刃が当たったのは頭部ではなく僧帽筋――――それも黒曜鉄で覆われている箇所である。容易く受け切りながら、アガフォンの頭突きが再度、放たれる。吹き飛びながら男の鼻から粘ついた血の糸が宙へ漂う。
「しっ!!」
男たちも伊達に『悪食のゼロムット』に所属しているわけではないようで、今の攻防の一瞬の隙をつき、斥候職の男がアガフォンの背後からダガーで突きを放つ。できれば首を狙いたかったのだろうが、アガフォンが警戒しているのを感じ取り、脇腹と腰――――鎧と鎧の繋ぎ目へ刺突が突き刺さる。
(殺った!!)
そう思った男であったのだが、ダガーの刃は半ばまでしか突き刺さっていなかった。アガフォンの分厚い脂肪と筋肉に阻まれて、それ以上は刃が進まないのだ。
これは拙いと、慌てて距離を取ろうとした男であったのだが、その男の手首をアガフォンは逃がすかとばかりに掴み、一気に引き寄せる。
「待っ――――ぎゃあ゛あっー!!」
男の顔面へ頭上よりアガフォンの握り拳――――鉄槌が容赦なく振り下ろされた。先の二人の男と同様に、鉄槌を喰らった男は顔を陥没させて地面へ横たわる。反撃などする気も余力もない。それほどの一撃であったのだ。
「くそったれ!」
「おいっ! 引くぞ!」
腐っても冒険者なのだろう。分が悪いと判断するや否や、残る二人の男は逃げ出す。死なないことが冒険者として一番重要な要素から考えれば、至極まっとうな行動と言えるだろう。
「へんっ。雑魚どもがよ」
「アガフォンっ! なんで我慢してたのにやっちゃったのよ!」
「俺は悪くねえぞ」
「そうよ、アガフォンは悪くないわ」
「それにあいつら、お前らのこと好き勝手に言いやがってよ」
「ア、アガフォン」
「なんだよベイブ、お前まで説教か?」
「ち、違うよ。そ、その……後ろ」
「あん?」
恐る恐る指差すベイブに、アガフォンが振り返るとそこには――――
「アガフォンくん」
「げっ。フィーフィさん」
――――冒険者受付嬢であるフィーフィが仁王立ちしていた。
「違うんすよ、これは。なあ? お前らからも言ってくれよ。俺じゃなくて向こうから、ちょっかい出してきたって」
「そうなんです! アガフォンは我慢してたのに、あいつらが酷い侮辱をしてきたんですよ」
「あんた、あんまり私たちのこと舐めてると魔法をぶっ放すわよ」
「ア、アカネ、やめなよぅ」
普通の女性なら絆されようなものであるのだが、これでもフィーフィは冒険者ギルドの受付嬢だ。これまでにも幾人もの冒険者が泣き落としや脅しや威圧してくることなど茶飯事であり、見慣れたものである。今さらそんな姿を見せられようが「あら、そうなのね」と冷たくあしらうだけだ。
「そんなことより」
ゴクリッ、とアガフォンは唾を飲み込む。ユウへ告げ口されるのか、はたまた罰則を受けるのか。最悪では冒険者資格の取り上げもと、大きな身体を縮こませながらフィーフィの様子を窺うのだが。
「はい、これ」
「へ? これって……モップ?」
「そうよ。アガフォンくんが散らかしたんだから、ちゃんと掃除しなさいよ」
言われてみれば、アガフォンが暴れたことにより床は血まみれである。
「あと、そこの
ピクリとも動かない『悪食のゼロムット』の男たちへ目配せして、フィーフィはアガフォンに指示を出す。
「それ……だけっすか?」
「もっと厳しいほうがいいの?」
「いやいやっ! でも、いいんすか?」
「良いも悪いも、そいつらからちょっかい出してたのは最初から見てたわよ。そもそもこの程度で除名なんかしてたら、ギルドから冒険者がいなくなっちゃうでしょうが。
それにしても最近はよそから馬鹿たちが押し寄せてきて、ユウちゃんも機嫌が悪いし、コレットなんて私は担当ですから! なんて言って職場放棄するんだから、困ったものよね。大体、ユウちゃんの担当は私がするべきだと――――」
フィーフィの愚痴が始まり出すと、アガフォンたちはうんざりするのだが、その内容に反応を示す。
「もしかしてコレットさんが見当たらないのって」
「そうなのよ! 今も修練場に行って、カウンター業務を放ったらかしに――――アガフォンくん!?」
モップを放りだしてアガフォンは修練場へと走り出す。
「すんません! あとで掃除はするんで!」
「フィーフィさん、ごめんなさい」
「ほら、さっさと行くわよ」
「ま、待ってよ~」
呼び止めるフィーフィの制止を振り切って、アガフォンたちはあっという間にその場をあとにする。
「もう! アガフォンくんたち、あとで説教よ。それにしても……」
フィーフィはアガフォンによって、瞬く間に無力化された『悪食のゼロムット』の男たちを見る。
「素行はともかく、決して弱い冒険者ではなかったのに、5人を相手に素手で勝つなんて」
(ユウちゃんはどういう教育を施しているのかしら? その方法を公開してくれれば、もっと有能な冒険者が育つんだけど難しいわよね)
※
閑散とした冒険者ギルドとは違い、修練場は多くの者たち――――観客で賑わっていた。
「はああああーっ!!」
自身の身体よりも巨大な戦斧に、身体をすっぽりと覆うくらい大きな楯を装備したドワーフの戦士――――
「ぐあ゛あっ」
攻撃は尽く躱され、反対にユウの拳打を喰らい地面を転がっていく。
「あちゃ~」
「もうちょっと粘ってくれねえと賭けになんねえわ」
「あれ有名なドワーフの弟なんだろ?」
「らしいな。でも全然、相手になってねえぞ」
観客の冒険者や傭兵たちは「もっと頑張れ!」「同じAランクだろうが!!」「根性見せろ~」などと無責任な言葉を投げかける。
(あいつは弱くない。俺とて一対一で勝てるかどうか)
険しい表情で戦いを見守るアトは分析すればするほど、その絶望的な戦力差にどうするべきかと悩む。後ろでえずいているパリを振り返り「なるほどな」と一人納得する。
(
地面には多くの者が横たわっている。とりわけ多いのは『悪食のゼロムット』だろう。最初はイディオが倒されて怖気づいていたのだが、ユウが全員でかかって来いと言うなり色めき立つ。すぐに冒険者ギルドを包囲していた仲間たちを呼び寄せ、恥も外聞も捨てて襲いかかったのだが――――
「だ、だえひゃ……かい、ふっ……けひゅっ、たの、む」
「いへえよぉ……」
「かひぇなら、ひ……ひゃらう…………たひゅ……けてくれよ」
言葉を発することができる者はまだマシなほうだろう。他の大多数はうめき声すら上げれず、激痛に身体を動かすこともできないほどであった。四肢は捻じれ、鼻や耳が削げている者、歯は砕け、全身の骨で無事な部分が少ないくらいである。
(かろうじて生きているといったところだな)
この場にはすでにいないのだが『蒼き咆哮』と『
(勝てない。どんな手を使っても無理だろうな)
カラ・ムー王国で生まれ育ち、幼い頃から他者より優れており、自分がやろうと思ってできなかったことなど記憶にない。周りから神童と持て囃され、アト・バイエル自身も自分は特別な者だと自覚していた。
齢二十にしてBランク冒険者となり、二十八でAランク冒険者に認定され、いずれはSランクも夢ではないと思っていたのだが。
(最悪、手合わせで無理を通すことも考えていたんだが)
思考をまとめている間に決着はついたようで、無傷のユウがアトたちを見ていた。
「待たせたな。お前らはどうする? 一人ひとりか、それとも全員――――」
「いや、そのどちらも選ばない」
観客がどよめく。
「どういうことだ?」
「俺に聞かれても知らねえよ」
「勝負しないなら、あいつらなんでわざわざカマーまで来たんだ」
「カマー周辺の迷宮が目的とかじゃねえの」
「ならなんでここにいるんだって話だろ」
「違う目的があるのかもな」
ざわめきが収まるのを待ってからアトは続きを話し始める。
「俺たちの――――私たちは別にあなたと手合わせ、ましてや殺害などが目的ではないことをまずはご理解していただきたい」
言葉遣いを正し、これから挑む交渉に戦闘とはまた違った緊張感でアトは喉が乾くのを覚える。
「違う要件があるのか」
「そういうことです」
そういうとアトは視線をユウから外し、観客に混じって見物していた少女――――レナに向ける。
「私たちの目的はレナ・フォーマの
「レナのっ!?」
「レナだって」
勧誘という言葉にニーナとナマリが驚き、マリファは表情こそ変えないものの、氷のような視線をアトへ向ける。
「なんだそりゃあああー!!」
「俺は認めねえぞ!!」
「殺せっ!! あいつら、皆殺しじゃあああーっ!!」
なお、一番うるさかったのはレナの非公認ファン倶楽部の面々であった。
そして――――
「……知ってた。あなたたちが私を求めていることを」
――――レナが一番調子に乗っていた。
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