第327話 アルコム大幹部会

 “メイド見かけりゃ道譲れ”

 都市カマーの酒飲みの間で伝わる迷言である。

 当然このメイドとはマリファのことだ。現在ではここにティンたちが加わる。それでもカマーで一旗揚げようと来たばかりの荒くれ者や、稀にいる馬鹿がちょっかいを出して痛い目に遭うのだ。そしてあとから酒場などでこの迷言を耳にし、内容を知ると頭を抱えて嘆く。「知っていれば、そんな馬鹿な真似はしなかった」と。

 都市カマー東地区にあるスラム街――その通りにユウの姿があった。そして、そのすぐ後ろを魔人族のネポラと虎人族のメラニーがつき従う。

スラム街の住人はユウとネポラたちを見るなり、蜘蛛の子を散らすように路地裏へ逃げていく。


「失礼な者たちです」

「ご主人様、とっ捕まえてきましょうか?」


 怯える住人たちの姿を不敬と判断したのか、ネポラとメラニーは周囲を睥睨へいげいする。


「いや、失礼ってより……。お前らにビビってないか?」


 ユウの疑問は半分正解であった。

 ティンたちが、孤児院へ寄付金を届ける際に道端で絡んでくるバカ者たちを容赦なく懲らしめたからである。残りの半分はスラム街のマフィアを支配するユウへの畏怖だ。

 余談になるが、いつもならユウの傍にはマリファがいるはずなのだが、今日はなぜネポラたちなのかというと――日々の努力がマリファに認められ、このたび奴隷メイド見習いから奴隷メイドへと昇格したのだ。今日のユウおつきの件も今後のことを考えて、マリファは断腸の思いでネポラたちに役目を申しつけたのであった。


「メラニーが力を試すために暴れたせいですね」

「ほげっ!? ネポラ、いい加減なことをご主人様の前で言うなよ~」

「本当のことではありませんか。それにしても、ご主人様がわざわざお足を運ばれるというのに出迎えもないとは……」


 無表情ながらネポラから剣呑な空気が漂う。


「俺が鬱陶しいから出迎えは要らないって言ったんだよ」

「にひひっ。ネポラ~、ご主人様がこう言っ――」

「私もそうではないかと思っていました。さすがはご主人様、素晴らしい配慮です」


 あまりのネポラの変わり身の早さに、メラニーは口が開いたままになる。


「なにをしているんです。置いていきますよ」

「ま、待ってよ~」




 スラム街の一角にある三階建ての建物、お世辞にも綺麗とは言えないボロボロな状態である。だが、この建物こそ都市カマーの裏側を牛耳るマフィアたちの本部であるのだ。

 その本部の三階の一室にアルコムの幹部が勢揃いしていた。

 警備会社アルコム――当初は都市カマーだけで活動していたのだが、ユウがウードン王国にその名を轟かせていた犯罪組織ローレンスを壊滅させた際に、本部のあった王都テンカッシを含む八つの都市を支配下に置く。ローレンスの縄張り全てを手中に収めることができなかったのは、単純に人手不足である。

 ともかく、都市カマーも合わせば九つの都市にまで勢力を拡大したアルコムは、一躍ウードン王国裏社会の首位に躍り出る。


「で、いつになったらボスは来んだよ」


 大股開きで椅子にふんぞり返って座る男が、エイナルへ話しかける。


「まだ約束の時間になってねえだろうが」

「けっ。本当に来んのか。のお強いボスさんはよ」


 先ほどとは別の男が毒づくと、周りの者たちも同意するように口々に煽る。


「お前ら新参・・の分際で、ちと態度がでかくねえかっ」


 アルコムの幹部――もとは都市カマーでマフィアのボスをしていた男が諌める。この男が言ったとおり騒いでいた者たちは新参の幹部で、アルコムが吸収した各都市の裏社会で暗躍していた組織のボスたちである。つまりローレンスを相手に鎬を削りあっていたということだ。


「新参だろうがなんだろうが、俺たちはあんたらと同格の幹部だ。言いたいことは言わせてもらうぜ」

「まあっ。あなた方と私たちが同格? なんの冗談かしら。勘違いしてほしくないのだけど、あなたたちはあくまで各都市の運営を任されている幹部、一方私たちはアルコムの中枢を担う大幹部でしてよ」


 この場にいる唯一の女幹部がソファーに寝そべりながら、声を荒げる男たちを小馬鹿にするように諭す。他のカマー出身の幹部たちも彼女と同じ考えなのだろうが、特に声を荒げることもなく静観している。


「甘え、甘えっ、甘えんだよ! 新参が生意気なことを言ってんだ。さっさと首の一つでも刎ねちまえばいいだろうがっ!」

「なに熱くなってんだ。あと顔を近づけるんじゃねえ。お前の顔は怖いんだからよ」


 エイナルは仕方がない奴だなと、凄む男の顔を手で遠ざける。男の顔の半分は爛れていたのだ。頭部の右半分は髪がなく、右目のまぶたもほとんど塞がり、頬から唇にかけても溶けた皮膚のせいで、異様な形相であった。これはヤルミラと同じである。ローレンスの言うことを聞かない者、楯突いた者たちを見せしめに顔を酸で溶かすのだ。この男はローレンスから制裁を受けてなお、ローレンスと戦い続けたのだ。この場にいる新参の幹部のほとんどが同じようなものである。


「ちっ。あんたら、そんな甘い考えで本当によくあの・・ローレンスを潰せたよな」


 エイナル以外の古参幹部たちからも、殺気どころか怒気すら感じられずに男は拍子抜けする。


「なにを苛ついてるのか知らねえが、サトウさんが来てもそんな態度すんじゃねえぞ」

「へへっ。そりゃどうかな。ボスがあんたらとおんなじ甘っちょろい奴なら、こっちも考えがある」

「やめとけ」

「アルコムはそらでけえ組織だ。今やウードン王国を見渡しても、対抗できる組織はないだろうな。でもな、急増の組織だってのをわかってんのか? ボスやあんたらが怖くねえとわかりゃ、乗っ取りを考える奴だって出てくるかもしれねえぞ」

「そんなバカ・・なこと考える奴はここにはいねえさ。それより、サトウさんのことをボスって呼ぶんじゃねえ。あくまでアルコムの出資者だからな、サトウさんで統一してんだ。あとでうっかりボスなんて呼んだ日にゃ、どうなっても俺は知らねえからな」


 大袈裟に身体を震わせながらエイナルが注意するのだが、これは逆効果であった。


「へっ。面白えじゃねえか。絶対にボスって呼んでやる。それどころか、あっちから目を逸らさせてみせるから見とけよっ!」


 新参の幹部たちが男を煽るように賭けをし始める。そんな者たちを古参の幹部たちは見て見ぬ振りで、エイナルは大きなため息をつく。


「エイナルさん、サトウさんがお越しになられましたっ!」


 部屋へ飛び込んできたのは、最近カマーで幹部とまではいかないものの、部下を持つまでに出世したバジルである。


「ふんっ。やっとボスのお出ま――はあっ!?」


 酸によって醜男しこおになった男が、不敵な笑みを浮かべながらエイナルたちのほうへ振り返ると、そこにはすでにエイナルの姿はなく。壁にへばりつくようにエイナルを筆頭に幹部たちが直立不動で待機していた。あのソファーで優雅に寛いでいた女幹部ですら同じようにである。その表情は先ほどまでとは違い、顔は強張り、緊張に満ちていた。


「サトウさん、こちらです」


 強面のバジルが腰を低くしてユウを案内する。


「ここには何回も来てるんだ、案内なんかいらない。それとお前、今じゃそれなりの役職で部下もいるんだろ? そんなヘコヘコするなよ」


 バジルはユウの背後に控えるネポラたちをチラ見し、「へへ」と愛想笑いを浮かべて誤魔化す。ユウがよくてもネポラたちが許さないのだ。


「サトウさん、お待ちしていました。こんなボロいところですみませんね。そこでアルコムうちもでかくなったし、いっそのこと改築――いや、新築でもしましょうか?」


 バジルに続いてエイナルも愛想笑いを浮かべながら、ユウに話しかける。


「ここはこのままでいいんだよ。お前らみたいな連中はちょっとでかくなったら、自分まで偉くなったと勘違いするからな。最初の頃を忘れないように残しとけ」

「偉くなっただなんて、そんなこと思ってませんよ」


 壁際で整列する幹部の何人かが苦笑や冷や汗を流している。おそらくエイナルへ本部の改築か新築を進言した者たちなのだろう。


(ど…………どうなってんだ)


 醜男の男は身体の震えを抑えられずにいた。自分だけかと新参の幹部たちを一瞥すれば、同じように震え、怯えていた。


(お、俺は……ローレンスの拷問にも耐えた男だぞ。目の前にいるのはどう見てもガキだ。それなのに……それなのにっ)


 悍ましい血の匂い。

 悍ましい死臭。

 目の前にいる少年の歪さが信じられなかった。人の形をしたなにかと説明されたほうがまだ納得できるほどに。


「おい、お前ら挨拶しろよ。サトウさん、こいつらは新しく幹部になった連中です」

「は……初め……まま゛っ……し、てっ……お、俺は」


 醜男の男は恐怖から口が、言葉が上手く出てこないのだ。他の者たちは口を開こうともしない。それどころかユウと目すら合わせないでいる。


「わははっ。さっきの威勢はどこにいった」


 場を和ませようとしたエイナルの気遣いに対して「余計なことを言わないでくれ」と心の中で叫ぶ。気づかれないように深呼吸をし、改めて挨拶をするのだが――


「初めまして、ボ――」

「あ?」

「――な、なんでもありません」

「人と話すときは目くらい合わせろよ」

「ひっ」


 脅すつもりなどないのだが、ユウが話す度に男は怯える。


「いや~、どうもサトウさんと会って緊張してるみたいですわ」

「緊張? 嘘つくな。お前らが俺のことを甘っちょろいだの、怖くねえだの、クソガキがって言ってただろうがっ」


 ユウの背後から空気が軋む音が聞こえてくる。原因はユウ――ではなく、その後ろに控えるネポラとメラニーからだろう。


「クソガキは言ってなかったよな?」


 自分の後ろに隠れる新参の幹部たちにエイナルは話しかけるのだが、小刻みに震えるだけで返事は返ってこなかった。


「えー、それではアルコム大幹部会を――なんなんだよお前ら」


 司会のエイナルは自分の左右に座る新参幹部たちにうんざりする。裏社会で生き抜いてきた彼らは、危険に対する嗅覚が優れているのだ。だから本能的に安全な場所はエイナルの傍だと嗅ぎ取り、こぞって席をエイナルの近くに陣取る。だが、それを笑う古参幹部たちはいない。


「エイナル、始めろ」

「おっと、これは失礼しました。では――」


 気を取り直して、エイナルはアルコムの収支を報告し始める。王都から都市カマーまでのウードン王国の南部一帯にまで縄張り――警備会社アルコムを拡大させたのだ。その収支は凄まじいものになっていた。アルコムの本業は警備業であるが、それだけで急激に成長したアルコムの者たちを食わせていくことなどできない。違法薬物、人身売買、恐喝、誘拐などはユウから禁止されているのだが、それ以外――賭博、飲食、娼館、建設――変わったところだと金貸しなど多岐にわたる。しかもマゴを始めとする大商人たちと提携し、市場の奪い合いにならないように出店しているのだ。各都市を治める貴族からすれば、今まで好き放題やってきたローレンスが排除され、治安は良くなり、税収は伸びるのだから文句を言う者などいない。仮にいたとしても、アルコムの後ろ盾がユウと知れば口を噤むのだ。間違っても邪魔をしようなどと考える者はいないだろう。


「やっと奴隷たちの住居も割当が終わりました」

「お前が言い出したことだろうが、恩着せがましく言うな」

「いやいや、そんなつもりはありませんよ」


 エイナルが言う奴隷とは、バリューの負の遺産でユウに話を通して融通してもらった奴隷のことである。なにしろ数が数だけに、適した仕事や住居の割当にエイナルも相当に苦労したのだ。


「えー、先ほどの説明でわかり難い箇所もあったと思いますが、そちらに関してはお配りした資料に目を通していただければ――」


 古参の幹部たちにとってはエイナルから配られる資料は慣れたものだが、新参の幹部たちは初めて目にするちゃんとした収支報告書に目が泳ぐ。ただ、記載されている数字は今までお目にかかることのない桁だけに、思わず唾を飲み込んでしまう。


「――以上、私からの報告でした。ここで一旦、休憩を入れたいと思います」


 その言葉を待っていたかのように扉がノックされる。エイナルが扉の傍で待機しているバジルに目配せして扉を開けさせる。

 部屋に入ってきたのは少女――それもメイド服を着ていた。少女はワゴンを押しており、ワゴンには紅茶が入ったポットにカップ、それに茶菓子が並べられている。

 恐る恐るといった感じで少女はワゴンを押す。大人たち、それも強面揃いが一堂に会しているのだ。無理もないだろう。だが――


「あーっ! ユウ兄ちゃんだ~」


 ユウの姿を見つけると、強張った顔に笑みを浮かべる。この少女はスラム街の孤児院で世話になっているのだ。歳が十二になったのでシスターにお願いして、現在はアルコムで働いている。

 おぼつかない手つきで少女が紅茶や茶菓子を出していると、メラニーがユウに指示されるまでもなく少女の手伝いをし始める。


「メラニーお姉ちゃん、ありがとう」


 残るネポラはユウの傍から離れず、エイナルたちに注意を払っている。これが逆であれば、メラニーが同じようにユウの傍にいただろう。

 少女がユウの近くにくると、チラチラと視線を向ける。


「どうした? エイナルに苛められてるのか」

「ぶっ!?」


 紅茶を飲んでいたエイナルが咽る。


「なにそれー。エイナルさんには良くしてもらってるよ」

「冗談だ」


 汚れた口を拭うエイナルは疲れた表情で「笑えない冗談はやめてくださいよ」とため息をつく。


「では、ここからはサトウさんよりお話があります」


 休憩が終わると、エイナルが会議を再開する。ユウが話をするということで、幹部たちの緊張度はさらに高くなる。


「カマーの人口が今でも増え続けているのは知ってるよな?」


 カマー出身の幹部たちが頷く。

 Cランク『妖樹園の迷宮』の発見、ユウの扱うポーションや金に群がる商人たち。人が金を、金が人を呼び続け、今でも都市カマーの人口は増え続けているのだ。

 現在も住居の拡張で工事が連日に渡って行われている。当然、その工事にアルコムの手の者たちも関わっているのだ。


「ムッスの馬鹿が陞爵しょうしゃくで侯爵になったのも知ってるよな?」


 これには全ての幹部が頷く。この程度の情報を知らないようでは、裏社会でやっていけないのだ。


「ゴッファ領が親父の代よりも広大になって、今ムッスは必死に働いている。村を町に、町を都市に、都市を大都市にってな具合に発展させるつもりらしい。このことを見越してカマーの警備人員をケチって金を貯めてたのなら大した奴なんだが……事はそう簡単にはいかない」


 これにも皆が頷き同意する。そんな簡単に領地を発展できるのならば、全ての貴族が取りかかっている。箱物を置いて、はい終わりとはいかないのだ。


「都市カマーの北東部に特区を造る」

「北東部って……一番開発に力を入れてるところですよね?」

「そうだ」

「その特区ってのはなんなんすか?」


 聞き慣れない言葉に部屋の中がざわつく。


「特区と言っても様々な種類がある。税の優遇や規制の緩和、新たな産業の支援とかな」


 「おおっ」と幹部たちの口から言葉が漏れ出る。特区から凄まじい金の匂いを嗅ぎ取ったのだ。


「でもサトウさん、それって貴族――ムッス侯爵が主導で進めるんでしょ? 俺らが食い込む余地はあるんですか」

「馬鹿ね。こんな情報を事前に教えていただいて、なにを情けないことを言っているのかしら」


 唯一の女幹部が不敵な笑みを浮かべる。


「てめえっ! 調子に乗ってんじゃねえぞ!」

「あらあら。私は事実を指摘しただけじゃない」


 このままでは喧嘩になるかと思われたのだが、二人は思い出したかのように居住まいを正すと、貼りつけたような笑みをユウに向ける。


「「失礼しました」」

「なんだ。もう終わりか」


 二人の幹部は笑みを浮かべているのだが、その全身からは汗が吹き出していた。


「特区にはアルコムにも関わってもらう。なんでかって? この特区にはムッスに泣きつかれて、俺が費用の大半を出資してるからだ」

「マジっすか……」

「なんで俺が嘘を言うんだよ」

「ってことは警備だけじゃなく、賭場なんかも?」

「カジノな」

「途方もない金が動きますね」


 気の早いものはすでに算盤を弾いて、その予想金額に興奮する。


「特区の中身は貴族や商人――いわゆる富裕層を対象にしたものになる。金を持ってる連中を相手にするんだ。当然、そこで働く者たちには一定の容姿、礼儀作法が要求される。

 エイナル――」

「はい」

「アルコムから人員を選出しろ。警備、宿、カジノ、それに娼館――」

「はい!!」


 女幹部が席を立って挙手する。普段の優雅な姿とはあまりにもかけ離れた姿に、古くからつき合いのある幹部ですら唖然とする。


「エイナルさんよ」

「なんだ?」


 醜男の男がエイナルへ小声で話しかける。


「なんであの女はあんなに張り切ってんだ。いや、金が動くのはわかる。それも莫大な金がな。でもあの女はカマーだけじゃなく九都市もの娼館関連を纏めてるじゃねえか」

「お前、あいつがいくつかわかるか?」


 「なにを言い出すんだ」と思いながらも、醜男の男は女幹部の顔を見る。三十代なかば、多く見積もっても四十はいっていないだろうと、エイナルへ伝えるのだが。


「ハズレ。正解は六十代、正確な年齢は俺たちだって知らねえよ。気づいたときにはカマーの娼館を支配してたんだからな」

「六十っ!? そ、そんなバカな」

「あいつは会員証が欲しいんだよ」

「会員証? そんなもん買えばいいじゃねえか。金ならいくらだって――」

「金じゃ手に入らないんだよ。ボ――サトウさんの国でサロンっていう女専用のマッサージやら化粧品やらの施設があるんだけどよ。そこで人族でも効果を試したいってことで、数十人の女がサトウさんの国まで行ったんだ。帰ってきたらそりゃ驚いたぜ。もともと若作りだったのが、今や薄化粧でもあの見た目なんだからな」


 気づかれないように女幹部を盗み見するが、エイナルの言うとおり驚くとしか言えない効果である。


「でよ。そのサロンの会員証は限定百枚しかない。それをサトウさんは一部の王族や大商人に渡したっていうんだから酷えよな?」

「なにが……あっ!」


 醜男の男は気づく。あれほどの効果があるのだ。噂はあっという間にウードン王国の――否。他国の王侯貴族にまで知れ渡るだろう。しかし、利用できるのは会員証を持つ者、しかもたったの百枚。そんな会員証を有り余る財力を誇る者たちが、金や物などで売買するだろうか。


「そうだ。今じゃ限定百枚しかないサロンの会員証を巡って、血で血を洗うような争いがそこかしこで起こってるそうだぜ。俺ら裏社会の者なんかが、そんなところに首を突っ込んでみろ。死ぬのが――いいや、死ぬだけじゃ済まねえだろうな。だからあいつはポイントを稼いで、サトウさんから会員証を貰いたいのさ」

「な、なるほど。そりゃ――うげっ!?」

「どうし――ひゃっ」


 エイナルたちをネポラとメラニーが見て――睨みつけていた。ユウの手前、声を荒げるようなことはなかったのだが、その眼はあとで覚悟するようにと語っていた。


「ちゃ、ちゃんと聞いてましたよっ!」

「へー」

「本当ですってば!! ただ、人は用意できても建物や設備なんかの金がいくらいるかってのを話してたんですよ。な? なっ!!」

「え、ええっ! そうなんです!!」

「金の心配はいらない」


 ユウがそう言うと、メラニーがテーブルの上に長方形の鞄を置いて開ける。中身は一見、革袋にしか見えないのだが、ここにいる者たちならすぐに気づく――アイテムポーチだと。そのアイテムポーチをメラニーが一つ手に取ると、引っくり返す。すぐさまテーブルの上へ大量の金貨が降り注ぐ。


「メラニーさん、ちょっと待ってくれ。残りのアイテムポーチも金貨なら、これ以上は床が抜けちまうよ」


 次のアイテムポーチへ手をかけようとしていたメラニーを、エイナルが止める。ちょっとした小山になっている金貨に幹部たちは目を奪わるのだが、エイナルは金貨を一枚手にとると。


「サムワナ金貨ばっかりですね」


 金貨がサムワナ王国で発行されている物で統一されていることに、エイナルは気づく。


「よく気づいたな。ここにあるのはサムワナ王国で発行されている金貨――他のアイテムポーチには銀貨と銅貨もあるぞ」

「理由を聞いてもいいですか?」

「金の含有率が低い」


 それだけで幹部たちは察する。レーム連合国の加盟国でありながら、条約で決められている金貨に含まれる金の含有率を守っていないのだ。そして条約を守らない理由など限られてくる。サムワナ王国の貨幣を取り扱う機関の上層部、または王族に掠め取っている者がいるか、または条約を守れないほどに財政が悪化しているかだ。


「今後の支払いは全てここにあるサムワナの貨幣で行い、代金は受けつけるな」

「銀貨と銅貨も混ぜもんなんですか?」

「いいや、これは保険だ。サムワナ王国が財政悪化しているなら、金貨だけじゃなくいずれ銀貨、それに銅貨だって質を落とすだろうさ」

「はあ~。悪貨は商人たちへ、良貨は俺たちってことっすか。サトウさん、悪っすね」


 扉の付近で話を聞いていたバジルが感心したように呟く。それにユウは満更でもないといった表情を浮かべる。悪と言われて内心で喜んでいるのだ。


「でもカマーの再開発で、なんで真っ先に潰されそうなスラム街はそのまんまなんっすかね。もしかしてサトウさんがムッスへ手を回し――ちょっ」


 ユウの放った魔力弾がバジルの鼻っ柱に当たる。


「いででっ。やめてくださいよ~」


 情けない悲鳴を上げながら逃げ回るバジルを、エイナルは「なんでそんな余計なことを言うんだ」と手で顔を覆い、呆れ果てるのであった。

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