第316話 鍛冶の極致 後編

 パンッ、と軽い音が鳴る。ゴンブグルが自分の膝を叩いた音である。


「んー。話がそれてしまったようじゃな」


 ゴンブグルは「話を戻すかのぅ」と、その当時のことを思い出しながら話を再開する。


「名のある鍛冶師や優れた装飾師、魔導具の研究や製作の第一人者たちがデリム帝国に集められた。目的はいたって単純――『最強の男に相応しい最高の武具を製作せよ』じゃった」

「ゴンブグル老、誰の命令で集められたんだ?」

「デリム皇帝じゃ。

 どうもデリム皇帝は迷宮産の武具ではなく、人の手によって作られた武具に執着しておるように、儂には見受けられた」

「そりゃ変わった奴だな」

「ウッズ殿、今の話のどこが変に思うところがあるんだ?」

「俺も詳しくは知らないが、国の軍隊ってやつは武具を揃えたがる。剣兵に槍兵や弓兵、魔法兵で構成された部隊なんかを上手く運用するのに装備が統一されていないと、戦術の効果に影響がでるってな」

「なら、おかしな点など――」

「ここまでは兵の話だ。これが指揮官や将になってくると話は変わってくる。いわゆる武人って奴は自分の武具にこだわるんだよ。国のお偉いさんもそれに口を挟むことはない。なんたって突出した個の武力ってのは、戦況を一変させることができるんだからな」


 「むむっ」と唸るマウノに、ウッズは「ユウを見りゃ、わかるだろう」と言う。


「だが、ますますもってわからんぞ。どこに武人と迷宮産の武具に繋がってくるのだ?」

「んー。迷宮産の武具のほうが優れておるからじゃ」

「そんなバカなっ!!」


 ゴンブグルの言葉に思わずマウノは強く反発してしまう。それもそうだろう。魔落族として生を受けて、鍛冶一筋で生きてきた男なのだ。それが迷宮産の武具のほうが優れているなどと、しかも同じ鍛冶師であるウッズやゴンブグルに言われては否定もするというものだ。


「んー。マウノ殿、気持ちはわからんでもないが、ちと落ち着かんか」


 なにか言いたそうなマウノであったが、子供たちがこちらを見ていることに気づくと、ぶすっ、とした表情のまま黙る。


「均一の武具の量産なら儂らが上よ。迷宮では狙った武具を手に入れることなどできんしのぅ。同じ素材や鋼材を使えば、少なくとも儂は迷宮産の武具に負けるつもりはない」

「なら――」

「俺らの造る武具と迷宮で手に入る武具で、大きな違いが一つだけあるだろ?」

「――違い…………スキルかっ!」

「そうだ。迷宮で手に入る武具はスキルが付与されていることが多い」


 鍛冶によって作られる武具につくスキルは、熟練の鍛冶師で五割もあればいいほうで、付与されるスキルもランダムである。最高峰の鍛冶師であるゴンブグルであれば、ほぼ十割で狙ったスキルを付与させることができるのだが、それでも付与されるスキルの効果は常識内の範囲である。


「それなら儂らの造る武具とて同じだろう」

「俺は持って生まれた固有スキルのせいで、作った武具にスキルを付与することはできないがな。まあ、ミスリルなんかの特定の鉱石や素材を使えばつくっちゃつく」

「すまん」


 ウッズは固有スキル『不運』のせいで、造る武具にスキルがつかないことを知っているマウノが気まずそうに謝罪する。


「謝るこたねえよ。昔ならともかく、今は気にしてない」

「そう言ってもらえると儂も助かる。それで迷宮産の武具に付与されているスキルと――」

「んー。迷宮から産出される武具は、儂らが付与するスキルより強く、また付与されとるスキルの数も多いんじゃ。それは高ランクの迷宮の深部になるほど顕著になっておる。スキルの数が一つ多いだけで、どれほど武具の価値が、強さが変わるかはマウノ殿も知っておろうに? そもそも迷宮産の武具に負けまいと、新たな力を求めたドワーフの一派が魔落族の始まりだと儂は聞いておるぞぃ」

「なにっ!? そうだったのか…………知らなかった」


 思わぬ形で魔落族の成り立ちを知ったマウノは、驚きを隠せずに目を見開く。


「そんなことより続きを話してくれよ」

「そんなことっ!?」


 ウッズの言葉にマウノがショックを受ける。


「んー。さっきも言うたが、デリム皇帝は迷宮産より人の手による武具にこだわっておるようじゃった。そうじゃなぁ……人の持つ可能性を信じて――いや、あれは確信しておったんかのぅ。

 ともかく儂も依頼を受けたからには全力を尽くさねばならんと、デリム皇帝に製作費用や用意してもらう素材や鋼材について伺ったんじゃ。なにしろ最強の男に相応しい最高の武具ときたからのぅ」


 ウッズとマウノの視線が強くゴンブグルへ注がれる。それは五大国のなかでも、もっとも広大な国土を誇るデリム帝国の皇帝が、どれほどの金と素材を用意するのか興味があったからである。


「デリム皇帝は頭を垂れる儂に向かってこう言ったんじゃ。『お主がそのような些細な心配をする必要はない。金も素材も必要なだけ使え』とな」

「ほうっ!」


 マウノが興奮して声を漏らす。

 予算の心配をしなくていい。物を造る仕事に携わる者にとって、依頼者から言われて最高に嬉しい言葉の一つである。


「そりゃまた豪気な話だな」

「んー。まあ、同じような条件を提示する者は過去に幾人かおったから、儂はそれほど驚かんかった。ただのう……その結果、いくつかの貴族の御家が没落したり、依頼を取り消したりなんかあったんでの。そうなった際は儂も困るんで、細かな取り決めをしたかったんじゃ」

「おいっ、あんた酷い奴だな」


 非難するウッズに対してゴンブグルは「だって好きなだけ使っていいって、向こうが言ったんじゃもん」と悪びれもせずに言ってのける。


「じゃが、さすがはデリム皇帝ガンマ・デリム・レイ・オークレールじゃった。宣言どおり好きなだけ使わせてくれたわい。鍛冶工房の手配から、それらにかかる諸々の費用、龍や天魔を始めとする高位の魔物の素材に、ミスリル、ダマスカス、オリハルコン、アダマンタイトなどの鉱石から、まず一般の市場には出回らんヒヒイロカネに青生生魂までのう」


 ウッズやマウノからすればなんとも羨ましい話である。ウッズは固有スキル『不運』のせいで冒険者や傭兵などから敬遠され、マウノは迫害から逃れるため一族を率いての逃亡生活が続いたのだ。両者ともにユウと出会うまで、まともな素材や鉱石を手に入れることができず、満足に鎚を振るうこともできなかったからである。


「んー。そんで多くの名のある鍛冶師のなかから、儂の造った槍が選ばれたんじゃ。まあ選ばれるのはわかっておった。ほれ、なにしろ儂って天才じゃろ?」


 謙遜もせずに言ってのけるゴンブグルに、マウノは「自分で言うか?」とウッズへ話しかける。


「ゴンブグル、あんたその割にはあんまり嬉しそうじゃねえな」

「んー。わかるか? そうなんじゃ。儂は槍を造る前、ジョゼフに会いに行ったんじゃが。ほれ、お主らも使い手の要望は聞くじゃろ? 武器の重心の位置や刃の形、重さ、長さ、付与してほしいスキルなどをな。儂もそうじゃった。なのにあの男・・・ときたら、この儂に向かってなんと言ったと思う?」


 気を静めるようにゴンブグルは自分の顎髭を撫でる。


「さあ? マウノはわかるか?」

「わからんな」

特にない・・・・じゃ。この儂を前にそう言ってのけよった。他の者が言ったなら、この儂も許さんかったんじゃが。ジョゼフは格が――否、桁が違ったわい。儂も名工と称えられてきた者じゃ。これまでに多くの武人たちから依頼を受けてきたわい。それも一流、超一流と呼ばれる者たちからのぅ。それらの者と比べてもジョゼフが纏う空気は別格じゃった。同じ部屋で空気を吸っておるだけで、儂はその圧力に押し潰されそうじゃったわい。

 何気なく佇むその姿ですら武の化身と言われても納得するほど、デリム皇帝が最強の男に相応しい武具を造るよう命じるのも頷けるほどにのぅ」


 ウッズはなんと声をかけていいのやら、言葉に困る。

 足が臭い、人前で尻をかく、屁をする。禁酒しておいてすぐに解禁する。大酒飲みのくせに味にうるさく、下着姿でうろつく。ユウから聞いているジョゼフの印象とあまりにもかけ離れていたからである。


「ガハハッ。なんだ、ようはゴンブグル老が一番の思い入れある武具とは、良い意味ではなく、悪い意味でか?」

「んー。マウノ殿、そのとおりじゃ。あの男にとって武具など、誰が造ったのかは意味がない。そう、興味がなかったんじゃからのぅ」


 普段の温和な笑みを崩さずに、ゴンブグルはマウノの言葉を肯定する。


「槍以外の武具もあんたが造ったのか?」

「おお、それは儂も気になっておった」


 ピタリと、ゴンブグルの笑みが凍りついた。茶の入ったコップを持つ手が小刻みに揺れ、徐々にゴンブグルの顔に刻まれた皺が深く、険しいものとなっていく。


「槍……以外の…………武具じゃと?」

「お、おい。茶が零れてるぞっ」

「ゴンブグル老、どうした?」

「ぬうぅ……槍は儂のが選ばれたんじゃが、防具と装飾はダメじゃった」

「へえ、あんたより腕の良い鍛冶師がいたとはな。そりゃどこのなんて名だ?」

「バルトルトとイヴォじゃっ」


 「三大名工かよ」とウッズが呟く。巨人族のバルトルト、小人族のイヴォ、そして最後にドワーフのゴンブグル、この当世の名工である。


「防具類はバルトルトが、装飾はイヴォの品が選ばれたんじゃ。装飾に関してはいい。儂の専門外じゃからな。じゃが、防具はよりによってあのバルトルトのが選ばれよったんじゃ! ぐぬぬっ! いま思い返してもあのときのバルトルトの顔は忘れておらんぞ! なにが槍は譲ってやったじゃ!! 負け惜しみを言いおってからにっ!!」


 「今日のゴンブグル老はよく喋るなぁ」と変な感心をしながら、マウノは茶をすする。


「ん、んんー。こりゃすまん。儂としたことがみっともないところを見せてしまったようじゃな。

 儂はな? 最高の武具を造りたいんじゃ。それこそ儂の作品を見向きもしなかったジョゼフが羨むような武具をな」


 年老いて垂れ下がった瞼の奥で、ゴンブグルの目は夢見る少年のようにギラギラと輝いていた。


「最高の武具って言ってもな。ゴンブグル、あんたは一級の武具を造れるじゃないか。デリム皇帝に献上した槍も、たぶん一級なんだろ?」

「いやいやウッズ殿、一級のなかで最高峰の武具という意味だろう」


 マウノの言葉に「そうか」と、ウッズは納得して頷くのだが。


「んー。マウノ殿、それは違うぞぃ。儂は特級・・の武具を造りたいんじゃ」

「「特級っ!?」」

「わははっ。そりゃドワーフの間で古くから伝わる。鍛冶に携わる者たちが慢心しないようにって格言だろ。冒険者のランクも本来はSランクが最高だが、Sランクに到達した冒険者がうぬぼれないようSSランクやSSSランクが設けられているそうじゃないか」

「魔落族の間でも似たような戒めの言葉があるな」

「うんにゃ。特級はある!」


 話半分に聞いていたウッズたちに、ゴンブグルは一級の上、特級があると言い切る。


「儂はこう見えても、お主らより長く生きておる」

「なにがこう見えてもだよ。どっからどう見てもクソジジイじゃねえか」

「うむ。ジジイだな」


 厚かましい爺さんだと、ウッズたちは呆れる。


「なぬっ!? そ、そうか。儂はまだまだ若いと思っておったんじゃが、まあええ。

 それで儂は三大名工じゃからの、各国のお偉いさんたちから来賓として招かれることが多いんじゃ。あるとき、ウードン王国に招かれることがあった。ウードン王国と言えば、お主らもよく知るかの『大賢者』がおるじゃろ? 儂はかねてより大賢者に聞いてみたいことがあったでな。この機会を逃すものかと、それとなく大賢者に近づく機会を窺ったんじゃ」

「大賢者っ。じゃあ、あの有名な指輪が特級だったのか!?」


 ゴンブグルが冗談などではなく。本気で特級について話していると気づいたウッズは、前のめりになってゴンブグルへ問いかける。


「んー。指輪? 『ソロモンの指輪』のことかのぅ? ありゃ1級じゃったわい」


 来賓で招かれておいて、ウードン王国の下手な貴族など足元にもおよばぬ力と権力を持つと言われている大賢者に対して、その身に着けている指輪を『鑑定』したのかと。ウッズはゴンブグルの探究心と度胸に感心する。下手をすればウードン王国とドワーフ王国との間で、国際問題になっているところだ。


「ゴンブグル老、大賢者の指輪――そのソロモンの指輪とやらが有名で1級だったのなら、やはり特級などなかったのではないか?」


 もっともなマウノの言い分であったが、ゴンブグルはゆっくりと首を横に振る。


「大賢者は昔から良い噂も悪い噂もある御方でな? その噂の一つに神々が創ったアイテムを所持しているというものがあったんじゃ。じゃから儂は大賢者に向かって、こう尋ねてみた」


 いつの間にかウッズもマウノも拳を握り締めていた。


「あなたが所持している特級の武具を儂に見せてくれんか? とな」

「そ、それで? 大賢者はなんて言ったんだ?」

「んー。ひょひょっ、と笑いながら、儂の前から去っていったわい」

「なんじゃ」


 がっかりするマウノとは正反対に、ウッズは真顔であった。


「ゴンブグル、大賢者は…………大賢者は、ない・・とは言わなかったんだな?」

「うむ。ないとは言わなかったんじゃ。儂は特級はあると思っておる。それになにも特級の武具を造ろうと思ったのは、儂が初めてではないからのう。ほれ、過去にも狂気に囚われた鍛冶師がおったじゃろ? あれも特級の武具を造ろうとしてたと聞くぞぃ」

「『堕ちた名工』か? あれは昔話の、それこそ与太話の類だろう」

「んー。特級かどうかはわからんが、実際に現物があるからのう。まんざらでたらめとは言い切れん話じゃ」

「なんだとっ!? げ、現物があるのかっ!」

「んー。あるぞぃ。嘆かわしいことに犯罪者――ほれ、『兇悪七十七凶きょうあくななじゅうななきょう』とか呼ばれている内の一人が所持しておるそうじゃがな」

「ほー。現物があるのなら是非とも見てみたいもんだな。のう、ウッズ殿もそう思わんか?」

「ああ、同感だ」


 特級の武具について熱く語り始めたウッズとマウノを見ながら、ゴンブグルは思う。ネームレス王国の設備に古龍の素材、それにこの二人が協力してくれれば、特級の武具を造ることも夢ではないと。

 他の鍛冶師ではダメなのだ。三大名工の自分を敬い、意見も言わずに盲目的に従う者たちでは。互いに切磋琢磨し、意見を出し合い、自分こそはと思う者でなければ。

 その点ウッズとマウノは、腕こそ自分より劣るものの、貪欲に技術を吸収し、いずれは自分を越えようと――いや、今でも気持ちだけなら上と思っている節がある。それくらいでなければ、自分も張り合いがないというものだと、ゴンブグルは考えていた。

 この国に来てから楽しくて仕方がないと、ゴンブグルは茶をすすりながら「はよう、儂を脅かすくらいに成長せんか」と思うのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る