第328話 帰ってきた

「急げ急げ~」

「遅い奴は置いてくぞっ」

「まって~」


 碌に舗装もされていない道を子供たちが駆けていく。通りにはスラム街らしいボロい屋台が立ち並ぶのだが、昼時にもかかわらず店主たちは声かけもせずに客が来るのを欠伸しながら待っている。


「ここも前より高くなってる」

「ほんとだ」

「たかくなってるよ~」


 子供たちが屋台の品々を物色するのだが、どの屋台も以前より値上がりしていた。

 これは都市カマーの急激な人口増加に伴い、土地や住居――――それに食料品などの物価が高騰しているのだ。その弊害はスラム街にまで押し寄せていた。スラムの屋台で使用される多くの食料品は真っ当なルートで仕入れた物ではない。そのままでは売り物にならない肉の切り落としなどは腸詰め――――いわゆるソーセージなどに加工されるのだが、それすら使うのに抵抗があるような屑肉以下の傷んだ肉や食用に適さないゴブリンの肉などを使用しているのだ。


「これでも随分と抑えているほうなんだぜ」

「悪く思うなよ? こっちも商売なんでな」


 店主たちが不満の声をあげる子供たちへ、苦笑しながら事情を説明するのだが、食べ盛りの子供たちからすればそんなことは知ったことではない。シスターの運営する孤児院で食事は出るのだが、それでも腹が減るのだから仕方がないのだ。


「そこいくと、俺の店はお値段据え置きの優良店だぞっ」


 店と呼ぶのにはおこがましいボロ屋台の店主が子供たちへアピールするのだが、ここはスラム街である。誰もが物心がつく前から人を疑うことを自然と身につける場所なのだ。当然、子供たちも疑いの目を店主の男へ向ける。


「どうした? 食ってかねえのか」

「ちょっと待って。相談するから」


 子供たちが輪になってなにやら話し込む。手にはボコボコにへこんだ飯盒はんごうのような物を持っている。

 この屋台の怪しげな肉団子入りのスープは一杯で三十マドカ――わずか三十マドカとはいえ、スラム街の子供たちにとっては大金である。


「ん」


 子供の一人が飯盒を店主へ渡す。


「へへ。いくついる?」

とりあえず・・・・・一杯」


 訝しげな顔で子供たちを見る店主であったが、子供からすり減った半銅貨を三枚受け取ると、飯盒にスープを注いで渡す。


「毎度あり~ってなもんよ」


 店主は懐に隠している革袋へ半銅貨を仕舞う。ちらりと子供たちの様子を窺うと、子供たちは先ほどと同じように輪になっていた。


「これって少ないよね?」

「すくなーい」

「肉団子も前より小さくない?」

「俺たちがガキだからって舐めてんだよ」

「ゆるせないよな」

「やっちまう?」


 なにやら物騒な話が聞こえてくると、店主が慌てる。


「お、おいおいっ。穏やかじゃねえな。俺の特製スープになにかおかしなところでもあったか?」

「このスープ、前より少ない」

「そんなことねえだろ。変な言いがかりはよしてくれよ」


 平静を装いながらも、店主は内心では少しばかり焦っていた。


「前はここまであった」


 子供が突き出した飯盒の内側には、目印のように溝が刻まれていた。そして肉団子入りスープはそのラインに目視でわかるくらい届いていなかったのだ。


「ズルいぞ!」

「そーだ、そーだっ!」

「私たちが子供だからってバカにしないでよね」


 子供たちの抗議に店主はタジタジになる。


「こういうセコイことしてきゃくをだますような店は、しんようできないって言ってたよ」


 さらに子供たちの中でも一番小さな女の子が、店主へ厳しい言葉を投げつけると。


「だ、誰だ! そんなフザけたことをお前らに教えた野郎はっ!」

「「「ユウ兄ちゃん」」」

「げえっ!?」


 周囲の屋台からは「ざまあっ」「ばーか」「やることがセコイんだよ」といった声が聞こえてくる。

 汗だくの店主は負けを認めたのか、露骨な愛想笑いを浮かべると。


「へへっ。ちょっと入れる量を間違えてたみたいだぜ」


 そういうと、急いで飯盒へ割増気味に肉団子とスープを注ぐ。その量に納得したのか。残る子供たちも一斉に注文すると、店主は涙目になるのであった。


「お腹いっぱーい」


 スラム街の一角で食事を終えた子供たちが、お腹を抑えながら寛ぐ。


「それでさっき言ってたことって本当なのか?」

「本当だよ。昨日ね、ナマリちゃんとグラフィーラお姉ちゃんが、シスターとお話してるのみたもん」

「わんちゃんもいたよー」

「エカチェリーナは犬じゃない、狼よ」

「じゃあ、マジでユウ兄ちゃんが帰ってきたのかもな」

「よし。それじゃ会いに行くかっ!」

「「「さんせ~いっ!!」」」



 都市カマーの西門を出て歩いていくと目に飛び込んでくるのは通称『お化け屋敷』とカマーの住人から呼ばれているユウの屋敷である。屋敷を囲う塀を覆い隠すほどに成長した植物によって、外からでは屋敷どころか中の様子すらわからない。


「金貨はあまり力を入れて掃除しないほうがいいぞ」


 ヒスイの影響で立派な大木になった樹に背を預けながら読書していたユウが、芝生の上であぐらをかいて金貨をブラシで磨こうとしていたナマリへ助言する。


「なんで?」


 ナマリと、その頭の上で寝そべっていたモモが不思議そうな顔をする。


「金は金属の中でも柔らかいんだ。どうしても綺麗にしたいなら、柔らかい布で力を入れずに拭く程度にしといたほうがいいぞ」

「わかった!」


 最近ナマリがハマっているのが貨幣の収集である。今もナマリの目の前には、綺麗な布の上に各国の貨幣が並べられていた。その横ではニーナが同じようにスローイングナイフを並べて手入れしている。そう、ニーナの装備を手入れする姿を見て、カッコいいと思ったナマリが真似をしているのだ。

 暫しニーナが装備を、ナマリが貨幣を手入れする作業音が流れ、たまにユウが本のページをめくる音が挟み込まれる。静かな時の流れをユウが満喫していると、その静寂を綺麗な音色が上書きする。屋敷の門に設置している呼び鈴である。


「お客様なんだぞっ」


 作業の手を止め、ナマリが勢いよく立ち上がる。そして、どこに潜んでいたのやら、狐人のアリアネと狸人のポコリが姿を表すと、門へと向かっていく。


「誰かな?」

「複数の騒ぎ声から想像はできます」

「わっ!? マリ姉ちゃんいたの」


 読書の邪魔にならないよう姿を隠してユウの傍に控えていたマリファに、ナマリがその場で驚き飛び跳ねる。来客者が誰なのか、マリファにはおおよその見当がついているようであった。

 当然、ユウは誰が来たのかわかっているので――――


「騒がしくなるな」


 ――――と呟きながら本を閉じた。


「あ~っ! いた! みんな~、ほんとうにユウにいちゃんいるよー」

「マジでユウ兄ちゃんだっ」

「ね? だからわたし言ったでしょ」

「ナマリちゃんもいるわ」

「きてよかったね」


 大きな声を発したのは、アリアネとポコリに引率されて現れた子供たちである。一斉にユウのもとまで走りだす子供たちと、アリアネにポコリと手をつないでいた幼い子供たちが「まって~」と涙目になる。

 途端に先ほどまでの静寂な時間が嘘かのように騒がしくなる。


「ナマリちゃん、なにしてるの?」

「わっ! お金がいっぱいだよ」

「ナ、ナマリっ。なにやってんだよ!? 早く隠せ、隠せっ! 盗られても知らねえぞ!」

「ユウ兄ちゃんはずっといなかったけど、どっか行ってたの?」

「なんでコロやランはいないの? どうして? どうして~?」

「そのおめめにつけてるのなーに?」

「あれはメガネよ」

「ユウにいちゃ、おめめがわるいの?」


 「なんでなんで」「どうしてどうして」口撃に、ユウのみならずナマリですら引き気味だ。モモなどはいち早くナマリの帽子の中へ避難しているのだから、かしこいものである。


「うるさいな」

「そうだ! うるさいんだぞっ」


 ユウの口真似をするナマリが腰に手を当てて仁王立ちするのだが、子供たちは「まねっこ?」「わたしたちしずかだよ~」「ね~」などと意に介さない。むしろより一層に騒がしくなり「コロは?」「わんちゃんどこ?」「ランもいないね」「いな~い」と収拾がつかなくなる――――と思われたのだが。


「あまり騒がしくして、ご主人様に迷惑をかけないように」


 マリファの一言で子供たちは途端に静かになる。その際にさり気なくユウの身体から子供たちを引き離すのも忘れない。それを見ていたアリアネたちは露骨に目を逸らす。ティンなどは図太いもので、怯えるどころか「はいはい。お姉さまが嫉妬してるから、ご主人様から離れてくれなきゃやんなっちゃう」などと煽るような言動である。


「コロたちは散歩だ」

「おさんぽ?」

「さんぽだって」

「いつ帰ってくるのかな?」

「ほら、噂をすればなんとやらだ。帰ってきたみたいだぞ」


 ユウが顎で指し示すほうへ子供たちが顔を向けると、狼人のグラフィーラを先頭にコロたちが向かってくるのが見えた。


「わ~っ! おかえりっ!」

「コロとランがいないぞ」

「でもエカちゃんはいるよ」

「え~そんなことないよ。だってコロちゃんたちの匂いがするもん」

「けどよ……もしかして、あれが・・・コロとランなのか!?」


 子供たちがまた騒がしくなるのだが、それも無理はないだろう。なにしろコロとランが、自分たちの知っている姿から大きく変わっているのだから。

 体長約3.5メートルほどだったコロが小さくなって2.6メートルほどになっているのだ。外見も漆黒の毛に狼をそのまま巨大にしたかのような見た目であるものの、チベタン・マスティフの獅子型のように首周りに赤毛が生えている。その真っ赤に後方へなびくように生えた毛はまるで大炎である。一方ランは逆に一回り大きくなっており、体長1.8メートルほどに、全身を覆う毛は光沢があり黄金かと見紛うほど、その黄金の毛に混じって稲光のような黒い模様が特徴的である。また尻尾は細く鞭のようだった以前とは違い太くなっており、腹部は金色ではなく白色の毛で覆われている。

 獣人の子供たちは匂いで判別できたようだが、これでは他の子供たちがコロたちを見間違えるのも無理はないだろう。


「ユウ兄ちゃん、なんでコロとランはあんなに変わっちゃったの?」

「なんでって、コロたちの姿が変わるのを見るのは初めてじゃないだろ……ん? 初めてじゃないよな?」


 以前、大賢者が召喚した蓮に似た植物系の魔物を倒した際に、ユウは魔玉を真っ二つにしてしまったのだが、それを再び一つにすることは叶わなかったのだ。高ランクの魔玉ゆえか、またはユウ自身の錬金術レベルが低いためか、それとも他に必要なスキルがあるのか。しばらくユウとラスも粘ってみたのだが、復元は現時点では不可能だと判断する。ならば、腐らせておくのもなんなのでコロとランに与えてみたのだ。すると、コロとランはすぐさまランクアップの兆候を示す。もとはランク10の完全な魔玉だ。半分ずつとはいえ、当然といえば当然の結果といえるだろう。ただ――――


「どうして?」


 子供たちが純粋な瞳でユウを見つめる。


「どうしてだろうな」


 ――――ランクが二つも上がるとはユウも想像だにしなかった。コロはランク5の魔炎狼からランク7の大魔焔狼に、ランはランク5の金雲豹からランク7金豹雷キンホウライにランクアップしたのだ。ランク5のときですら都市カマーへ連れてこないようムッスから言われていたのだが(ユウは無視していた)さすがにランク7ともなれば大問題となることは容易に想像できるだろう。


「困ったもんだよな」


 とりあえず今後の対応は後回しにすることを決めたユウは、グラフィーラの様子がおかしいことに気づく。いつもなら真面目なグラフィーラはわざわざユウやマリファの前まで来て挨拶するのだが、挙動不審な様子で近づいてこない。それどころかその場でユウへ会釈すると、そそくさと屋敷へ向かっていく。


「グラフィーラ姉ちゃん、いっちゃった」

「へんなのー」


 変なのはグラフィーラだけではない。コロとエカチェリーナも挙動がおかしい。普段の軽やかな足取りはどこにいったのかと見紛うほど、不自然な足取りである。


「確かに変だな」


 にやりと意地悪な笑みを浮かべながらユウは立ち上がると、コロたちのもとへ向かうのだが、その行く手をランが邪魔する。


「ナウーン」


 妙に媚びた鳴き声でスリスリしてくるのだが、尻尾でコロの身体を叩く。まるで早くこの場から立ち去れと言わんばかりである。


「コロ、どうした? 調子でも悪いのか」

「ワ、ワフッ」


 ユウに名前を呼ばれたコロは身体をビクッと震わせ、なんでもないよとでも言うように小さく吠える。


「うーん、なんか怪しいな」


 意地悪な笑みを浮かべたままユウがランの横を通り過ぎ、さらにコロへ近づく。


「ちょっと跳んでみろよ」


 その言葉にコロは「えっ」と言わんばかりの表情をするのだが、ユウの背後に控えるマリファが見ていることに気づくと観念したようにその場で跳ぶのだが――――


「くくっ、なんだよそれ。いつもは何メートルも跳び上がるのにおかしいだろ」


 地面から数センチしか飛び上がらないコロのなんとも情けないジャンプに、ユウから笑い声が漏れ出る。笑うユウとは対照的にマリファからは圧力が増していく。子供たちもなんだなんだと集まってくる。そのとき――――


「にゃぁ」


 コロから――――いや、コロの体毛からかなんとも可愛らしい鳴き声が聞こえてくる。


「にゃあ゛ぁ゛っ」


 慌ててランが鳴くのだが、周りからは冷ややかな眼を向けられる。


「全然、似てないだろ。ほらコロ、もう一回ジャンプしてみろよ」

「コロ、ご主人様の言葉が聞こえないのですか?」


 死を悟った者のように、コロは二度三度と慎重にジャンプする。すると、コロの体毛から毛玉が次々と転がり落ちてくる。毛玉は赤や青に茶色と様々な色をしており芝生の上を転がり止まると、なんとクリクリした二つの眼がパチリと開かれる。すると「にゃぁ」「にゃああ」「にゃあっ」「みゃぁー」と一斉に鳴きだす。


「わあっ! ネコだ!」

「ねこちゃんだ」

「にゃんこがいっぱい!!」


 そのなんとも愛らしい姿に子供たちはすぐにメロメロとなる。


「ご主人様、これはツリーキャットの赤子のようです」


 毛玉の一つを手のひらに乗せたポコリが、ユウへ毛玉の正体を説明する。ツリーキャットとは、オポッサムのように母親の身体に子を乗せる、またはぶら下げながら子育てをするネコ科の魔物である。


「なんだ親はお前らが喰ったのか?」

「シャーっ!」


 心外だとばかりに威嚇するランであったが、ユウの背後から自分を睨みつけるマリファと目が合うと、すぐさま降参とばかりに寝転がり腹を見せる。


「冗談だ。そんなに子供が欲しければ適当につがいを見つけてきてやろうか?」


 そんなものいらない。失礼しちゃうと言わんばかりに、ランはツンッとした顔をしながら木まで歩いていくと蹲る。どうやらツリーキャットのことは気になるようで、寝ているように見えて薄目でこちらの様子を窺っているようだった。


「お姉さま」


 アリアネがマリファの耳元で囁く。どうやらアリアネはグラフィーラから詳しい事情を聞いてきたようで話を聞くと、散歩中にツリーキャットの亡骸を見つけたグラフィーラたちは、まだ生きていた赤子を見捨てることができず拾ってきたのだ。


「まったくあの娘は」


 怒るというより呆れた表情でマリファは屋敷へ目を向ける。そこには扉の隙間からグラフィーラが、恐る恐るといった感じでマリファたちの様子を覗き見していた。本人は隠れているつもりなのだろうが、特徴的な狼の耳がピコピコ動いていて目立つのだ。


「マリねえちゃん、このネコちゃんたちどうするの?」

「い~っぱい! いるよー」

「こんなにいたらシスターも飼うの許してくれないよね?」

「えー、かわいいのになぁ」

「すてるの? そんなのかわいそうだよ!」


 コロとエカチェリーナを家探しならぬ体毛探しをした結果、ツリーキャットは合計で三十三匹も見つかったのだ。ツリーキャットから解放されたコロたちはお気楽なもので、大きく身体を伸ばすと芝生の上をゴロゴロ転がってはそのあとを子供たちが追いかけている。


「オドノ様、このネコ捨てるのっ!?」

「俺はまだなにも言ってないだろうが。まあ、ネズミの駆除に猫はいてもいいかもな。あとでネームレスに送る」

「いいの?」

「良いも悪いも、ここで捨てるって言ったらお前らがぎゃーぎゃー喚くだろうがっ」


 その言葉にナマリや子供たちが笑みを浮かべる。


「ユウって甘いよね~。そんなんじゃ冒険者として失格だよ」


 頭と胸にツリーキャットを乗せたニーナが小言を言う。


「ニーナさんの言う通りです。ご主人様が甘々でやんなっちゃう」


 ティンがニーナに続くが、メイド服にツリーキャットがしがみついている姿を見れば説得力は皆無である。


「お腹が空いているみたいね。子猫だから牛の乳じゃなくて山羊の乳がいいかしら」

「ランク1とはいえ魔物なんですから気にしなくていいでしょう」


 アリアネとポコリは小走りで屋敷へ向かっていく。その後はツリーキャットに乳を与えるグループと、コロたちと遊ぶ子供たちの騒がしい声が庭に響く。


「ユウにいちゃ~んっ」

「なんだよ」


 読書を再開していたユウは、頭に響く声に面倒くさそうに返事する。


「ランがね、なでなでしたいのにさわらしてくれないの」

「くれないのっ!」


 子供たちが指差す方向を見れば、離れた場所で寛ぐランはこちらの視線に気づいたのか、後ろ足をV字に開いて挑発する。大事な場所は尻尾で隠しているのだが、なんとも人をおちょくった態度であった。


「あーっ!」

「そういうのよくないんだよっ」

「ユウにいちゃ、めっ! てして!」


 簡単に挑発に乗せられた子供たちは怒り心頭といった感じなのだが、ユウは小さくため息をつくと。


「前にコロとじゃれてて押し潰されそうになったのを忘れたのか?」

「えー、大丈夫だよ」

「うん。わたしたちだいじょぶだもん」

「ちゃんと気をつけてるもんね」

「ウソつけ。ランはお前らを気遣って距離を取ってるんだ、そっとしといてやれ」


 子供たちは「大丈夫なのになぁ」と言いながらも、渋々とコロやツリーキャットたちのもとへ散っていく。


「ナマリ、どうかしたのか?」

「そろそろだから」

「そろそろって……なにが?」


 ナマリのそわそわと落ち着かない様子に子供たちは不思議そうに見つめる。そわそわしているのはナマリだけでなく、いつの間にかナマリの帽子から出てきていたモモまでチラチラとユウのほうを見ているのだ。


「ご主人様」

「ん? もうそんな時間か」


 マリファの言葉にユウは読んでいた本を閉じて立ち上がる。


「……おやつの時間?」

「レナっ、いつの間に来たのですか」


 マリファが空を見上げると、箒に跨ったレナが空中からユウたちを見下ろしていた。


「……私を除け者にしておやつを食べるなんて、神が許しても私が許さない」


 鼻をフンフン鳴らしながら息巻くレナであったのだが。


「あなたが勝手に夜ふかしして、今までぐーたら寝てただけではないですかっ」


 痛いところを突かれたのか。さっきまでの威勢はどこへやら、どんどん箒の高度が落ちていき、レナは地面に降り立つ。


「おやつっ!?」

「聞いたか? おやつの時間だって!」

「やった!!」

「あっ! レナ姉ちゃんだ!」

「おやつおやつ~!」

「わ~い!」


 耳聡くおやつという言葉を聞きつけた子供たち――――よりも早くコロたちがユウのもとへ駆けていく。


「ぼく、タマネギ食べれるよ!」

「俺も俺も! チョコレートも! 食べたことないけどっ!」

「あたしだってたべれるもんね!!」

「あのね、あのね? あたちナッツもたべれるよ?」


(うるさいな)


 子供たち――――特に獣人系の子供たちがなにを食べれるかをアピールしてくる声に、ユウは内心で呟く。これは以前、ユウが孤児院のシスターに獣人系の子供に食べさせてはいけない食べ物を確認したのを、子供たちが見聞きしていたのだ。それ以来、なにかにつけて何々は食べれるとアピールしてくるのでユウはうんざりしているのだが、ここで「うるさい」などと言おうものなら「なんで? なんで?」の質問攻めにあうので大人しく黙っているのだ。


「こいつらのおやつの前に――――」

「ご主人様、このあとカマーへ買い物に行くので子供たちのことなら、私からシスターへお伝えしておきます」

「よくわかったな。それじゃ頼む」


 魔人族のネポラがユウに言われるまでもなく察したことに、マリファは満足そうに、だが大きくではなくわずかに頷く。ユウに仕えるマリファとしては主の前で大仰な身振りで目立つわけにはいかない。あくまでユウの傍で、影のように仕えるのが己が役目と思っているのだ。


「ええーっ!? シスターに言いつけるの?」

「なんでー!」

「あのね? ないしょにしておねがい」

「あたしたちおこられちゃうよ」

「どうせシスターに黙ってここに来たんだろ。怒られろ、いい気味だ」


 子供たちが一斉に言わないでと抗議するが、ユウは一蹴する。


「ナマリ、人数が多いからアプリと苺を集めてこい」


 本来は違うおやつの予定だったのだが、多くの子供が訪ねてきたのでユウはおやつを変更する。


「わかった!」


 屋敷の庭にはヒスイの影響で異常繁殖しているのは木々だけではない。果樹や苺などの果実が生る多年草にまで影響を及ぼしているのだ。そのため、ユウたちだけでは消費しきれないほど果物が生っている。

 ナマリが元気よく返事して走っていくと、子供たちも慌てて追いかけていく。


「ご主人様、ヨーグルトをお持ちすればよろしいでしょうか」

「そうだな。人数も多いし、ここで食べるか」

「では、すぐに」


 アプリの実と苺からユウがなにを作るのか察したマリファが、すぐさまティンたちに命じて食材から食器に調理用の場所まで用意させる。少し離れた場所では、子供たちが楽しそうに果物を収穫する声が聞こえる。


「ユウ兄ちゃん、用意したよ」

「ちゃんとあらったんだから」

「おててもあらったの」


 毎度、言われてるからなのか。子供たちはユウに言われる前に果物だけではなく手まで洗っていた。

 ユウとマリファは籠に入ったアプリの実をさいの目に切っていく。その横ではティンたちが苺のヘタを取り除きながらカットし、さらにその横では大量のヨーグルトとカットされたアプリと苺をニーナとレナが混ぜ合わせる。


「ほら、受け取ったら食べていいぞ」


 木製の皿とスプーンを受け取った子供たちが顔を輝かせる。


「ティン姉ちゃんは食べないの?」

「ふっふっふ。ティンたちは朝から仕込んでいるフレンチトーストがあるから、今から楽しみでやんなっちゃう」

「ティン、そのだらしない顔はなんですか」

「はっ、ティンとしたことが」


 涎を垂らさんばかりのティンがマリファに注意されて顔を引き締めるのだが、頭の中ではニーナたちはここでおやつを食べるのだから、その分をどうやって手中に収めるかを画策していた。


「コロたちのぶんもあるのかな?」

「あるぞ。ただコロたちのは砂糖抜きで――――」


(いや、コロたちは魔獣だから砂糖を入れても大丈夫なのか?)


 ユウがコロたちを見ると、キリッとした表情でコロが見つめ返してくる。その姿に気が抜けたユウは、さっさとコロたちのおやつを用意していく。


「おいしいー! ユウ、おかわり~!」

「ニーナ姉ちゃんだけズルいぞっ!」

「……ニーナは食いしん坊」

「ではレナはいらないんですね」

「……そ、そんなことは言ってない」


 ニーナが遠慮なくおかわりするので、子供たちも気兼ねなくおかわりすることができた。

 楽しい時間を過ごし、甘いミルクティーにフルーツヨーグルトを食べて大満足の子供たちは芝生の上に寝転がる。


「食べてすぐ横になるのは身体に悪いですよ」

「は~い」


 同じように横になろうとしていたナマリが「そうだ、よくないんだぞ!」と言い放ち、頭の上のモモにペシリと叩かれると子供たちは大笑いする。


「ユウ兄ちゃん、おいしかった。ありがとうね!」

「食べさせなきゃ、お前らうるさいからな」

「ええ、俺ら静かだよ」

「おぎょうぎいいもんね」


 小生意気な子供たちを見ながらユウは鼻で笑う。


「どこの誰が行儀がいいって? ああ……そうだ。最近のあいつはどうなんだ?」


 ユウの要領の得ない問いかけにポカーンとしていた子供たちだったが、その内の一人が思い当たることがあったのか口を開く。


「あいつってジョゼフさん?」

「あ? 俺はジョゼフのことなんて聞いてないんだけどな。お前がどうしてもって言うなら聞いてやるか」


 「ええっ」と言う子供たちをよそに、ニヤニヤ笑っていたニーナがユウの放った魔力弾で尻を狙い撃ちされ「やめてよ~」と逃げていく。


「それで、どうなんだ?」

「ジョゼフさんなら最近は見ないよ」

「うん、みないよねー」

「いなくなっちゃったのかな?」

「なんだそりゃ」


 そう言いつつもユウは内心では。


(明日にでも様子を見に行ってやるか)



「へ~、あれがカマーか」


 都市カマーより30キロほど離れた――――上空に浮遊しながらローブ姿の男が人知れず呟く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る