第329話 懸賞金

「こりゃ凄えわっ」


 上空100メートルに浮遊しながら男は視線の先に広がる光景に興奮を隠せない。


「てかなんだよ、あのバカでかい都市はっ」


 都市を囲う城壁に所狭しと建てられた住宅、街道へ視線を向ければ多くの人々が行き交っているのが見える。


「はあ~っ。こりゃアトの言ってた、カマーはカラ・ムー王国よりでけえってのも、あながち嘘じゃなさそうだな」


 額にかかった髪をかき分けながら男は独り言をもらす。

 この男、浮遊――――白魔法第5位階『レヴィテーション』を維持しつつ、さらに白魔法第1位階『遠見ディスタ』で遠方を眺めているのだ。第5位階の魔法を常時展開しているのに涼しい顔をしている。これだけで只者ではないことが後衛職の者ならわかるだろう。


「それにしてもヤバそうな連中が……あそこのドワーフだらけのパーティーに、あっちのは多分あれだろ。げっ、あいつらは――――」


 なにやら男は街道を移動している馬車に乗っている者たちや、歩いている集団が気になるようで、カマーを見ているときとは打って変わって真顔で観察・・するのだが。


「おいっ! 聞こえねえのかっ!! このバカタレがっ!!」

「んあ?」


 声のする――――眼下を見下ろせば、男の仲間たちが大声で叫んでいた。


「どした?」

「どうしたじゃねえよ! 早く降りてこいって言ってんだっ!!」


 金髪ソフトモヒカンの男が、大きな声で怒鳴る。


「はいはい。わかったわかった、そう怒りなさんなって」


 男は肩を竦めると地上へ降下していく。そして地面に着くと同時に頭を叩かれた。


「いでっ。なにすんだよ」

「なにすんだよじゃねえだろがっ! ここはもうムッス侯爵の領内だから、目立つ行動はするなって何回も言ったよな?」

「へーへー。俺が悪かったよ。でもよ、そんなビビる必要があるか?」

「あるかないかで言えば、あるよ」


 五人の男の一人――――銀髪に眼鏡をかけた男は呆れたように言葉を口にする。他の四人は見るからに冒険者または傭兵といった身なりなのだが、この男は身につけている武器や防具はともかく、どこか気品を感じさせる物腰である。


「パリちゃんよ、もったいつけないでハッキリ言ってくれよ」

「コオゥ、ちゃんづけはやめてくれないか。君のような下品な男にちゃんづけされると……まあいい。ムッス侯爵の食客の話は君だって知っているだろう?」

「知ってるよ。食客がお強い・・・んだろ?」

「全員が戦闘力だけならAランク冒険者に匹敵する連中なんだぞ」

「ふんっ。そんなビビるようなもんかね。『極星シャウエうち』のアトだってAランクじゃねえか」

「おいおい。いくら俺でもAランク冒険者十人を相手に勝つのは無理だぞ」


 コオゥに話を振られた栗毛に身長は180センチ半ばほど、筋骨隆々の男は勘弁してくれよと言いたげに苦笑する。この男こそ『極星シャウエ』の盟主アト・バイエルである。

 ローブの男――――コオゥは他の仲間たちに「お前らもそう思うだろ?」と問いかける。残る二人の仲間は同意できるところもあるのか、パリとコオゥを交互に見合う。


「なにもわかっていないじゃないか」


 心の底から失望したような顔でパリは眼鏡を外すと、レンズを拭き始める。


「なにが――――」

「アトはAランク冒険者」

「だからそう言っ――――」

「カラ・ムー王国唯一の――――いや、正確には小国群連盟のと言ったほうがいいだろう」


 小国群連盟とは名目上は強大な魔物に対する国家間の協力や、近隣国の領土争いの調整などとなっているのだが、事実は違う。

 この同盟関係の真の目的は五大国に対抗するためである。なにしろレーム連合国の制度は、多数の小国がいくら決議案に賛成票を投じようが、五大国の一つでも反対票を投じるだけで成立しない理不尽なシステムなのだ。どれほど小国の王族、貴族、文官たちが知恵を振り絞り提案をしようが、五大国の気分一つで握り潰される。レーム大陸内の決め事は全て五大国が決め、運営していく。小国が五大国へ抱く不満はいかほどか、窺い知れようというものである。


「今から向かうカマーは食客だけで十名だよ。いいかい? 国じゃない、たかが一都市でだぞ。警戒するのはムッス侯爵の食客だけじゃない。あそこは冒険者だけでもデリッド・バグ、トロピ・トン、ノア・パズズと名の売れた冒険者が何人も、他にも名の知られていない高位冒険者や傭兵だって――――それに、それに……」


 眼鏡のレンズを拭くパリの手がわずかに震えていた。


ユウ・・サトウ・・・がそんなに怖いかねえ」


 普段はクラン内でも頼れる参謀のあまりにも情けない姿に、コオゥは小馬鹿にした言葉遣いをしてしまう。


「わずか二年ほどでAランクになるような化け物だぞっ。それも後ろ盾もない少年がだ。恐れてなにが悪い」

「それだけじゃねえだろ。ウソかホントか亜人・・の国を創ったらしいじゃねえか」

「その話は……事実だ」


 肯定されたコオゥは茶化すように口笛を吹き、アトは険しい顔に、残りの二人は一瞬だけ驚いた顔をする。


「へえ~本当だったのかよっ。こりゃ傑作だ! 十四か十五だかしらねえが、そんなガキンチョが国を創るなんて俺らの故郷、カラ・ムー王国も気が気じゃねえよなっ!」


 睨みつけてくるパリの視線をものともせずに、コオゥは楽しそうに軽口を叩く。


「そうパリをイジメてやるな。それより空から見てどうだった。俺が言った通りカマーはカラ・ムー王国より大きかっただろ?」

「お? おおっ! マジで凄えぞ! あの都市だけで二十~三十万人いるそうだから、カラ・ムー王国よりでかいってのも本当かもな」

「それほどか……。他におもしろそうなものは見えたか?」

「ああっ。街道に冒険者や傭兵がうじゃうじゃいたぜ。それもそこらのチンケな連中じゃねえぞ?」

「カマーはでけえ都市だし、近くに迷宮が三つもあるんだ。多くの冒険者が来るのも当然だろうがっ」


 金髪ソフトモヒカンの男はコオゥが誇張していると思っているのか、あまり真に受けずに話半分に聞いているようだ。


「それがウソじゃねえんだよなぁ~。俺がチラッ、と見ただけでも『蒼き咆哮』『烈風公ラリオルト』『偉大なる大地バーバリ・アース』それに悪名高いあの『悪食のゼロムット』がいたぞ」

「それは本当かっ!?」

「ウソじゃねえって! 『遠見ディスタ』に『解析』まで併用して確認したからな。あの距離から『解析』通すのがどれほど難易度が高いか、お前らにわかるか? わかんねえだろうなぁ~」

「バカか君はっ。敵対行動と思われても言い訳できないぞ」


 パリが今にも掴みかからんばかりにコオゥへ迫るが、仲間たちが間に入って引き離す。


「俺がそんなヘマするかってんだ」

「『蒼き咆哮』はBランク、『烈風公ラリオルト』は俺と同じAランクが盟主を務めるクランだったはずだ。『偉大なる大地バーバリ・アース』はドワーフだけで構成されるクランってことくらいしか知らないが……。あと『悪食のゼロムット』がいたってのはにわかには信じ難いな。あそこは今『龍の息吹』と戦争中だろ? それにしても、なんでそんな高ランクの冒険者たちが同じ時期にカマーへ向かっているんだ。パリはなにか知っているか?」


 乱れていた着衣を整えたパリは不思議そうにアトへ目を向ける。


「どうして僕が?」

「それはお前がカラ・ムー王国が送り込んできた、お目付け役・・・・・だからだろ。貴族なんだから、俺らが知らない情報だって入手できてもなんら不思議じゃない」


 五人パーティーの最後の一人、赤髪の男がアトの代わりにパリの疑問に答える。


「ご期待に添えずに申し訳ないが、僕は貴族と言っても七男でね。実家からもそれほど期待されているわけでも、可愛がってもらっているわけでもないんだ」


 赤髪の男が指摘したように、パリ・トン・ウィーはカラ・ムー王国が『極星シャウエ』に送り込んできたお目付け役であった。カラ・ムー王国のような小国にとって、アト・バイエルのようなAランク冒険者はかけがえのない戦力である。万が一にも他国へ引き抜かれるようなことはあってはならぬと、パリを『極星シャウエ』へ忍び込ませて監視させるのは当然の処置といえるだろう。

 ただし――――


「お目付け役については否定しないんだな」

「僕が違うって否定しても君たちは信じないだろう」


 ――――やり方が拙かった。

 ある日、貴族の冒険者がカラ・ムー王国の推薦で加入してくれば、バカでもどういう意図があるのかはわかるだろう。当然『極星シャウエ』内でのパリに対する心証は最悪であった。

 この稚拙な企みに、カラ・ムー王国の文官たちのあまりの頭の悪さに、当初パリは怒りよりも笑いがこみ上げてくるほどである。だからパリは自分が貴族であることを隠さない。言動も、振る舞いも、バレているのだから隠すだけ無駄――――いや、むしろ好都合だからだ。そう、侮ってくれたほうが色々・・と動きやすいとすら考えている。


「パリ、お前の兄貴はなんて言ってたんだ?」

「兄? 兄は騎士団に所属してはいるものの、才覚は人並みのようでね。とてもアトが望むような情報を入手で――――」

「違う、そっちじゃない。4番目か5番目に、ほら? あれだ。虫が好きな変わった兄貴がいただろう」

「――――どうして?」


 先ほどまで饒舌だったパリの口数が急に減る。コオゥたちは「なんだ?」と訝しむが、アトはパリの反応に満足そうに笑みを浮かべた。


「どうしてって、そりゃ。お前の虫好きの兄貴がカラ・ムー王国――――いいや、小国群連盟が創設した諜報機関に所属してて、確か機関名は――――」


 どう誤魔化すかを思案するパリであったが、アトの眼を見てすぐさま理解する。これは無駄だと。


「そこまでだっ!!」


 大声で制止するパリに、コオゥたちは驚く。今までどれほど危険な状況でも沈着冷静で、パリが声を荒げる姿など一度たりとも見たことがなかったからだ。


「君は……いったいどこまでっ」

「どこまで……か。俺がどこまで知って――――」

「待てっ、言わなくていい。

 本来なら誰から聞いたのかをここで問い質すべきなのかもしれないが、君が素直に言うとはとても思えない。それに僕が実力行使したところで到底敵わないだろう。そもそもそれは僕の役目・・じゃない。

 君たちも先ほどのアトの発言は他言無用――――違うな、忘れるんだ。でないと命の保証はできないよ」

「なんだそりゃっ!? 詳しく聞かせてもらわねえと、こっちだってなにがなんだかわかんねえだろうがっ!」


 納得できないとばかりにコオゥが食ってかかるのだが、アトが「少し黙ってろ」と言うと、口をモゴモゴさせながらも引き下がる。一方のパリは観念したとばかりに大きくため息をつく。


「おそらくは懸賞金・・・が原因だろう」

「ほう……。で、なにに懸賞金がかかってるんだ? これだけのメンツが来るんだ、よっぽどのモノなんだろう」

「ユウ・サトウだ」

「けっ。そんな話、俺は噂でも聞いたことねえぞ! つまんねえウソをついてんじゃねえっ!」

「俺も聞いたことないな、お前はどうだ?」


 コオゥに同意する金髪ソフトモヒカンの男が、赤髪の男へ視線だけ向けると、同じくとばかりに首を横に振る。


「ほらみろっ! やっぱり――――」

「正規の懸賞金じゃないんだな?」

「――――なにっ!? まさかか?」


 アトとコオゥの言葉にパリは首を縦に振り肯定する。

 懸賞金、宝石などの貴金属から希少な植物、貴重な書物や珍しい魔物を生きたまま捕獲など、富裕層や貴族から懸賞金をかけられることは珍しくない。だが、もっとも多いのが人――――いわゆる犯罪者などにかけられる賞金首だろう。国の公的機関や各ギルドなどに、手配書が設置されているのを見たことがない者などまずいない、それほど一般的なモノであり法的にも問題はないからだ。

 そしてコオゥの発言にあった裏とは裏社会のことで、そのようなところでかけられる懸賞金とは、一般的におおやけにできない人やモノで、依頼者も後ろめたいことがある者や組織がほとんどである。それゆえにコオゥたちも懸賞金について噂すら知らなかったのだ。


「そうだ」

「それでユウ・サトウにはいくらの懸賞金がかけられているんだ?」

現時点・・・百億・・マドカ以上だ」


 百億という言葉にアト以外の三名が愕然とする。それもそのはずだろう。個人にかけられる懸賞金としてあまりにも破格であるからだ。


「依頼主はある程度わかっているんだろ?」


 冷静にパリの話に耳を傾けていたアトは、現時点という言葉から依頼者は複数だと見当をつける。


「ああ……アトの予想通り依頼主は複数だ。いや、複数の国家と言ったほうがいいかな。

 先ほどコオゥが言った通り、サトウは亜人の国家を建国した。さらには五大国の一つ、ウードン王国と対等の同盟を結ぶほどの国家だ。他国の中小国家からすれば、これがどれほど迷惑なことか理解できるかい? どこの国にだって亜人勢力は存在する。そんな連中がサトウの国の噂を聞けば、自分たちもと勘違い・・・し始める」


 疲れた表情で語るパリとは対称的にコオゥたちは呑気なもので、なにが悪いのかと言いたげな態度である。


「今は小規模な諍い程度だが、このままいけば人族の国と亜人勢力との間で大規模な戦争に発展する可能性だってある。そうなれば僕たち冒険者たちだって徴兵されるかもね。まあ、今はその話は置いておいて、それを快く思わない人族・・の国家はどうすると思う?」

「そりゃ……軍事力を以て潰すか敵の有力者を暗殺とかが一般的なんじゃないのか」

「そうだね。でもそれじゃいつまで経っても終わらない。だから大元の――――」

「ユウ・サトウを殺す、か? それも国家主導だと失敗した際に大きなダメージを負うことになるから、使い捨てても困らない他国の冒険者や傭兵、それにならず者たちにやらせる」


 理解が早くて助かるとばかりにパリがアトに向かって軽く頷く。


「複数の国家の依頼と言ったけれど、別に連携しているわけじゃないよ。ただ、サトウを殺害した際に支払われる報酬は個別に支払われるんだ」

「つまり殺した者が総取りできるってわけだ。

 それじゃ俺が見た冒険者や傭兵連中は有名なサトウに手合わせを申し出て、勝負の最中につい・・熱くなって殺してしまったってことにでもすんだろうな。まあ、バカ正直に挑まなくても暗殺って手もあるか」

「だろうね。『悪食のゼロムット』は『龍の息吹』と戦争中だけれど、金に汚い連中だ。コオゥ、連中の中にイディオって男はいなかったかい?」

「ん? おおっ、いたわ! 一番偉そうにしてて強かったから名前は覚えてんだ」

「なら来てる連中は『悪食のゼロムット』の三軍だろうね。イディオは三軍を任されてるBランクの冒険者だ」

「はあっ!? 三軍でBランクなのかよ」


 金髪ソフトモヒカンの男が驚く。それもそのはずカラ・ムー王国を拠点とし、所属メンバー百を超える小国群連盟で最大最強と自他ともに認める『極星シャウエ』であるが、それでもアトたち一軍を除けば残りはCランクやDランク冒険者が過半数で残りはEランク以下の集まりである。


「連中は屑どもの集まりだけれど、実力は本物だからね。間違っても手を出さないように気をつけてほしいものだね」

「なんで俺を見んだよ」


 自分を見つめるパリたちの視線にコオゥが不満そうに呟く。


「『偉大なる大地バーバリ・アース』は懸賞金とは別の理由だと……思う」

「随分と自信がなさそうだな」

「これはまだ不確かな情報で精査されていないんだけれど……。『偉大なる大地バーバリ・アースの盟主はAランク冒険者としての肩書よりも、ドワーフ王を守護する四人――――『四槌』メルヒオールの弟、つまりドワーフ王国の重臣としてのほうが有名なんだ。そんな大物がわざわざ他国まで出張ってくるというのは、普通なら考えられないこと」

「普通じゃない、ドワーフの重臣が動かざるを得ない理由がある、と」


 周りから早く言えと急かされるも、パリは言いづらそうに、言えばバカにされるとばかりにだんまりになるも、やがて口を開く。


「三大名工ゴンブグル・ケヒトが……ネームレス王国に拐われた可能性がある、かもしれない……」


 後半は聞き取りづらくなるほど声が小さくなる。


「「「わははっはー!!」」」


 アト以外の三人が一斉に笑い出す。


「くそっ。だから言いたくなかったんだ」

「悪かったって! でもよ、いくらなんでもそれはないだろ」

「ああ、さすがにそれはないと断言できるな」

「ゴンブグル・ケヒトといえば、ドワーフ王のみならず他国の王にまで進言できるほどの超大物だぞ。もしそれが本当なら、ドワーフ王国だけでなくレーム連合国まで敵に回しかねない行為だ。さすがにパリの言葉といえそれは、な?」

「無理があるってもんだ」

「ふんっ。なんとでも言え」


 拗ねたパリは「もういい」とばかりにカマーへ向かって歩み始めるのだが、その背に向けて。


「怒んなって。でもよ、懸賞金の件だけど。いっそ俺らでサクッ、とサトウを殺――――」


 お調子者のコオゥは最後まで言葉を口にすることはできなかった。振り返ったパリの顔を見たからである。その表情はあまりに強張り、様々な感情をゴチャ混ぜにしたかのような複雑で関わってはいけない凶相を帯びていた。そこにはカラ・ムー王国内の女子供から、黄色い声を上げられる貴公子然としたパリ・トン・ウィーの姿はなく。見る者、近づく者にただただ恐怖を与える独りの男が立っていた。そのあまりの威圧に、歴戦の冒険者であるコオゥのみならず、他の二人まで恐怖におののかせるには十分であった。


「じょ、冗談だ。俺が……悪かった」


 素直に謝罪するコオゥを許すわけでもなく、パリは歩みを再開させる。

 ウィー家は代々カラ・ムー王国に仕える名家であるのだが、他の貴族たちとは違い、その役目は主に諜報である。他国への諜報は見つかれば殺されるならまだマシなほうで、捕らえられれば情報をはくまで拷問されることも珍しくない。なんなら所属する諜報機関から情報漏洩を恐れて、口封じに殺されることもある。にもかかわらず、貢献しても表立って称賛されることもない裏の家業、それがパリ・トン・ウィーが生まれたときから背負わされた役目である。

 パリが『極星シャウエ』に所属するのはアト・バイエルの監視もあるのだが、碌な迷宮もないカラ・ムー王国から遠征する『極星シャウエ』について回ることで、様々な国へ移動しても不自然ではないからだ。あくまでパリは小国であるカラ・ムー王国が、貴重なAランク冒険者のアトを勧誘されないためのお目付け役と思われることで、他国で諜報活動をする隠れ蓑にしているのだ。

 そんな陽の当たらぬ日々を過ごしていても腐らなかったのは、自分の父や兄姉たちも同じように諜報活動をしているからである。自分だけではない、カラ・ムー王国と小国群連盟と別の諜報機関――――所属の違いはあれど、それでも国家に奉公して貢献していると自負しているからだ。


「これは独り言だ」


 そんなある日、他国で諜報活動をしている四男の兄と食事する機会があった。久しぶりの再会にパリは己が役目を忘れて楽しい時間を過ごしていたのだが、敬愛する兄が急に声音と喋り方まで変えて話し始めたのだ。普段の演じている諜報員の兄ではなく、本来のウィー家の兄としての姿がそこにはあった。


「ネームレス王国――――ユウ・サトウとは決して争ってはいけない。できれば関わり合いになるのも避けるんだ」


 諜報員とは身内であっても、漏らしてはいけない情報というものがある。特に四男の兄が所属するのはカラ・ムー王国ではなく小国群連盟の諜報機関だ。わざわざ独り言と断りを入れたのも、これから喋ってはいけない情報をパリへ伝えると教えるためである。つまり禁忌を兄は犯しているのだ。極度の緊張から一気に全身から汗が噴き出すパリをよそに、兄は穏やかな表情のまま独り言を続ける。


「――――こんなところか。パリは冒険者として他国へ行くこともあるだろう。頼りない兄からの助言だ」


 それほど長い時間ではなかった。独り言を終えると「他国の甲虫がどうこう」「迷宮で手に入るカブトムシは」そこにはくだらぬ戯言を喋る、いつもの兄の姿があった。


「コオゥ、あまりパリをからかうな。あれはあれで、重圧に苦労しているんだ」

「すまねえ」


 アトに軽く頭を小突かれるも、まだ調子を取り戻せないコオゥはしょぼくれている。仕方がない奴だと思いながらも、アトはその背を元気づけるように強く叩く。


「いでっ」

「元気を出せ。忘れたのか? 俺らの目的はユウ・サトウじゃない。『雷鳴の魔女・・・・・』だ」

「ふんっ。そんなことわかってらぁ! お~い、待ってくれよ!」


 元気を取り戻したコオゥはパリの背を追いかけていくのであった。

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