第317話 不可解な要望
空になったコップに新たに注がれた茶を、ずずっ、とゴンブグルはすする。すでにこれで三杯目である。
今日は本当に年甲斐もなく興奮して喋っているなと、ゴンブグルは首の後ろを揉みほぐすように撫でる。
「んー。前にネームレス王に向かって偉そうな物言いをしたことがある。ウッズ殿の手による武具を見て、こう、な? 素材が泣いとるのぅ……。という風な具合にじゃ。
じゃが、儂でも1級の武具など数えるほどしか造っとらんのじゃ。可笑しかろう? そんな儂が特級の武具を造りたいと夢見ておるんじゃからのう。ふぉっふぉっ……夢などではない! ウッズ殿とマウノ殿が、儂に協力してくれればの話じゃがなっ!! のう? のうっ! そうは思わんか?」
ゴンブグルが横に座るウッズたちへ、流し目を送るのだが。
「それじゃダメだって前にも言っただろうが」
「だがウッズ殿、そうは言うが、いまだに古龍の鱗を儂らは満足に加工できとらんのだぞ? まずは粉末状にし、それを革にまぶすなどして徐々に革の鎧から鱗の鎧へ移行するというのは、我ながらなかなか良い案だと儂は思うぞ」
「だから、その鱗をどうやって粉末にするんだって話だろうがっ。大体、それができるなら革にまぶすなんて贅沢な使い方なんぞせずに、鱗で防具を造ったほうがいいだろうが。まあニーナやマリファの軽装備を造る際に、革に鱗の粉末をまぶすのは良いかもしれねえな」
「う~む、そうか」
熱く夢を語るゴンブグルを放って、ウッズとマウノは特級の武具の話から古龍の素材をどう加工するかの談議に夢中であった。
(あっ!? こ、こやつらっ……儂が今ええことを言っとるのに、ち~とも聞いとらんぞぃ)
過度に敬意や特別扱いされることを嫌がるくせに、まったく構われないとなると、それはそれで拗ねる。ゴンブグルはなかなかに面倒な性格のご老人であった。
「あ~っ! 王様とナマリだ~!!」
子供たちの声に反応して、ウッズたちが視線を向けると、ユウとナマリがこちらに向かって歩いてくるのが見えた。キンの周りにいた子供たちが、ユウのもとへ駆け寄ろうとするのだが、それをユウは手で制して来るなと身振りする。子供たちから「ぶーぶー」と可愛らしいブーイングが起こる。
「おう、ナマリ。なかなかどうして大した護衛っぷりじゃないか」
マウノの言葉にナマリは「うん!」と元気よく返事し、ウッズたちと同じようにベンチへ座ると、アイテムポーチへ手を突っ込み取り出したのは本で、そのまま読み始める。ユウの護衛をしつつも勉強も疎かにしない。今のナマリに隙はないのだ。
「どうした? 古龍の剣なら、まだできてねえぞ」
ウッズの冗談なのだろう。その顔はイタズラ小僧のような笑みを浮かべていた。また造れないではなく、できていないと言うところが、ウッズの性格をよく表していた。ゴンブグルと同様に、ウッズも負けず嫌いなのだ。
「わかってる。おっちゃんはついでだ」
「ついで?」と頭に疑問符を浮かべるウッズたちをよそに、ユウはアイテムポーチから一振りの剣と盾を取り出す。
「こりゃっ!」
「むう……」
「うおぉっ!?」
三者三様の反応であったが、共通しているのは驚きであった。ウッズたちは鑑定するまでもなく、目の前にある武具が尋常ではない業物の剣と盾であることが、ひと目で理解できたのだ。
「迷宮産の武具だな」
スキル『鑑定』で剣と盾を見たウッズが呟く。剣には六つ、盾には七つものスキルが付与されていたからである。ランク7の魔玉であれば、第1位階相当の魔法を七つ付与することは可能なのだが、この武具に付与されているスキルは、一つひとつが強力であった。そのことからウッズは迷宮産だと呟いたのだ。
「それにしても、とんでもない剣に盾だな。王よ、どこの迷宮で手に入れたのだ?」
「襲ってきた奴を殺して奪った」
「んん? 迷宮で手に入れたのではないのか。なら、これほどの剣の使い手だ。相当な手練れであったのだろうな!」
世情に疎いマウノは呑気に剣と盾――聖剣デュランダルとアイギスの盾を楽しそうに見て触って鑑賞している。だが、ウッズとゴンブグルは違う。武具の持ち主が聖国ジャーダルクの誇る『三剣』ガラハットに『鉄壁』のバラッシュだと気づいたのだ。二人はユウが事もなげに殺して奪ったという言葉に、若干ではあるが引いていた。
「ネームレス王よ。この武具は儂らに譲るということでいいのかのう?」
「ああ、鍛冶工房で有効活用してくれればいい」
そういうことならばと、ゴンブグルもマウノに混じって武具を調べ始める。
「ユウ、本当にいいのか? あの盾なんか自分で使ったほうがいいだろうが」
ユウの黒竜鱗の盾よりアイギスの盾のほうがランクは上で、さらに付与されているスキルも強力であった。だからウッズは盾を交換しなくていいのかと尋ねたのだ。
「
「ぶふぉっ」
そのユウの言葉に思わずゴンブグルは吹き出す。すぐ横にいたマウノが何事かと驚く。ゴンブグルは初めてユウと会った際のことを思い出して笑ったのだ。
「なにが気に入らねえのかはしらねえが、ちょっと待ってろ」
ウッズはそう言うと、鍛冶工房にギンと共に入っていく。
「んー。時にネームレス王よ。剣はこの聖剣デュランダルだけなのかのう? ほれ、『三剣』の残りがあるじゃろ? 精霊剣リアマ・コアに魔剣アロンダイトは?」
「なにっ!? 魔剣もあるのか! 王よ、魔剣はどうなんだ?」
「ない。他の奴らに先を越された」
その言葉に二人は露骨にがっかりする。ユウとて手に入れたかったのだ。だが、クラウディアとララに先を越されたのだから、どうしようもない。
「ならば、ネームレス王よ。儂はちと欲しい鎚と金床があるんじゃが」
「おっ。それなら儂もあるぞ! この前、商人から聞いたんだが、ハーメルンで最新のアダマンタイト製の鎚が出たそうなんだ!」
「なにがならばに、出たそうなんだ、だよ。鎚も金床も腐るほど持ってるだろうが」
「違うんじゃ。握りの部分が、こう、の? 手にしっくりくるよう彫られておってのう。金床もアダマンタイトにオリハルコンを混ぜ込んだ、これまた手の込んだ造りなんじゃ。それに付与されとるスキルが――」
「王よ、儂の話も聞いてくれんか!」
あーだこーだと、駄々をこねてユウに新しい道具を買わそうとするゴンブグルとマウノを無視して、ユウはベンチに座ると、読めない文字に苦戦しているナマリに読み方を教える。
「おっちゃん、遅いな」
ウッズが鍛冶工房に入ってから、すでに二十分ほど経っただろうか。ユウがナマリの面倒を見ながら待っていると、ウッズがようやく姿を現した。
「おー、待たせたな」
重量感のある小走りでウッズが駆け寄ってくる。脇に抱える箱には細かな装飾と厳重な魔法処理が施されていた。
「これは?」
「開けてみろ」
箱をユウに差し出し、ウッズは開けるよう促す。箱のふたを開けると、中には帽子とゴーグルが入っていた。ユウが『異界の魔眼』で見ると帽子は『飛行帽捌式』と表示される。飛行帽の素材は古龍の革を中心としたもので、他にも様々な素材や鍛冶技術の粋を集めて造られた逸品であった。
「へえ。古龍の皮を革に加工できたんだ」
「おう」
ニヤリとウッズは笑うと、左手で右腕をパンパンッ、と叩く。それを見ていたゴンブグルとマウノが「まんまと儂の技を盗みおってからに」「魔落族の秘伝の技もだ」と恨みがましく呟くが、ウッズはいちいち相手にしない。
「おっちゃん、なんで捌式なんだ?」
「納得いく品ができなくてな。やっとできたのがそれだ。今は革だが、すぐに古龍の鱗や角を使いこなしてみせるから、期待して待っとけ!」
「そりゃ凄い」
どこか嬉しそうにユウは微笑む。
「それにしても1級の装備を造れるなんて、おっちゃんもついに名工の仲間入りか」
「ユウ、驚くのはまだ早いぞ。俺がその程度で満足するような鍛冶師と思ってたのか? 特級だ。俺は必ずお前のために特級の武具を造ってみせるからな!」
「んー。さっきまで特級武具の存在を疑っておったくせに」
「まったくだ」
ゴンブグルとマウノのツッコミを無視して、ウッズは「ガハハッ」と豪快に笑う。
「その飛行帽の色は今お前が使っているのと似せて染めてある。デザインも同様にな。もし不満があれば言ってくれ。すぐに対応するぞ」
「特にないかな」
そう言いながらもユウは細かいチェックをする。その様子をウッズは苦笑しながら見守る。
「あと飛行帽は手抜きなしの力作だが、ゴーグルのほうが重要だからな。そのゴーグルにはめ込まれているレンズは、古龍の眼を覆う水晶体を――まあ細かいことはいいか。ともかく戦っていないときでも、そうだな。日常でもできればそのゴーグルはつけるようにしとけよ」
「おっちゃん、日常でゴーグルつけてたら変だろ」
「できればだ! いいな?」
ウッズはユウに迫り、なかば強要するように言う。そしてユウの赤い瞳を覗き込みながら――
「ユウ。お前、俺になにか言うことはないのか?」
以前、ジョゼフにも似たようなことを問われたなと思いながら、ユウは「ないよ」と答える。
その返事にウッズはどこかがっかりしたような、寂しそうな顔を浮かべるのだが、すぐにいつもの気難しい顔に戻ると「そうか」と短く呟き。それ以上はなにも聞こうとはしなかった。
「ユウ、その指輪なんだが」
「これ?」
ユウの右手に二つの指輪がはめられていた。人差し指にミラージュの指輪、中指にはウードン王国の財務大臣であったバリュー・ヴォルィ・ノクスの遺産にあったセット装備の指輪――
「俺が勧めても装飾はミラージュの指輪しか装備してなかったよな? いったいどういう心境の変化だ」
「最近になって装備できるようになった」
なにか事情があるはずだとウッズはわかっていても、自分からは踏み込もうとはしなかった。
「なら堕苦族の造った装飾も身に着けろ。あいつらはお前が満足するような装飾を造ろうと、一心不乱になって努力し続けてるぞ。別に堕苦族の造る装飾が気に食わないから身に着けないわけじゃないんだろ?」
「わかったよ」
「で、さっきついでって言ってたが、本当の用はなんだ?」
「キンとギンに聞きたいことがあったんだよ」
子供たちと一緒に離れた場所にいたにもかかわらず、キンがその言葉に反応を示す。背に子供たちの「もっと教えてよ~」という声を浴びながら、キンは音もなく地を駆けユウのもとへ来ると、そのまま跪く。一連の動作は洗練されており、優雅ささえ感じさせた。また骨格と癒着している黄金甲冑とたなびくマントがまた子供心をくすぐるのだ。続いて、ウッズの護衛をしているギンも、キンに倣うように跪く。
「か、かっこいい!」
本を読んでいたナマリは慌ててアイテムポーチの中へ本を仕舞うと、ギンの横に並んで跪く。
「そういうの前からやめろって言ってるだろ。ほら見ろ、ナマリが真似してるだろうがっ。
今日はちょっと、お前らに聞きたいことがあるんだ」
キンとギンは見合って頷く。キンは手にした小枝で、ギンは杖で地面に絵を描き始める。
「やめろ。お前らの生前の姿は復元士に頼んでほぼわかってるんだ。そもそも、その下手クソな絵がなんの参考になるんだよ」
ユウに絵が下手と言われてショックだったのか。キンの手から小枝が、ギンの手から杖が零れ落ちる。
「俺が聞きたいのはこれについてだ」
そう言ってユウは二枚の紙をキンとギンに向かって見せる。紙の見出しには大きな字で要望書と記載されており、その下に細かな文字がギッシリと書き込まれていた。
「この譲れない一番重要な項目、大きなイチモツってなんだよ? イチモツってチ〇チ〇のことだろ? なんでこんなくだらないのが、一番重要なことなんだよ!」
ユウは叱っているのだが、あまりのくだらなさにウッズたちは笑っている。
「ほら、もっとこだわるところがあるだろ? 二メートルくらいの身長になりたいとか。ゴリラみたいな筋肉が欲しいとか」
キンとギンは見合うと「わかってないなぁ~」と言わんばかりに肩をすくめる。
「なら髭や腕毛の量はどうだ?」
ユウはこの歳で髭どころか腕や脛に毛すら生えていないので、体毛になにか変な憧れがあるのかもしれない。だが、キンとギンはつき合いきれないとばかりに立ち上がると、キンは子供たちが待つほうへ、ギンはウッズの傍に向かって歩いていく。
「おい、待てよ。俺の話は終わってないぞ。わかった! なら腕が四本とかどうだ? 腕が四本で四刀流だぞ! 聞いてるのか?」
ユウの声は無情にも聞き流され、ウッズたちの笑い声が周囲に響いた。
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