第326話 錬金術ギルド

 ギルド――レーム大陸で最初に誕生したギルドはなにかと問われれば、諸説はあるものの商工ギルドがもっとも有力な説だろう。商人と工業、いわゆる職人である。そこから数百年以上の時を重ね、商人ギルドや鍛冶屋ギルドなどにわかれたと言われている。


 レーム大陸には大小様々なギルドが存在する。有名なギルドを挙げれば冒険者ギルド、鍛冶屋ギルド、錬金術ギルド、商人ギルド、傭兵ギルド、盗賊ギルド、暗殺ギルドといったところだろうか。互助会のように所属する者同士で助け合う小規模なギルドもあれば、国政へ関与することができる規模のギルドも存在する。

 一組織が国への陳情ではなく、物申す――つまり要求や反対意見を述べることができるだけの力を有しているのだ。

 無論、それだけ国家へ貢献している。冒険者ギルドは危険な猛獣や魔物の駆除から貴重な植物の採集、迷宮でしか手に入らない稀少な魔導具や武具に宝石類などといったところか。

 商人ギルドは国家間の物資の流通を担っている。商人に見放された国がどうなるかなど説明する必要もないだろう。

 上記のギルドはいずれも国家の基幹産業である。

 そして忘れてはいけないのが――――


 セット共和国。

 首都サンサレムには美術館や遺跡を始め、建国前から存在する宗教施設や芸術関連の建築物が至るところに存在する。なるほど、さすがは複数の国家から誕生しただけあると、誰もが頷けるだけの歴史、文化を訪れる者に感じさせるだろう。だが、現地の者にもっとも有名な場所を教えてくれと尋ねれば、十人中八人が錬金術ギルドと答えるだろう。

 レーム大陸中に点在する錬金術ギルド、一国家に一つどころではない。主要な都市には必ずといっていいほど、錬金術ギルドが存在する。むしろ国家が支部の建設を要望するほど、錬金術ギルドとは基幹産業に関わっているのである。

 主要商品の一つであるポーションだけでも王侯貴族に軍部から富裕層にと、どれだけの需要と供給――利益を齎すのか。各国への配分を決めるのは錬金術ギルドである。その匙加減一つで国家の税収に影響を与え、国家予算も変わってくるのだ。錬金術ギルドを優遇する国が多いのも無理はないだろう。


 その錬金術ギルドの総本部が首都サンサレムの一等地に構えられているのだ。重厚で歴史を感じさせるレンガ造りの建物には、隅々まで錬金術士によって魔法処理が施されている。防衛能力の高さは折り紙つきで、要塞と言っても過言ではない。

 さて、その総本部の五階会議室では、各国の支部長が一堂に介していた。


「緊急招集とは穏やかではないな」

「いいではありませんか。このような機会でもなければ、皆さんが集まることなどなかなかありませんわ。なにしろ――どなたもご自分の研究や資金集めに没頭するような方々ばかりですのよ」

「ふははっ。違いない」


 均整のとれた中年男性と見目麗しい女性が、重苦しい雰囲気が漂う会議室で談笑する。見れば他の者たちも同様に会話を楽しんでいる。

 会議室内を見渡せば、様々な年代の姿があることに気づくだろう。それも男性だけではない。女性の姿もあちこちに見える。驚くことに錬金術ギルドは年功序列ではなく実力主義の世界なのだ。これは基本的に男尊女卑のレーム大陸では珍しい制度と言えるだろう。

 ただし、この場にいるのは人族のみで、他種族は錬金術ギルドに所属することすらできない。


「今日はなにについて話し合うのでしょうな?」

「ポーションについでてあろうな」

「ポーション……ですか?」

「ほれ、例の平民の間で出回っている」

「ああっ。存じています。あの粗悪品・・・がなにやら随分と売れているようで」

「うむ。その粗悪品が議題に上がるのは間違いあるまい。しかし、何名か来ておらん――どうやら會長が来たようじゃ」


 会議室の一角がざわつく。新たに入室してきた人物へ、皆が挨拶しているのだ。身に纏う水色を基調としたローブは絹と蜘蛛型の魔物であるアラクネの糸を紡いだモノで、軽さ、触り心地はもちろん、耐熱、耐寒を始めとする各種耐性を備えた逸品である。また単眼鏡――モノクルや腕輪、指輪などの装飾品は全て自身で創り出した品々で、その価値は計り知れない。


「會長、お待ちしておりました」


 年老いた男が青年へ挨拶する。


「副會長、お待たせしました。どうやら私が最後のようですね」


 青年の年齢は多く見積もっても二十代後半といったところだろう。この青年こそ、錬金術ギルドの會長であった。

 今より二年前、先代の會長が引退を表明し、後継者に指名したのは経験豊富で各支部長や錬金術士たちからも信望の厚い副會長ではなく、ウードン王国最高の錬金術師と呼び声が高い『黎明のラーラン』であったのだ。

 これにはいくら実力主義の錬金術ギルドとはいえ、困惑と不満の声が内外から上がった。当時は錬金術ギルド内だけではなく、多くの国々で話題に上がったものである。先代は稀代の錬金術士を可愛がるあまりに判断を間違えたのだ、と。当然、錬金術ギルド内の派閥にも多大な影響があり、現在も反會長派ともいうべき派閥が五分の二ほどを占めている。


「まずは緊急の招集に応じていただいたことを、この場をお借りしてお礼申し上げます」


 円卓の席上で會長――ラーランが挨拶の言葉を述べると、各支部長たちは笑顔で応じるのだが、その眼は誰も笑っていない。


「はて? 會長がわざわざ・・・・緊急招集をかけたというのに、何名か顔を見かけないのは私の気のせいですかな?」

「まあっ、本当ですわ。會長の、それも緊急招集を無視するなんて、これでは錬金術ギルドに対する造反行為――ほほっ、それとも會長ご自身の求心力が足りないのかしら」


 先ほど会議室の隅で談笑していた中年男性と見目麗しい女性が、わざとらしく声を上げる。この二人は言動からもわかるとおり反會長派の、それも急先鋒である。会議室内がざわつき、副會長の老人が二人になにか言おうとするも、それをラーランが優しく手で制する。


「ご心配なく。その件についてものちほどご説明させていただきます」


 揶揄やゆに全く動じないラーランに、二人は面白くなさそうに鼻を鳴らす。


「さて、こちらをご覧ください」


 ざわつきが治まるのを確認してから、ラーランは円卓の上に小瓶を並べていく。この場にいるのは各錬金術ギルドの支部長である。ラーランから説明されるまでもなく、その小瓶に満たされているモノがなにかを『鑑定』スキルで見抜く。


「紛い物のポーションに劣化ポーションですな」


 支部長の一人が忌々しげに口にする。


「錬金術ギルド内ではそう呼ばれているようですね。こちらの効果の低いポーションは、庶民の間では『救世のポーション』という名称でもてはやされているそうですよ」


 ラーランの発言に支部長たちが一斉に反発する。


「錬金術に携わる我らに対する冒涜だ!」

「全くだ! これだから学のない民草はっ」

「これまで錬金術ギルドがどれだけ文明の発展に貢献してきたのかを、無辜の民は忘れてしまったらしい」


 せっかく静まり返った会議室内が再び騒がしくなる。口々に罵り、それらしい物言いをするのだが、結局のところ本音は自分たちの既得権益を侵されたくないのだ。

 そんな彼らをラーランは黙って眺める。先代の會長から半ば無理やり錬金術ギルドのトップに任命され二年が経つが、あまりにも自身が思い描いていた錬金術ギルドの理想とはほど遠い姿であった。


(これが智慧の神を崇拝し、真実を解き明かそうとする者たちの姿といえるのでしょうか)


 内心で落胆する姿など欠片も出さずに、皆が鎮まるのをラーランは待ち続ける。ここは物の道理もわからぬ子供たちを優しく諭す場ではないのだ。真理を探求するギルドの、それも幹部が集まる場なのである。

 微笑を浮かべながら自分たちを見つめるラーランの姿に、バツが悪くなったのか。支部長たちによる過熱する議論とはとても呼べない罵り合いが冷めていく。


「よろしいようですね。その情熱的な姿勢、若輩者の私は見習うべきなのでしょう」


 反會長派の者たちが歯軋りする。誰のせいでこのような事態になっているのだと、無能なお前のせいであろう! というのが彼らの言い分なのだ。


「さて、ここにいる皆様に改めて説明する必要はないでしょうが、錬金術で創り出した物には差異が生じます。例えば――ポーションを同じ材料、同じ手順で創り出したとしても、全く同じ効果のポーションを創り出すことは難しい。それが複数人での作業ともなれば、より顕著に現れます。まあ私たちのような熟練した者たちなら不可能ではありませんがね」


 なにを当たり前のことをと、支部長たちがしらけた目をラーランへ向ける。


「ミロウシ次長」

「なにか?」

「錬金術ギルドが商人ギルドへ卸している6級のポーションの効果はご存知でしょうか?」


 中年男性――ミロウシがラーランの言葉の意図を思案する。反會長派の自分を罠に嵌めようとしているのではないかと。


「そんなに警戒しないでください。意地悪で聞いているわけではありませんから」

「おおよそ30前後ですな」

「はい、正解です。通常の『鑑定』スキルではポーションの効果はわかっても、その数値まではわかりません。それこそ高レベルの『鑑定』スキルや『鑑定』系の固有スキルなら別ですが」

「ラーラン……會長がなにを仰っしゃりたいのか、意図をはかりかねますなっ」


 思わず呼び捨てしそうになるのを我慢しながら、ミロウシは頭に上がった血を下げようと深く呼吸する。


「あなた方が紛い物と呼ぶ、このポーションの効果は45・・です」

「フハハッ、會長がもったいつけるからどのような意図があるかと思えば、そのようなことを気にしていたのですか。創ろうと思えば、この場にいる誰もが、その紛い物と同じ物を創れるでしょう! ただ、費用対効果を考えれば、割に合わないから創らない。そう! ただ、それだけなのです。

 その程度のこと、會長ご自身がよくご理解されているはずではないですかっ! それともこの場にいるお歴々の実力をお疑いなのですか?」


 あからさまな挑発と周囲へのアピールであったが、ミロウシに同調して何名かが声を荒げる。だが、ラーランに見つめられると、すぐさま声のトーンは落ちていく。さらに副會長の老人が咳払いすると、口が閉じられる。


「ミロウシ次長、あなたならこのポーションを創れますか?」

「會長がお望みとあらば、百でも二百でも創って差し上げましょう!」


 大仰な身振りでラーランへ答えるミロウシは「こちらが仕掛けるまでもなく、勝手に自滅しおった」と喜ぶ。


「そうですか。では十万本ほどお願いします」

「わかりま――十万本っ!?」

「ええ。あと効果は全て45で統一してください」

「そ、そんな非常識なっ! わざと無理な言いがかりをつけて、私を貶めようと――」

「言いがかりではありません。現に市場へ流通しているこちらのポーションは、わずか1の誤差もなく45――全て同じ・・効果です」


 誰かが「信じられん」と呟く。

 先ほどミロウシが言った言葉は大言壮語ではない。この場にいる幹部であれば、費用を度外視すればユウが商人へ売り捌いているポーションを創ることは可能なのだ。ただ、何十万何百万――莫大な数のポーションの効果を揃えるとなると、ほぼ不可能に近い。それにユウのポーションは錬金術ギルドと同じ値段で販売しているのだ。張り合えば張り合うほど、錬金術ギルドは赤字――つまり損をすることになる。


「ふ……不可能です」


 苦渋の顔でミロウシが答える。


「では、こちらの――あなた方が劣化と呼ぶポーションはいかがでしょう? 商人たちが各国で販売し、莫大な利益を上げていると聞いています。錬金術ギルドで同様の物を錬成し、千マドカで販売することは可能ですか?」

「…………不可能です」

「あなたが紛い物、劣化と蔑むこのポーションを錬成できないと? 他の方々はどうでしょう?」


 円卓をラーランを見渡すが、目を合わせるのを恐れるように、誰もが伏し目がちになる。


「會長、よろしいでしょうか」


 一人の支部長が手を挙げる。


「どうぞ」

「もしやサトウ・・・は『ヘルメスの大釜』に類する魔導具を所持しているのではないでしょうか。それならば異様な効果のポーションや、効果を抑えて値段を下げたポーションの大量錬成に関しても説明がつきます」


 『ヘルメスの大釜』――錬金術ギルドの祖が創り出したとも、高ランク迷宮で手に入れたとも言われる魔導具である。錬成する際に補助的な役割をすると言われているのだが、真の性能に関しては秘匿されている。他ギルドはもとより、王侯貴族にすらその姿を公開、非公開を問わず許されたことはない。


「その可能性は否定できません。

 ですが、それなら6級のポーションだけに限定しているのも不可解です。このポーションは錬金術ギルド製よりも安い金額で商人へ卸しているのがわかっています。サトウが低コストでポーションを錬成できるにもかかわらず、ハイポーションや5級以上のポーション類に手をつけない理由があるとみるべきなのか、こちらの出方を窺っているのか」


 会議室内の議論が徐々に白熱していく。


「『ヘルメスの大釜』に類する――つまりサトウが所持しているかもしれぬ魔導具は、性能は似ているものの等級が低いのでは? それならポーションが6級限定というのも納得できる」

「いや、儂の見解は違う」

「ほう。伺おうか」

「サトウは『付与士』『錬金術士』のジョブに就いているのではないか?」


 その言葉は支部長たちに大きな波紋を呼ぶこととなる。


「ありえん! なぜサトウがその・・ことを知っているというのだっ!」

「じゃが、その可能性を否定はできまい?」

「冒険者ギルドに確認は?」

「他ギルドの幹部に冒険者の情報を教えるとでも?」

「そもそもサトウはAランク冒険者、それも前衛よりと聞く。『付与士』はともかく、非戦闘職の『錬金術士』を選択するわけがない」

「貴殿がサトウに情報を漏らしたのでは?」

「なにをっ!!」

「ウードン王国内ではすでに三割以上の市場を奪われたとか。支部長の立場が危うい貴殿は、錬金術ギルドの情報を売る見返りにどれほどの金銭を得たのやら」

「私がサトウと内通しているとでもっ!!」


 ウードン王国の支部長へ冷ややかな視線が注がれる。錬金術ギルド製以外のポーションなど模造品に過ぎず、そのような品が流通すること事態が錬金術ギルドの誇りに傷をつける行為であるのだ。それを許したウードン王国の支部長へ、他の支部長からの当たりが強いのも無理はないだろう。


「商人ギルドへ正式に抗議を申し入れるべきでは?」

「強欲な商人が受け入れるものかっ」

「ではポーションの供給量を絞るのはどうでしょう?」

「それこそ商人ギルドの思う壺よ! こちらに隠れてコソコソと販売している紛い物のポーションを、大手を振って売り始めるぞ! 今はウードン王国がメインだが、今後は他国でもなっ!!」

「ならばどうする! このままなにもせず傍観するつもりかっ!」

「そ、そうは言っておらん」

「なにを慌てることがある。ポーションが主力商品とはいえ、所詮は6級という限定されたものではないか。その程度で錬金術ギルドはビクともせんわ!」

「貴殿はなにもわかってない! このままでは――」


 カーンッ、と甲高い音が会議室内に響く。副會長の老人が木槌――ガベルを叩いた音である。


「會長、どうぞ」

「ありがとうございます。

 議論するのは結構ですが、錬金術に携わる者なら感情的にではなく、論理的に話し合ってください。

 さて、皆様も興味津々のこのポーションですが、事態はそれほど楽観視できません。こちらのポーション――ジェルポーションという名称で商人たちが取り扱いを始めたのは、ご存知の方も多いでしょう」


 ラーランが新たに円卓に並べた小瓶の中は、白濁した粘稠ねんちゅうな液体で満たされていた。ちなみに通常6級のポーションは青色、5級が赤色である。


「このジェルポーションは良く考えられた画期的な商品です。軟膏のように傷口に塗ることで、今までよりも効果的に傷を癒やすことができる。なぜ錬金術ギルド我々は、このような発想が浮かばなかったのかが悔やまれます」

「なにをおっしゃいます!! 仮にも錬金術ギルドの會長ともあろう方がっ!!」


 支部長の一人が席を立って声を荒げるが、ラーランがこれまでと違って鋭い視線を向けると、口を噤み座り直す。


「話は最後まで聞いてください。

 この中にもジェルポーションを商人から取り寄せた方はいますね? 責めているわけではありませんよ。私たち錬金術に携わる者なら、興味を持たないほうがおかしいのですから」


 支部長の半数以上が頷くのを確認して、ラーランは話を続ける。


「では、こちらのジェルポーションを錬成できた方はいますか?」


 沈黙が会議室を包み込む。

 それもそのはず。信じられないことに錬金術ギルドの幹部たちが、誰一人としてジェルポーションを再現することができなかったのだ。使用されている素材は『鑑定』で判明している。だが、錬成することができない。この場にいる者たちはプライドの高さから、そのことを自分たちの弟子にすら隠し、延々と試行錯誤していたのだ。


「か……會長は錬成できたのでしょうか?」

「はい」


 錬金術ギルドが誇る稀代の天才『黎明のラーラン』ならばと思っていたとはいえ、苦もなくジェルポーションの錬成に成功したと言ってのけたラーランに、皆が唖然とする。


「ほ、本当に錬成できたと?」

「このような場で嘘を言ってどうするのです」

「さすがは會長っ。よろしければご教授いただきたい」


 皆の気持ちを代弁するかのように、ミロウシが発言する。なによりミロウシ自身が知りたいのだ。どれだけ錬成しても成功しなかったジェルポーションの錬成方法を。


「それほど大層な話でありません。皆様が錬成に成功しないのは材料が足りていないからです」

「なにを仰る。私は『鑑定』でジェルポーションに使用されている材料を揃えてから錬成しました」

「わたくしもです」

「儂もじゃっ。材料を正確に――――待てっ! ま、まさかっ……」

「御老公、いかがなさいました?」


 額から流れ落ちる汗をハンカチで拭いながら、御老公と呼ばれた老人がある考えにいたる。自分の考えが間違いであってくれと思いながらも、ラーランに確認せずにはいられなかった。


「ジェ……ジェルポーションには『隠蔽』もしくは『偽装』が……それも儂らが見抜けぬレベルで施されている?」


 独白ともとれる老人の言葉にラーランは微笑を浮かべながら頷く。


「正解です。

 このジェルポーションには『隠蔽』が施されています。私の固有スキル『究明眼マーベラス』で調べたところ、足りない材料はキュアスライムという名の魔物が分泌する体液です。あははっ、この魔物の体液を手に入れるのには、私も苦労しましたよ」

「なにを呑気に笑っておられるかっ!!」

「そ、そうです! この場にいる支部長たちの『鑑定』スキルでも見抜けない『隠蔽』が施されているのですよっ!」

「そんなに声を荒らげないでください。『隠蔽』に関しては『鑑定』LV5もあれば、看破することができるのは確認済みです。ただ、少々厄介な『隠蔽』が施されているだけですから」

「それなら――」

「いいえ、良くないわ。會長、ジェルポーションに使用されている『隠蔽』は、もしかして錬金術ギルドがアイテムポーチ・・・・・・・に施している技術と似ているのではないかしら?」

「ダナ女史のご指摘どおりです」


 見目麗しい女性――ミロウシと並ぶ反會長派のダナの問いかけに、ラーランはあっさりと認める。


「驚くことではありません。これほどのポーションを、それも大量に錬成し、その後も滞ることなく市場へ卸すことができるのですから、皆様も薄々は予想されていたのではないでしょうか。アイテムポーチの秘匿技術を看破しているのでは、と」


 錬金術ギルドが市場へ卸しているアイテムポーチには『鑑定』対策が施されているのだ。だが、ユウは『異界の魔眼』によって、アイテムポーチの錬成にベナントスの胃袋が必要であることを知っていた。


「軽々しく言ってもらっては困りますわ。アイテムポーチの秘匿技術が看破、もしくは漏洩しているにせよ。サトウがアイテムポーチを錬成しようとすれば、可能ということではないですか」

「可能か不可能かと問われれば、可能でしょうね。それなりの『錬金術』LVと材料さえあれば、アイテムポーチの錬成はそれほど難しいものではありませんから」

「皆さん、今の発言をお聞きになられて? これが仮にも錬金術ギルドの會長が言うことでしょうか。

 このような粗悪品のポーションが市場に蔓延しているにもかかわらず対応が後手に回ったのは、適切な判断と指示を怠った會長に責任の一端があると言えるでしょう。

 會長――いいえラーラン。少しでも責任を感じておられるのなら、この場で會長の座を辞任し、席を明け渡すのをお勧めしますわ」

「そうだ! このままでは歴史と栄光ある錬金術ギルドの名が地に落ちる」


 ダナに続くようにミロウシが言葉を紡ぐと、反會長派のみならず、中立派からもラーランを非難する声が上がる。副會長の老人が「静粛にっ!」とガベルを叩くも、その音すらかき消すほどの怒号が飛び交う。そもそも錬金術ギルドが動けなかったのは、ミロウシとダナを始めとする反會長派の妨害によるものが大きいのだ。それを知っていながらラーランを非難する二人は、この場を利用して會長職を奪取しようと企んでいた。


「皆さん、お静かに」


 自分が原因にもかかわらず、ダナは優雅な振る舞いで静かにするように促す。すでに會長の座にでも就いたかのような態度である。


「ラーラン、弁明があれば聞いてあげてよ」


 勝ち誇った笑みを浮かべるダナであったが、ラーランは変わらず微笑を浮かべたままである。そのわずかな焦りすら感じさせない態度が不気味に映り、会議室内が静まり返っていく。


「では、ダナ女史が仮に會長へ就任したとして、この事態をどう収拾するおつもりですか」

「簡単なことです。原因を排除すればいいだけのこと」

「具体的には?」


 錬金術ギルドの會長でありながら、察しの悪さにダナが苛つく。


「サトウを排除すると言っているのです」

「はい。ですからどのように?」

「ラーランっ。あなたは錬金術ギルドが古くから契約している専属の暗殺ギルドがあることも知らないのかしらっ」


 思わずダナは感情的になってしまう。

 千年以上前より、錬金術ギルドにとって不利益になるような輩へ刺客を送り込んでいるのは、この場にいる幹部ならば誰もが知っていることであるからだ。


「錬金術ギルドの依頼のみを受ける暗殺ギルドの存在は知っています」

「なら話は早いでしょう。サトウがいくらAランク冒険者でウードン王国と対等の同盟を結んでいようが、彼の暗殺ギルドへ依頼すれば――」

「あなたがしたように?」

「――それがなにか問題でもあるのかしら?」

「もう一度確認しますが、サトウへ暗殺者を送り込みましたね」

「次は失敗しないわ」


 ユウへ暗殺者を送ったことを暴露されたにもかかわらず、ダナは悪びれる様子もなく堂々とした態度である。


あなた方・・・・は私が會長に就任したあとも、このような非道な真似を続けていますね」

「全ては錬金術ギルドのためだわ」

「そうだ! 無責任な貴様にはわかるまいっ! 我々がどれほ――」


 勢いづくミロウシであったが、ラーランが紫色の瞳で見つめると言葉に詰まる。


「仮にも會長である私が緊急招集をかけたのに、理由もなく欠席する者がいることを不思議だと思いませんでしたか?」

「だからそれはあなたの求心力が――」

「欠席者は全てあなた方の派閥です」


 淡々と話すラーランの姿に、追い詰めているはずのダナは不安になってくる。


「なにが言いたいのかしら」

「実は私が緊急招集をするに至った理由がそこにあります。先日、私の家に十もの鉢植えが届けられたんです。それはもう綺麗で真っ赤・・・なローリスィッチの花が咲き誇っていましたよ」


 脈絡のないラーランの話にダナとミロウシのみならず、皆が恐怖を感じ始めていた。


「あなたの回りくどい言い方にはうんざりですわ。言いたいことがあるのなら、ハッキリと言いなさいな」

「差出人が不明の鉢植えです。私でなくとも不審がるでしょう。それに鉢植えは持ってみると見た目よりも随分と重かったので、ほじくり返すと中から――――人の頭部が出てきました。ここまで話せば予想はつくでしょうが、残りの鉢植えからも同様に頭部が見つかりましたよ。この場にいない支部長たちの頭部が四つに、残りは恐らく彼らが送り込んだ暗殺者でしょう」


 どよめきが起こり、皆の視線がダナとミロウシへ注がれる。


「そっ、そう。あなたが緊急招集をかけるのも頷けるわ」

「十の頭部の一つ、口に手紙が挟まれていました。内容は“暗殺者は間に合っているので返す”と――サトウはなかなか冗談がお上手のようです」

「全く笑えない冗談ね……」


 先ほどまでの饒舌な姿が嘘のようにダナの口数が減る。緊張からか、唇が乾いているのだ。


「さて、ここで疑問が一つ。なぜ、あなただけ・・・・・が見逃されたのでしょう」

錬金術ギルド私たちがよく使う手ですわ。あえて殺さないことで敵対組織を内部から崩壊させる」


 表情は取り繕っているものの、ダナの声からは余裕がなくなっていた。


「でしょうね。ただし、錬金術ギルドではなく、あなた方が使う手です。そこは間違えないでください。それに自身がやられてみてわかりましたが、思いのほか効果的です」

「詭弁だ! いま問題となっているのは會長、あなたご自身の――」

「ミロウシ次長、あなたも他人事ではありませんよ」

「――なっ、なにを仰る。私がなにをしたと言うのだっ」

「あなたは商人ギルドとポーションの卸値や錬金術ギルドの配分などの交渉を独自に行っていますね。ご存知でしょうが、錬金術ギルド会議での承認なしでの利益配分交渉は重大な違反行為です。そもそも私や副會長に話を通さない時点で、造反と思われても仕方がありませんよ」

「ち……違うっ。そ、その眼で……私を……私を見るなっ!」


 ラーランの眼――『究明眼』から逃れるように、ミロウシは支部長たちへ向かって訴えかける。


「だ、騙されるな! これは會長の、こいつが勝手に言っているだけのでたらめだっ!!」

「酷い言いようですね。でも安心してください。商人ギルドとは私のほうで話し合いを済ませておきましたから。あちらも驚いていましたよ。錬金術ギルドで承認を受けての話し合いと思っていたのにと。錬金術ギルドと敵対するつもりはないので、今後も良き取引相手としてよろしくお願いしますとのことです」

「嘘だっ! 全部こいつの虚言だっ!!」


 綺麗に整っていたオールバックをかき乱しながら、ミロウシは繰り返し叫ぶように訴える。だが、周囲の眼は恐ろしく冷たかった。同じ派閥の者たちすら、巻き添えはごめんだと距離を取られる。


「嘘ではないです。それに他にもありますよ。ミロウシ次長、ダナ女史、あなた方には錬金術ギルドが管理する上位ポーションや魔導具の横流し、役職を利用しての人事採用の見返り、脱税などで得た不正な蓄財が確認されています」

「証拠はっ!! 証拠はあるのか!!」


 困った人だなとでもいうようにラーランは小さなため息をつくと、不正の証拠となる資料を円卓に並べていく。すぐさまその資料に支部長たちが群がり、目を通すと絶句する。


「これだけの証拠をあなたが集めたの?」


 この期に及んでも気丈に振る舞うダナが、ラーランへ問いかける。だが、その顔色は血の気が引いていた。


「それを説明する必要はないでしょう」

「私はやっていないわ。これは全てサトウの仕組んだことに違いないと思うのだけど、あなたの考えは?」

「でしょうね」


 自身は潔白であるというダナの言葉をラーランは肯定する。


「ダナ女史、あなたはとても優秀な方だ。なにしろ私が會長に就任――いえ、就任する前から様々な手で嫌がらせをしてきたのに、その痕跡すら掴ませないほどに。そんなあなたが、このような証拠を残すわけがない」

「あなたはいいの? このままサトウの掌の上で踊らされて」

「私は錬金術ギルドをあるべき姿に正したいだけです。あなたのように権力へ執着していませんからね。なんなら會長の座もどうでもいいです」

「綺麗ごとだけで組織を維持できるとでもお思いなのかしらっ」

「私の心配よりご自身の心配をされたほうがいい。ほら、あちらでダナ女史の弁明をお待ちですよ」


 ダナが後ろを振り返る。そこには憔悴しきって床へ膝から崩れ落ちるミロウシと、それを取り囲む支部長たちが自分を見ていた。


「私は信じていますが、皆様は納得されていないようです」


 ここまで貼りつけたような微笑を浮かべていたラーランが、初めて寂しそうな表情をダナに向けた。




「ミロウシとダナを官憲へ引き渡してきました。いくらあの二人でも、あそこまで不正の証拠が揃っていれば、言い逃れはできないでしょうな」


 錬金術ギルド総本部の一室に、ラーランと副會長の老人の姿があった。ラーランと向かい合って椅子に座る副會長はどこか安堵した表情だ。


「これで反會長派も終わりじゃろう」

「お疲れ様です」


 労いの言葉をかけながら、ラーランはグラスにワインを注ぎ副會長へ渡す。


「あまり嬉しそうには見えませんな」

「わかりますか。そうなんです。サトウの思惑どおりで気に入らない」

「ふむ。では今後はポーション対策を重点的に――」

「いえ、まずは錬金術ギルドの立て直しに着手します」

「よろしいので?」

「余計な混乱を招きたくなかったので、あの場では伏せていましたが」

 モノクルを外し、ラーランは眉間を揉みほぐす。


「私の家へ送られてきた鉢植えですが」

「生首が仕込まれていたそうですな。どうやらサトウは相当に残虐な――」

「まだ生きているんです」

「そんなバ――――死霊魔法・・・・っ」

「はい。サトウ本人か仲間に使い手がいるのかはわかりません。文献でその効果については知ってはいましたが恐ろしい魔法です。

 ところで、この総本部には私が手掛けた防衛用の魔導具を設置しているのは」

「無論、存じております」

「今日、集まった支部長の三分の一にレイスが憑いていました」


 口に含んでいたワインを吹き出しそうになるのを、副會長は慌てて手で防ぐ。


「死霊魔法の術者は使役するアンデッドと視覚、聴覚まで共有することができるそうです。二十四時間アンデッドが錬金術ギルドの幹部を監視している。これまでにどれだけの情報がサトウへ流れているのか、想像するだけで嫌になりますね」


 微笑を浮かべながら困りましたと、ワインを飲むラーランとは対象的に、副會長は取り乱していた。


「な、なにを世間話みたいに軽く言っているのですかっ」

「落ち着いてください。私が創った魔導具を各支部長へ配布するよう手配しています。ですが、それだけでは完全に防げないでしょう。まあ、現状はお手上げと言ったところでしょうか」

「本当に……サトウを放って置いてよろしいので?」

「ええ。先ほども言ったとおり、今は錬金術ギルドの立て直しが急務ですから。それにポーションの市場占有率も、今はそれほど心配する必要はありません」

「しかし、錬金術ギルドの利益がっ……」

「ポーション系に関しては、むしろ上がっていますよ」

「いや、いやいやっ。いくらなんでもそれはないですぞ」

「国からポーションの増産を打診されています」

「これまでも一定の数を納品しているではありませんか。それを急に増産しろとは……どこの国が言っておるのですか?」

「レーム連合国に加盟している国々です」

「なっ!?」


 ラーランがなにを言おうとしているのかを理解した副會長の顔が険しくなっていく。


「隣接している国どうしから依頼があれば戦争の準備でもしているのかと予測できますが、レーム大陸中の国となれば…………」


 ラーランは陰鬱な顔でグラスのワインを飲み干す。


「戦争。それも大戦が起きるのかもしれません」

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